旅立つ君に〜芽生えの春〜

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2008年03月19日

●オープニング

「‥‥ん。いい感じ」
 作業の手を止めて、それを陽光に翳すマルク。フローラに頼まれた指貫の修理が終わった所だ。
「マルク?」
 戸口で、呼ぶ声がする。
「フローラ、丁度良かった。修理終わったよ」
 工房に入ってきたフローラに手渡した。
「大きさ、見てくれる?」
「ええ。‥‥丁度良いわ」
 マルクは、フローラの手を取ると、中指に嵌められたそれを職人の目で見つめる。
「みたいだね。良かった」
 そっと手を離すと、作業台の上を片付け始めた。
「ありがとう、マルク」
「どういたしまして」
 愛おしげに修理品を包むフローラの指。思わず、それをじっと見つめた。その視線に気付いて、フローラがぱっと手を隠す。
「‥‥あんまり、見ないで」
「何で?」
「綺麗じゃないもの」
 フローラは、家事が得意だ。でも、毎日家事に勤しめば自然と手は荒れる。少なくとも、どこぞの令嬢のように、白く美しい手では居られない。
「そうかな? それなら、僕の方がよっぽど」
 職人であるマルクの手は、大きくて、皮が厚くて、節くれだっている。どちらかといえばひょろりとしたマルクだが、手だけは少し印象が違う。
「マルクの手は、職人の手だもの。‥‥私は、好きよ」
「僕も、フローラの手が好きだよ」
 そう言って、再度手を取る。今度は恋人の顔で。
「他の誰の、どんな綺麗な手より、ずっと」
 視線から逃れようとする小さな抵抗を無視して、握り締める。
 こういう事が、自然と出来るようになった自分に少し感動するマルク。先日の件ではこの世の終わりのような気分を味わったが、お陰で少し度胸と勢いがついたかも知れない。
(「ポールにも、怒られたしなぁ‥‥」)
 マルクとフローラの仲が危ないと知ったポールは、マルクの所にやって来て、さっさとプロポーズでもなんでもして結婚しろ、というような事を言ってきた。
 その時は、まだ早いよ、と苦笑を返したマルク。
 少し節のある、フローラの手を見つめる。
(「どんなのが似合うかな‥‥う、受け取ってくれる‥‥よな? まだ早いって言われたらどうしよう‥‥。あ、彫金は得意じゃないから、買うしか‥‥僕の稼ぎじゃ、あんまり綺麗なの、買えないなぁ」)
「マルク?」
「あ‥‥うん、何でもない」
 現実的で少し悲しい妄想を打ち切って顔を上げる。
「そういえば、ここ数日ポール見てないけど、フローラ、どこかで会った?」
「いいえ。‥‥あのね、ポールの事で、近所の小母さんが噂していたんだけど‥‥」

 ポールが旅立つらしい。
 それを聞いて、マルクはすぐさま彼を尋ねた。しかし、留守だったり、見つかっても、今忙しいとまともに相手をしてくれなかったり。しかし、ポールの様子や、他から話を聞くに、本当らしい。

「ポールも、今では冒険者だもんな‥‥そういう事も、あるのかも知れないけど‥‥」
 やっぱ寂しいよな、と肩を落とすマルク。
「そうね‥‥」
 フローラも、ここの所ポールと話が出来ていないようだ。
「ねえ、僕達で、何か出来ないかな」
 旅立つ彼に、餞を。
「ささやかなでも、送別会とか、贈り物とか‥‥何か」
「ええ。良いと思う。私も、何かしたいし‥‥」
 ふと浮かんだのは、校外のさくらんぼ農園。自分達3人の終着地点で、始まりの場所でもある。
「花は、まだ咲いていないだろうけど‥‥」

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ガブリエル・プリメーラ(ea1671)/ 黄桜 喜八(eb5347)/ エフェリア・シドリ(ec1862

