王様ゲーム

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2007年01月20日

●オープニング

『王様だ〜れだっ』
「ハイ。私でぇす」
「げっ、お前かよ」
「ふふふふ〜、じゃあ〜何してもらおっかな〜‥‥3番が5番にぃ‥‥」
 夕暮れ時。酒場の一画で、異様な盛り上がりを見せる集団がひとつ。

「ナターシャ」
「‥‥‥‥‥」
「ナターシャや」
「‥‥‥‥‥‥」
「呼んどるのが聞こえんのかこのバカ孫」
「‥‥‥‥‥‥故意に無視してるとは思わないの? この贅沢ババァ」
 ナターシャ・ラグレーンは、肺の奥底から息を吐き出した。
「老い先短い、哀れな年寄りを無視するとは、なんて冷たい子だろうね。親の顔が見てみたいよ」
「鏡に映った顔を、25若くすりゃ、母親の顔になるんじゃないの? つっーか、アンタはあと50年は生きるわよ。70にもなってしぶといったら。で、何なのよ」
 分かっているが、敢えて聞く。というか、聞いてやらないとこの不毛なやり取りがどこまでも続いてしまう。
「退屈なんじゃー」
「ハイハイそーですか」
「唯一人の人と想い想われた背の君には先立たれ、一人授かった娘はとっとと嫁に行き、この足では散歩に出かけることも出来ん」
 そう言って、3年程前から動かなくなった足をさする。
 ナターシャは、その「とっとと嫁に行」った娘の娘。つまり、目の前の老婆、ジネット・ラングは母方の祖母にあたる。
 ナターシャの育ちは、母の嫁ぎ先、パリ近郊の小さな村であるが、16の時、兼ねてより憧れていた花の都にやってきた。その時、両親から出された条件が「祖母の家で彼女と同居すること」であった。丁度その頃、祖母の足が不自由になったので、身内が傍にいればジネットも心強いだろう、と両親は考えたのだ。
「でも、『お世話』ならともかく『お守り』までするハメになるとは思わなかったわよ」
「何か言ったかえ?」
「別にっ」
 ジネットは、生来の面白がりであり、活発な女性であった。退屈を何より嫌い、己の足であちこち出掛けては、人と交流するのを楽しみとしていた。そんな彼女の足が、動かなくなったから大変である。毎日退屈だ退屈だとぼやいては、ナターシャに娯楽を持って来いとせっついてくる。彼女も彼女なりに手を尽くし、珍しい本を取り寄せたり、旅の詩人を招いたりして祖母の徒然を慰めてきたが、そろそろネタ切れだ。
「とにかく、私はこれから仕事だから。遅くなるから、先に寝てて頂戴ね」
「はいよ。あんたも、帰り道には気をお付け」
「うん。大丈夫よ、すぐ近くだし」
「間違っても、男の人を襲うんじゃないよ?」
「誰が襲うか!」
 ナターシャ・ラグレーン19歳。ちょっと寂しい独り者であった。

「ふふふふ〜、じゃあ〜何してもらおっかな〜‥‥3番が5番にぃ‥‥でこチューで♪」
「きゃー! だあれぇ?」
「お、俺3番‥‥」
「はいはーい! 私が5番でーす。よろしくね〜」
 異様な盛り上がりを見せる、酒場の一画。
「ねえ、あれ何なの?」
 ホールに入ったナターシャは、早番の同僚に問いかけた。ここのウェイトレスが、彼女の仕事である。
「ん〜、なんかね、王様ゲームといかいう遊びらしいよ?」
「何それ?」
「誰が考えたかは知らないけど〜、番号のついた札を引いてね?その中に、ひとつだけ当りがあってー、それを引いた人は、王様になって何でも命令できるんだって。例えば、1番と2番は次のターンまで王様の肩叩き、とかさ。誰がどの番号かは、命令を出すまで分かんないの」
「それで、あんな盛り上がるもの?」
 ナターシャが首をかしげると、同僚は声を低くして、言った。
「ホラ、あそこの隅の男が、正面の女に片想いらしくて。で、本人以外は、みーんな分かってるの。で、わざとソレ系の命令をいっぱいするのね?」
 うんうん、とナターシャが頷く。
「で、その二人に当たったら、周りは盛り上がるし、そうでなくても、男が当って、女の人がヤキモチ焼いてるっぽかったら、脈アリじゃない?」
「成程ね」
 古今東西、他人の色恋は極上の娯楽と決まっている。興味が湧いたので、少しの間耳を傾けてみた。まぁ、傾けるまでもなく、筒抜けなのであるが。
「でも、なんか他愛の無いお題ばっかりねぇ」
 でこチューだの、腕組んで寄り添って酒場一周だの。
「それはそうよ。だって、時間もそんなに無いし、本人達に出来ることじゃないと意味ないでしょ?」
「そうだけど‥‥って、そうよ!」
「な、なぁに?」
 突然叫んだナターシャに、同僚は目を円くした。
「時間と、能力があれば、もっと面白いことになるんじゃない? そう、この街には冒険者ギルドがあるじゃないの! ふふふ‥‥見てなさい、退屈ババァ」

