●リプレイ本文
春風は、何処に向かって吹くだろう。
きっと優しい貴方の元へ。
●
「さあ、はりきるですよ〜♪」
仕掛人エーディット・ブラウン(eb1460)は、張り切っていた。それはもう、目一杯。
「うん、ナイスな計画! 私も、是非一枚噛ませていただくわね♪」
賛同者のガブリエル・プリメーラ(ea1671)。
「デートのプレゼントとは、エーディットさんらしい思い付きですね」
リディエール・アンティロープ(eb5977)。
「さて、頑張るとしようか」
ライラ・マグニフィセント(eb9243)。
「一肌所か幾らでも脱ぐけど?」
そして、勿論ユリゼ・ファルアート(ea3502)。
いつか春風はあの2人にきっと吹く。けど‥‥ほんの少しの、後押しを。
それでは、早速2人のデートをセッティング! の、その前に。
エーディットには、訪れたい場所があった。
「素敵です〜♪」
舞遊ぶ桜の幻影。溢れる光。麗しいドレスに身を包んだ新婦。
「きらきらふわふわですね〜」
パリ郊外のさくらんぼ畑。マルクとフローラの結婚式を、物陰に潜んでこっそり見学中。よく見知った冒険者の姿も見える。
『末永くお幸せに』
2人の来た道を思い、これからの行く末を願い、メッセージカードをこっそり枝に掛けた。
「シャルロットさん達にも、早く幸せになってもらわないと〜♪」
冒険者の手助けで成就した恋人達の姿を見て、エーディットは決意新たに頷いた。
「他の人達も、上手く行って欲しいですね〜」
その為に、出来ることを。エーディットは、ちゃき、と筆記用具を取り出した。
「他の皆さんも、それぞれ意中の方がいらっしゃるご様子‥‥」
風が吹いた。春の気配運ぶ、暖かい。それに呼ばれた気がして、リディエールは空を仰いだ。
「楽しい1日になるとよいですね」
ふと浮かんだ面影。目を閉じると、想いは南方へ駆けてゆく。この風は、かの地にも吹いているだろうか。
「主不在の彼の地は、今どうなっているのか‥‥」
あの方も、無事で居ると良いのだが。
周囲に溢れる、様々な想いの形。
それに背を押されるように、ペンを執った。
「ねぇねぇ、気持ちいい季節だし、また遊びに行かない?」
ガブリエルの提案に、シャルロットは俄然乗り気だった。
「素敵ですね! 最近、風も温かくなって、お日様もぽかぽかで‥‥ふふ、お休み、貰えるかしら」
「それだったら、エーディットさんがご店主の許可を貰ってるみたいよ」
その言葉に、目を丸くした後、くすくすと笑い出したシャルロット。
「あら‥‥相変わらず、抜け目ないですね、エーディットさんって」
何しろ、諸々の仕掛人であるから。
「じゃ、4日後にしましょう。空けておいてね。‥‥と、今日はその為に来たんじゃ無かった。あのね‥‥ここの焼き菓子はすごく美味しくて可愛いじゃない」
「ありがとうございます」
家政婦のマリーが、毎朝焼いて店に出している。蜂蜜たっぷりの、人気の一品だ。
「私、こういうのを作ってあげたい人がいるんだけど、いかんせん料理が苦手でさ。マリーさんに‥‥教えて貰えないかなって」
「そうですね、ここの所はあんまり忙しくないから大丈夫だと‥‥ちょっと、聞いて来ますね」
マリーに尋ねた所、明日なら大丈夫、とのこと。
「良かった。それじゃ、シャルロットちゃんも一緒に作りましょうよ♪」
「私も‥‥ですか」
「売り物とかじゃなく‥‥」
ちらり、とガブリエルが伺う視線の先には、客の相手をしているリュック。
「彼にあげる時の練習とかで、さ」
「う‥‥。はい‥‥そうです、ね」
初日は、街を歩きながらデートの下見。
「あらあ〜‥‥」
届いたばかりの伝言に、肩を落とすエーディット。
「どうかしたかい? ‥‥今の人が、何か?」
隣を歩いていたライラが、騎士の従者といった格好の男の、後ろ姿を見送りながら尋ねた。
