綺羅星たちの狂騒詩
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月18日〜05月22日
リプレイ公開日:2008年05月28日
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●オープニング
房総に向けて吹く風は、まだ止みそうにない。
江戸城の片隅に与えられた居室にて、片倉小十郎景綱は気難しげに吐息を落す。
ぴんと背を伸ばして座した正面には主人より押し付けられた《江戸の裏地図》なる胡乱な絵図。――もちろん、本日、御前に差し出す甘味を思案しているわけではない。
深い見識と分別を讃えた男らしく端正な顔に刻まれた憂いは、目下、別のところにあった。
やむを得ぬ背水の構えであったことは間違いないが、冒険者なる輩を渦中に引き入れたのは果たして正しかったのか。――旧来の家臣の中からは、彼らの奔放な言動に危惧を抱く声もある。
「気に入らぬから排してしまえというのは、ずいぶん幼稚な発想だな。気に入らぬなら、気に入るよう変えればよいだけの話だ」
重臣たちの杞憂を一蹴した政宗の豪胆さは、端倪すべからざるものがある。が、教育方針を間違えたとは思わぬが、いささか無謀に育ちすぎた気がしないでもない。
一筋縄ではゆかぬ者ゆえ、彼らは冒険者となったのだろうから。
とはいえ、このまま有象無象の寄せ集めでは使えないのも、また、動かしようのない事実であった。――決して安泰ではないこの時期に、いらぬ気を回すのも気に障る。
軽く瞑目して思案すること半刻余。
《天下の陪臣》と誉れの高い伊達政宗の懐刀は、部屋の隅で控えていた小姓を呼んだ。
■□
かくして。
伊達家への仕官を望んだ冒険者たちは、片倉景綱より出された触れに首をかしげることとなる。
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一、其々の思惑、目指すところ忌憚なく語り合い理解すること
一、政宗公に奏上の旨、一同の見解として諮ること
一、奏上の論旨によっては、懸案の骨子と主軸として任を負う者を選出すること
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縛られない言動は貴重だが、場合によっては時間の無駄となることもある。
意見があるなら統一し、あるいは、対案を出すことで互いに納得のいく‥‥実のあるものが望ましい。
伊達家内において、彼らはまだ少数派なのだから。――その内ですら御せぬようでは、家中に居場所を作るのは容易ではないということだ。
身のうちに食い込む一歩と成すことができるだろうか。
●リプレイ本文
不思議な静寂が支配していた。
呼吸すら躊躇わせる強く張りつめた厳粛な雰囲気が、寒くもないのに震えを誘う。――少し離れた位置に設けられた壇上にずらりと並んだ人影も、誰ひとりとして声を発しない。
皆、息を殺して騎乗の男が動き出すのを待っていた。
儀式のようだ、と。愛馬グレイプニルの鞍上からその様を眺め、イリアス・ラミュウズ(eb4890)は思う。――疾走する馬から矢を放ち、吉凶占う神事がこの国にはあったはずだ。外せば後の運命が変わるのは、今の自分と少し似ているかもしれない。そう思うと、少しだけ心に余裕ができた。
ふと見下ろした視線の先、
いつもより短く引き締めた手綱を巻き込んで鬣を掴む左手が握り締めた緊張は、馬と人、どちらのものであるのか。
駆け出そうと逸る馬を力で抑え、気が満つるのを待つ。ゆっくりと呼吸を整えて、数を数えた。穂先を下げた槍の先端が、視界の端でちらりと光を反射する。異なる拍を刻むふたつの鼓動がひとつに重なる‥‥その、瞬間。
滑らかに伸ばされた蹄が均された土を踏みしめる、ざくりと深い感触を肌で感じた。
前へ――
意識の総てが光を目指して奔り出す。
放たれた矢の如く風を切って躍動する馬の姿は、思わず目を奪われるほど美しい。
指の動き、首の角度ひとつまで緻密に練り上げられた舞踊の美とは少し性質の異なるものであったが‥‥まるでひとつの生き物のであるかのように馬を操るイリアスの姿は、瀞蓮(eb8219)の目にも感嘆に値するものだった。
立ち合いに招かれた伊達家譜代の将たちの間からも称賛が上がる。
「見事」
《黄金の騎兵》のふたつ名に恥じぬ技量を見せつけられれば、厚遇にも納得できるというものだ。異を唱える者はひとりもいないと考えていい。馬を下り、裁定を受けるべく御前へすすむイリアスに伊勢誠一(eb9659)は栄達の階を予感する。
「その腕、北畠にくれてやるのは惜しいな。――アレの下は冒険者には窮屈だと思うが‥‥公卿とのつながりを望むのか?」
「俺‥‥いや、自分は騎馬兵として身を立てたい。それだけだ」
