【旋風】 死者の花嫁

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月02日〜04月07日

リプレイ公開日:2008年04月10日

●オープニング

 風が吹く――
 ひたひたと足元を洗うかの如く這い来たる流れは、
 いつしか巨大な海嘯となって世に満つる

 泰平に眠る古き魂を呼び覚まし
 亡国の怨霊を地の底より常世へと連れ戻す
 神と魔と精霊、
 そして、人の思惑を巻き込みながら‥‥

 押し寄せ、逆巻き、薙ぎ払い、唸りを上げて世を乱し、
 また、蒼天へと駆け上がる

■□

 ゆるやかな微睡の中で、死神の足音を聞いた。
 終焉の予感に、少しだけホッとする。――それが結果として、彼を闇の底に誘うものであったとしても。今よりは、ずっとマシであるはず。
 山犬(狼)か、魔物か。
 人である筈はない。
 死者の谷――集落の者たちはこの谷をそう呼んでいた――の奥にあるこの猟場を知っているのは彼だけで、この場所を恐れていないのも彼だけだった。
 彼が帰らぬコトに気づいても‥‥きっと、大騒ぎになっているだろう‥‥村人たちには彼を助け出す手段がない。

 ‥‥ああ、また‥

 辛そうに顔をしかめて、嘆くばかりだ。
 数年にひとり、あるいは、ふたり。山から戻らぬ者は、彼だけではない。――山を相手に生きるとは、そういうことだ。
 だから、呪わないコトにしようと決めていた。
 なるべく苦しまぬよう終わらせてくれれば良いと思う。

 心残りがないワケではない。
 夏が終わったら、祝言を挙げる約束をしていた。――彼女を悲しませるコトになるのだろうか‥。
 悲しませるのはつらい。
 いかほどの悲しみもなく、ただ、忘れられるコトもつらいけれども。

■□

「――頼む! 彼女を助けてくれっ!!」

 血相を変えて《ぎるど》に駆け込んできた若者は、手代を相手にのんびりお茶を飲んでいた谷風梶之助を押しのけて番台に取りすがる。
 見たところ冒険者のようでもあるが、馴染みというほど見かけた顔でもない。思い出すのに少しばかり時間がかかった。

「おや。長塚さん、お久しぶりです」
「知ってる人?」
「‥‥ええ、まあ‥知り合いといいますか‥」

 割り込まれたコトに腹を立てるでもなくきょとんと小首をかしげた梶之助の言葉に、手代は少々言葉を濁す。――いずれの道もなかなか平坦とは行かぬもので‥‥この長塚も、冒険に飽いて郷里に帰ったのだと聞いていた。

「そんなことより。どうしたんです、血相を変えて」
「あ、うん。彼女がなんだっけ?」

 大福帳を開いた手代の姿に少し余裕が生まれたのか、番台に齧り付いていた若者はようやく肩から力を抜いて長い息を吐く。

■□

 長塚の郷里は奥州に程近い山奥の寒村だった。
 江戸にも、平泉にも遠く離れた辺鄙な場所で、村人たちは小さな田んぼと狩猟で生計を立てている。それ以外には、特筆するべきもののない‥‥と、長塚は言うが、事件が起こるからにはちゃんとそれなりの理由があるのだ。
 重なり合う山の隙間にぽつりと置かれた集落の近くに、1年を通して濃い霧に閉ざされた谷がある。
 地の者たちの間で《死者の谷》と呼ばれるこの谷は、彷徨う魂の集まる場所、あるいは死の国に続いている場所とされ、信仰と同時に恐れられてもいる場所だ。

「実際に何があるのかは、俺も良く知らないんだ。――死人憑きや怪骨が出るってんで、そんな名前で呼ばれているのだろうが‥」

 ただ、その化け物が霧の中から這い出てくることは殆どなく。故に、谷は山で死んだモノたちの魂を集め、死の国とされる恐山へ導く霊場のひとつなのだろうと理解され、祀られていた。
 そして、年に2回。――春分と秋分の祭事に執り行われる占いの卦を読み、求められた供物を谷に納める。