 後日、冒険者ギルドにて。
「王様ゲームの参加者を募集します」
「お、王様ゲーム?」
「ルールはかくかくしかじか。場所は私の家。期間は5日。謝礼は出します。また、一番オイシかった人には、さらに格別の報酬を出しましょう」
「お、オイシかった人?」
「早い話が、一番面白かった人です。思いもかけないお題を出した人や、それに対して活躍した人や、面白い反応をした人なんかに」
「はぁ‥‥」
 よくわかんないなーと思いつつ、受付嬢はペンを取るのだった。

●今回の参加者

 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2477 紅 麗華(20歳・♀・僧兵・エルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

紅 天華(ea0926)/ ウリエル・セグンド(ea1662)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ 黒之森 烏丸(eb7196

●リプレイ本文

●1日目
「よくお出でだね。入っておくれ」
 ジネットが、客人を招き入れる。
「お初にお目にかかる。お宅は、ペットが入っても大丈夫かの? 手入れは欠かしておらんのだが」
 紅麗華(eb2477)が訊ねた。
「ああ。動物は大好きさ」
「それは良かった。姉の天華から、迷惑をかけぬよう言われておるしな」
「しかし‥‥冒険者ってのは、変わったペットを飼ってるんだねぇ。これは‥‥なんだい?」
「エシュロンだ。よろしく頼む」
 サラサ・フローライト(ea3026)の隣には、火の玉がふよふよ浮いていた。

 今回は、くじの変わりにカードを使用。
『王様だーれだっ』
「ふふ‥‥私じゃ」
 王冠印のカードを、嬉しげに掲げたのは、麗華。
「命令は、もう決めてある‥‥2番と4番の者」
「うげっ」
 ラファエル・クアルト(ea8898)の呻き声。
「冒険者としての初仕事を述べよ」
 ほ、と誰かが息をついた。初戦は、無難に済みそうだ。
「折角来たのじゃ、初仕事に出た冒険譚を話すのも懐かしかろう?」
「素敵じゃないか。私も、冒険譚は大好きだよ。もう1人は?」
 ジネットも嬉しそうだ。
「ハイ。自分や。どうぞ宜しゅう」
 クレー・ブラト(ea6282)がカードを裏返した。数字は4。
「じゃ、私から。あれは‥‥もう、2年以上前のことだわ。ドレスタッド近郊の洞にね、手負いのリバードラゴンが居たのよ。しかも2匹!」
 漁師達が、怯えて海に出られない。しかし、相手は手負い。倒すのではなく、住民に危害を加えないよう、説得して欲しいとの依頼だった。
 僅かな音が木霊するばかりの、洞の中。水の中から現れたドラゴン。
 ラファエルは、彼らしい軽い語り口と、人を惹きつける話術を以って、冒険譚を紡ぐ。
 バードのテレパシー。答えぬドラゴン。鋭い牙が仲間を襲う。敵意の無いことを伝えようと、皆で手を打った。仲間の1人が突然脱衣を始めたくだりでは、皆の爆笑を誘った。
「彼は、人に大切なものを盗られた、と言うの」
 しかし、自分達に心当たりがあるはずもなく、もう駄目か、と思いかけた。
「最後に、その『大切なもの』を私達が探すことを交換条件に、約束を取り付けることができたわ」
 語り終えたラファエルに、ジネットが感心したように言った。
「最初っから、えらい冒険をしたねぇ」
「そうかも。‥‥さ、次はクレーさん、よろしく」
 今度は、クレーが皆に向き直った。
「自分の初依頼も、ドレスタッドやった。怪盗三世ちゅう、けったいな奴がおってな?」
 その怪盗が、聖遺物の杯を盗むと予告を寄越したので守って欲しい、というもの。しかし、怪盗は変装の達人。依頼人や仲間ですら、疑ってかかる必要があった。自分達は、防備の一旦として、何と杯を氷漬けにしてしまった。‥‥実際は、人も数人氷付けになっていたのだが。
「それで、あんたはどんなことをしたんだい?」
 ジネットの問いに、クレーが頬をかいた。
「あー、自分、あんまり活躍せんかったなぁ。ドアに仕掛け作ろうとしたんやけど、上手くいかんくて」
 そして、怪盗が現れる。しかし、仲間の大半は痺れ薬に倒れていた。無事だった者、解毒をした者で、立ち向かう。迫る怪盗、応戦する冒険者。‥‥軍配は、冒険者に挙がった。怪盗を捕らえることは出来なかったが、杯を守り抜いたのだ。
「ま、自分の場合こんなとこや」
 その後、クレーから天護酒が振舞われた。それに関する「五条の乱」の話も、ジネットは大変喜び、他にも話を聞きたがった。結局皆が様々な冒険譚を語って盛り上がり、そのささやかな宴は夜更けまで続いたのだった。

