早春の宴

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:03月25日〜03月30日

リプレイ公開日:2008年04月28日

●オープニング

 久方振りの休暇だった。
 先日大きな任務を終え、事後処理に走り回り‥‥それとてまだ山積みではあるのだが、とりあえず1度休め、と腹心の部下に白のマントと緑のマント留めを剥ぎ取られ、城を放り出された。
「ここは‥‥。ふふ、久しぶりですね。あなたはよく来るのですか?」
 足元を這う蜥蜴に話しかける。
 最近放って置いてばかりだったペットを散歩がてら好きに歩かせ、その後をのんびりと行き、着いた場所は旧聖堂。
 人が訪れることも随分少なくなったであろうそこは、しかし丁寧に掃き清められ、整頓されていた。
「‥‥ん?」
 庭の隅、いつの間にか庭に降りていた蜥蜴が、小さな袋に頭を突っ込んでもぞもぞと動いている。
「何を‥‥これは、種?」
 蜥蜴をつかんで引っ張り出すと、袋から黒い小さな粒が零れ落ちた。
「‥‥ああ、成程」
 庭に目を遣る。まだ小さな緑が、いくつも土から頭を出していた。
 そっと触れると、指1本で潰れてしまいそうに柔らかく‥‥それでいて、底知れない力‥‥若さ、とも言い換えられそうなそれを、湛えているようにも感じられた。
「1月もしたら、ここは春の花で一杯になるのかも知れませんね」
 かつて、危機の象徴であったこの場所に、色とりどりの花が咲く。それは、夢のように美しい光景だろう。
「此処だけでなく、ノルマン中で花が咲く季節がやって来る。楽しみですね、ソレイユ」
 地を這う生き物でありながら、何故か太陽と名付けられた蜥蜴は、返事のように、ちろり、と舌を出した。

「宴会やりましょう、隊長」
 仕事に戻ったフェリクスの所に、意気揚々とやって来た緑分隊の騎士、ロジェ。
「1度死に掛けたせいで頭の留め金が飛んだか」
 手厳しい言葉を放ったのは、副長ヴィクトル。視線が、隊長の机に積まれた書類が見えないのか、と告げている。
「私は正気です。傷も魔法ですっかり」
 ぐるぐる、と先日取れかけた腕を回してみせる。
 彼は数日前の出動で、敵の司令官と単独で対峙し、最終的に討ち取ったものの自らも傷を負った。仲間が発見した時には、敵の残骸と、戦い中に取られたのだろうデスハートンの白い玉、そして瀕死の彼が転がっていたという。もう少し玉を飲み込ませるのが遅れていたら危なかった、と治療に当たった高位のクレリックに呆れられていた。
「隊長、いつも『全部終わったら宴会でも』って仰ってますよね」
「ええ。しかし、ノストラダムスを捕縛したとはいえ、まだアガリアレプトもカルロスも野放しのままです」
 問題は山積しており『全部終わった』には程遠い。
「‥‥でも、それを言ったらずっと終わらないような気がするのですが‥‥」
「縁起でもない事を言うな」
 ヴィクトルが顔を顰めた。
「この前、死に掛けながら思いました。『このまま恋人も居らず、宴会の約束すら守れずに死ぬのかなぁ‥‥それは嫌だ。よし、生きて帰ったら隊長に進言しよう』‥‥と」
「悠長な半死人だな」
「‥‥危険な時に危険な『旗』を立てないで下さい」
 それは、一般的に死亡ナントカとか呼ばれるものではないか。
「私は生きて帰れと申したでしょう」
「‥‥ともあれ生きて帰って、体もどうにか動くようになりましたので、こうして進言に参った次第です。仰る通り問題は山積ですが、1つの区切りとして息抜き、ついでに親睦を深めるのも良いのではないでしょうか」
「親睦?」
「冒険者とです。宴会に、彼らを呼ばない道理は無いかと」
「そうですね。今回の成功も、彼らあってのものですし」
「これからも、連携して動いていかねばならない人達です。‥‥そして、出会いや結婚から逃げておられる隊長と違い、我々は出会いを求めております」
「‥‥は?」
「分隊内にも女性は居るだろう」
「ディアーヌは某分隊長殿に夢中ですし、アリスには恋人が居ます。他にも‥‥というか、それ以前に分隊内はなんというか‥‥身内というか同志というか、とにかくそういう対象ではないのです」
「はぁ‥‥」
 しかし、この騎士は戦乙女隊の呼称を考えたりと、それなりに冒険者と交流を持っている筈だ。それでも今まで何も無かったのだから、今更のような‥‥と思ったが、フェリクスは黙っている事にした。
「‥‥まぁ、良いのではないでしょうか」
「隊長‥‥」
 ヴィクトルの視線に、苦笑を返す。
「出会い云々はともかく、1度息抜きをしておくのも悪くありません」
 副官は、軽く溜息をついた。何だかんだ言っても乗り気なのだ、隊長は。付合いの長いヴィクトルは、フェリクスの宴会好きを知っていた。
「それに‥‥丁度良い場所が、あるのですよ」