「実は、デートの時に良かったら遊びに来てください〜、という手紙を埴輪さんとライラさんのお相手さんに送ったのですけど〜」
「‥‥は?」
危うく咽そうになったユリゼとライラ。
「‥‥や、あの、大きな依頼の後だし来ないと思う‥けど」
先日、ブランシュ騎士団と、昨年ノルマン中を騒がせた『預言者』勢力との衝突があった。それは、緑分隊と赤分隊、そして橙分隊を中心として行われ、冒険者にも人員を募集する程の大規模なものであったのだ。
「そうみたいです〜」
しゅーん、と小さくなったエーディット。心なしか、長い耳も垂れている。
今見送った男は、埴輪の人‥‥橙分隊副分隊長が寄越した従者。伝言の趣旨は『申し訳ないが立て込んでいてのんびり顔を出す時間は無さそうだ』というもの。副分隊長自身の署名と『橙分隊員は』という注釈付だ。つまり、ライラの相手、新人騎士のアルノーも来られないということになる。
「そう‥‥ライラさんは、残念だったわね」
「‥‥ああ。まあ、大切な仕事だし、仕方がないさね」
「ユリゼさんは〜‥‥」
「そうね‥‥ちょっとほっとした、かな」
ほんのり残念な気も、しなくも無いようなだけれど、それは黙っておく。
「さ、下見の続きに行きましょ」
ばさ、とパリの裏地図を広げた。怪しい行商人から手に入れたこれには、普通の地図に載っていない抜け道や薬草の採取場所、さらには美味しい飲食店や景勝地まで掲載されている。
「夕焼けスポットは外せないわよね」
「やはり、セーヌ川の畔が良いと思うのだが。夕陽が落ちる頃に行ってみようか」
「まるごとさんレストランも良いと思うですよ〜♪」
「そうね、眺めの良い席を予約しましょ」
「昼間でしたら、花が見頃な小道や草原を通るルートはどうでしょう。夕日にはまだ時間がありますし、実際に行ってみませんか?」
リディエールの提案で、町の喧騒を少し離れる。ブラン商会へ行っていたガブリエルも合流して、散策を楽しんだ。
「日差しが大分暖かくなってきましたね。春本番も間近でしょうか」
リディエールが、柔らかな陽光に目を細めた。預言騒動やら何やらでパリも一時は荒れたけれど、今こうしてのんびりと散策が出来るのは、本当に幸せなこと。
あの方にも、この風景を‥‥。ふと、そんな事を思い、詮無い事と首を振った。‥‥あの便りは、届いただろうか。
可憐に咲き始めた野の花を、数本手折って花冠を作り、エーディットの頭に載せてみる。
「あら〜?」
「いいわね、それ。私も作ろうかな」
ユリゼが、しゃがみ込んで花の色を吟味している。
「何だか懐かしいわね」
ガブリエルも同じく。
「あっちの方にも、珍しい花が咲いていたのさね」
「どれも綺麗ですね〜♪」
美しい季節は、人の心を和ませる。しばしの間、下見という目的を忘れ、早春の野原を楽しんだのだった。
「つい時間を忘れてしまいました」
リディエールが苦笑する。
「でも私達が楽しめたなら、きっとお2人にも楽しんでもらえる事でしょう」
●
「あはは‥‥」
翌日、ブラン商会の台所。
乾いた笑みを浮かべるシャルロットとガブリエル。そして頭を抱えるマリーとライラ・マグニフィセント(eb9243)。
「お嬢さんに関しては、存じておりましたけど‥‥」
「そうなのかい? マリー殿」
「ええ、まあ‥‥」
出来上がった物体―妙に黒っぽいそれは、確かに『物体』としか表記し難いものだった―をつまみ上げ、ガブリエルが溜息をついた。
「いくらあの子でも、これは食べないわよね‥‥」
自分の壊滅的な料理の腕前が呪わしい。つい真剣になって計画が頭から消えてしまうくらい、一生懸命やったのに。
「っていうか、シャルロットちゃんも仲間だったの」
「ええ、はい‥‥」
視線を逸らす。今までも、何度か料理に誘われたり、手料理を贈ることを薦められた。その時々で上手く誤魔化してきたつもりだったけれど、とうとう『腕前』がばれてしまった。