●2日目
「さて、今日も元気にお願いしようかね」
 朝食を済ませると、ジネットが嬉しそうに言った。
「そういえば、ナターシャさんは? どやろ? 参加してみない?」
 クレーの提案に、ナターシャが目を円くした。
「わ、私?」
「ゲームは大勢でやったほうが楽しいやろ?」
「ジネットもどうだろう? 無理な命令が当たったら、番号指定権を得るということで」
 こちらはサラサ。
「いいのかい? 嬉しいね。ナターシャ、あんたも参加おし」
 そして、カードを1人1枚。
『王様だーれだっ!』
 緊張の一瞬。
「私ですわ」
 にっこり。クレア・エルスハイマー(ea2884)が、ある意味不穏な笑みを浮かべた。
「お題は‥‥決めてあったのですけど‥‥」
 ちらり、と。気遣うように、ジネットを見遣る。
「私のことなら、気にしないでおくれ。番号指定が当たるのも、一興だよ」
「それなら‥‥4番さんと6番さんとがペアになって『2人だけで』ワルツを踊っていただきますわ♪」
「‥‥これも御仏の課した試練じゃ」
 麗華が、4番のカードを裏返す。
「6番は、私だね」
 ジネットがにや、と笑い、6番を見せた。
「さて、ワルツは無理だね。一度、安心しただろうところを残念だがね‥‥2番に、変わってもらおうか」
 サラサが、瞠目してカードを示した。
「‥‥‥‥」
 とりあえず、2人で向き合ってみる。が、進まない。
「ワルツ、ということは、三拍子だな?」
「しかしの、どのように歩いたら良いのか、見当もつかぬ」
 手を取り合ったまま、固まってしまう。
「ねえ、音楽くらいは‥‥」
 ラファエルの助け舟であるが、
「え? そんな、もちろん音楽なしですわよ♪」
 にっこりと却下された。
「とりあえず、動いてみるか」
 サラサが、ずいっと一歩踏み出すと、麗華がバランスを崩しかける。慌ててサラサが支えたものの、2人してたたらを踏んで、転倒寸前である。その後も、何とかヨロヨロと動いてみるものの、三拍子どころの話ではなく。ただ、決定的に転んだりはしないところは、さすが冒険者といったところであろうか。
 ハラハラと見守る男性陣を傍目に、クレアは微笑みを絶やさない。‥‥というか、楽しそうである。ちなみに、ジネットは窒息寸前だ。
「あはっ‥‥‥あはははは‥‥ちょっと、ちょっと待っておくれ。年寄りを笑い死にさせる気かい」
 二人が、動きを止めた。
「なかなか、上手くいかないものじゃの」
 麗華が、首をかしげる。
「ねえ、この2人、ちょっと預かってもいいかい? 筋はそんなに悪くないみたいだ。夜まで仕込んだら、けっこういけると思うんだよ」
 爆笑していた人間の言葉ではない気もするが。
「私ゃ、こう見えても若い頃は結構な踊り手でね。見本は無理だけど、口出しくらいならできる」
「そんなら、自分もお手伝いします。多少なら、踊りもわかるよって」
 クレーが言って、4人で別室に移ってしまう。
「あらま、私達はどうしましょうか?」
 ラファエルが首をかしげた。
「とりあえず、私は昼食の準備でもしてますね」
 ナターシャが立ち上がる。
「お手伝いするわ。家事は得意なの」
 そうして家事を手伝い、ペットの世話などをしているうちに、日が暮れる。
 夕食を済ませて再び居間に集まると、クレーからハーブワインが振舞われた。
「やっぱり、お酒があったほうが盛り上がるやろ?」
 すっきりとした香りが、心地良い。ほんのりと酔いが回ったところで、サラサと麗華が立ち上がった。
「そろそろ、踊らせてもらうか」
「練習の成果、とくとご覧あれ」
 そうして、手を取り合う。長身の麗華が、男役のようだ。一呼吸おいて、サラサが歌い始めた。流れるような三拍子。
「なるほど‥‥伴奏が駄目なら、自前で、というわけね」
 ナターシャが、感心している。
「お二人とも、お上手ですわ」
 クレアが、目を見張った。先程とは違い、きちんと決まったステップを、リズムに乗せて軽やかに踏んでいる。麗華に至っては、足音すらしない。
 一曲踊り終え、形通りの礼。観客の拍手。
「お疲れさん、良かったよ」
 ジネットの賞賛に、ほっと息をつくと、二人同時に、がっくりとくず折れた。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
 ラファエルが訊ねる。
「あ、足が‥‥‥」
 どうやら、ジネットの教授は、なかなか厳しいものであったようだ。加えて、練習中、お互いの足を踏みまくったらしい。踊っている間のポーカーフェイスからは、想像も付かなかったのだが。
「知らなかった、踊りとは、なかなかの重労働なのだな‥‥」
 サラサが、ワインを煽った。
「明日には、全て忘れていそうな気がするのう‥‥」
 それは、短期詰め込み教育の弊害。麗華が、遠い目になった。