●リプレイ本文

「知ってるよ」
 ミフティア・カレンズ(ea0214)が空を仰いだ。
「何処にいたって、ずっと会えなくたって友達だってこと。大事なんだってこと。思い出したらにこにこ笑えて、一杯頑張れるってこと。私、沢山知ってる。だから、ぱぁっと笑顔で送り出すお手伝いしちゃう☆」
 別れの切なさも、距離の寂しさも知ってなお、満開の花のように笑う。それはきっと、貰った暖かいものの方が、ずっとずっと大きいから。

「またお世話になります」
「‥‥久しぶり‥何か大変だったらしいけど、雨降って地固まるっていうもの‥な」
「なんつーか、まだ結婚してなかったんだな。いやまあ、事情は色々あるんだろうけどな。けど、お前見る限りじゃ、男としての格は上がってると思うぜ」
 1年振りのウリエル・セグンド(ea1662)とロート・クロニクル(ea9519)、
「春は旅立ちの季節なんですね」
 そして、シェアト・レフロージュ(ea3869)。
「本当に。ポール君が良い旅立ちを迎えられる様、お手伝いさせて頂きます」
「まあ、お前たちとは何かしら縁があるからな」
 初めてのレオパルド・ブリツィ(ea7890)と、言葉通り何かと世話になっているエイジ・シドリ(eb1875)。
「宜しくお願いします」
 フローラがマルクに寄り添って微笑む。1年前には無かった光景が、時の流れの証だった。

 旅立ちの前に小さな宴と餞別の品を。マルクとフローラは餞別作りに専念し、宴の準備は冒険者が行う事になった。
「冒険の必需品が良いかなって思うんだけど‥‥何が良いんだろう」
 冒険の事は冒険者に、という事で相談に来たマルク。
「‥‥バックパックとか‥どうだ? 絶対いるしな」
「それ、俺もオススメ。道具袋とか背嚢とか、冒険者としての必需品だな。マルクが本体を作って、フローラが刺繍とか飾り紐で本体に飾り付けするとか」
「共同作業‥だな」
「そ。見る度、使う度に、2人のこと、3人での思い出を脳裏に浮かべてくれるんじゃないか? そしたら、必ず元気な姿を見せに戻って来ようっていう気にもなるだろ」
「成程‥‥」
 ウリエルとロートの話を聞いて、色々と書き付けているマルク。構想を練っているらしい。
「俺からの助言は、兎にも角にも出来るだけ丈夫な物にするのが良いだろう、と言ったところだ。長持ちする方が良いだろうからな」
 エイジの言葉も、残さず書いておく。
「丈夫さが肝心、と。成程、冒険者って危険な事も多そうだもんな」
「まあ、それなりになー」
 変装して敵陣を駆け抜けたり、生還率激低の地下迷路に潜ったり、食用目的で怪物を狩りに行ったり。ポールがそこまで危険な冒険に取り掛かるには、暫く時間が掛かりそうだが、いつかそういう日も来るだろう。その時までずっと使っていて貰えるような、丈夫で使い易い物が良い。
「ありがとうございます。頑張ってみるよ」

「どの木が良いかな〜」
 さくらんぼ畑にて、品定め中のミフティア。
「これなんか、枝振りが都合良さそうだ」
 工作全般に素養のあるエイジが、助言する。
「じゃ、これ。約束の木になると良いね。この下でパーティしようね。‥‥あ、蕾が膨らんでる。花の季節、もうすぐだね♪」

「頼まれた物、色々と買って来ました」
 軍馬のマルダーに積んだ荷物を、レオパルドが降ろしていく。白い布、果物の皮、乾燥させた花弁、その他、料理の材料や、当日使う物色々。
「どんな色が出るかね‥‥っと」
 鍋をいくつも運んで火に掛け、染料を煎じ、色を煮出してから布を浸す。
「色‥‥どんな組み合わせがいい‥かな」
「そうねえ、とりあえず明るい色にしましょう♪」
 と、ガブリエル。今日は、そういう点に疎いウリエルに色併せの助言をしに来た。
「そうだな。壮行会みたいなもんだしな」
 ロートは、染色の職人から聞いた話と、雑学や美術の知識を動員して取り掛かっている。
「結構、色が出るものだな」
 煎じ湯を覗き込んで、エイジ。
 大きさ様々な大量の布を、ひたすら煮て、洗って、干す。
「‥‥なんか楽しくなってきた」
 ウリエルが呟く。
 一通り干して、あとの作業は翌日以降。

