【蓑虫騒動】 泡沫に寄せる追憶

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月25日〜05月30日

リプレイ公開日:2008年06月02日

●オープニング

 心を決めた。
 無為に先送りにしていても、徒に時間を費やすだけで事実は覆らないのだから。

 通い慣れた《ぎるど》の正面に掲げられた看板を見上げ、田之上志乃(ea3044)は深呼吸してともすれば騒ぎ出す心を鎮める。
 ひとつの顛末を見届けた。――それは決して志乃が思い描いた未来図と同じものではなかったけれども。
 
 追いかけた琥珀は、荒ぶる神の鎮守となって水底に眠る。
 暴かれた遺跡から持ち出された鼎の宝玉を元の遺跡に戻そうと手を尽くした志乃たちの奔走は文字通り泡沫となって消えた。
 その選択が正しかったのかどうかは、まだ判らない。――間違っていなかったのだと思うことにはしていたが、やはり忸怩たる想いに塞ぎそうになるコトもあった。

 その未練を断ち切る為にも‥‥
 報せを待つ者たちに、この結末を伝えよう。――思いがけず時間が掛かってしまったけれど。
志乃と同じように。否、それ以上に長くアテの見えない彼らの旅にも、そろそろ幕を引いてやらなければ。

■□

 それでも揺らぎそうになる心を決めて。
 《ぎるど》の敷居を跨ごうとした志乃は、ふと路上に落ちた人影に視線を上げた。
 夏に向け、少しずつ鮮やかさを増す陽射しを背に志乃を覗き込む仲間の面に浮かぶ其々の表情に、ふうわりと心の隅に凝った蟠りが解け消える。

「んだば、ちょっくら話さつけてくるだよ」

 そう嘯いて胸を張る志乃の笑顔は、明るくのびやかないつもの輝きを取り戻していた。
 《ぎるど》から出てくる時には、もっと自信に満ちたものになっているだろう。――揚々と戸口を潜る小柄な後姿を見送る仲間は、それを確信していた。

 旅の支度を始めなければ。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0908 アイリス・フリーワークス(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 笑顔が弾ける。
 早くも初夏の色彩を思わせる眩しいほどの青空は、街道を歩く旅人たちの気持ちをも明るく爽やかな風で満たした。
 旅を棲家とする冒険者稼業ではあるが、気の急かぬ旅は珍しい。のんびりと周囲の景色を眺めることができるのも、そんな余裕の現れだろうか。
 ようやく見え始めた村の入り口に立つ人影を認めた時、旅人たちの心に飛来したのは懐かしさと不思議な感慨。
 思えば、幾つもの焦りと不安を胸にこの道を駆けたのも‥‥丁度、今くらいの季節であったと陣内晶(ea0648)は古い記憶を探る。

「うーん、足掛け3年でしょうかね?」

 思えば、長い旅だった。
 アイリス・フリーワークス(ea0908)のふうわりと微風に翻るスカートの中に隠されたシフールの秘密を垣間見ようと腐心し続けて、早三年。――当時は子供子供していた田之上志乃(ea3044)だって、気がつけばそれなりのお年頃なのである。

「琥珀玉がまさか花嫁さんになってお話するなんて、本当にびっくりしたよ」

 やっぱり神様って凄いねー、と。
 感嘆を落とした御神楽紅水(ea0009)も、そろそろ結婚を意識するころだろうか。3年経って、一層、女性らしさに磨きがかかったかもしれない。

「川の神様もおとなしくなってくれて、めでたしめでたし。――だけど、琥珀玉使っちゃったのは気になるかな」

 ひとつの禍いの終焉は、同時に、彼らの旅路の果てをも告げたのだった。
 最後の幕は、いつも何やら物悲しいもの。――思い描いた最高の結末ではないことも、この感傷の因かもしれない。

「数珠の花嫁さんも『ありがとう』って、言ってたですよ。だからきっと、間違った選択じゃなかったと思うです」

 アイリスの力説に、紅水はほのかに笑う。
 必ず取り戻すとの約束は、自分自身への誓いでもあったのだ。
 災いは無事に収まり、役目を失った琥珀の玉も新しい使命を与えられたことに納得していたのだと思う。アイリスの言葉のとおり、この選択は間違いではない。――ただ、果たせずに浮いてしまった自分の心に、落ち着く場所がないだけだ。