●3日目
 この日は、麗華とサラサの疲労が激しかったため、ゲームは休みとなった。冒険話をし、また男手の居ない家であるので、ラファエルやクレーが力仕事を手伝い、また皆でペット達と戯れて1日を過ごした。

●4日目
(「あ、何か嫌な汗出てきた。どこか遠くへ逃げたいわー」)
 昼下がりの居間。先程からぴくりとも動かないラファエルだが、脳内はフル回転である。
(「えーっと、ナンパの要領でいいのよね。そこそこ出来るわよ、多分。普段やんないけど」)
 彼の正面には、サラサ。じーっと、ラファエルを見つめている。彼らに課せられた指令は「3番が5番に甘〜い台詞を言う!」byクレー。「ま、無難に『恥ずかしい系』のお題ちゅうことで」だそうで。
(「ごめんシェアトさん! これ演技だから! 遊びだから許して〜」)
 そう思ったところで「あ、『遊び』でそんなことするんですねっ!」と叫んで駈け去る愛しい人の後姿なんかが浮かんでしまったり。というか、三日前に似たような後姿を見たばかりである。王様ゲームのシステムを説明したら「王様になってあーんな事、こーんな事って‥‥そうだったんですね そうだったんですねっ」と、何かを激しく勘違いされ、誤解を解くのに苦労した。
(「違うのよー。その『遊び』じゃなくってー」)
 そんな彼の苦悩を他所に。
「なかなか見応えのある百面相ですわね♪」
「何やら、色々妄想しておるようじゃな」
「無難なお題やと思ったんやけど。当たった相手が悪かったかな」
 観衆は、皆実に楽しそうだ。
(「しょうがないわ。このままだとサラサさんにも悪いし」)
 どうやら、覚悟を決めた模様。
体を少し傾けて、サラサの背後の壁に片手を着くと、斜め上から、顔を見下ろした。青い瞳をじぃっと見つめ、ふっと、目元と口元を綻ばせる。
「綺麗な瞳‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥お粗末様でした」
 ラファエルが、へなへなとしゃがみ込んだ。
「お褒めに預かり、光栄だ」
 サラサは涼しい顔であるが、少しばかり顔が赤いような。
「お疲れさん。言葉少なに含ませるテクニックかー。参考になるなぁ」
 そう言って、クレーからコップが差し出された。独特な香りの白濁液。どぶろくだ。嚥下すると、強めの酒精が喉を焼いた。今の気分にぴったりである。周りを見回すと、自分達以外には既に配られていた模様。酒の肴にされていたらしい。
「どうせなら、先にお酒が欲しかったわ」
 ラファエルが、盛大に溜息をついた。

