黒猫と少年

■ショートシナリオ


担当:紡木

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2007年01月26日

●オープニング

「ロッテ‥‥ごめんよ、ロッテ‥‥」
 滴る紅が、涙でぼやけた。
 まだ息のある、暖かなかたまりをそっと抱いて、クリストフは走り出す。揺らさないように、それでいて、出来る限り速く。
「がんばって‥‥‥あと少しだから‥‥おねがい‥‥‥」
 冷たい頬を拭いもせずに、少年は、ただ、屋敷を目指した。

「ジャイアントラットを退治して欲しいのですが」
 その日、冒険者ギルドを訪れたのは、30代前半と思われる身形の良い女性であった。
「わたくし、最近まで、この近隣の村で暮しておりました。広場で大きな市が開かれているような、賑やかな村でしたわ。でも、息子のクリストフは体が弱くて。静養のために、もっと遠くの静かな村に引越しましたの」
「その村に、ジャイアントラットが?」
 受付嬢が、尋ねる。
「はい。わたくし達の屋敷は、村の中心から外れた、半分森の中のような場所でして、近くに、洞窟がありますの。そこに、住み着いております。村の皆さんもお困りでいらして‥‥」
「そこで、村を代表して、依頼にいらした?」
「ええ、それもありますし」
「おねがい! あいつらをやっつけてよ!!」
 突然響いた声に、二人とも驚かされた。
「クリス! あなた宿で待っているように言ったでしょう?」
 女性の背後に立っていたのは、10歳程の少年であった。
「あの、この子は?」
「すみません、息子のクリストフです」
「ねえ、おねえちゃん、ここ、つよい人たちを、いっぱい紹介してくれるんでしょ? おねがいだよ、あ、あいつら‥‥ロッテを‥‥‥」
「ロッテ、というのは?」
「2ヶ月程前に購入した、猫のことです。体の弱いこの子の、良い友達で」
 猫、という言葉に、受付嬢がぴくり、と反応する。
「ぼ、ぼく‥‥あの日、ひさしぶりに元気になって‥‥う、うれしくて‥‥行っちゃいけないって言われてた、洞窟に‥‥一人で行ったんだ」
 話し声に、少しずつ涙が滲む。
「そ、そしたら、くらい所で、気味のわるい目が‥‥ふたつ‥‥ぎらぎら光ってた‥‥こわくて、うごけなくて‥‥そしたら、それが近づいてきて‥‥」
 もうだめだ、と思った、そのとき。
「ロッテが‥‥う‥‥っく‥‥たすけにきてくれたんだ」

 生後6ヶ月にも満たない仔猫。出会って2ヶ月も経たない友達が。自分と、化物の間に立ち塞がったのだ。全身の毛を逆立てて、小さな牙を剥いて、低い唸り声をあげて。
 クリストフは、走った。ロッテに背を向けて。そうしろと、言われた気がした。背後で争う音が聞こえても、振り返らなかった。
 洞窟を抜けて、視界が開けて‥‥我に返った。自分は、友達を置き去りにしてきてしまった。ロッテに何かあったら。そう思うと怖くて、でも、戻ることも出来なかった。洞窟の中からは、まだ物音が聞こえてきて‥‥やがて、消えた。呆然としていると、暗闇から、かすかな足音。‥‥ロッテ。柔らかな黒い毛並みに、紅がべっとりとこびりついている。後ろ足を引きずりながら、それでも、クリストフの前にやってきて‥‥安心したように、倒れこんだ。