「しかしな、折角の機会だし、少しは料理が出来るように、特訓する事にしようか」
ライラが腕を組んだ。
「よございます。リュックも殆ど料理は出来ません。お嬢さんとリュック、どちらかには出来るようになって頂かないと、この先不安ですもの」
お菓子屋の店主と、達人級家政婦に挟まれて、シャルロットは2度目の溜息をついた。
「まずは皆で出掛ける日に合わせるさね。間近に目標があった方が良いだろう? お弁当を作るのか、おやつとしてのお菓子を作るのかを決めよう。そうしたら、なるべく失敗しにくくて美味しいものを選んで教えるから‥‥」
着々と出来上がっていく計画に、逃げる隙は無かった。
「当日はシャルロット殿が作るのさね。手伝い位はしても手伝い以上の事はしないよ。さあ、頑張ろうか」
1日、シャルロットとデートに行って来るように、という冒険者達の要求に、リュックは案外あっさりと頷いた。
「王子様で教えるのと、へっぽこ相手役で教えるのとどっちが良い?」
白いシャツに緑のスカーフ、皮のブーツにベルトでぴしっとキメて、エスコート指南のユリゼ。
「へっぽこ相手役‥‥。王子は柄じゃないですけど、へっぽこ、て‥‥」
「ふふ。でもね‥‥普段はどんなに不器用でも良いの。それが貴方の魅力で良いとこ。リュックさんがちゃんと誰かの手を取ったなら、誰にも負けない位幸せになれる人だって保障する」
正面に回って、視線を合わせた。
「だからね、ずっと頑張ってきたお姫様に素敵な1日をプレゼントして欲しいから‥‥お願い」
「‥‥はい」
「ユリゼさん」
一通り指南が終わり、リュックは心なしかぐったりしている。
「ありがとうございます。その‥‥お嬢さんの事可愛がってくれて。お嬢さん、いつも本当に楽しそうで」
寂しがりやで甘え下手な少女は、徐々に世界を広げ、将来を見据えるまでに成長した。
「どういたしまして。私も楽しくてやってるから」
「はい。‥‥あと‥‥いや‥あ〜‥‥」
「どうしたの?」
「‥‥俺からも」
シャルロットに事寄せて、誤魔化してしまうのは狡いから。
「ずっと‥‥ありがとうございました。全部、知られてたから‥‥隠さなくて済んだし、何気なく気遣ってくれたりするのが‥‥嬉しかった」
ふ、と笑みを浮かべる。
「知り合えて良かった。‥‥俺はもう、大丈夫です。色んな事‥‥」
言うと、リュックは小さな包みを取り出した。
「貰ってやって下さい。お礼です、諸々の」
「こういう気遣いは、他に見せるべき人が居るんじゃないの?」
「今日は、特別じゃない、普通の日ですから」
「んー‥‥うん、ありがと。開けていい?」
出てきたのは、小さな口紅。
「あは、嬉しいけど柄じゃない、かな?」
「いや、綺麗な服だって似合うんだし、もっとそういう格好したら良いんじゃないかと」
「そ、そう?」
「ドレスもよく似合って‥‥」
「見てたの!?」
「見えたんです」
「聞いたの!?」
「まあ成り行き上聞こえたというか‥‥」
「あ〜。もう‥‥」
ユリゼが、軽く頭を抱えた。
「あのね、あれは、その‥‥そういういう‥じゃなくて‥‥」
リュックが、微笑んだ。苦笑交じりの、どこか読めない、笑みだった。
「‥‥それ、そんな高くない、普段遣いの消耗品ですから。どんどん使っちまってください。その色似合うと思いますよ。伊達に雑貨屋の店員やってないですから、見立ては、割と自信あるんです」
●
そして、デート当日。
「ま、間に合い、ました‥‥」
「私にしては、上手く行ったわ」
完成品を前に、達成感に浸るシャルロットとガブリエル。長い髪は調理の邪魔、といわれ、カンザシで纏めたガブリエルの長い髪が、ほつれている。
「これなら、人様にお出ししても恥ずかしくありませんね」
「2人とも、よく頑張ったな」
むしろ頑張ったのは指南役のマリーとライラなのだけれど。
「お疲れさまです〜」
そこへやってきたエーディット。
