月精龍の歌う夜
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■ショートシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月10日〜03月15日
リプレイ公開日:2008年03月18日
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●オープニング
懐かしい、歌が聞こえる。
「わ‥私のせい、で‥‥」
かつて、リュシアンの心を壊した言葉があった。
『エルザも、リュシアンを生むまでは、別に病弱でもなんでも無かったのにね‥‥』
母の葬式で囁かれた、何気ない言葉。
それじゃあ、私は? 母の命を削らなかったと言えるの?
リュシアンが母の命を縮めただなんて、思っていない。兄妹は、望まれて生まれてきて、その後起こったことは、ただの結果。誰に聞いてもそう言うだろう。だからこそ、聞かなかった。聞けなかった。
胸のずっと奥に仕舞いこんで、蓋をした。リュシアンがいるから。私が、そんな風に、馬鹿な事を考えて落ち込んでいる場合じゃないから。でも、リュシアンは、もう、アメリーの手を離れて生きてゆける。アメリーは、自分の事を考えてよくなった。考えなくてはいけなくなった。その時に、あふれ出す押し込めていたもの。頭では分かっているのに。そんな風に思う必要はないのに。誰もそんな風に思ってはいないのに。‥‥それでも。
「母さん‥‥ごめんなさい」
吐き出す場所は、何処にもない筈だった。何もかも解き放って、預けて、しがみ付ける人は、もうこの世界の何処にも居ない。
私が、その命を削ってしまった。その筈なのに。
懐かしい、歌が聞こえる。
心にぽかりと空いた穴に流れ込む。止まっていた時を溶かす。それは、痛くて、でも必要で‥‥。
かつて、膝の上で遊んでいた少女に教えた歌。
彼女のあどけない瞳は、時を経るごとに、深い色を宿すようになって、やがては、レオンを捕らえてしまった。
「私が‥教えた歌を、君は‥伝えてくれたんだな‥‥」
亡き人に、囁く。その時、やっとレオンは、彼女がここに生きたことを、そして、今度こそ、二度と戻らないということを、感じた。
「あ‥‥」
目元に、手を翳す。ゆるゆると、頬を伝う温かいもの。一体何年、いや、何10年、振りだろうか。
「レオンさん?」
振り向くと、相手は少し驚いたようだ。
「どうしたの‥‥?」
心配そうに見上げてくる、自分と良く似た顔。彼もまた、彼女がここに生きた証。
「少し、こうしていていいかな」
リュシアンは戸惑っているようだった。当然だ。何処と無く距離があって、頭を撫でるのがせいぜいだった『父親』の腕が、自分を包んでいるのだから。
「うん‥‥」
それでも、何も聞かずに頷いてくれたことに感謝しながら、レオンは、ただ涙を流した。彼女が、ここで確かに幸せだった事への喜びと‥‥そして、二度と会えない事への、深い、深い悲しみに。
暫く経って、レオンはゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は、もうずっと‥‥自分が生きているか、死んでいるのかも、分からなかった」
この国に戻って来て、人々に触れて、少しずつ時間を取り戻すまで、ずっと。
「エルザは、どうだった?」
「母さんは‥‥」
思い出す。いつも優しかった母。辛い事があっても、微笑んでいた人。愛してる、そう、毎晩囁いてくれた。そんなことを、ひとつひとつ、語ってゆく。
「エルザは、私とは違った。確かにこの場所で生きていた。それは‥‥君が、君達が、居たからだね」
何より愛した者を喪って、生きた屍のようになった。しかし、エルザにはリュシアンが居た。