「その占いで、彼女‥‥咲希が供物に選ばれたんだ‥‥」

 生きた人間。
 それも、若い娘を供物に要求されるのは、開闢以来、初めてのコトだ。だが、疑う余地すらなかったという。

「護摩の煙が咲希ばかりに流れたり、神楽舞の振る神鈴より千切れた鈴が咲希の手に飛び込んだり‥‥」

 普段には見られない小さな異変がいくつも起きて、その先に必ずといっていいほど咲希の姿があった。
 神主が口を開くまでもなく、居合わせた皆がそれを悟るほどに兆しは顕著で。――放し飼われていた犬が、どこからか弥彦の小柄を咥えて来た時にはもう誰も意を唱えなかった。

「きっと弥彦が咲希を呼んでいるんだろう」
「弥彦って、誰さ?」

 梶之助の問いに、手代も黙って首肯する。
 怪談の雰囲気ぶち壊しという気がしないでもなかったが、聞いて置かねば依頼状を書く時に困るのは自分だ。ふたり分の視線を受けて、長塚は少し苦しげに顔をゆがめる。

「‥‥‥弥彦は咲希の許嫁で‥‥昨夏、山で死んだのだ‥」

 残した想いに引きずられ黄泉に旅立てぬ魂が、谷から彷徨い出たのだろうか。
 少なくとも村人たちはそう解釈し、咲希もそれを拒まなかった。無論、生贄を差し出すコトに抵抗がないワケではなく、皆が不安を抱え込んでいる。――短い期間とはいえ江戸で冒険者として過ごし、咲希を憎からず想っていた長塚だけがこうして《ぎるど》を頼ろうと思い立ったのだった。

「俺ひとりでは、谷の化け物には太刀打ちできん。頼む、咲希を助けてやってくれ‥」

 深々と頭を下げる長塚を興味深く眺めつつ、梶之助はちらちらと意味ありげな視線を手代に向ける。イマイチ集中力に欠ける少年が、熱心に聴いているのがとても不安だ。くるりと首を傾けて見つめられた視線に、心なしか期待の色が見え隠れするような。

「もちろん、お引き受けするんだよね? 女の子が魔物に食べられちゃうなんて、許せないよ」
「‥‥アナタ、いつからそんな女好きになったんです?」
「女の子は皆、大好きさ♪」

 ダメだと言っても、一緒に行く気に違いない。――まあ、人助けだから手は多いほうが良いだろうとは思うけれども。
 それにしても‥と、思う。
 近頃、なにやら不可思議な話をよく聞くような。

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

アグワンツェ・バルズィン(ea5909)/ 諫早 似鳥(ea7900)/ シェルトミィ・ルーラー(eb5477)/ メイ・ホン(ec1027

●リプレイ本文

 満開の桜の空を、不思議なものが駆けて行く。
 空飛ぶ箒と空飛ぶ木臼。どちらにも人が乗っていた。――花見に沸いた人々が皆驚いた顔をして次々に仰ぎ見る様がコントのようで、傍から見ている分には面白い。

「あはは、すごいや。色々あるんだねぇ」

 街道沿を春に染める花を楽しむ余裕もなく飛び去ったカイ・ローン(ea3054)と白井鈴(ea4026)の後姿を感心した風に見送って、谷風梶之助は依頼人‥‥長塚を振り返る。
 今度時間のある時にでもちょっと遊ばせてくれないかなとでも思っているのか、なんだか楽しそうだ。その梶之助の無邪気な感想を前に、村への案内役でもある長塚は少し不安げに街道の端に残された冒険者たちに視線を向ける。

「‥‥彼らは道が判るのだろうか‥?」

 江戸にも平泉にも遠く離れた、いわゆる、辺境。
 街道に沿ってまっすぐ進めば突き当たるような場所ではない。重なり合う深い山に囲まれた小さな寒村である。《ぎるど》の手代にはちゃんと伝えておいたはずなのだが。
 人の命が掛かっているのだ。
 逸る気持ちは理解らなくもないのだけれど‥‥
 瑣末だがそれなりに重い長塚の疑問に虚を突かれ、鑪純直(ea7179)とケイン・クロード(eb0062)は思わず顔を見合わせる。

「ん〜。大丈夫じゃないかなぁ。気が付いたら、引き返してくるだろうし」

 それなりに精神力を消費するモノでもあるから、あまり長距離・長時間は使えない。精神疲労は回復にも時間が掛かる。現地で休んでいては先行した意味がないことは、当人たちもちゃんと判っているだろうから‥‥たぶんそのうち合流できるはずだ。

「もっと近い場所へ行く時だったら、きっと便利なんだろうね」

 さほど悲観するでもなく肩をすくめた梶之助に、大きな刀を担いだ一山幾らの黒の騎士こと夜十字信人(ea3094)は、一見、育ちが良さそうに見えるのに何故か悪役然とした笑みを吐く。