「あれで本当にえかったンか、オラにゃまだ分からねェ」

 志乃の自問に、他から答えが出されることはないだろう。それは志乃自身が消化し、得なければいけない結論だ。――その為に、彼女はここにいるのかもしれない。
 氾濫する川と怒れる川神。もたらされるであろう災厄を目の前にして、自分の利だけを追求することはできなかった。
 局面での選択は、おそらく間違いではない。あるいは、他にもっと良い方法があったのかもしれないが、志乃には思いつけなかったのだから。
 神を殺さず、人も死なさず――
 守りたいモノが増えるほど、時に取捨選択は至難を極める。

「けんど、ええにせよ悪ぃにせよそうなっちまった事ァ変えようがねェだし、今更戻せるもんでもねェ。したっけ、待っとるモンにきっちり伝える事さオラ達の務めだべ」

 距離が縮まるに従い、はっきりと判別できるようになった人影の中に覚えのある顔をみつけて。彼らは改めて旅の終わりを噛みしめた。


●出会いと再会、そして‥‥
 到着は既に知らされていたのだろう。
 彼らが村の入り口へとたどり着いた時には、畑仕事の手を止めて駆け付けた村人たちが集まっていた。――3年という時間の流れは振り返れば長いような気もするが、受けた恩を忘れるほど昔でもない。

「お久しぶりにございます。皆さま、お元気そうでなによりです」

 小弥太の顔にも笑顔が見える。
 最後に会ったのは、今年の正月。木地師たちの消息を知らないかと訪れた時のことだった。――思えば、気にかけてくれていたのだろう。

「アイリスははじめましてなのですよー」

 ふうわりと風に浮くアイリスの、空と同じ色をした輝く羽根に子供たちはぽかんとその表情に驚きの色を浮かべた。驚きが羨望に変わるのは時間の問題だろう。
 そんな子供たちの表情に、紅水もまた持参したお土産の包みを振って見せた。甘くて、日保ちのする‥‥甘いものには目のないアイリス垂涎の江戸の銘菓を持参してきた。

「お仕事が終わったら、みんなで食べて遊ぼうねっ」
「ア、アイリスの分もあるですよねっ?!」

 子供たちもさることながら、1番喜ぶのはアイリスかもしれない。

■□

 座敷には、既に先客がいた。
 簡素な旅装束が、彼らもまた旅の途上にあることを告げている。――名乗らずとも、彼らの素性は窺い知れた。
 足を止めた志乃に、小弥太がそっと耳打ちする。

「‥‥置き文を拾ったと、昨夜‥」

 彼らの立ち寄りそうな場所に預けた志乃の文が功を奏したらしい。
 陣内もまた、蓑虫茶寮と長屋の周辺に声をかけてくれるよう、奈良屋に頼み込んでいた。最後の最後に間に合ったのだと、ほんの少しだけ安堵する。
 お互いに探り合うような沈黙の中で、居候から下働きに格上げされた少年が茶を運んできた。――虫に食われた傷跡は隠しようもないけれど、3年の間にできることも増えたらしい。村人たちも皆、事情は知っているから、この村で生きていく分には特に不都合もないだろう。

「それで、お話というのは?」

 いくらか改まった小弥太の声に、志乃は感傷を振り払った。
 紅水も、陣内も。言いたいこと、考えることは色々あったが、今は黙して志乃の言葉を待つ。

 遺跡から持ち出された琥珀玉の遍路について。
 墓盗人の手からさらに持ち出されて、奈良屋茂左衛門の手に渡ったこと。不思議な少女のご託宣によって、あやうく捨てられかけたこと。
 そして、川の神を鎮める呪いの核として、水底の宮に納められたこと。
 取り戻すことの叶わなかった無念と、最後に告げられた礼の言葉。いくつもの想いが複雑に絡みあい、伝えるべき重いを言葉に紡ぐのは難しかった。彼らが立ち会った真実を、一字一句、間違えないよう伝えたいのに、言葉にするとそれはとてもありふれたものに聞こえて。

「感謝している、と。言っとっただよ」

 志乃を初め紅水や木地師たち。琥珀を追い続けていた者たちにとっては、思いがけない結末であり、あるいは落胆も大きいだろう。

「‥‥確かに言葉を残されたのですね?」
「んだ。皆に伝えてくれと頼まれただよ」

 天狗、川の神といった存在は、実際に目の前に現れなければ俄かには信じがたいものだけれども。
 それでも眉唾だと言い切ってしまえるほど合理的でもない。
 各地で神を名乗る者が復活しているという。――外との接触の少ない村の中で暮らしていれば届かぬ情報も、旅の途上でなら風聞として伝え聞く機会もあったはずだ。
 街道に程近い場所であったから、あるいは、既に噂を聞いていたのかもしれない。
 志乃の伝えた真実を受け入れることを拒否されぬことは有難かったが、ただ受け入れられるのも苦しいものだと改めて思う。
 いっそ詰られた方が楽になれたかもしれない。