●今回の参加者

 ea1225 リーディア・カンツォーネ(26歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ ライラ・マグニフィセント(eb9243)/ エフェリア・シドリ(ec1862

●リプレイ本文

 スッパァァァン!
 旧聖堂に小気味良い音が響き渡った。
「‥忠誠厚くて結構な事だな」
 ハリセンで緑分隊長の後頭部を張り倒すという所業をやってのけたロックハート・トキワ(ea2389)だが、直後、ぐるりと囲んだ日本刀やらロングソードやらの切っ先には、閉口した。
「下げなさい。ただの遊びです」
 苦笑交じりのフェリクスの言葉に、ようやく武器を収める緑分隊の面々。
「‥宴会までに少なくとも3度程殴るから。一撃喰らう度になんか物寄越せ、出来るだけ魔法がかかったものを」
 少々不機嫌そうなのはいつぞやの『事故』を思い出したせいだろうか。しかし、あれ―薬湯口移し―を大して気に掛けていないフェリクスには、その理由など思い当たる筈も無く。
「はは‥、何か見繕っておかなくては」
「‥ま、此方にばかり有利では面白くないからな‥そうだな‥‥1度でも防げば、女装でも何でもしてやろう?」

「花の都らしい景色が広がるのももうすぐですね‥‥」
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 庭に頭を出した柔らかな芽を数えるリーディア・カンツォーネ(ea1225)。
「‥暫く来ないうちに、こんな風になってたのね。とても素敵な感じ。主さんのお陰ね」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)は、柔らかさを増した風に目を細める。
「打ち捨てられた祈りの場所から、また希望が生まれてくる。時間って本当に流れて、変わってくものなんだ‥‥」
 出会い、別れ、巡り会い。
「緑分隊の皆様とのお付き合いも、長くなりましたね‥‥」
「本当に。隊の方達には一方ならずお世話になったわね」
 人も時も、留まる事は無い。刹那の交わりを積み重ね、築き上げた縁を思うリディエール・アンティロープ(eb5977)とポーラ・モンテクッコリ(eb6508)。
「折角の機会ですから〜。楽しみましょうね〜♪」
 ソウガメに乗るエーディット・ブラウン(eb1460)とコゾウガメ。過ぎ行くからこそ、かけがえの無いものに。それはやがて思い出と名を変え、同じ時重ねた者の胸に残るから。

「また夏にお手伝いするから」
 上目遣いのレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。この店の、夏の手伝いは地獄と同義だ。
「‥‥そんな好きなら、全部持ってけ」
 好きかは微妙だが、思い入れは抜群。受け取ったブツの重みに、フッと笑みを浮かべた。
「そうだ、これ‥1本しかないから、こっそりな」
 まるごとレストラン店主秘蔵酒の『ぶどうじゅーす』、プランタン。本命のブツに気を取られていたレティシアは、約1年越しの野望がうっかり叶ったことに、まだ気づいて居なかった。

「私はここ、好きです」
 フェリクスの顔を見上げるエフェリア。
「はい。私も好きです」
 危機の象徴が、芽吹きの場へ。変えたのは、此処に集った多くの人々。
「この場所で楽しく過ごす手伝い、それが出来ていたら、私は嬉しいです」

 暫くの間人の出入りが減っていた旧聖堂は、何時の間に動物達の溜り場になっていた。
 参加者が連れてきた鷹猫馬、フェアリーペガサスケットシー。外にも、飼い主が冒険中なのをいいことに、我が物顔で寛いでいる者までいる。
「さあ、行きましょう」
 その中から愛馬マルダーを牽き出し、レオパルド・ブリツィ(ea7890)は物品調達に出掛けた。

