ごめんね☆を言わせて

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜03月23日

リプレイ公開日:2008年03月27日

●オープニング

 龍笛の高い音色が篳篥の紡ぐ音律を飾り、冬晴れの透明な大気を軽やかに震わせた。
 袍に毛縁裲襠を襲ねたきらびやかな装束に身を包んだ舞人は、高低の鼓が刻む拍子に運ばれるまま檜舞台を駆け、跳ねる。
 太刀を佩き、剣印を結んで縦横無尽に鉾を振るう。
 勇壮でありながら、その所作振る舞いはどこまでも気高く流麗で‥‥思わず目を奪われるほど、美しい。
 いかにも恐ろしげな面を付けていないのも、あるいはその一因か。
 江戸城に残された先住者の遺品に――度重なる災厄によって、金銭の類はほぼ底をついていたようなものだったが――陽の目を見せてやろうと言い出したのは、例によって遊興好きの男であった。
 舞楽は貴人の嗜みのひとつであるから、あからさまに後ろ指をさされることもない。
 仮にも藤原氏を名乗る者にとっては、蛮国であると誤解されがちな奥州の力を知らしめる好機でもある。
 そんな政治的な思惑がないワケではなかったが‥‥
 招かれた客人たちが素直に得心し感嘆を落とせる程度に、演じられた舞いは美しく艶やかだった。

■□

「‥‥顕家サマが口をきいてくれない‥」

 悄然と萎れた様子で番台の前に腰掛けた少年の吐息に、《ぎるど》の手代は墨を磨る手を止めず淡々と肩をすくめる。ここは《冒険者ぎるど》であって、悩み相談室ではない。

「どうせ、貴方が何か粗相を働いたのでしょう」

 半ば反射的に返した合いの手に、梶之助は驚いた風に眸を見開いた。

「――すごいや。どうして判ったの?」
「‥‥‥いえ、なんとなく‥」

 そんな気がしただけだ。
 手代の心の声をよそに梶之助の方は、すっかりその悩みを相談する気になってしまったらしい。
ことの起こりは、江戸城にて執り行われた節句の宴――
 遊興ではあるが政治的な意味合いも強いこの宴の舞台裏――人気のない回廊だったが――で、梶之助は何事か話し合っている主人の姿を見つけたのだという。
 人懐っこい少年のことだ、きっと仔犬のようにのこのこと寄っていったに違いない。

「声を掛けたら止めちゃったから、難しい話なんだと思うよ?」

 重大なのか、そうでないのか。ある意味、稀少であるような気もする江戸城の裏話に、手代は手持ち無沙汰に筆を弄ぶ。
 いつものように言葉を交わし、その別れ際に事件は起こった。
立ち去ろうとする顕家が纏っていた襲装束――床に引きずるほど長い袍の裾を、うっかり踏みつけてしまったのだという。鉾や太刀といった舞の得物をまだ手に持っていたのも間が悪かった。

「‥‥つまり、貴方が襲装束を踏みんだせいで、北畠様は‥」

 それほど性急に呼ばれる訳とやらも興味深いが。――尤も、もたらされた報の内容の方は梶之助に尋ねても知らないと帰ってくるだけだろう。
 踵を返した途端、裾を踏まれ。悪いことに両の手も塞がっていたとしたら‥‥とりあえず、転ぶしかない。
 手代としては、お気の毒にと手を合わせたいくらいだ。

「それで、ご機嫌を損ねておしまいに?」

 こんな初歩的な粗相を受けるのも面白くはないだろうけど。それで、機嫌を損ねるというのも大人気ない。
 年齢的には梶之助よりひとつ、ふたつ、年長であるだけだと聞いていたから、ずいぶん大人びた人物であると思っていたが、北畠様にも年相応なところがあるのかも。
 ちらりとそんなことを脳裏に描いた手代の前で、梶之助は笑い事ではないと頬を膨らませた。