「では、俺たちも出発するとしようか。なるべく早く現場に着きたいのは同じだしな」

 身ひとつで江戸まで出てきた長塚にはかなり厳しい強行軍になりそうだが、想い人を助け出すためだと思って頑張ってもらおう。


●黄泉の影落ちる邑
 ところどころ雪の残る山陰に小さく身を寄せるように拓かれた集落は、どこか掴みどころのない不安な空気に包まれていた。
 江戸から遠く離れているせいだろうか。白井の目には、鄙びた集落の佇まいには江戸や京都ではとおに失われた古い時代の息吹をも感じさせる場所にも映る。
 突然の訪問者を胡乱な目で見る者も多かった。途中から《フライングブルーム》を使って先行したルンルン・フレール(eb5885)やローンのように、いきなり乗り込んで来た見ず知らずの異国の者が伝統行事の是非について口を挟めば、はやりいくらか怪しまれるのも仕方がない。――後続組と一緒に少し遅れて到着した長塚の仲裁で大事には至らなかったが。出足で予定よりいくらか時間を喰ったのが、あるいは幸いしたのかも。
 谷を調べたいと申し出たローンに村の古老は、不安げに眉を顰めた。
 生きた人間を供物に差し出すことに少なからず抵抗を感じてはいるものの、谷は聖地でもある。

「ただ粛々と従うだけでは、生贄の要求は今回だけでは済まないかもしれない。――何か理由があるなら、ハッキリさせておいた方がいいと思う」

 生きた人間が要求されるコト自体、開闢以来、初めてであるという。
 谷そのものに何か異変が起こっているのかもしれない。ローンだけでなく、鑪もまた谷を閉ざす霧の向こうに想いを馳せた。
 霧の中には、死人憑きや怪骨といった黄泉の魔物が潜んでいるという。
 西国において人々を震撼させた黄泉路の息吹を、このような辺境の地で聞くことになるとは思わなかった。

「黒の教義に従う身だ。救いの声には幾らでも手を貸そう。‥‥なに、この面子だ。不要な死人は出さん」
「生贄なんて理不尽なことは認められないからね」

 鷹揚に構えた夜十字の言葉に、ローンも強く首肯する。
 何か企んでいそうな夜十字の笑を前に頼って良いものかどうか思案気な村人たちも、その言葉にとりあえずは納得することにしたようだ。――あるいは、納得することで救いを得ようとしているのかもしれない。


●隣り合わせの生死

「未来有るうら若き乙女を生け贄にするなんて許せない!」
「食べられちゃうなんて可哀想だよね」

 ぷんぷんです、と。憤るルンルンの後ろで、燭台を調べる白井の真似をして神事に使う鈴を弄びつつ梶之助も相槌を打つ。リンリンと場違いなほど華やいだ音を奏でる神鈴も、やはり多少振り回したところで落ちたりする様子はない。

「祝言を迎えられずに死ぬのは、そりゃあ心残りだろうとは思うけど‥‥」

 恋人との挙式を目前に控えたケインにとっては、笑えない‥‥というより、縁起でもない話だ。無念であろう弥彦の気持ちは、判りすぎるほどよく理解る。

「でも。弥彦さんが呼んでるってのは、ちょっと信憑性が薄いかなぁ」

 梶之助の手から神鈴を奪い取り、ついでにぺしっと猫パンチでその頭を叩いた白井はどちらかといえば懐疑的。――心を残した死者の魂が無念を抱いたまま、亡霊や怨霊となって現世に彷徨い出るコト事態は、どこにでもある話だけれど。今回は違うと思う。
 本当に死者が呼んでいるのか。あるいは、何者かの悪意が働いているのかも。その可能性も視野に入れて、祭事の現場で細工の後を探しているのだ。
 ルンルンもまた神主に当時のことを尋ねているが、なかなか納得のいく答えは得られないもので‥‥細工だけなら白井やルンルンなど手先の器用な者であればできなくはなくもなかったが、生贄を理由に咲希を死地に向かわせようとする意図が読めない。

「‥‥確かに。村人たちの話でも弥彦殿の性格と遇わない気がする」

 神棚に置かれた護符に記された呪印を検分するように目を細め、鑪も村人から聞き集めた心象を口にした。
 寡黙で芯が強く、村の仕事も嫌な顔をすることもなく率先して引き受ける。あまり器用だとは思えないけれど、素朴で昔気質の青年であるように思われた。