「君達が、エルザを生かしていたんだ」
リュシアンは、アメリーは、命を削った者ではなく、与えた者。
●
「1度、元居た村に戻るよ。皆心配性なんだ」
翌日の朝、レオンはユルバンに暇を告げた。
「そうか。ロシアには、いつ?」
「来月の半ばに、迎えに来ようと‥‥いいかな?」
「まあ、リュシアンが行くって言ってるのを、俺が止めるのもな」
ユルバン自身が、村を離れて修行をしていた事があるので、いつかそういう事があるかも知れないと考えていたらしい。
「思っていたより、ずっと早かったけどな。だが、あいつもああ見えて25歳だ。それを思えば、当然なんだろうよ」
「うん。‥‥ありがとう」
「何が?」
「私の子を、あの年まで育ててくれて」
「馬鹿か。『自分の子供』育てんのは当たり前だ。そういう偉そうな口は、1回でもリュシアンに『父さん』て呼ばれてからから叩け」
「う‥‥」
今でもリュシアンにとって『父さん』はユルバンで、レオンは『レオンさん』だ。
「父と呼ばれたきゃ、もっとしっかりしろ。今日まで野垂れ死ななかったのは奇跡だ。お前みたいな生き方をしていたら、命がいくつあっても足りない。普通はな」
「うん。死んでもいいと思ってると、案外死ねないらしい。でも、今度からは気をつけるよ。自分1人の問題じゃないし。もしリュシアンに何かあったら、あっちでエルザに会わせる顔がないし」
「まあ、ひっぱたかれるだけじゃ済まないよな」
「‥‥痛いよね、あれ。爪立てるし」
「‥‥ああ」
ひっそりと、やや間違った方向に故人を偲ぶ野郎2人。
「ともかく、今日明日には経つよ。一旦、村に戻って‥‥ちょっと、野暮用を済ませて、それから、もう一回村に挨拶に戻って。そうしたら、迎えに来るから」
「野暮用?」
「うん。ずっと忘れてたんだけど、約束があったの、思い出した‥‥もう、20年以上前の‥‥私が、ノルマンを出る前の約束なんだけどね」
●
「レオンさん、お久しぶり! ちょっとちょっと、色々あったらしいじゃないですか」
久しぶりにギルドにやってきたレオンを見て、馴染みの受付嬢。
「はい。本当に色々‥‥」
ここ2月程の間にあった出来事を、順を追って説明する。
「はー‥お子さん。それはまた、びっくりでしたね」
「はい、びっくりでした」
こく、と頷く様子に、受付嬢は笑みを漏らす。
「表情豊かになりましたね。初めて会った頃とは、印象が違うっていうか。‥‥で、今回はどんな御用で?」
「依頼ではなくて、報酬のないお誘いなのですが、そういった用件でも宜しいですか?」
「んー‥ギルドが仲介はしませんけど、張り紙くらいならかまいませんよ」
「十分です」
『お別れに来たんだ』
『ナゼ‥‥モウ、歌、聴ケナイ、話、聞ケナイ‥‥? 寂シイ。トテモ、寂シイ‥‥』
『ごめんね。私は空っぽで、君に聞かせる歌も、話も、なくしてしまった』
『寂シイ』
月影に、6枚の羽が美しく映える。
『そうだな‥‥私も、寂しい。最後に、聞いてくれるかい? 愚かな男の、物語を‥‥』
歌をなくした、バードの物語を。
「パリから、歩いて2日程でしょうか。森に、私の友が棲んでいるのですが‥‥」
「森に? エルフさんですか?」
「いえ。彼はララディ。月のエレメントです」
「ララディ! わぁ、話には聞いた事あります。確か、物語を聞かせてくれる人を探して、月夜を徘徊してるっていう」
「はい。赤紫色の、大蛇の姿で‥‥私は美しいと思いますが、怖いと感じる人も居るのかも。彼とは、以前ノルマンを出る際に会ったきり。折角なので、またここを出る前に会っておきたくて。物語が大好きなので、そういう話に事欠かない方々と一緒に行けたら良いなぁと」
「冒険者の中にも、ララディを見てみたいって人も居るかも知れませんしね」