「ぼ、ぼくが、いいつけをやぶったから‥‥ぼくのせいで‥‥‥ひっく‥‥」
「まあ‥‥」
 話を聞き終わった受付嬢は、痛ましげに眉をしかめた。
「それで、ロッテちゃんは?」
「すぐにお医者につれていきましたので、何とか。まだ、起き上がることは出来ませんが」
 母親の言葉に、ひとまずほっとする。
「ロッテは、ちょっと特別な‥‥鼠捕りの訓練を受けた猫なんですの」
 鼠捕りの? 受付嬢のペンを持つ手が、微かに震えた。母親は気付かずに、続ける。
「元居た家には、鼠がほとんどいなかったのですけど、今度の家では、時々捕まえてくることもありましたわ。反応も、素早さも、普通の猫とは桁違いで。だからこそ、ジャイアントラットにも、飛び掛っていったのでしょう‥‥適わないことくらい、解っていたでしょうに‥‥‥」
「‥‥鼠採りの猫、生後6ヵ月‥‥‥出会って、2ヵ月‥‥まさか‥‥」
 受付嬢が、キッと顔を上げた。
「もしかして、ロッテちゃんと出会った村というのは‥‥」
 パリ近郊の、村の名を挙げる。
「ええ、どうしてご存知なのですか?」
 母親が、驚いたように目を見張る。
「売り子は、どのような人たちでした?」
「ええと、若い男女で、エルフの方が多かったような‥‥あ、あと猫の気持ちが解る方も‥‥」
 間違いない。握り締めたペンの先が、羊皮紙をえぐった。『彼ら』がギルドを訪れた日を、よく覚えている。籠の中でうにゃうにゃと丸まっていた毛玉団子。彼らの里親探しを、手伝って欲しいという依頼だった。
「‥‥ぼくのせいなんだ‥‥! だ、だから、ロッテと約束したんだ。ぼくじゃ、無理だから‥‥ひっく‥‥かわりに、あいつらをたおしてくれる人を、つれてくるって‥‥」
 クリストフが、涙ながらに訴える。
「選りすぐりの冒険者を、紹介させていただきますわ」
 受付嬢の声に、ひんやりとした何かがこもる。ふわふわで、ふにょふにょで、うにうにで、あんなにも愛らしかった仔猫たち。
 ‥‥‥許すまじ、化鼠。
「よくも、私の(受付した)仔猫ちゃんたち(のうち1匹)を!」

 すぐさま、依頼文書が貼り出された。
 その文面に妙に気合が入っていたり、羊皮紙が所々えぐれていたりしたことに、冒険者達は首をかしげたのだけれど。

●今回の参加者

 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb7368 ユーフィールド・ナルファーン(35歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7986 ミラン・アレテューズ(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9571 レイ・マグナス(29歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec0052 紫堂 紅々乃(23歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528

●リプレイ本文

 パリを発って1日目の夕刻。
 七里靴で先を行き、野営場所を見繕って待っていたスズカ・アークライト(eb8113)に追いつくと、皆で野営の準備を始めた。アリスティド・メシアン(eb3084)が風の弱い場所を読み、そこへポーラ・モンテクッコリ(eb6508)がライモンドを繋ぎ、毛布を掛けた。2匹で寄り添えるよう、レイ・マグナス(eb9571)の馬もすぐ傍に。
「一応、テントは人数分用意してきましたが」
「さすがレイさん。持つべきものは馬を持った気が利く仲間よね」
 と、スズカが笑う。
「レイさんのテント、4人用ですね。ポーラさんの物も。女子はポーラさん、男子はレイさんにお世話になりましょうか」
 紫堂紅々乃(ec0052)の提案に、ユーフィールド・ナルファーン(eb7368)が頷き、苦笑する。
「出来るだけ寄り合った方が、暖かいですしね。私も、寝袋忘れに気付いてよかったです」
 この季節、テント内でも、防寒服のみでは寒い。途中で買い足した寝袋は割高であったが、仕方ない。
「ジャパンじゃ『おんじゃく』って言うんだけど温めた石を懐にいれると暖かいわよ」
 スズカが、ランタンに火をつけながら、言った。
 テントを張り終え、食事を済ませると、交代の見張りを残し、その日は早めの就寝となった。

 翌日、村に到着した一行は、まず依頼人の屋敷へ。
「はじめまして。ロッテさんの想いを無にするわけにはいきませんね」
 ユーフィールドに続いて皆が挨拶を済ませる。彼と、ポーラ、アリスティドは、クリストフに頼んで、ロッテの様子を伺うことにした。
 通されたのは、クリストフの部屋。真白な包帯を巻かれた猫が、籠の中に納まっている。
「やはり‥‥」
 ポーラが、痛ましげに呟いた。
「これはもしかしなくても、あのときの、ジルさんの仔猫よね‥‥あぁ、本当に‥‥」
 あの小さかった仔猫が、2ヶ月でこんなに大きくなって、そして、友達を守ったのだ。何よりもこの子の為に、そして、ジルや、一緒に里親を探した仲間達の為に、必ず化鼠を何とかしようとポーラは思った。
 ピュアリファイで傷口を清めると、苦しそうな呼吸が、少し穏やかになった。続いてリカバーを施すが。
「‥‥瀕死の傷を負ったのね、これは、私の魔法では治らないわ。傷を清めたから、回復は速まると思うけれど」
「必死だったのでしょうね。パトゥーシャさんが、この子のことをとても褒めていました」
 と、ユーフィールド。
「頑張ったね。あとは僕らに任せておおき」
 アリスティドが、そっと黒い毛並みを撫で、テレパシーで言葉を伝える。ロッテは、薄く目を開くと、小さく喉を鳴らした。
「さて、いくつか話を聞かせてもらえるかな?」
 アリスティドが、少年に向き直る。クリストフは、必死で記憶をさぐり、問いに答えた。話を進めるうちに、涙が溢れ出す。
「ぼ、ぼくが‥‥ぼくがロッテをおいてきちゃったから‥‥こんな‥‥」
 アリスティドは、屈んでクリストフと目線を合わせた。
「僕はこうして魔法の力でロッテと話すことが出来るけれど、君にはきっとその時、ロッテの声が聞こえたんだな」
「うん‥‥たぶん。にげろって、いわれた気がした」
「ロッテが望んだのだから、悔やんでいてはロッテが悲しがる。けれど‥‥もう危ないことはしないと、ロッテになら誓えるね?」
 少年は、必死で頷いた。
「いい子だ」
 そう言って、頭を撫でてやった。