「猟師としての腕も悪くなかったみたいだね。1人で山に入ることも多かったみたいだし。――きっと、山が好きだったんだろうな」

 春には未だ遠い暗緑へ視線を向けて、ケインもまた吐息を落とす。
 彼のような人間ならば、もっと淡々と事実を受け入れるのではないだろうか。もちろん、心残りはあるだろうけど。
 ケインの言葉を己の裡で反芻しつつ、ただ無意識に手を伸ばして神棚の護符を取り上げた鑪の手元を覗き込み、梶之助はわずかに首をかしげた。

「‥‥恐山の朱印だね‥」

 奥州の果てにある死者の魂が集う山。
 黄泉へと続く死の聖地には、死者の言葉を現世に橋渡す者がいるという


●死者の花嫁
 奥山にペンギンの取り合わせは、とりあえず問題外だとしても――
 ペットたちの様子がおかしい。
 常ならば主人の傍にあり忠実にその命令を全うしようとする忍犬までもが、谷の入り口でゆるゆると揺蕩う生温い霧に触れた途端、尻込みをした。
 あるいは、人の何倍とも云われる獣の勘で死の気配とやらを嗅ぎ取っているのかもしれない。いつもは元気なエレメンタルフェアリーたちもどこか悄然と口を噤み、ただ行きたくないのだと態度で示す。
 村人たちが供物を置くという古い家が見える頃には、いよいよ本格的に足が止まった。

「ちょっと中の様子を見てきます」

 そう言って《インヴィジブル》の経文を開いて念を込めたルンルンの身体が、一瞬、金色の光に包まれる。刹那、その姿が歪み、周囲に溶けた。そのまま続けて《疾走の術》を使い、建物の中へと入り込む。――そのまま素早くと行きたいところだが、術者を透明化する代わりに、術者からも周囲の様子が見えにくくなるのがこの魔法の泣き所。
 物音を立てぬ様に慎重に足を運んで忍び込んだ家の中には、米や酒といった供物と共に黒い髪の少女がひとり‥‥板の間にぽつんと座り、外を見ていた。

■□

「彼は実は生きていて助けを求める卦なのかもしれないよ?」

 言葉を選んだローンの優しい気遣いに、咲希はただ悲しげに首を振る。一見、大人しそうな娘だが、その眸に宿る意思の光は思いがけず強い。――だからこそ、お互いに惹かれたのかもしれないとケインは漠然とそんなことを思った。
 消息が絶えて、半年以上。
 夏でさえ厳しいこの山で、たったひとり冬を過ごすのはおそらく無理だろう。便りひとつ寄越さぬまま、行方を眩ます理由もないのだから。

「きっと、呼ばれているのだと思います。‥‥弥彦さん‥‥ううん、あの人じゃないかもしれない‥‥」

 不安がないワケではないですけれど、と。小さく笑うその表情に、ルンルンは諦観でも怯えでもない真摯な色を見つけて言葉を紡ぎかけた口を噤む。
 谷は死者の魂が集う場所。
 身体を離れた魂魄が迷わず死の国‥‥恐山へ旅立てるよう送り出す祈りの場所でもあるのだ。
 確かに徘徊する魔物はいたが、村が魔物に襲われたことはない。
 生きた者を供物に差し出すように要求されたことも、これまではなかったのだから。

「何か伝えたいことがあるのかもしれないと思ったの」

 祝言を前に、心を残して死んだ者がいる。
 彼が黄泉の国から恋人を呼んでいるのだと装えば、谷の内に生ある者を呼び入れる体裁が整う。

「でも、悪意である可能性もあるんだよ?」
「ああ。――少なくとも、俺たちは歓迎されていないようだ」

 少しづつ強くなる不穏の気配を油断なくさぐるケインの言葉に、夜十字も斬魔刀と呼ばれる大仰な刀を抜いた。いつの間にか入り込んできた霧の中で、影よりも黒い刀身が冷たく冴える。
 死に憑かれたモノ。
 そして、黄泉路より吐き出された魂無き空の躯が、厚く重なる白く形なき帳の中で生ある者を待っていた。