「ええ。そういう方に、良かったら一緒に行きませんか、というお誘いです」
『イツカ、許セル、許サレル時ガ来ル』
『まさか。来ないよそんな日は』
『キット、来ル。ソウシタラ、マタ、会イニ来イ』
『そうだな‥‥もしも、そんな日が来たとしたら。‥‥来ないと思うけど』
『待ッテイル。新シイ物語。ズット、待ッテイル‥‥』
●リプレイ本文
「おんなじ〜」
くるぱた、一緒に飛び回っているセロとシーリア。双方月のフェアリーとあって、互いに興味を引かれているらしい。
「良かったねシーリア」
主人のサーシャ・トール(ec2830)も嬉しそう。
「はう! すご〜くお似合いなのです〜♪」
紫堂紅々乃(ec0052)と鳳双樹(eb8121)の巫女装束をリア・エンデ(eb7706)が楽しげに眺めている。
「雲母ちゃんともお揃いなんですよ」
「お揃い〜♪」
「可愛いのです! うちの陽精霊とも、仲良くしてくださいです。弥日虎、傍を離れちゃ駄目ですよ?」
紅々乃の話を聞いているのかいないのか、やんちゃ盛りの精霊は、元気に飛び回っている。
「皆健康だね、気をつけて行っといで」
一通りペットと人の健康診断をして太鼓判を押した文乃と、
「月精龍に会えるってぇ羨ましいぃ」
ララディの性質を簡単に解説したマアヤに見送られ、出発。
「し、詩人のリン・シュトラウス(eb7758)です」
息をすってーはいてー、自己紹介。おずおずと述べたリンに、ルフィスリーザ・カティア(ea2843)が微笑んだ。その笑みに、少し心が軽くなる。
「ローガン・カーティス(eb3087)だ。宜しくお願いする。こちらは、鴎のへイエルとジュエリーキャットのミモザ」
「ミモザさん、撫でても宜しいでしょうか?」
「だ、抱っこしても良いですか?」
ルフィスリーザとリン。
「どうぞ。仲良くしてやって欲しい」
「美人さんですね♪」
「本当にキラキラなんですね」
「はう〜ララディ様といえば月魔法を使う者にとって憧れなのですよ〜♪ ララディ様を見るのは初めてなのです〜」
歌うように話すリア。布の掛けられた荷台に熱い視線を送っている。
「月精龍、話には聞いた事がありますが‥‥実際に見るのは初めてです! 東洋の異国の話‥‥喜んでくれるでしょうか?」
ジャパン出身の紅々乃。
「所用で訪れた異国の地で、思いがけず月精龍殿とお会いする機会が出来ました‥‥ジャパンでも不思議と風精龍殿とはご縁があったのですが、こちらの方はどの様な御仁なのでしょうね?」
同じくジャパン人の島津影虎(ea3210)。
「何はともあれ楽しみです」
そこへ、先行して道中を見回っていた静夜が戻ってきた。特に異常はないそうだ。
「最後までお付合いできないのが残念ですが、道中気をつけて」
静かな森だった。よく茂った木々が光を遮り薄暗いが陰鬱ではなく、吹き抜ける風が心地良い。
「‥‥懐かしいな」
レオンが目を細めた。
「夜にならないと出て来ませんから、ゆっくりしましょう」
彼について行くと、日光降り注ぐ円形の広場に辿り着いた。夜に備えて薪を集め、後はペットと遊んだり、話をしたりで過ごす。
「更紗‥‥ごめんね、狭かったよね」
リンが撫でているのは、六枚羽の大蛇‥‥ララディ。人目につくと混乱を来たすため、行程中は荷車に隠していたのだ。
馬のラファールや静流王、驢馬のラルゲットは荷運びや荷車引きで疲れたのか、まったりと芽が出たばかりの草を食んでいる。
「ミモザさん、撫でても良いですか?」
「私も撫で撫でしたいのですよ〜」
「わ、私にも触らせてくださいです」
双樹、リア、紅々乃。仲良し3人組にも、ジュエリーキャットは大人気だ。
「帝釈天さんは、凛々しいお顔立ちですね」
クナイを銜えた精悍な立ち姿。忍犬は、ルフィスリーザに撫でられて尻尾を振った。