「そりゃあもう。これだけは、ハッキリ断言できます」

 志乃の言葉を裏付けようとするかのように、陣内も深く頷く。強く拳を握りしめ、万感の思いを込めて言葉を紡いだ。

「あの数珠は、凄く美人でしたっ!!!」

 川の神ではなく、いっそ自分のお嫁さんに欲しいくらいに。
 陣内の魂の叫びに座敷は一瞬、呆気にとられた。本人が大真面目なだけに――彼の言動に馴染みのない者たちは――その真意を測りかねるのだろう。狼狽えるような沈黙の後、緊張は唐突に瓦解した。


●山の封印
「‥‥それで、山の方はどうなのかな?」
「そちらの方はこれといった異変はありません」

 気がかりそうな紅水の言葉に、小弥太はほほ笑む。
 少しの陰りも見当たらないのは彼らに気をつかっての遠慮ではなく、本当に全てが終わっているのだという安心感かもしれない。
 遺跡に封じられていた太古の虫は、冒険者の手によって滅ぼされた。――元凶が断たれたのだから、災いが引き起こされることはないはずだ。

「あのあたりの洞窟が迷いやすく危険な場所であることに違いはないので、悪童たちには近づかないように言いつけてはおりますが‥‥」

 祠を建てて祀ってあるのは、これまでどおり。
 禍いの犠牲となった木地師の集落への供養も兼ねて、小さな地蔵尊を祀ることにしたのだという。

「遠出するときは迷子にならないか、いつもドキドキなのですよ〜」

 陣内が後にいる時は、別の意味でもドキドキだ。
 小弥太と子供に導かれ祠への山道を上る紅水の肩に腰かけて、アイリスは大仰に吐息を落とす。――物珍しさに後ろから付いてくる子供たちのおかげで、今日のところは迷わずに済みそうだけれども。

「アイリスのせいで村の子供たちが迷子になったら、大変ですよう〜」
「う〜ん。でも、今日だけ特別だって小弥太さんも言ってるし」

 新しい祠は洞窟の入り口に建てられていた。
 迷路の最奥にある本当の封印の祠は、冒険者たちの手で封じられたままにしてあるのだという。――忘れてしまうのは問題だが、頻繁に人が出入りする場所というのもあるいは考えものかもしれない。
 たどり着いた祠の、小さな石の地蔵に向かって手を合わせ、紅水はそっと祈りを呟く。
 村を取り巻く平穏が、未来永劫続くことを願って。

「これでよし、と」

 パチンと音を立てて手を合わせ、紅水は感傷に浸る思考を切り替えた。
 振り返った紅水の顔に浮かんだ爽やかな笑顔に、ぐるぐると同じところをめぐり続ける思考途切れる。

「それじゃあ、村に戻っておやつにしよう!」

 しっかり食べて、いっぱい遊ぶ。
 身体も心も。思い悩まず健康でいるためには、それがイチバンだ。


●敵か、味方か?!
 感謝の言葉を捧げるべきか。
 むしろ、恨み事のひとつも呟いた方がいいかもしれない。
 奈良屋の蓑虫茶寮に程近い稲荷の社に持参した稲荷寿司にお茶を備えて、志乃はこちらにも顛末を報告する。

「つぅわけで、おめェさんさ気にかけとった琥珀玉は、ちゃあんと偉ェ神さんのところさおいてきたで、なァんも心配いらねェだよ」

 江戸から遠く持ち出して。
 誰の手も届かぬところへ‥‥川の神の御許にて、大事に守られているはずだ。
 相変わらず江戸は慌ただしく、賑やかだけれども。これで、ひとつくらいは禍いを回避できたと思いたい。

 のんびりと穏やかな。どこか眠気さえ誘う五月の優しい陽光の下で、新緑に彩られた稲荷もまた淡い微睡の中にあるようで。
 江戸の街が紡ぐいくつもの夢の泡沫。――お稲荷様が望んだとおりの、穏やかで優しいものだと良いのだけれど。