「‥‥どう、しよっか?」
「討って出るしかないだろう」
「そうこなくっちゃ」

 片付けてしまわねば、前にも後ろにも進めない。
 斬魔刀を担いだ夜十字が作った悪役顔に、問いを投げた梶之助もどこか嬉しげに引き寄せた刀の鯉口を切る。小さく吐息を落としたローン、そして、ケインも帯びていた得物に手をかけた。

「咲希さんはここを動かないで」
「某が傍に」

 ちらりと少女を気遣ったローンの懸念に鑪が応じる。縄ひょうの縛めを解いたルンルンも、少し強張った咲希を勇気付けようとにっこりした。

「じゃあ、行くよ」

 さらりと機を測った白井の合図に、戦さに向かう心地よい緊張が生気に転じる。
 軽い金属の響きを残して投げられたクナイが霧を纏う重い大気を貫き、引き裂かれた静謐の裡で戦火を開いた。

「青き守護者カイローン、参る」

 名乗りに応じる者はない。半ば腐り落ちた眼窩の奥の饐えた光は、生への憎悪を映すのみ‥‥ただ力任せに振り下ろされた錆びた刀を魔力を帯びた白銀の篭手で受け止流し、ローンは蹈鞴を踏んだ死人憑きの白く露出した頚骨に十字架を模して作られた槍の穂先を突き立てる。
 ぐしゃり、と。骨の砕ける手ごたえが槍を握る掌へと伝わった。
 粘りの無い、固く、脆いだけの骨に、命の意味を思い知る。――痛みもなく、恐怖もない。ただ、そこにあるだけだ。
 
「衝撃波を飛ばす! 俺の前に立つなよっ!!」
「前ってどっちさ?!」

 大きく縦に振りあげた力任せの一刀両断から、撥ね上げる。
 長い黒刀の扱いに腐心しながら戦う夜十字の警告に、霧の向こうで誰かが応じた。肩越しか、あるいは、隣。谷の底に篭った重い空気が声を撓ませ、知覚を鈍らせる。

「前と言えば、前だ!」
「我儘だなぁ、もう」

 呆れた声と同時に、何かがぶつかり合う耳障りな音が響き、夜十字の視界に黒い影が飛びこんでくる。感覚的に薙ぎ払った斬魔刀が既に隻腕の無い怪骨の脊椎を砕き、大地に白い骨片を散りばめた。
 視界が悪く、地理的にもいくらか分が悪い。
 だが、相手が死人憑きや怪骨であれば――心を持たぬやっかいな相手ではあるが――経験を積んだ冒険者たちの敵ではなかった。
 冷静に戦局を量り何とかなりそうだと目算した白井の隣で、梶之助が何かを見つけ指をさす。

「あれ‥!」

 霧を透かすように目を細めた視線の先、岩に巖を重ねた巨大な石柱のようにも見える石山に1本の古木が立っていた。
 稲妻にでも撃たれたのだろうか。長い年月を風雪に晒され白く立ち枯れた幹に注連縄が巻かれている。ひどく不気味で‥‥この場所に相応しく、神々しい。
 その根元で、彼は待っていた。
 きちんと整えられた白い骸骨とその持ち物であるらしいいくつかの品。――狩猟の心得があるローンは、それらを猟師の持ち物だと認める。

「‥‥誰かいたみたいだね‥」

 重ねられた岩屋の方へ足を踏み出そうとした梶之助の腕を咄嗟に抑え、ローンは黙って首をふった。
 行ってはいけない。確固たる理由があるワケではなく。いくつもの戦場を経験した冒険者としての勘が、奇妙な警告を発していた。

「‥‥この先は‥本当に黄泉へ続いているのかもしれないな‥」

 夜十字もいくらか殊勝に、信じる父への祈りを捧げる。
 白い木の下に眠る弥彦の傍にそっと近づき、ケインはふと気が付いて吐息を落とした。縄や火口箱といった装備の中で、唯一、この場にそぐわないもの。――ゆっくりと手を伸ばし、ケインはその鼈甲細工の櫛を拾いそっと両手で包み込む。

「‥‥これを渡したかったのだろうか‥」
「あるいは、な‥‥」

 だが、それだけではない。
 皆が漠然とそれを感じていた。――冒険者たちが弥彦を見つけるのと時を同じくして、死者たちは霧の中に姿を消している。
 弥彦の骸を連れ帰り、そして、村に谷の様子を伝えようとする意志が存在していた。警告なのか、挑発なのか、あるいは‥‥

 何かが目覚め、動き始めた。
 西国で、四国で、そして、遠く離れた北の果てでも――