「とても美味しそうです〜♪ お2人とも好きな人を思いながら作ったからですね〜」
「美味しそうに出来るまでは、長い道のりがあったんですけどね‥‥」
「リボンで可愛く飾れば、素敵なプレゼントに早変わりです〜」
「うん、可愛い。‥‥それじゃ、次はシャルロットちゃんの準備に取り掛かりますか」
やっと得意分野、という風にガブリエル。
「え? 私は別に‥‥」
「まま、折角のお出かけなんだしさ」
「お洋服は任せてください〜」
「いくつか手持ちのアクセサリーを持ってきたさね。このピアスなんか、良いと思うのだが」
「へ?」
しばし呆然としている間に、よってたかってあっという間に出来上がり。
「あ、ありがとうございます‥‥」
髪はゆるく編んで可愛らしくアレンジ。軽く化粧もはたいて、アクセサリーもいくつか。服装も整えて出来上がり。
「それじゃ、行ってらっしゃい〜」
手を振るエーディット。
「あ、待ち合わせはここね」
ガブリエルはメモを手渡し。
「楽しい1日になるといいな」
ライラも見送りの構え。
「え? あの‥‥皆でお出かけじゃ?」
「行けば分かりますよ〜♪」
よく分からないうちに送り出され、首を傾げながらメモの場所に向かうシャルロットだった。
それより、少し前。
「デートの最後にプレゼントするとよいですよ」
リディエールは、そっとそれを手渡すと、リュックに微笑みかけた。
「お気遣いありがとうございます」
お礼に、とリュックはハーブの束をいくつか差し出した。
「貰い物ですけど、俺が持ってるより役立ててもらえそうですし‥・」
「そろそろ刻限かしら」
呟くと、ユリゼはリュックの手を取った。
「さぁ、行ってらっしゃい」
そっと、背中を押す。
リュックは、1度だけ振り返り、
「‥‥はい」
ユリゼが今まで見た中で1番、穏やかな笑みを浮かべた。
「それじゃ、行ってきます」
「さて〜行きますか〜?」
「ああ、そうだな」
「勿論! 心配だもの〜」
この『心配』は、多分『面白そう』と同義だ。
リディエールとユリゼが見送る中、くるくると、ハーブが川を流れてゆく。
「お呪いですか?」
「ええ。2人に心地よい風が吹きますようにって」
今回は、いつものような魔法の演出はなし。
「祈るだけ。それ以外は、本当に何もいらない気がするの」
「そうですね。私も、あまり心配していません」
リュックも、最近は大分しっかりしてきたようだから。
「そうだ、ライラさん、ちょっとお待ちになって」
家を出る前、マリーに呼びとめられたライラ。
「なんだい?」
厄介な生徒2人相手に協力した彼女達の間には、一種の連帯感が生まれていた。
「これ、私が若い頃に使っていたお守りですの。良かったら、お持ちになってくださいな」
家事を助けるという家小人の人形。
「いいのかね?」
「はい。お菓子屋を開業されたのは、最近だそうですね」
「ああ」
「菓子職人と家政婦‥‥少し違いますけれど、10数年家事に生きておりますとね、同じ道を行く若い方を、応援したくなるのです。どうか、高い目標を持って良い職人さんになって下さいな」
「ありがとう。マリー殿にも、目標があるのかい?」
「目標としている方なら」
「そうか。あたしも頑張るとするよ」
「楓さ〜ん」
「エーディットさん。こんにちは」
「楓さんにも、春風が吹くと良いですね〜」
「‥‥? ありがとう、ございます」
その他諸々の手紙と一緒に、楓の相手にも里帰りを促す手紙を託していたエーディット。ジャパンにそれが届くのはまだ先だが。
「嬉しい再会が、実現したら良いですね〜♪」
「‥‥で、どうしてリュックだけなの?」
「は?」
待ち合わせの場所。
「訳分からないのよ。だって、皆でお出かけって約束だったのに、家を出るときになって、皆『いってらっしゃい』って」
「俺は、2人で出掛けて来いって言われたんですけど‥‥」
「誰に?」