やがて日が沈み、夕暮れが去り、鴎のヘイエルは小さくなって休む。
サーシャがパリで調達したハムを炙り、皆で堪能しているうちに月が昇った。焚火の音が、夜闇に優しく響く。
「そろそろか」
レオンが竪琴を取り出した。ひとつふたつ、毀れ落ちた音の粒が連なり、旋律となる。
ざわ‥‥と森が鳴った。羽の音が、近づく。
「‥‥久しぶり、会いに来たよ」
「待ッテイタ」
ふわり、月影に浮かぶ赤紫の鱗、6枚の羽。
「はう〜凄いのです〜大きいのです〜綺麗なのです〜」
目をまんまるにして、リア。リンのララディよりも、いくらか大きい。
「はう、イギリスから来たリアっていいますですよ〜これでもホエホエ吟遊詩人なのです〜」
リアに続いて、皆が挨拶。
「‥‥ソレハ?」
ララディの目が、更紗を映した。
「君と同じ、ララディだよ」
「更紗というの。ララディさん、貴方の名前を教えてもらっても良い?」
「名前‥‥」
ララディに、名は無い。同胞に会った事は無いので『ララディ』で事足りたのだ。
「そう‥‥。良ければ、うちの更紗とお友達になるのはどう?」
「歓迎シヨウ」
ルフィスリーザの奏でるワイナモイネンの竪琴に眠気を誘われたのか、レートフェティととらちゃんは猫団子になって眠っている。その傍でセッターの爛々も、丸くなって目を閉じていた。帝釈天は主人影虎の脇にぴしりと控えているが、音に耳を傾けている。
「さて、何方から物語を紡いで下さいますか?」
「それじゃあ、私が」
ルフィスリーザの呼びかけに、サーシャが軽く手を挙げた。
「思えばあまり冒険らしいことはしてないかも。たくさんのお話を知っているララディさんにお話して欲しいくらいだ。普段は、パリで子供たちといることが多いな」
ブランシュ騎士団に憧れ、それぞれ分隊長を名乗っている子供たちの物語。
楽が、可愛らしく軽快な音をはじきだす。
「優しい子たちで、困っている人がいると放っておけない」
先日は、絵描きの難題の手助けを。本物の分隊長を助けたこともある。
「彼らは私に教えてくれる。純粋な優しさと人の温もりを。会う度に思うよ。ひとりひとりが特別な輝きを持っている。ララディさんに会ったと言ってもいい?」
「構ワナイ」
「ありがとう、きっと皆喜ぶな」
「次は、私が」
影虎の申し出に、楽の調べが異国―ジャパンのそれに変わる。
「私はジャパンで風精龍の方々とご縁がありまして‥‥概要としましては、古来よりジャパンのとある地方に住んでおられた、月・火・水・風・土の五行龍の方々と冒険者が、それを狙う黄泉人と呼ばれるアンデッドの巡らす策謀を共に協力して打ち破りながら、徐々に絆を深めていく‥‥という感じでしょうか」
「戦イ‥‥」
この森とは縁遠い話。
「洞窟の中で埴輪や一反妖怪との戦闘があったり、険悪になった一般の方々との仲を取り持ったり、果ては面妖な森の中の面妖な館で、骸骨の転がる中での牛鬼・黄泉人との直接対決など。最近では、合同演習のような形で五龍の方々と戦ったりもしましたね」
妖怪の形状を説明したり、対決の様子を語ったり。個性豊かな風精龍達の話は、他の精龍とあまり出会った事のないララディにとって、興味深かったようだ。
「黄泉人との戦いは、終わっておりませんので、まだまだ話は続きそうです」
「私も、ジャパンの事、それから陰陽師の事をお話します」
「ジャパンの事でしたら、私も一緒に」
紅々乃と双樹。
海に囲まれた島国の故郷。風習や、そこに棲む懐かしい人々の話。
未来を占い、神に関わる儀式を行い、悪霊を浄化する陰陽師の仕事。
一通り話した所で、紅々乃が立ち上がった。
「神楽舞という場を清める舞です。弥日虎、真似してみますか?」
「するっ」
‥‥シャン。
『神火清明、神水清明、祓へ給へ、清め給へ‥‥』