「政宗サマは笑うばっかで、助けてくれないし。――言われたとおりにお花を持って行ったら、ホントに口を利いてくれなくなった」

 伊達様は、絶対に面白がっている。
 そう決めつけて。手代はちらりと項垂れる少年を視界の端に、思案をめぐらせた。――そういえば、江戸城(伊達家)への仕官を働きかけられないかとの打診を受けていたような。
 不幸に遭遇した面々には気の毒だが、うまくお膳立てをすれば冒険者たちが江戸城の内側を知る良い機会になるのではないだろうか。
 思いつきに気を良くし、手代は梶之助に愛想の良い笑顔を向けた。

「冒険者たちならきっと、北畠様と仲直りする方法を知っていると思いますよ?」

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2786 室斐 鷹蔵(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 江戸城――
 源徳氏の時代より東国の中心として栄える巨大な都市を城下に統べるこの城は、京都と並び日ノ本の行く末を睨む要衝でもあった。
 住人の変わった現在もそれは何ら変わることなく‥‥奇妙な諸行無常を感じさせる場所であるかもしれない。

「へぇ〜、ここが江戸城ですかぁ」

 気軽に覗くことのできる《謁見の間》や《宮廷絵師の部屋》とは異なる、謎多き舞台裏にご招待。――好奇心と紙一重の職業意識を掻き立てられたのは、どうやら桐乃森心(eb3897)だけではないようだ。やりすぎないよう気をつけようと自重を言い聞かせる白井鈴(ea4026)にも、先を見据えた思惑がある。
 実際、秘密の抜け道とか、焔炎天狗が居座る地下空洞とか。本腰入れて探検してみたく、そそられる場所がいくつかあった。――無論、真面目に働いている者たちが出入りしている所も多いので、うっかり物見遊山で覗き込めば煙たがられもするのだけれど。
 桐乃森や白井の心中を理解しているのか、いないのか。
 今回の依頼人‥‥谷風梶之助は、彼らの何気ない誘導に危惧を抱くでもなく判る範囲で答えてくれる。

「‥‥覗いておいてこんなことを言うのもなんですが。こういう場所は、本来、我々のような者には秘密にしておいた方が良いのではないですか?」

 恋しい人――シオン・アークライト(eb0882)――と愛を語らう場としては、イマイチ情緒に欠ける、と。薄暗い洞窟へと続く進入口の蜘蛛の巣を指先で払いながら疑問を口にした雨宮零(ea9527)の注進に、梶之助はくすりと屈託なく笑んで首をすくめた。

「さあ、どうだろう。1度、使われているところだしね。利用される可能性を忘れなければ良いと思ってるんじゃないかな」

 それに、と。
 奈辺に迷い込んだのか、少年の言葉が途切れる。

「‥‥人は漠然と知っているモノほど、実際に使ってみたくなるんだよ‥」

 ならば、これはある種の誘い水とでも言うべきものか。
 滅多に崩れぬ沈着な表情の裏で、伊勢誠一(eb9659)は梶之助の顔色を読みながら密やかに思考を巡らせた。
 時空の深遠を覗き込もうとするような遠い目は、先刻までの屈託ない少年のものではない。その色に湛えられたのが懐古なのか哀しみなのか‥‥自身が未だ精進の途上にある鑪純直(ea7179)には、俄かに判断できなかったが。

「さって、義経様はどの辺の籠に飼われて居りますやら‥‥」

 深く追求することなく周囲を見回した桐乃森の呟きに、我に返ったらしい梶之助はそのまま驚いたように瞠目する。

「えっ?! 義経サマって、まだ江戸城にいたの? 那須へ行ったものだとばかり思ってた。――てか、挨拶してないよ‥うわ‥‥どうしよう‥」

 嗚呼、ごめんねを言わなきゃいけない人が増えちゃったかも‥。
 どうにも遠足気分が抜けない子供たち(注:大人も混ってます)の大騒ぎに、ある決意を胸に城に乗り込んできた伊勢と室斐鷹蔵(ec2786)は顔を見合わせて肩をすくめる。


●贈り物に難あり!?
 さて。
 北畠卿は、いったい何にご立腹されたのか?
 依頼解決の要点は、ここに集約されると言っても過言ではない。

「若者にはよくある失敗だし、その程度の失敗には寛容な方と伺っていたが‥」

 確かに、嬉しくはないだろうけど。
 思慮深げに大人びた発言をする鑪だって、十分若者の部類に入る。その鑪が奥州の地で対面した北畠顕家の印象は、事実、そのような人物だった。