「‥‥ホラよ。頼まれもん」
 どん、と置かれた大きな桶。
「意外とよ‥セーヌにもいるもんだな」
 水を並々と張ったそれを担ぐ力持ち振りに驚いたシェアトだが、中を覗いてさらに驚いた。
「こんなに沢山。有難うございます」
 喜八の卓越した水泳術で捕らえてきた魚がすいすいと泳いでいた。

「マルクさん、この黒皮の首飾りを作った方ですね」
「ああ、君がエイジさんの妹さんか」
 話には聞いてたよ、と設計図から顔を上げ、マルク。染色の手伝ったのだろう、エフェリアの指先は染料で染まっていた。
「使ってくれてありがとう。‥‥自分で言うのもアレだけど、似合ってるよ」
「はい。‥‥皆、幸せになると、良いです」
「うん。そうだね」

 1日目の夜。帰ろうとして、まだマルクの作業場に明かりが点いている事に気が付いたレオパルド。彼は、今日こっそりとポールを尋ね、マルクとフローラの事を聞いていた。その先、2人に望んでいる事も、さり気なく聞いてみたのだが‥‥
『まあ、さっさと済ませろ、って思ってる事はあるけどな。‥‥マルクなら、自分で何とかするだろ』
 そう、言っていた。
「素敵な、関係ですね」
 誰より、傍に居た3人。一緒の時間が築いた信頼が、そこにはあった。
 ポールが安心して旅立つ為に、2人の末永い幸せを示せるよう頑張ろう、とレオパルドは改めて思った。

「綺麗に染まったね!」
 干した布を、取り込む。
「ん〜ちょっとムラになっちまったか?」
「そうだね。でも、グラデーションだと思えば良いよね。あ、絞り染めもきれいに出来てる♪」
 ジャパンで目にした模様を作ってみたら、結構上手く行った。
「‥‥この大きいのは‥‥テーブルクロスか? 小さい方がリボンの代わり‥‥だな」
 ミフティアとロート、ウリエルで、布を取り込み、色や大きさ毎に分けていく。

「また、卓や椅子を借りられるか?」
 農園の持ち主宅にて、エイジ。昨年同様、必要な物をある程度借りられないか話に来ていた。園主は快諾すると、3人を宜しく、と言った。子供の頃からマルク達を見てきた彼もまた、変化の時を感じているようだった。

「あれから、お2人はお元気でしたか?」
 マルクの作業を見ながら、シェアト。
「うん。色々あって‥‥喧嘩したりもしたけど、それなりに」
 照れている様子に、くすりと笑みを漏らした。
「ほんの少し、あの時とはお2人の空気が変わられましたね」
「そう‥かな。君は、どう?」
「私、ですか? ‥‥あ」
 そういえば、1年前にも2人で話したことがあった。傍に居たくて、けれど不安で。‥‥そんな、気持ちを。
「君は‥‥去年より、落ち着いてる、というか安定してる? そんな感じがした」
 マルクは告げた。どこか儚げな印象があったが、今は、少し違う。
「そう、ですね‥‥。私も、色々ありました」
 時に迷い、悩み。けれどそれらが、今の自分を、自分たちを作っている。

 蕾膨らませた枝に、一足早い春を。
 見繕っておいた一株に、とりどりの布で飾り付け。
 ロートが少し離れた位置から、配色のバランスを見て指示を出す。自分でも少し結んでみたが、上手く出来ないのできっぱり諦めた。どうにも、手作業は苦手らしい。
「ん‥もっと右? 上か?」
 橙の布を手にしたウリエル。
「あ〜‥斜め右上。その辺色偏ってるから、もう少し明るめ‥‥黄色とか混ぜてみてくれ」
「ん‥‥了解」
「上はこんな感じで良いか」
 高い位置まで登ったエイジ。
「ああ。‥うん、良い感じだ」
 黄色や橙、薄桃色。春らしい色彩が、まだ少し冷たい風に揺れる。
「ヒラヒラ〜ってするのが素敵だね」
 借りてきた卓にテーブルクロスを広げながら、ミフティア。クロスは、若草で染めた優しい緑色。
「椅子も運んできました」
 マルダーを引いて、レオパルドもやって来る。着々と、準備は調っていた。