戦さの花形は、なんといっても広い戦場を縦横に駆ける騎馬武者だ。
騎馬軍団といえば甲斐の武田氏が名高いが、奥州もまた名馬の産地であるから騎馬兵の数は充実している。もちろん腕に自信あっての希望だが、それだけで新参者が大役を任じられると信じられるほどイリアスは夢想家ではない。
まずは名を挙げることに腐心するべきとの判断だ。
まっすぐに背筋を伸ばして壇上を見上げるイリアスに、政宗はちらりと隣に控えた片倉景綱に視線を向ける。――決断を諮ったのでないことは、何やら得意気な笑みからも伺えた。
「では、馬上衆に席を用意させよう。――戦場での働きは孫兵衛より聞いている。采配の術を身につければ馬廻(親衛隊)として取り立てることも考える」
個人の力量は申し分ない。後は、将として戦場で臨機応変に指揮を執ることができれば、戦さを任せることも考慮に入れる。
現状においては最高といっても過言ではない待遇に、イリアスは思わず零れそうになる笑みを隠して深く頭を下げた。
●ひとつの達成
目に見えて良し悪しの測れるものならば話は早い。
常に流動する世情や複雑な利害の絡む政治的な駆け引きは、筋さえ通れば丸く収まる類のものではないだけに厄介だ。――時には、理屈よりも為政者の感情が優先される。人は決して法の下に平等ではない。
「‥‥大丈夫かしら?」
志摩千歳の何度目かの溜息に、荊信は肩をすくめた。
共に伊勢の身を案じ、力になろうと駆けつけた者たちである。志は同じだが、受け止め方に温度差があるようで‥‥視点の違いというべきだろうか‥‥先刻から同じやりとりを繰り返していた。
「ヤツなら何があってもやり遂げるだろうよ。もっと信じてやれ」
「信じていますわ。信じてますけど‥‥でもね‥」
豪放磊落の言葉のとおり、なるようになるとあくまでも鷹揚に構える荊信に、千歳は唇を尖らせる。信用するのと心配するのは、千歳にとっては次元の異なる別の話だ。
友情という言葉だけで、どうしてこうも盲目的になれるのか。
男は単純でいい。
千歳の溜息とアリサ・フランクリン(ec0274)の悩みの種は、多分、同じところから派生している。
■□
既存の勢力が新参者に警戒を抱く理由は想像に難くない。
それが伊達家譜代の家臣であり、江戸の治安機構であり内心は同じだ。――結果を出すことも勿論だが、それだけでは儘ならぬのが人心の機微というもの。利権が絡めば、物事はいっそう複雑化する。
似たような目的を持つ組織は反目し易い。
京における新撰組と黒虎隊のように、設立者の異なる組織はもちろん。奉行所と凶賊改方という源徳氏の手により設立された組織間でさえ、その関係は決して芳しくないという噂もあった。にも、かかわらず。どちらも冒険者に理解のある者は少数で‥‥報酬によって手柄を掠め取る形になる以上、《冒険者ぎるど》に良い顔をしない者多いのは頷ける。
そんな彼らに冒険者主導の治安維持部隊が受けられるかどうか。伊勢が設立を目指す治安組織の弱点もおそらくここだ。
利点ならばいくらでも挙げられる。
が、実際に運用することになった場合の最大の障壁は、理屈ではないもっと心の深層にあるドロドロしたところにあった。
「ローマも一日にしてならず、さ。まずは先達に敬意を払い、人がましいと認めてもらう所からだね」
必要であると認められれば、自然、発言力も増すだろう。
誰もが気付かぬうちに内側に取り込んで、気に入るように作り変えてゆけばいいのだ。
「新しい時代。それをもたらす事がかなえば、時代は伊達を中心に回り出すよ」
あはは、と。高い笑声を響かせたアリサの隣で、瀞蓮もまた冒険者部隊の設立提案に関して彼女なりの意見を述べる。
「わしらの利点は柔軟性と足の軽さじゃ。これを活かせば、全てを上手く噛み合わせる歯車のような役割ができるのではないかの」
独立性の高い既存組織をつなぐ何かは必要だ。これは伊勢だけでなく、瀞蓮個人としての認識でもある。――現状、この隙間を埋める者が存在しないのだから、設立の理由はいかようにも立つはずだ。
これまでは伊勢の頭の中でしかなかったものが、朧げではあるが目に見えるものになりつつある。忌憚ない意見と、足りぬ箇所に気づく目線の違いも視野を広げる機会となった。
「まずは、冒険者を組織的に運用する体制の有ることを内外に大きく示すことが肝要かと。――協力者や人材の確保も同時に進めることになりますから、内実の整備はこれからの課題としても問題はないでしょう」
既存の組織の中で余った仕事や、面倒で放置されている仕事を下請という形で回してもらえば当面の役割も確保できる。手は常に足りていないから、面倒事なら喜んで回してくれるはずだ。――ここからどう次の段階へつなげていくかは、彼らの甲斐性次第だが、却って発奮材料にはなるだろう。
アリサが提案した市井の声を吸い上げる役割も、ここに組み込むことで話は決まった。奏じる者も、聞く者も。窓口は一元化した方が、効率が良い。