ジャパン語の祝詞が、神楽鈴の音に重なる。1歩、1歩進める歩が、地を清め、空間を清める。
‥‥シャン。
「以上です」
頭を下げた紅々乃に、拍手が贈られた。
「じゃぱんノ話‥‥ドレモ面白イ。舞、美シカッタ」
「ありがとうございますです」
「あ、あの‥‥失礼じゃなければ、触れても宜しいですか? ‥‥わわっ」
控えめに双樹が尋ねると、ララディはするり、と身を寄せた。その鱗は、ひんやりすべすべで‥‥月光に触れたらこんな感じかも知れない、と双樹は思った。
「私の話は‥‥」
ローガンが静かに話し始めた。
竪琴の音は、彼の言葉にそっと寄り添うように。
遺跡の奥で見つけた壁画の話や、七つ星の祭りの話、妙な3人組の盗賊の話など。ノルマン、イギリス、ジャパン‥‥多くの冒険者がそうであるように、様々な国を渡り歩いて来たローガンの話は、学者らしい広い見聞も伴い、興味深い。
「今宵は、この辺りで次に譲ろう。しかし、ノルマンでの話はまだこれから、また話しに来てもよいだろうか?」
「歓迎スル。‥‥新シイ友」
「私達ともお友達になってくれませんか?」
「はう、ララディ様、私ともお友達になってくれると嬉しいのです〜」
紅々乃とリア。是と言う変わりに、ララディはくるりと回った。
「皆ノ話、面白イ」
「はう〜嬉しいのです〜。皆自分ひとりじゃ生きていけないのです〜私なんか一人になったらとても寂しくて、はう〜って死んでしまうのですよ〜」
想像したのだろうか、はわわ、と汗を浮かべるリア。
「ふふふ〜私はお友達で出来ているのです〜♪」
その半分は双樹らしい。双樹がパリに居ると聞き、海峡を渡って来たくらいだ。
「そろそろ私の番ですね」
ルフィスリーザが、普通の竪琴を構え、弾き語りを始めた。
「彼には病気の母親がいました。楽器職人の夢を断念して看病していたのですが一向に回復しません。そこで彼は自分が作った最初で最後の楽器の竪琴で元気づけようとしたのですが、何とそれが盗まれてしまったのです」
ポロン。ポロン。不安を煽る和音が、夜気を揺らす。
依頼を受けた冒険者達は、戦いの末盗品を取り戻し、演奏で親子を励ました。別れの日に彼は、諦めた夢にもう一度挑むと約束した。
「皆の優しい心の篭った音楽が癒しと幸せを運んだのです♪」
シャン。最後は、明るく。あの、澄み切った少年の心のような音を。
「‥‥この竪琴はその時頂いた物です。私も彼の楽器に負けないような聞いただけで人を幸せにできる音楽を奏でるのが夢なんですよ」
「レオン」
「うん、私の番だね」
ララディの視線に、頷く。自分の竪琴を取り出すと、一節、奏でた。
「さて‥‥どうせだから、最初から話そうか」
遠い遠い、春の日の物語から。
「レオン殿」
全て語り終え、少しぼうっとしているレオンの横に、ローガンが腰掛けた。
「新しい歌や物語が聞ける時を私も待っている」
ぱちん、と薪が爆ぜた。ふ、とローガンが手を翳すと火は収まり、月明かりの元静かに揺れる。
「ロシアでも困難はあると思うが、守りたい人を得た人は強いから大丈夫だ」
この旅が温かい思い出、生きる力になる事を祈りながら、ローガンは語る。
「昔、駆け出し冒険者が世を知る獣という月の精霊を探しに出掛けた」
とても寒い遺跡。氷閉ざされた扉は「真の炎」により開かれる。
真の炎とは何か? 普通の火は消える。魔法の火でも暖かくならない。
冒険者達は身を切る寒さで震えながらも、隠れている妖精達に気付き、友達になろうと笑顔をむけた。
「妖精の心が開いた時、氷の扉も開いたそうだ」
「心の炎‥‥」
「それはきっと、何より暖かい」
ロシアの厳しい寒さの中でも、心を暖め、道を照らす灯となるだろう。
「想いはそらに 君は大気に 君は風となりて新たな息吹を育むもの」