「ちゃんと謝ってるんだから、許してあげればいいのにね」
「そうそう。本気で反省して次は気をつけますって謝ったなら、それでしまいでございますよ。――相手が許してくれるまでどうのこうのは、許されたい自分の我侭かもしれませぬ」

 白井の嘆息に、桐乃森も持論を述べる。
 無論、謝罪だけでは済まない場合もないではないが――ちらりと過去の邂逅を脳裏の端に思い浮かべた室斐だった――とりあえず、今回はそこまで深刻なものだとも思えない。

「北畠様がよほど性悪で根に持つ方なら兎も角、あんまり気にしない方が良いと思うっすよー」
「そうね。顕家様のお人柄の噂とかから想像するに、もう怒ってらっしゃらないとは思うのだけれども――」

 ぶっちゃけ他人事。頼られているのだから力になってやらねばと自省しつつも半ば面白半分に混ぜっ返した桐乃森の隣で、シオンも思慮深げに小首をかしげ傍らに佇む恋人を見やる。その視線に微笑を返し、雨宮もまたその懸念に思考を巡らせた。
 先日の節句といえば、おそらく上巳。――世間では、桃の節句とか雛祭りと称されるモノだろう。

「花が問題なのだろうな、うむ」

 得心した風に力強く言い切った鑪の言葉に、皆、こっくりと首肯する。――能天気な梶之助のことだ。きっと何も考えずに拙い花を持っていったに違いない。

「贈られて嫌な花‥‥曼珠沙華とか?」
「うわっ、それは引く。って、花の季節が違いまするよ」
「そんじゃあ、仏花」

 確かに、怒る。
 それ以前に、もう見舞いでも謝罪でもなく、嫌がらせだ。――そういえば、梶之助は誰かに相談したと言わなかったか?

「もう、真面目に考えてよ。いくらなんでも、そんな花持って行っちゃダメなことくらい判るってば!」

 今の季節に相応しく、また都雀に花将軍と讃えられた佳人に贈るに足りる花といえば‥‥アレしかない。
 大きく息を吸い込んだ梶之助の口に、室斐はすばやく手で蓋をする。
 何事かと上目遣いの問い掛けに直には応えず、室斐はその耳元でちらりと思い描いた真相を囁いた。

『‥‥椿であろう‥』
『‥‥へ‥?』

 ぎゃふん。
 目を白黒させながら絶句した梶之助の頭をぐりぐりと撫で回し、室斐はこちらも珍しく瞠目した伊勢の表情に室斐はにやりと口角を上げて意地の悪い笑みを作った。


●仲介者が曲者だったり?!

「それは、また。妙な拗れ方をしたものだ」

 呆れているのか、面白がっているのか。
引き寄せた床几にしどけなく肘をついた伊達政宗は、並んだ冒険者たちを順番に眺めた。――独眼竜と呼ばれる漢の存在感は格別で。ただ、そうしているだけでも異彩を放つ。
 密かに憧れを抱くシオンは、狂化とは似て非なる高揚に胸を躍らせた。恋人であるシオンの眸に揺れる感情の色に、雨宮もまた心に穏やかならぬ波風を立てる。

「梶之助殿の一件、聞き申した。転んだ朋友に首落ち椿とは…いやはや、相も変わらずお人が悪い」
「椿? 俺は奴の様を寒中の花でなく蝶々のようだと評しただけだ。蝶なら花も恋しかろう。――よもや、北畠に椿を運んで行くとは‥‥大したタマだ」

 艶やかで花期の長い椿の花は、市井の間では人気が高い。だが、ぽとりと首を落とす散り際が不吉だと、忌避する者も多いのだ。
 室斐の揶揄をさらりと躱し、政宗はいささか呆れた風に梶之助に目を向ける。

「前に落ち椿を拾っていらっしゃったんだよ? 花器に活けるんだって。だから、椿が好きなのかなぁて。――あ、別に落ちた花を拾って持って行ったワケじゃないからね。ちゃんと鉢植えの綺麗なやつを‥‥」