「ユリゼさんとか、エーディットさんとか、まあ‥‥皆さんに」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
その時2人の脳裏に過ぎったのは、『サプライズデートです〜♪』と嬉しそうに告げるエーディットの姿だった。
「‥‥多分、そういうことよね。いいわ、折角だもの、楽しみましょ」
「はい。宜しくお願いします」
「出発しましたね〜」
歩き出した2人の後を、合流したデバガメ×5が、少し間を置いて付いていく。コースは予めリュックに伝授してあるから、特に迷う事無くデートは進行した。
隠れて後を追う事が難しいような箇所は、裏地図を駆使して先回り。気付かれる事無く尾行は進む。
「尾行といえば変装なのです〜、ここはやはり、リディエールさんには女装をして頂かないと〜」
「は? いえ、結構ですから! 余計目立ってしまいますし‥‥」
「そうさね、『天青の天使』はあまりに麗しくて人目を惹いてしまうからな」
こちらはこちらで、楽しそうだ。
「すごい、パリにこんなに花が綺麗な所があったのね‥‥」
風の気持ち良い野原に並んで腰掛ける。
「そうだ、あの、ね‥‥お菓子、作ってきたのよ」
「お嬢さん、料理できましたっけ?」
「出来ないわよ。でもね、ちょっと特訓してもらったの」
バスケットから可愛らしいリボンのかかった包みを取り出し、差し出した。
「‥‥あ」
それを見て、ポケットから包みを取り出すリュック。
「最後に、渡そうと思ってたんですけど」
リディエールから託された春のリボン。シャルロットがエーディットから貰ったそれと、同じ。
「あら、お揃いね」
くすくすと笑みを漏らす。菓子の包みを渡すと、リボンを受け取った。
「リボン、結んでくれる?」
「はい。どこが良いですか」
「そうねぇ‥‥」
「お2人とも、楽しそうですね」
「ええ、良かったわ。‥‥恋人っていうより、兄妹っぽいのが、気になるけど」
でもそれは、2人の間に流れてきた長い時間の証でもあるから。これから、少しずつ変わっていくと良い、とユリゼは思った。
「お菓子は、リュック殿に好評のようだな」
メニューはライラ考えたもので、春の作物が中心になっている。野苺が手に入ったから、蜂蜜と野苺のクレープや、林檎のコンポート等。
仲良く包みを開く2人を見て、ガブリエルは自分の作った菓子に目を落とした。
「ん‥‥私にしては上手く出来た方だけど‥‥渡してみよう。きっと何でも食べてくれるわよね」
食べる事が大好きだから。一見無表情だけれど、美味しい物を食べている時は、よく見ると本当に幸せそうで。
「そんな顔が見られたら‥‥」
ガブリエルの呟きを素早くキャッチしたエーディット。つつつ、とその隣に寄り、囁く。
「思い立ったらすぐ行動、が良いですよ〜」
「ん‥‥」
2人のデートも気になる。気になるけれど‥‥
「ごめん、少しだけ席外すわね」
今、会いたい人がいるから。
野原でのんびりした後は、街中へ。辻や角には、それぞれ吟遊詩人や大道芸人、露天商なんかがいて、歩いているだけでも楽しい。
「ああ、丁度良かった、リディエール・アンティロープ様! お届けものでーす」
冒険者酒場の近くを通った時。声を掛けられて、振り返る。先日南方への手紙を託したシフールだった。デバガメ組に、先に行ってくれるよう告げ、立ち止まる。
「折り返しのお返事です」
それでは、託した便りはきちんと届いたのだ。シフールに礼を告げて帰すと、高鳴る胸を押えつつ、そっと手紙を開いた。
『草木が萌え、軟らかな日差しが心地好い日々が続いています。
私はプロスト城の管理を任され、現在はシャルトルのプロスト領に滞在しています。
もし、こちらに来る事がありましたら、1度お寄りください。
私としても、リディエールさんを両親に紹‥‥』
この先は、インクが滲んでいて読めない。
「ご両親に紹介‥‥というか、プロスト城の管理‥‥え‥ええと‥‥」