「旨そう‥だな」
 ごく、と唾を飲み込むウリエル。
 シェアトとフローラが、明日の料理を準備している。
「去年はポールさん、手料理食べられませんでしたし」
 シェアトは、誕生日に貰ったという調理道具を使って。
「私も、お手伝いする」
 コレドのコインを用いて、一通り踊ってきたミフティア。今なら、少し上手に料理が出来る気がする。
「ありがとう。‥‥でも、味見は控えめにね」
 にっこり。
 皿の上に伸ばされた手が、しゅん、と引っ込んだ。

「料理、終わったの?」
「ええ。あとは、明日仕上げるだけよ」
 マルクの工房。
「飾り、組紐にしてみたの。‥‥どうかしら」
 旅の安全を祈って、紐の紋様は守護のお守り。
「うん、綺麗だ」
 丁寧に編まれたそれを、マルクが器用に本体につけていく。
「共同作業‥‥か」
 マルクが呟いた。
「ねえ、フローラ。聞いて欲しい‥‥」
 それは、フローラへの一生分の願い事。

「餞別‥‥完成したか?」
 当日の朝。ウリエルがマルクの作業を見に来た。
「ええ。‥‥今日、なんだな」
 ポールの旅立ちは。マルクが落とした肩を、ぽむ、と叩いた。
「さよならをするために‥じゃないんだから。‥‥また元気で‥友達の‥自分達のいるところへ帰ってきて‥元気に色んな話を聞かせて‥くれって。そのための‥‥行ってらっしゃい、なんだろう?」
「‥‥うん」
 きっと、マルクは言わずとも分っているだろう。それでも拭えない寂しさは‥‥
「おい、マルク!」
 そこへ、響き渡った大音声。
「ポ、ポール?」
「これを見ろ」
 しゃらり。ポールが掲げたのは‥一目で分った。フローラが幼い頃から大切にして来たペンダントだ。
「返して欲しかったら昼前に農園まで1人で来い! 絶対だぞ!」
 叫ぶと、全力疾走で去ってゆく。
「‥‥はあ?」
 訳が分らない。以前似たような事があったような無かったような‥‥って、それは子供の頃の話だ。
「あ、そういえば昨日フローラも手紙で呼び出されたとか‥‥」
 ウリエルはぽむ、と手を打った。ギルドに張り出されたポールの依頼の事は、マルクとフローラ以外は皆知っている。
「準備は全部やっておくから‥‥行って来い。理由も無くあんな事する奴じゃ‥‥ないんだろう?」
「う、うん‥‥」

 その様子を、冒険者達はそっと覗いていた。
 交される誓い、舞い遊ぶ幻影の桜、響き渡る歓喜の歌。
「ポールさん‥‥良い人、ですよね。マルクさんとはまた違った‥‥」
 シェアトが呟く。
 そしてウリエルは。
「結婚式‥‥か」
 その胸に、小さな決意を。

「綺麗だな」
 色布でふんだんに飾りつけられた木を見上げ、ポールが笑った。目も眩むような桜も凄かったが、これはこれで、人の手が掛けられた物の温かみがある。
「ポール、さっきはありがとう。この場は‥‥ささやかだけど、僕とフローラからの餞だ」
「おう」
「さあ、湿っぽいのは無しだ。壮行会だからな。ポールの旅の無事と、冒険の成功と、そしていつかまた必ず再会できることを祈って‥‥乾杯!」
 ロートの音頭で、会食が始まった。ずらりと料理が並んでいる。メインは野菜と白身魚とサフランのブイヤベース。さっぱりマリネと、ハーブやアニスシードを練り込んだパン。デザートには、ブラン商会の焼菓子を少しと、焼林檎も用意してある。
「フローラの味付けだ」
 1口で、ポールには分る。
「やっぱ旨いよな。‥‥太るなよ、マルク」
「どうかな、自信ないな」
 和やかに交される会話。流れる時は優しく、そして、少しだけ切なかった。