 一方、情報収集に出た4人は、二手に分かれて村を回っていた。
「そうだ、これ渡しておくわね」
 スズカが、バックパックから金色の弥勒像を取り出し、紅々乃に差し出した。
「京都で手に入れたものだけど、貴女なら使えるでしょ? 私じゃ宝の持ち腐れだからね」
 そう言って、笑う。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
 紅々乃がそっと荷物の中に収めると、道の向こう側からミラン・アレテューズ(eb7986)とレイが歩いて来るのが見えた。
「洞窟の見取り図が手に入りました」
 レイが、羊皮紙を広げる。
「以前の屋敷の持ち主が、食料なんかを貯蔵するために使ってたみたい。その一家が他所へ移ってから、ジャイアントラットが住み着いたらしいね」
 と、ミラン。2人は、偶然、以前その屋敷で雑用をしていたという男性から話を聞くことが出来た。洞窟には仕事で出入りしていたらしく、比較的詳細な図を描いてもらうことが出来た。
「この図と、皆さんが聞いていらした話、クリストフ君の話を纏めて、今夜作戦を練りましょう」
 紅々乃の言葉に、皆で頷いた。

 翌日、馬たちを預けて、屋敷を出発した。物資の保存に使っていたというその場所は、驚くほど屋敷の近くにあった。
「寒い冬に、こんなに近くに巣が有るのは不安材料でしょうね。このまま数が増え、食料不足で村を襲うようになれば大変な事になるでしょう」
 レイが言うと、
「私は、化け鼠には特に恨みも無いが、疫病だのなんだの色々面倒だから、全滅してもらおうか」
 ミランが不敵に笑ってみせた。
「ええ。この期に全滅させてみせます」
 レイの青い瞳が決意の光を湛える。
「わ、私も足手まといにならぬよう精一杯がんばります!」
 紅々乃も言い募る。この3人にとって、今回が初めての冒険である。
「不審な音はしないわね」
「敵の姿も見えないな」
 ポーラとアリスティドが、感覚を研ぎ澄ませる。
 洞窟は森の中にあるが、その入り口の周囲は比較的木がまばらで、戦うには良さそうだ。だが、森の奥や、村の方向へ逃げられては厄介である。
「出掛けに占ってきたんだけど、攻撃した後の動きに注意した方がいいよ。弱ったら、逃げようとするからかな? ‥‥ま、私の占いじゃ未熟すぎて、気持ち程度のものだけどさっ」
 ミランが辺りを見回した。ユーフィールドが頷く。
「ジャアントラットが逃亡できないような状況を作っておく必要がありますね。それから、一斉に出てこられないように入り口を狭く出来たら良いのですが‥‥」
 辺りを見回すが、生憎丁度良い石等は見当たらない。木を切り倒している余裕も無いし、パトゥーシャに罠を考えてもらったが、季節柄地面は固く、草等も生えていないため、早急に罠を作ることは出来そうにない。とりあえず、前衛のユーフィールド、スズカ、ミラン、レイがそれぞれの位置に注意を払い、敵を通さないよう努めることになった。
「それでは、作戦通りいきましょう」
 レイが、魚の頭や野菜くず、動物の内臓といったものを、洞窟の入り口にばら撒く。屋敷の台所から貰ってきたものであるが、これがまた強烈な匂いを放っている。
「これなら、私達の匂いもごまかせますね‥‥」
 他人より多少嗅覚の鋭い紅々乃が、辛そうに顔を背けた。
 皆洞窟から見えない位置に隠れ、様子を伺う。洞窟の中は闇に沈んでいた。
 しばらく、じっと息を潜めていると、ポーラが、ピク、と反応した。
「近づいてくるわ‥‥4匹‥‥いえ、5匹くらいかしら。あまり急いではいないのね」
 やがて、その足音は皆の耳にも聞こえ始め、灰色の毛並みを持つ化鼠が姿を現した。
「話には聞いていましたけど‥‥お、大きいですね」