「‥‥ふう」
 まったり。
 足の短い卓に頬杖をつき、忙しなく動く人々を鑑賞中のロックハート。

「テーブル、足りないですかね?」
「そうね、小さいのも繋げちゃいましょ。まだ、外には出さない?」
「はいです。汚れないよう、直前まで庭近くの部屋に置いておくのですよ。椅子も出さなくては‥‥。普通のと、長椅子もありましたっけ」
「そうね。‥‥わ、これ埃すごいわ、拭いておかないと。折角、リーディアさんが可愛いテーブルクロス買ってきてくれたし」
「お掃除道具でしたら、こちらの部屋に」
「さすが番人さん。詳しいのね」

 まったり。

「いえその、さすがだなんて‥‥」
「椅子、こちらでよいですか?」
「ありがと、エフェリアさん。でも、無理しないで?」
「無理、しません」
「ユリゼさんの言う通りなのです。その椅子はちょっと重いので‥ああっ」

 まったr‥
「えぇい、じれったい、俺がやる」
 気躓いたエフェリアを引き起こすと、荷物を抱え上げた。
 置き去りのちゃぶ台の上、2足歩行の猫もどきがニヤリと笑った。

「見積もりはこんな感じさね」
 ライラが、メニューのメモを隊員に差し出した。ひとつ、ふたつ、話し合って了承を得る。
「それじゃ、当日、始まる頃に納品するさね」
 生業の方も順調のようだ。

「お花が踏まれたら、可哀想ですから」
 にこ、と笑み浮かべ、石を並べて即席花壇作成中のチサト。皆で撒いた種が、順調に育っているのが嬉しい。後で水もあげよう。
「うん、皆順調に育ってる」
 肥料はどれが良いかな、とユリゼ。
「花盛りになったら、綺麗だろうな」
 その横に同じくしゃがみ込む騎士に、チサトが告げた。
「ロジェさん、あの子が『命懸けの足止め、ありがとうっ』‥と」
 同じ作戦に関わった身内からの伝言。
「うん、こちらこそ。君達の力があったから、俺も因縁試合に専念出来たんだよ」

 宴の前日、隊員全員捕物に出て行くという想定外もありつつ、当日。
「さ、標的は沢山いるわよ〜」
「張り切るですよ〜♪」
 緑分隊経費で集めた衣装をアレコレと広げるエーディット。
 エーディットは、いつも人の事ばかり。けれど、だからこそ人の心に心地よく溶け込めるのだとユリゼは思う。
「いつも本当にありがとう。じゃあ、今回も何時もどおりでっ」
「任せてください〜♪」

 繋げて大きくした卓に、ずらり、料理が並べられた。ライラの店から配達された、ウェルシュケーキ、木の実とドライフルーツたっぷりのパイ、青野菜と卵のキッシュ、新鮮な果物をたっぷりと蜂蜜を添えたクレープ。
 豪勢な料理に、期待が高まる。
「この黒い物はなんでしょう?」
 レオパルドがポーラに尋ねた。
「かりんとう、というらしいわ。ライラが以前の依頼で教わったそうよ。ジャパンのお菓子ね」
「へえ‥‥面白いです。それでは、あとは飲み物ですね」
 確か、レティシアに一任した筈だが。
「皆、お待たせ」
 冒険者学校の制服で、いそいそと飲み物を配る。
 そして、広がる困惑。
「さ、乾杯しましょ」
「‥もしかして、これだけ?」
 ポーラが尋ねた。
「ええ」
 輝く笑顔。
「甘酒オンリー祭へようこそ!」
「いやいやいや、ないから」
 びし、とロックハート。
「ええと、私もハーブティーをいくつか持参しましたので‥」
 苦笑するリディエール。
「私もワインを持参しましたので、宜しかったら」
 フェリクスがさくっとワインを配り、無事乾杯となった。