しばし呆然とした後、軽く頭を押えるリディエール。
「そう、ですか‥‥今は、プロスト領に‥‥」
しかし、今はただ、届いた便りを嬉しく思おう。出会った彼の地に想いを馳せながら。
「ユーノ様‥‥」
「‥‥もう、それあんた持っていけ」
突如現れ、いつものまるごとメリーさんを着込み、手伝いを始めたエーディット。溜息混じりに店主のボリスが告げた。
「うちの店じゃ、もうメリーさんといったらあんただからな。店員達には、そのサイズは着られないし、そのまるごとはあんたにやるよ」
「ありがとうございます〜」
「その代わり、また手伝いに来てくれよな」
「任せてくださいですよ〜。それじゃあ早速、皆さんに出す料理をカップル用に〜。らぶらぶ食事コースをサービスです〜♪」
「待て待て。勝手にメニューを変えるんじゃない‥‥」
「可愛いわねぇ、このお店。‥‥あ、お料理も美味しい」
「この辺りじゃ、結構有名らしいですね。店員が皆ドワーフってのも、珍しいですけど」
物陰から覗く、ドワーフにあるまじき長身のメリーさんゾウガメコゾウガメ付には、2人とも気付かなかった。
その店には、シャルロット達以外にも、ちらほら2人連れの姿が見えた。
「皆、幸せそうだな」
そういえば、エーディットは初めアルノーも此処に呼び出す予定だったと言っていた。もしかしたら、あの恋人達の中に、自分達の姿もあったのかも知れないと思うと、少しだけ残念な気もした。
「まあ、仕方がないさね。それより、無茶をしないでいてくれると良いが‥‥」
真面目で、真直ぐな人だから。
あの捕縛作戦、適うことならばライラも橙分隊の手助けに行きたかった、けれど、己の技量が要求されているそれに届かなかったのだ。
カサリ、と羊皮紙を広げる。
『お変わりありませんか? 近いうちに又、貴女のお店を訪ねる事が出来ればと思います』
そっと、文字をなぞった。昨日、棲家に届いた手紙。忙しくてエーディットの誘いに応えられなかったアルノーが、改めて寄越したものだ。今頃本人は、城で忙しく職務に励んでいる事だろう。
「‥‥あれ? そういえば、ユリゼ殿は何処へ行ったんだ?」
「柄じゃなかったかな、お守りなんて」
呟く声が、薄暗い建物に響いた。
心配なんてしてない。そう言った。変人だけど凄い人らしいし。‥‥不意に紳士だったり、何処が核なのか見えにくい人。
でも‥‥
「御守りありがとう。おかげで武運と勝利に恵まれた」
その声に、小さく胸が跳ねた。振り返ると、入り口の光を背に、その人が立っている。
「君がここ、パリに居てくれる事に勝る幸運、僥倖は無いと思うけどね」
昨日、便りが届いた。‥‥明日、旧聖堂で、と。
「ど、どういたしまして。‥‥忙しいんじゃ、なかったの?」
質問には、悪戯っぽい笑みが帰ってきた。
「抜け出して来たのね?」
呆れたように、呟く。少しだけ、ライラに悪いような気がした。真面目なアルノーは、城を抜け出す事など思いつきもしないだろうから。
「それだけ、君に逢いたかったということだよ」
「もう‥‥」
本当に、掴めない人。でも‥‥言いたい、言葉があった。
「お疲れ様。‥‥お帰りなさい」
橙分隊副長フィルマン・クレティエは、万感の思いを込めて、頷いた。
「ありがとう、ただいま」
「綺麗‥‥」
夕日が沈む。セーヌが、茜に染まる。
「夕日なんて、毎日見てるのにね。場所を変えるだけで、こんなに綺麗に見えるんだ‥‥」
「そうですね」
横に並ぶリュックを見上げる。穏やかな顔をしていた。
それぞれ一時離脱していた者も戻って、こっそりと様子を伺う。ただ、セーヌの音に紛れて、リュック達が交す言葉はよく聞こえなかった。
「お菓子は、喜んでもらえましたか〜?」
「うん。‥‥まあ、私にしては、上手く出来た、かなって思うし‥‥。ライラさん、どうもありがとね」
「どういたしましてさね」