 紅々乃が、冷や汗を拭う。個体差はあるものの、ほぼ彼女と同じ体長である。
 彼らは、撒かれた餌をもそもそと齧り始めた。次第に数が増え、6匹目が姿を現した頃。
「そろそろ、良いでしょうか」
 レイが、精神集中に入った。仲間の武器に、それぞれオーラパワーを施す。
「長時間は保ちませんので、ご注意を」
「それなら、早めに片付けよう」
 ミランが、ナイフを握り直した。
「さあ、はりきっていきましょう!」
 スズカの言葉を合図に、前衛4人が飛び出した。それぞれの立位置を確保する。殺気に反応したのか、敵が一斉に歯を剥いた。
「光よ! 我が身に纏いてこの場を照らせ!!」
 紅々乃のダズリングアーマー。
「凄‥‥」
 ミランが、固く目を閉じる。背を向け、目を閉じてもなお、光を感じる。正面から食らったジャイアントラットには、堪らないだろう。何しろ、普段暗い場所に生息している生き物だ。
「はっ!」
 案の定、動きの鈍ったジャイアントラットに、ユーフィールドが霊剣を振り下ろす。
「キィー‥‥」
 血を滴らせ、逃げようとする相手。しかし、2度目の斬撃にその動きが鈍る。
「止めだ!」
 渾身の一撃で、動かなくなった。手応えを確認すると、すかさず次の相手に向かう。
 レイは、2匹の敵と相対していた。1匹の突進を盾で受ける。よろけたラットに斬りかかり、返す剣でもう2匹目を薙ぎ払う。と、最初の1匹がその隙をついて飛び掛った。
「危ない!!」
 ミランが叫び、素早く、その背中にナイフを突き立てる。灰色の毛皮がドッと倒れこんだ。その間に、レイが2匹目に止めを刺したが、ミランの駆け寄った分、包囲に隙ができ、その間を縫って、ラットが1匹飛び出した。
「天照の加護受けし、陽光の矢、敵を討て!」
 紅々乃のサンレーザーが、その背を焼いた。熱に怯んだ隙に、追いすがったスズカが斬りかかる。
「すばしっこいけどここが正念場ね、逃がさないわよ〜」
 そして、再び剣を振り下ろす。その銘は「勝利」。
「まだ中から来るわ! 気をつけて!!」
 ポーラの警告。しかし、前衛は1人1匹と相対している。アリスティドが洞窟入り口の射程範囲まで駆け寄り、呪を唱えた。敵が姿を見せた瞬間、スリープ発動。あっけなく眠りにつくジャイアントラット。
 ユーフィールドが冷気迸る霊剣を振るう。レイは力の限りを尽くし、剣と盾とを見事に捌く。ミランのナイフは誰より速く敵を裂き、神皇軍の鉢巻はスズカの黒髪と共にたなびく。
 包囲を抜けた敵を、スズカのサンレーザーが焼き、また、アリスのスリープが眠りに落とす。ポーラの鋭い聴覚は、モンスターの襲来を正確に予告する。
「ギィー!!」
 仲間の断末魔に、最後の1匹がスリープから覚める。村の方へと逃げて行くが、既にいくつかの傷を負ったその足は、鈍い。その背を、スズカが直に追いかける。
「全く、往生際が悪いわね〜って、鼠に言ってもだめか」
 苦笑しつつ、剣を振り下ろす。終幕。
 オーラパワーが切れる頃には、8匹分の死骸が転がっていた。慎重に確認をしたが、息の根は全て止めたようだ。
 大した傷を負った者はいなかったが、ポーラが、仲間のかすり傷ひとつずつを丁寧にピュアリファイで洗浄し、リカバーを施した。
「鼠相手ですもの。化膿や疫病の危険があるわ」
「ありがとうございます。‥‥あとは、洞窟内も調べておきましょう」
 ユーフィールドが言い、スズカが頷く。
「逃がすとまた増えるからね、徹底的に猫さんの仇討たせてもらうわ〜」
「あ、あの‥‥亡くなってません」
 紅々乃のツッコミ。
「分かってるって。気分よ気分」
「でも、それくらいの意気込みは必要だな」
 ミランが、ナイフに付いた血を払った。