リンが呟く。‥‥それが詩人。風と樹の詩を紡ぐ織り手。
「生きてさえいれば。ううん、例え天に召されたとしても変わらないわ」
私たちには、詩や物語があるのだから。
話の輪から少し外れて、サーシャとレオンが焚き火を眺めていた。
「もうすぐ、春だね」
旅立ちが、近づいている。その前に。
「レオンさんに『ありがとう』と言いたくて」
「え?」
「私の方こそ感謝だよ。レオンさんに家族がいて、そんな風に笑うようになって嬉しかった。私も親はいるけど、いないようなもの」
レオンは、サーシャの横顔に視線を落とした。
「レオンさんに伝えたことは皆、自分に言い聞かせたかったのかも。‥‥ありがとう」
「‥‥私は、貰ってばかりだと思っていました」
助けられ、励まされ、導かれ。
「何かを‥‥少しでも誰かに返したくて、リュシアンを誘ったのかも知れません」
自分にも出来る事が見つかった、そう思った。けれど、何も生まないと思っていたこの身は、サーシャに何かを与えていた、そう思って良いのだろうか。
「言葉を紡ぐ仕事なのに‥‥駄目ですね。上手い言葉が、見つからない」
レオンは、サーシャの手を握った。言葉足らずな自分の気持ちを、少しでも伝えたくて。感激感動感謝。どれも言葉にすると陳腐に思える。今はただ、胸が熱い。
「私が、人に‥他でもない、私を救ってくれた貴女に‥‥何かを、差し上げる事が出来ていたなら‥‥」
それもまた、もうひとつの救い。
「うん‥‥」
重ねられたレオンの指は、震えていた。
「自分の事も大切にね。リュシアンさんと育む時こそが本当のお父さんにしてくれるから」
「はい」
そして、レオンはサーシャに旅立ちの日を告げた。
「レオンさんに、贈りたいものがあるのです」
夜もすっかり更けた頃、ルフィスリーザが言った。
レオンが、寂しそうだったから、何か力になれる事を考えた。
皆から、月、陽、風、水、火、土、歌、に寄せたひと節ずつのうた。祈りを込めて、ルフィスリーザとリア、リンは竪琴を、ローガンはオカリナを構えた。
ルフィスリーザは告げる。
「無理や焦りは禁物ですよ。今は歌えずとも音は心の中に眠っているのですから‥‥」
絶え間なく注ぐ優しさを身に受けながら、レオンは目を閉じた。
暁の気配に、ララディが東の空を仰いだ。
「戻られますか?」
影虎が尋ねた。
「戻ル。‥‥レオン」
「なんだい?」
「マタ、会イニ来イ」
昔別れた時と同じ言葉。今度はレオンも迷わない。
「必ず。息子と、新しい物語と、一緒に」
「待ッテイル。‥‥皆モ、来ルトイイ。何時デモ此処デ待ッテイル‥‥」
今宵最後の月光を浴びながら、ララディは静かに飛び去った。
「きらら、きら〜」
「ぴかぴか〜♪」
その軌跡を飾るように、光る粉が降る。妖精達が、その中を飛び回る。月のフェアリー達は感応する所があるのだろうか、特に楽しげに歌を口ずさんでいた。
「妖精の粉‥‥お土産ですね」
レオンが宙を仰いだ。
陽が昇る。朝が始まる。旅立ちの日が、ひとつ近づく。
「私達の家はこの世界の全て。だから、本当は皆家族なのよ‥‥? それが真実だから、よく覚えておいてね」
にっこり、リンが笑った。
来た道 行く道 全ては繋がっている
大地はいつも見守ってくれる
私たちは風の民 風とともに歩み 樹々の声を聴く者
私たちの家はこの世界すべて
凍てつく夜にも流るる水は滞る事はなく‥‥
人の心もそうであると信じたい
心の火は誰もが持つ 弱まっても決して消えない
優しさや思いやり 温かい気持ちが生まれる
たとえ心迷っても どうか希望は忘れないで
月の光はいつも貴方を守ってくれるから
陽だまりのなか 紡きし音の温かさよ
伝え続けて いつしか届く深きやさしさ
場所を越えて 時を越えて 私はこの歌を届けよう‥‥
みなの心の中にいる君に‥‥