 淡い黄色の衣装が、ふわり、風に乗る。

  ほんのり寂しい想いは足元の影にしまおう
  今は下を向かないよ 空を見上げて 光を浴びて

 午後の日差しに輝く、ミモザの花、ぽかぽかお日様、まんまるお月様の色。
 舞い手を引き立たせる、軽やかな竪琴の音。優しい歌声。

  歩いていこう 続く道の先 響く足音かみ締めながら

 地を蹴って、高く高く跳び、ふわり、ヴェールと一緒に降りる。
 月の歌姫の楽に舞う、陽の舞姫。

  描く未来を探しに行こう‥‥

 天に、掲げた手から、きらきらと光る軌跡。高く飛び立つ陽の妖精は、ポールの未来が輝くように、という願い。

  大丈夫 きっと未来は‥‥


 拍手を貰って、可愛らしくお辞儀。
「どうだった? ポールさん」
「良かったぞ」
「えへへ、ありがと〜。今回はちょっと特別なの。色んな人の音楽に乗せて踊るのは幸せで本当に楽しいけど、今日は私の始まりの音楽だから」
「じゃあ、そこから旅立って、また帰ってきたって事か」
「うん、そういうこと」
 時に交わり、時に離れる太陽と月のように。けれど、離れていても、会えなくても、思い出すだけで暖かい。
「マルクさんとフローラさんは、きっとポールさんにとってそういう場所なんだよね。大事な出発、いつまでも忘れないでね」

「‥‥で、さっきからうろちょろしているあれは何だ?」
 エイジの視線の先、さくらんぼの木の陰で、びくん、と立ち止まった小さな影。
「ぼ‥‥私は、通りすがりの花売り娘〜」
 妙に上ずった声を、どこかで聞いたような‥‥と首を傾げるポール。しかしその顔は、深く被ったスカーフのせいで良く分らない。
「丁度良い、1束くれないか? 卓に飾ろう」
 マルクが声を掛けた。
「ありがとうございます〜。あ、これそこの枝に掛かってましたっ」
 花売り娘は小さなカードを手渡すと、脱兎の如く走り去った。
『末永くお幸せに』
 隅に書かれた書名は、色々と世話になった冒険者のもの。
「あの方らしいお気遣いですね」
 くす、とシェアトが微笑んだ。

「いつか、俺たちと一緒に依頼受けて、一緒に冒険しようぜ!」
 夕日を背負ったポールの肩を、ロートが叩いた。
「おう、すぐに追いついてやるからな!」
 ずらりと見送りに立つ冒険者達。結婚式を手伝った者達も一緒だ。その内の誰にも、冒険者としての経験も技量も今は遥か適わないが、未来の事は分らない。
「正式な式も、とっとと挙げろよ」
 寄り添うマルクとフローラにも、声を掛ける。
「うん。‥‥元気で」
 ポールが肩に掛けたバックパックは、2人の祈り。
「‥‥ポールさんなら‥‥きっと大丈夫‥‥」
「また、一緒にご飯食べようね♪」
「どうぞ、お体にお気をつけて。実りの多い旅になりますよう‥‥」
「‥‥まあ、応援している。頑張れ」
「道中の安全をお祈り申し上げます」
 口々に、言葉を贈る。
「ああ。‥‥今日は楽しかったぜ。ありがとな」
「そんじゃ、まあ‥‥元気で行ってこい」
 カラリと笑って、ロートがポールの背中を叩いた。

 大きく手を振りながら、ポールは夕日に向かって去っていった。

 目元を押えたフローラの肩を、ポールが引き寄せた。
「幸せになろう。きっと、ポールは誰よりも喜んでくれるから」

 旅立つ君に、それがきっと、一番の餞になるだろうから。
 けれど、忘れないで。君が願ってくれたように、僕達もまた、君の幸せを願っている事を。