 色々、頭が痛くなってきた。
 少しずつ春めく庭の緑を、一巾の絵を見るように伊勢は遠い目で眺めやる。
 梶之助への言葉に思考の余地を残したのには意味があるのかもしれない。単に面白がっているだけであるような気もするが。――どちらにせよ、良いか悪いかは別にして、いろんな意味で梶之助が政宗の想像を上回っていたのは確かだろう。
 視線を遊ばせながら揺れる思考を立て直し、伊勢は神妙な顔つきで畳に両の手をついた。
 
「しかしながら、この事態を鑑みればいささかお戯れが過ぎるかと。省みて改められるが器量と愚考致します。戯れなればこそ丸く収めるべきかと」

 恐れながら、と。注意深く進言した伊勢をただひとつの眼で眺めやり、政宗はふむと思案を巡らせる。

「俺に始末をつけろと申すなら、何か策を講じよう。だが、それではこの依頼を受けた其許らの面目が立たぬのではないか? ――この政宗の口添えを頼らねば人の輪を取り持つこともできぬ輩だと、後ろ指さす者が居るやもしれぬぞ」

 諫言をくれる家臣は、宝だ。
 だが、仕掛けられた戯れならば、求められる以上の手で収めて見せるのもまた器量というもの。その上で、ちくりと注進できる者なら、いっそ万金に値する。
 なかなか、一筋縄ではいかぬ漢だ。
 にやりと挑発するような強い光を閃かせて冒険者たちを睥睨し、控えていた近習を呼んで何事かを命じる男の姿を謁見者たちはまたそれぞれの想いを胸中に刻む。


●茶の湯への誘い
 小さな庭園に面した陽の当たる濡れ縁で書き上げた文を検分していた北畠顕家は、木戸を潜った人影に気づいて顔をあげる。
 記憶を手繰るように細められた眦がふうわりと和らぐ様に、鑪の緊張もやわらかく解け消えた。――江戸城を訪ねる旨、予め文を送ってはいたのだが、実際に顔を合わせるまでは不安だったのだと、今更気づく。

「お久しぶりでございます。壮健そうで、何より」
「其許も。少し、雰囲気が変わられた。‥‥ああ、冒険者の風格がついたと言うべきか」
「いえ。そんな‥‥」

 まだ、躊躇することも多いのだけれども。
 過去を知る者と再開し、成長したと評価されるのは嬉しい反面、気恥ずかしい。畏まる鑪に微笑み、顕家は少し表情を改めた。

「それで。本日は、茶を振舞うてくれるとか?」
「は。宇治の銘茶をご用意いたしまた故、是非、ご相伴を。――大崎の少将が席をご用意くださるとのこと」

 茶席を開いて、顔を合わせる場を設ける。
 梶之助のこともさることながら、大崎の少将‥‥政宗と今少し打ち解けた場で話をしたい。そう考える者も多かったから、この提案は渡りに舟だ。
 急速に不穏へと傾く日ノ本の情勢は、誰しも気になるところだ。
 貴人にとって茶の湯の席とは、外交の場であり、政治の場でもあるから、話題がそちらに流れても不自然はない。――鑪個人としては、造詣深い方々との同席は密かな楽しみでもあるのだけれど。

「なるほど。では、馳走になるとしよう」

 鑪の思惑に気づいているのか、どうか。
 軽く頷き公卿らしい優雅な所作で立ち上がった顕家は、折り畳んだ書簡を随従に手渡す。

「‥‥‥平泉の御方に‥」

 さらりと唇より零れて届いた言葉の端に、鼓動が跳ねた。
 迷いながら向けた視線の先で、顕家はほのかに笑う。――苦笑とも揶揄とも付かぬ彼にしては珍しい笑みだ。

「悪路王の名を聞いたことは?」

 首を振った鑪に、顕家はただ短く鬼の名だとだけ告げる。
 奥州に住む鬼の首魁。陸奥の広さを思えば鬼の数も多いだろうが、人に名を知られるほどの鬼というのは‥‥人里に現れる小鬼と同じではないというのは確かだろうけど。

「兵を裂き、長らく留守にしておれば、抑えも弛むということだろう。少しばかり目に余るとの仰せ。坂東武者の勇壮も噂ばかりで当てにならぬと思うていたが‥‥いずこもきな臭い話ばかりが先走る」