《冒険者ぎるど》との兼ね合いもあるが、《ぎるど》と《伊達家》の双方を繋ぐ形での住み分けも可能だと思う。
「それで。瀞蓮殿に折り入ってお願いがあるのですが」
ちらり、と。意味ありげに向けられた伊勢の視線に、瀞蓮はその双眸をわずかに細めた。この手の《お願い》は、面倒事だと相場が決まっている。
「献策等の具体案については責任者を選出せよとの仰せ。その役目、引き受けてはいただけないでしょうか?」
もちろん、雑務や他機関との交渉や調整に関しては、率先して引き受けるつもりだが。どちらかといえば参謀向きであること自覚している伊勢としては、もうひとり主格を張ってくれる者がいた方が心強いのがまずひとつ。
出された意見を整理して要点を絞り込む能力は、瀞蓮が最も高いように思われた。洗い出された問題点に対応して意見を述べる力もある。――ともすれば感情に流されがちになるアリサを上手くいなして見解を引き出す忍耐力も持ち合わせていた。
年の功といえば、叱られるかもしれないが。
「――判った。引きうけよう」
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「冒険者のことは冒険者に‥か、悪くはない」
まとめられた懸案に目を通し、片倉景綱は重々しく頷いた。その表情は相変わらずにこりともしないが、それでも纏う気配はいくらかやわらいでいるとアリサは思う。
この短い期間で良くまとめたと褒めてもらってもよいくらいだ。
弟子入りを志願しているアリサの視線にはさほど頓着しない様子で、景綱は淡々と沙汰を伝える。
「いいだろう。新部隊の設立については其方らの意見を由とする。組織の構築、人員の手配については一任する。――拠点については希望に添えるように手配しよう。候補があれば申すがよい」
志のある者ならば、伊達家の士官でなくとも出入りを認めるという条文も勝ち取った。
江戸を守る有志という形でならば、伊達家に縁のない冒険者の賛同も得やすいのではないかという配慮でもある。
「ひとつ、忠告を」
法治による太平の世。
その夢に、またひとつ近づいたと穏やかな面の下でひそやかに達成感を噛みしめる伊勢に視線を当てて景綱は、わずかに調子を落とす。――それだけで、部屋の温度が冷えた気がした。
「これは罠でもあるのだぞ。其方らが上手く御せぬと見れば、我らは考えを改めねばならぬ」
懐柔策が不調に終われば、次にくるのは制圧である。
忘れるな、と。
政宗の為にそれが必要であると認めれば、例え千人を殺しても呵責を感じぬであろう男は、ただ静かに宣告した。
●遥けき理想
水軍の設立に始まって、奥州街道の整備まで。
確かに実現すれば素晴らしいが、その実現が非常に困難なものばかり。――特別な技術を有する者が必要だったり、江戸の一部再建では済まないような莫大な費用が掛かったり、利権を独占する商人たちが絶対に了承しないような一方的な話であったり、さらには幾つもの国を跨いでの話であったりと様々だが――実現が可能かどうかの考察。あるいは、乗り越えなければいけない関門の高さが、さっくりと抜け落ちている点で共通している。
「‥‥冒険者というのは壮大なことを考えるものだ」
褒めているのか、貶しているのか。
幾分、呆れたらしい口調で言って、景綱はちらりとアリサに視線を向けた。
商人を甘く見てはいけない。
そう注進する者が、商人の不興を買うような意見を出していたのでは、それこそ本末転倒というものである。
小さな村や町であれば、楽市楽座も景気の活性剤として有効だが。――江戸ほどの規模を持つ巨大な市場でその統制機関である《座》を廃止すれば、大混乱になるのは目に見えていた。自由競争で勝ち残れるのは、ほんの一握りの利に敏い者だけなのだから。
「のべつくまなく聞き取りなどしたのでは、こちらにそのような腹があるのかと不信と警戒を持たれるだけだ。実施するなら、どこぞの門前や寺社の縁日。場所と日時を限定した特区の中だけ――そういう市は既に幾つか立っていたのではあるまいか?」
吐息をひとつ、景綱はアリサからイリアス、伊勢へと視線を向ける。
「平織との同盟は検討中だ。都がなにやら騒がしい様子だが、いずれ動きがあるだろう。――行楽に関してはあのお方のこと。こちらから催促するまでもなく、何やら画策してくださろうな」
できれば止めてもらいたいくらいなのだが、と。小さく付け加えられた呟きこそが彼の本音なのだろうと、冒険者たちは内心で首をすくめる。
大がかりな興業を求めたのは、アリサだけでなく。イリアスも、さらに壮大な大饗宴を脳裏に思い描いていた。――房総での戦さの結果次第で、それも夢ではないかもしれない。
それが、いかなるモノとなるのかはともかくとして。
彼らは与えられたこの地位と条件を足掛かりに、結果を出すしかないのである。