 紅々乃とミランを見張りに残し、残りの面子で洞窟を探索することとなった。内部はクリストフの言った通り、大人が3人並んで歩ける程度。動きやすさも考慮して、前列がユーフィールドとレイの2人。殿にスズカ。接近戦の不得手なアリスティドとポーラを挟む形の隊列は、ユーフィールドの提案である。
 ユーフィールドがランタン、スズカがたいまつで周囲を照らし、アリスティドとポーラが辺りを警戒しながら進む。見取り図によると、洞窟の中は基本的に一本道で、それに付属する形で大小様々な空間がある。そこが、貯蔵庫の役割を果たしていたようだ。しかし、実際に入ってみるとそれ以外にも、狭い横穴をいくつも見かける。ジャイアントラットが住み着くようになってから『増築』されたものであろう。そして、その中から、しばしば食べ散らかした動物の残骸などが見つかった。
「簡単に掃除もしておきましょう。もう鼠が住み着かないように」
 レイが、餌を入れてきた袋の中に、ポーラに借りたスコップで、それらを回収して回った。
 大体全ての部屋を回り終わり、あとひとつ、最奥の部屋を残すのみとなったとき、ポーラがぴたりと立ち止まった。
「奥から音がするわ。‥‥数は、少なくはないわね」
「話では、10匹程度とのことだったが? 先程8匹倒しているのにね」
 アリスティドが、首をかしげる。
「音が小さめなのよ。もしかしたら、子供なのかしら?」
「鼠はすぐ増えるからね〜」
 スズカが、少し顔をしかめた。
「大きいのが1匹、少し小さいのが‥‥これは、多分3匹ね」
 ポーラの言葉に、アリスティドが頷いた。
「それでは、僕がまず大きい奴を眠らせよう」
「そうしたら、私とレイさん、スズカさんで残りを叩きましょう」
 皆で頷き合って、部屋に近づく。中には、予想通り、4匹のジャイアントラット。彼らは、動物の死骸らしいものを齧っていたが、五人に気付くと、警戒するように歯を剥いた。
「あの大きい奴の、額の傷は‥‥」
 アリスティドが、軽く目を見開いた。「猫が引っ掻いたような」小さな傷。
「一矢、報いたのかもしれませんね」
 レイが、剣と盾とを構える。
 スリープ発動と同時に、それぞれの敵に刃を向けた。

 皆が屋敷に戻った時、日は既に暮れていた。
 鼠退治自体にさほどの時間は掛からなかったものの、疫病予防のため死骸を全て埋葬していたのだ。ジャイアントラットの体は大きい。スコップと人手を屋敷から借りることは出来たが、冬の冷え切った土は固く、また洞窟内の死骸を運び出す手間もあり、結構な時間が掛かってしまった。その日の夜は、皆疲れ果て、たっぷりと睡眠をとったのだった。

 翌日、パリに戻ることとなり、クリストフ達が出立を見送りにやってきた。
「皆さん、本当にありがとうございました。これで、村の皆も安心できますわ」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう。ロッテも、ありがとうって思ってるよ」
「クリスさんとロッテさんは、お互い良いパートナーのようですね。うらやましいです」
 ユーフィールドが、微笑んだ。
「これも、出会わせてくださった方々のおかげです」
 母親が、ポーラに向かって微笑みかけた。
「売り子のおねえちゃんがね、ロッテが、ぼくのところに来たがってるって、言ってくれたんだよ。おにいちゃんとおんなじで、ロッテのことばがわかるんだって」
 その「お兄ちゃん」アリスティドは「敵を取って」と泣き付いてきた「ロッテのことばがわかる」弟子を思い出し、仄かに笑った。
「今度パリに行くときは、ロッテも連れて、冒険者ギルドに寄らせて頂きますね。その時は、抱いてやってくださいまし」
「はい! 是非」
 紅々乃が瞳を輝かせた。本当はロッテを抱っこしたかったのだが、傷に障ると思い、そっと撫でるに止めていたのだ。
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
 スズカが声をかける。ミランが荷物を背負い、レイが馬の轡を取った。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!!」
 小さくなっていく背に、クリストフはいつまでも手を振り続けた。