「花嫁候補です〜♪」
 宴がやや盛り上がって来た頃。嬉々としてかの人物の腕を引いてきたエーディット。
「‥‥相変わらず、見事よね」
「ええと‥き、綺麗なのです」
 ポーラとリーディア。
「あ‥ありがとうございます‥‥?」
 肩を落とす、白いヴェールにドレスのリディエール。またの名を戦乙女隊天青の天使。エーディットに、期待に満ちた目で肩を叩かれた瞬間、覚悟を決めてしまう自分がいる。既に反射だ。
「これはこれは‥‥」
 ワイン片手に、感心するフェリクス。そして‥
 バゴッ。
「‥‥ち」
 鈍い音と共に、掲げた腕に阻まれたハリセンに、ロックハートが舌打ち。フェリクスは3度目にして防御に成功した。
「足音は消した筈」
「一瞬、影が映りました」
 陽光に煌くワインを掲げる。
「でも、2回成功してらっしゃいますから、約束通り‥」
 差し出された品に、押し黙るロックハート。
「魔法が掛かった品をご所望でしたので」
 どうしたものかと思っていたら、家の前で行商人が荷を広げていた。
「素敵ですね〜♪」
 エーディットが、がし、とロックハートの腕を捕まえた。

 この宴、裏でお見合いとか出会いとか、そういう思惑が流れているらしい。よく見ると、エーディットやレオパルドが誘導しているのが分かる。
 しかし、レティシアには、こういう時如何して良いか分からない。とりあえず、服は戦乙女のドレスに着替えてみた。
「でも‥‥」
 男性の視線を集めまくっている天使とやらとは、じっくり話し合いたい感じだ。
「‥旧聖堂の裏とかで」
「何の裏だって?」
 呟きを拾われて、顔を上げた。
「折角の宴で、干し肉齧らなくても」
 苦笑する顔を、びし、と指差した。
「ただの干し肉じゃないのよ」
 犬が優れたり鳥が超進化を遂げたりする聖なるブツなのだ。身長だって伸びるかも。
「あと2センチで世界は変わる! あなたこそ、宴に鎧?」
「すぐ脱ぐよ。ただ、贈り主に見て欲しくて」
 ブランシュプレート。白銀に輝く優美な鎧。
「‥へえ」
「匿名で詰所の入口に置いてあったんだ。宛先は『緑分隊』だけど、この前色々あって鎧駄目にしたから、俺宛だったりしてー‥なんて。何となく、この中に居るんじゃないかな、とか」
「自意識過剰ね。でも、‥見て貰えてると良いわね」
「そうそう、これ置いてあった時、いい匂いがしたんだよね」
「そうなの」
「そうなの。で、どういう訳か、今それと同じ香りが‥‥」
 はた、とポケットを押えるレティシア。嗅覚でばれないよう香り袋ではたいたのに、うっかりそのまま携帯してしまった。
「ま、贈り主が誰かは解らないけど‥‥凄く嬉しかったって事が、伝わってるといいなぁ」
 にっこり、ロジェが笑った。
「ありがとう、ってね」

「皆さんの想いが成就しなかったとしても、当局は一切関知しません‥‥」
 光の弓を構え、エンジェルに有るまじき発言をかます『まるごとえんじぇる』レオパルド。青天使とは違い、随分可愛らしい。彼は、予め出会いを求めていそうな隊員達を集め、エーディットと協力し、上手く誘導して女性と話す機会を作ったりなんだりに奔走した。
 因みに、役目を終えたエーディットは、まるごとメリーさんでペットをもふりながら動物王国の一員になりつつ、ライラの料理とお見合いの経過を楽しんでいる。
「では成功を祈ります」

「上手く行くカップルはあるかしら?」
「らぁ〜?」
 ポーラと妖精クラウディア。ポーラ自身は、エルフの隊員達と結構楽しく話をしたが、『そういう雰囲気』にはならず。
「皆に、聖なる母の祝福あれ」
 白のクレリックらしく、他の幸いを祈ったのだった。

「はは、よくお似合いですよ」
 ああ駄目だコイツちょっと酒で陽気になってる。‥とか分かってしまうのは、付き合いの結果だろうか。
『1度でも防げば、女装でも何でもしてやろう』
 ‥‥魔法少女のローブと亜麻のヴェール。どちらも隊長の贈り物だ。
「確かに魔法は掛かってる‥掛かってるがな‥‥」
 ぶちぶちと呟く。
 意趣返しでもしなくてはやっていられない。
「‥‥コホン」
 必殺、声色『少女』。
「‥‥私、早く弟か妹かがみたいなー?」
 ごほ、と咽たフェリクスに、ロックハートがニヤリと笑んだ。
「‥‥ね? おとーさん?」
「ええと‥」
 髪を掻き上げつつ、周囲を見渡すフェリクス。リーディアを呼ぶと、ロックハートの方へ軽く押し出した。
「お義姉さんじゃ駄目ですか?」
「却下」
「ほ、ほえ?」
 そこへ、エーディットが、にゅにゅっと顔を出した。
「リーディアさんはお義母さんですものね〜♪」
「‥はい?」
 隊長と番人は、揃って首を傾げた。