 彼の方‥‥百年の栄華を謳うきらびやかな黄金の都にも、人知れず不穏が影を落としているのかもしれない。


●のんびり(?)お茶など

「仲直りは大切なんだよ」
「‥‥と、いうわけだ。この者の無礼、この政宗に免じて許してやってはくれまいか?」

 強く力説する白石と物言いだけは妙に殊勝な政宗を前に、顕家は何か不思議なものを見るような目を向ける。
 茶席へと向かう途上で、鑪より此度の趣旨を聞かされてはいたものの。さて、どうしたものかと思案気に眉を顰めた。

「――別に、怒っているワケではない‥」
「じゃあ、ほら握手。仲直りの印は握手だよねやっぱり。怒ってないんならできるよね?」

 にじり寄られて、思わず身を引く。
 その様をなんだか少し気の毒だと思った雨宮だった。――聞けば、都の尊い方より褒美を賜るほどの舞の名手なのだという。同じ趣味を持つ者として、話してみたいこともあった。
 嬉しそうな梶之助となんとも奇妙な表情の顕家を見比べながら、雨宮はシオンの隣に腰を下ろした。次の機会に、と。遠慮が勝つのは、人柄の表れかもしれない。
 暫くは、皆、心静かに亭主となった鑪のお手前を堪能する。

「‥‥さて。では、少し実のある話をするとしようか‥」

 さりげなく投げられた一言が、くつろいだ座をたちどころに緊張させた。伊勢だけでなく、桐乃森や白井にとっても。それは、無視できぬ話題なのだから。

「冒険者の利点とは何だと考える?」
「‥‥まず、機動力。それと慣例に囚われぬ思考でしょうかね」

 表面上はあくまでも平静を保ちつつ、伊勢は注意深く言葉を選ぶ。彼が次につなげる言葉を予想し、最上の答えを返さねば。

「なるほど。では、問題点とは?」

 問われるとは思っていたが、口にするのは難しかった。中には、市井より顰蹙を買う者もいるが、それは彼らの一部に過ぎない。また、認めてしまうのも癪な気がする。
 考えこんだ室斐を視界の端に。顕家は進められた茶器を手にとり、作法どおりに口をつけた。

「自由の定義を知っていること、だ。――公卿はその出自故に驕り、武士は恩賞と引き換えに主家に絶対の忠誠を誓う。自由を売ることで身分、あるいは特権を得る。栄華を誇っているように見えるが、皆その枠の中でしか生きられぬ」

 だが、冒険者は違う。
 彼らの主は、自分自身。その心にのみ従い、己の力で道を切り開く。その不羈ゆえに、領主にとっては扱い難い存在でもあった。
 押さえつければ反発し、甘やかせば付け上がる。――自由であるが故に、その価値に気づいておらぬ者も意外に多い。
 自由を持たぬ者の前で欲しい侭に振舞えば、恨みを買い軋轢を生む。
 いかに巧妙に立ち回り意を得るか。
 あるいは、上手く飼い慣らして自らの役に立てるか。ある意味、戦さにも似た駆け引きだ。

「それが理解らぬようでは、登用はできても重用はできぬということだ。――非のある者の責任と断じて事態の収集をつけさせる。一見、正論ではあるが、必ずしも上手く収まるとは限らぬぞ」

 まだまだ及第点はやれない。
 相手を量り、同時にまた量られる。白刃を磨り合わせるにも似た緊張感に思考が研ぎ澄まされてゆく。その感覚は、決して不快なものではないけれど。

「じきに情勢も動き出そう。――どのみち嫌でも巻き込まれることになる」

 心して、己を高く売ることだ。
 不遜とも思える太い笑みを吐き、独眼竜と呼ばれる男はまっすぐに冒険者たちの面を見据える。
 強烈、かつ、鮮やかな心象が世を覆う風雲に重なった。

■□

「――とうに腹は決まっておる」

 俺の目に狂いはない。
 夕映えに映える城郭の威風堂々たる天守を見上げ力強くそう言い切った室斐に、伊勢は曖昧に笑って見せる。
 直ぎ、答えを出す必要はない。――無論、いつまでも待ってはくれぬのが、時流というものなのだけれども。