「さて、予定では、3回のつもりでしたけど、まだ昼ですし、もう1回くらい、やりますか?」
 ナターシャの提案に、皆賛成した。
「このままじゃ終われないわ‥‥運よ我が右手に!」
「さすがに、やられっぱなしというのもな」
 ラファエルとサラサ。一度も出題側に回っていないのだ。
『王様だーれだっ!!』
「ふふふ‥‥ついに来たわ」
 ラファエルが笑う。
「王様の言うことは絶対よね? じゃあ、ウリに考えてもらった、アレ出しちゃうわ。聞いたときは私もちょっと酷いかなって思ったけど」
 さらりと不穏なことを言う。先程の精神的負荷と酒の効果で、何か外れてしまったのかも知れない、
「シャンゼリゼで、ウェイトレスのアンリさんに、古ワイン連続五回注文してきて頂戴。1番と5番ね」
「‥‥‥」
 古ワイン。冒険者であるからには、誰しもが知っている。あの独特の苦味と酸味。
 アンリ嬢。冒険者で以下同文。同じ品が残っているのに次を頼めるような相手ではない、つまり、全部飲み干せ、ということ。
 サラサと麗華が、がっくりと肩を落とした。
 酒の入ったジネットは様子を見に行くのを辞退したため、クレアが検分に行くことになった。裏任務は酔っ払いの回収である。

 夜も更けた頃、二人はクレアに手を引かれ、ヨロヨロと帰ってきた。顔が赤い。味も香りも‥‥な割に、酔いはするのが、古ワイン。
 二人を寝かしつけ、クレアが結果報告に戻ってきた。
「1、2杯目までは、問題ありませんでしたわ」
 3杯目になると、微妙な表情に、4杯目になると、うんざり、という体に。そして。
「ちょっと不穏な気配を感じたのも、その頃でしたわね」
 背後に、怒気‥‥というか、殺気を感じたのだという。ようやく4杯目を飲み干して、5杯目を注文。これで終わる、という安心感もあってだろう。とっくに会話の無くなっていた2人が、同時に呟いた。
「‥‥不味い‥‥」
 何か居たたまれなくて、クレアが視線を逸らした、その瞬間。視界の隅で、何かが光り。
 ガゴン!!
 鈍い打撲音に続いて、サラサと麗華が、机に突っ伏した。後頭部を押さえて悶絶している。その背後には、跳ね返ったトレイをキャッチするウェイトレス、アンリ嬢の姿が。彼女は、口元だけでニコリと笑う。そのココロは「だったら飲むな」‥‥ご尤も。でも、銀のトレイ(四角)はちょっと酷い。
「その後、何とか5杯目も飲み終えて、帰ってきましたの」
「‥‥‥‥」
 居間に、沈黙が落ちた。
「そのアンリさんってのは、何者だい?」
 ジネットの問いは、冒険者皆の疑問かも知れない。
「そういえば、おかしなお客もいましたわ」
 クレアが、話を逸らす。
 それは、3杯目を飲み終え、酔いが回り始めた頃。サラサが目を落とし、呟いた。
「これも全てあの『王様』のせいだ」
 それに、麗華が深く頷いた。
「その通りじゃ。あの暴君め!」
 ガタン!!
 突然響いた大音に辺りを見回すと、隣卓の椅子が倒れていた。金髪の男性が、慌てて椅子を直すとそそくさと酒場を出て行った。
「立ち上がる際に、誤って倒したようですわ。その方も、酔っていらしたのかも」
「その、何が妙なんだい?」
 ジネットの問い。
「その方‥‥見覚えがある気がしたのですわ。でも、帽子を深く被っていて、顔が見えなくて」
「知り合いかい?」
「知り合い‥‥かも知れませんし、一方的に見たことがあるだけかも‥‥あら? 妙なのはその人でなくて、私ですわね」
 クレアが、苦笑した。

●5日目
「皆、本当にありがとうね、楽しかったよ。これは、あんたに渡しておくから、彼女さんと美味しいものでも食べにお行き」
 そう言って、小さな袋をラファエルに渡した。中身は金貨であろう。
「あと、これはあんたに」
 クレーにはシェリーキャンリーゼ。
「色々珍しいお酒をありがとうね。ちょっとしたお礼だよ」
「おおきに。自分も楽しかったですわ」
「皆、また遊びにきておくれ。家事の手伝いも、嬉しかったよ」

 ちなみに。
 後日、とある至高の存在であらせられる御方が「私は、女性に嫌われるような政をしているかなぁ‥‥」と騎士団長に訊ねたとか訊ねなかったとか。