「そのドレスは‥‥」
「え、えとですねっ。持って来てみたらエーディットさんに着せられて何やら飾りやお化粧までっ」
 先日贈ったアフタヌーンドレス。リーディアの雰囲気に合っていて、贈った方も嬉しい。
「隊の者達に随分声を掛けられたのでは?」
「はいです。この間のお礼が沢山言えました」
 その返答に、部下達が少し哀れになった隊長。
「その‥えーと私はなんというか隣人愛とかは大丈夫ですが恋愛とかは一体どうしたらというか‥‥あ、お酌しましょうかっ」
 可愛らしく逸らされた話に苦笑し、ゴブレットを差し出した。
「宜しくお願いします」

「‥‥ったく」
 ヴェールをむしり取り、溜息のロックハート。その隣に、ユリゼが立った。
「‥‥あのね、ありがと。気に掛けてくれて嬉しかった」
 彼女自身の、想いを。
「別に。面白いからつついただけだ」
 彼らしい照れ隠し。だから、ユリゼも。
「応援してるわ‥‥フェリクス様との事」
「ゴホッ」
「‥‥なぁんてね」

 リーディアが席を立った場所に、ロックハートが腰掛けた。
「‥‥この間は大変だったみたいだな‥まぁ、俺も大変だったけどなっ」
「はい」
 くす、と微笑むフェリクス。
「それはそうと‥‥」
 ぱし、と投げ渡されたコメットブローチ。
「アレも確保したし、一応の区切りはついたんだ。それはやるから、あんたもいい加減、相手を探して区切りをつけろ」
「はぁ‥お気遣い、感謝いたします」
 しかし、部屋に山と詰まれた見合いの絵姿を思い出すと、つい、溜息が漏れた。
 先程ユリゼに、楽しんで見守って下さい、と言われた。小さなひと言に対する、礼と共に。
「他の背を押すことは出来ても、己の1歩というのは‥‥中々厄介なもので」
 しかし、こうして素直ではないエールを貰える事は、とても‥とても嬉しかった。

 宴は、和やかに進行した。
 リディエールとレオパルド、『天使』の競演を酒の肴に盛り上がったり、任務上では他人行儀にしか話せない冒険者達と打ち解けてみたり。
「あの方は‥‥私の憧れの全てなのです! 貴女も女性ならば解るでしょう?」
「いえ‥あの、私は‥‥」
「‥何故、橙分隊は男しか入れないのでしょう‥‥」
 酒が入ったディアーヌに『捕獲』されたリディエールが、延々と橙分隊長の素晴らしさについて説かれたり。
 沢山の人と、動物と、芽吹いたばかりの緑。
「おや、こんな所に」
 庭の隅に置かれた袋を、拾い上げるフェリクス。
「‥‥余った種でしょうか? 沢山ありますね。皆で分けましょう」
 全員に配られた茶色の木の実は、また様々な場所で芽吹くだろう。


 その後‥宴の最後の出来事を、どのように記録したら良いのでしょう。
 頂いた沢山の言葉と笑顔、秘密と‥‥小さな脅迫、特製のケーキ、優しいキス、素晴らしい詩と合唱、そして、舞っても舞っても、尽きない桜花の並木道。
 それら全て、傍観者である筈の記録係が頂いた事を。

 郷に戻った今でも、鮮やかに思い出します。冒険者という人々と共に在った日々。
 すっかり遅くなってしまった最後の報告書は、明日の朝1番でシフール便に託しましょう。たった1枚の報告書が、あの日の記憶を蘇らせる糧になれば、記録係としてそれ以上の幸福はありません。書き残す事。それが、記録係の全てなのですから。忘れないで下さい。全ては冒険者が冒険者あってこそ。それが、パリでほんの一時記録係をしていた者の、些細な願い。

 記録係を、記録係で在らせて下る全ての方に、心から感謝を。
 そして、皆さんのこれからの冒険が実り多きものでありますよう、心から祈っております。