「おや、ユリゼさんお帰りなさい。どちらへお出かけでしたか?」
「え、あ‥‥あはは、ちょっと野暮用がね‥‥」
そして、覗かれている事など、露知らぬ2人は。
「‥‥ねえ。お願いがあるの」
「何ですか?」
「あのね‥‥。ずっと、傍に居て頂戴」
傍に居る『意味』は、言わなかった。それは、困らせない為の気遣いでもあり、また、言ったら断られるから、という打算でもあった。
「傍に‥‥」
復唱する声。それだけで、シャルロットには、彼は彼女の気遣いも打算も見抜いてしまったのだと、判る。
「‥‥わかりました。ブラン商会以外に、行きたい場所もないですしね。俺は‥‥何処にも行きません」
ふっ、と笑う気配。
「でも、それだけで良いんですか?」
からかうような声色に、少しむっとする。
「言うわね」
こっちは、心臓が破裂しそうだというのに。
「良いのよ!」
動揺のあまり、声が少し大きくなる。覗き組にまで聞こえてしまう程度には。
「前、『覚悟なさい』って言ったでしょ。じっくり時間掛けていつか落としてやるんだから」
「あはは。‥‥楽しみに、してます」
それは、嘘ではない。
「それにね、知ってるもの。あなたがこの先誰を好きになっても、結局、わ、私より大切な人なんて、そうそう居ないってことくらい!」
「シャルロットさん〜‥‥」
物陰で、エーディットは感動していた。
「素敵です〜♪」
よくぞここまで成長した、と感無量のエーディットには、『何言ってんの私! 何言っちゃってるのよ〜ぅ!!』 ‥‥と後悔にのたうち回るシャルロットの心中など少しも伝わっていなかった。
流石に、リュックも驚いた。けれど。
「‥‥そうですね」
静かに、慎重に、言葉を選ぶ。
「俺は‥‥相変わらずで‥‥また、同じような事、繰り返して‥‥」
「あら、また聞こえなくなったわね」
2人の声は、再びセーヌの流れに紛れ、かき消されてしまった。
ちょっと残念、とガブリエル。けれど、これ以上近づくと危険だ。覗きがバレて雰囲気を壊す訳にもいかない。
「リュックさん、痛みを乗り越えるには、前に出る勇気も必要ですよ〜」
コゾウガメをぎゅう、と抱きながら、エーディット。
「仕方ないわよ。人の気持ちなんて、自分じゃどうにもならないわ。‥‥それだけ、素敵な人だもの。私だって、大好きだもの。あなたが好きになるのだって‥‥」
言いながら、声が萎む。
「‥‥でも、お嬢さんの言う通りで‥‥」
一拍置いて、リュックはシャルロットに視線を向けた。
「俺には‥‥シャルロットお嬢さんが、凄く、大切なんです」
「‥‥うん」
「だから、俺からも、お願いがあります。‥‥傍に、居てください」
それが、どんな形を取るのか、今は約束できないけれど。
「ええ。勿論よ。‥‥良いこと? あなたが言ったのよ? 後になって嫌になっても‥‥離してなんか、あげないんだから」
ぎゅう、とシャツにしがみ付く。肩が、小刻みに震えている。俯いて胸にもたせ掛けた頭を、リュックがポン、と撫でた。
「‥‥そこは、撫でるんじゃなくて、抱き寄せる所でしょうに」
指南が足りなかったかしら、とユリゼ。
「でもそれが、今のお2人の距離なのでしょうね」
リディエールの表情は、穏やか。
「まあ、これからに期待だな。幸せになってくれると良いが」
「そうね。‥‥さって、私達は、これくらいにしておきましょうか」
「そうですね〜。あとは2人の時間です〜♪」
そっと、木陰を離れる冒険者達。
少し歩き出して、ふと、ユリゼは振り返った。
夕日に、2人のシルエットが浮かぶ。
前を向くと、仲間達の背を、夕日が照らしている。
「‥‥皆、大好きよ」
呟いた。
過ごした時が積み重なって、今、此処にある。愛しさが、胸に迫る。
風が、吹いた。セーヌを渡る風。
‥‥あの2人にも、皆にも、芽生えの風が吹きます様に。
春風は、何処に向かって吹いただろう。
それは、優しい貴方の‥‥貴方達の、元へ。