坂東異聞 〜暗闇祭〜

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月21日〜08月28日

リプレイ公開日:2004年08月29日

●オープニング

 満ちたる月が“未知”を開き、
 欠けたる月が“闇”を誘(いざな)う

 火の災いを畏れる町 昏き闇夜に魑魅が蠢く
 降り積もる欲望の泥濘に咲く栄耀の花
 邯鄲の栄華に浴し 散り急ぐ
 吹き溜まり澱んだ怨嗟に遍く魍魎
 人なるもの、人ならざるもの
 幾重にも絡み合い錯綜する昏迷に、跳梁する闇の眷属
 ただ、密やかに
 鬱々と 刻満つるを待ち――

■□

 日が宜しくない。

 子供はひと言、ただ、それだけを告げたという。
 抜けるように色の白い、10歳かそこらの女童であった。とか、少しばかり丈の短い褪せた着物に、大きな緋牡丹が咲いていた、など。そんなどうでも良いことは、皆、鮮明に覚えているのに。
 子供がいつそこにいたのか。あるいは、どこからやってきたのか。肝心なことは誰ひとり、何ひとつ。
 気が付いた時には、そこにいた。そして、放たれた奇妙な言葉に居合わせた人々が、はてと顔を見合わせている間に姿を消した。
 もちろん、町衆にも言い分はある。
 その日は朝から立て込んでいた。――近く行われる祭の支度。段取りや準備など、諸々の雑事をどう執り行うか。鎮守の社を前に、額を寄せて相談していた矢先の、狐につままれたかのような椿事。
 決して訝らなかったワケではない。
 縁起ものの催しに験を担ぐには気になる言葉であり、鬱蒼とした杉林に囲まれた静かな社の前では少なからず薄気味の悪さを感じる出来事ではある。
 どこかきな臭いものを感じつつ。だが、これといって異変も見当たらなかったので、それきりにしていたのだという。
 町内の明かりをことごとく消して神輿を迎えることから“暗闇祭”の名前で呼ばれるこの社の祭りは、江戸の町でもそれなりに知られていた。
 知られているが故に、なにかと苦労の話も尽きない。
「‥‥賽銭をくすねるのは、可愛いもので。まぁ、毎年、何かと問題を起こす輩がいるワケです」
 きっとその類だろうと、高を括っていたのである。
 鎮守の祭りだけでなく、江戸市中で執り行われる祭りの片棒を担がされたのも間が悪かった。皆が何かと忙しく、見かけぬ子供の薄気味悪い託宣などすっかり忘れていたというのが実のところか。
「‥‥‥それが‥‥」
 蒼白になって“ぎるど”に駆け込んできた差配人は、悪い夢を見ているような面持ちで肩を落とした。

 最初に、3人。
 奥社と呼ばれる最奥の社へお神酒を捧げに行った氏子が、夜が明けても戻らなかった。
 夜明けを待って人をやったが、影も形も見当たらない。――いずれも行状は悪くなく、家族の者も夜逃げをする心当たりもないという。
 どうしたものかと気を揉んでいるところへ、祭の見物に来ていた若い衆が連れの者が消えたと騒ぎ出し、同じ頃、森の外れで切れた注連縄が見つかった。
 その注連縄は奥社の裏手に生える大きな杉の木に掛けられていたものであるらしい。
 年寄りの昔話によると、その杉の根元には巨大な洞があり、うんと昔に徳の高い旅の法師が人を喰らう魔物をそこへ封じたのだとかなんとか‥‥。
 その結界をなす注連縄が綻びた。
 そういえば、と。思い出したのが、先の不思議な子供の話である。――こちらも胡乱なことこの上ないが、この手の話は、1度、火がつくと収まらぬ。
 村人たちはすっかり怯えて、祭どころか日々の生活にも支障をきたす有様。
 さすがにこのままではマズいというので、知恵を出し合い相談した結果、江戸の“ぎるど”に届け出ることになったらしい。
 祭で忙しいこの時期に、と。思わないでもなかったが。
 これも、まぁ、人助けではある。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0914 加藤 武政(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1050 岩倉 実篤(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2478 羽 雪嶺(29歳・♂・侍・人間・華仙教大国)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2838 不知火 八雲(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 昼なお暗く、鬱蒼と――
 陽の光を遮って枝を広げる杉の林は、息苦しいほどの沈黙に包まれていた。
 ひやりと肌に触れる冷気が神域の静謐なのか、あるいは、暗がりにひそむ忌まわしきモノへの畏怖なのかは判らなかったが。
 年に1度の大祭の折にもかかわらず人の出入りが絶えた鎮守の杜は、ひっそりと息を殺しているようにさえ思われて――。

●痕跡
 杜の外れで見つかったという注連縄は、御神楽紅水(ea0009)の目から見ても、ずいぶん古いものだった。聞けば、最後に締め替えたのがいつ頃なのか。村の年寄り連中も覚えていないのだという。
 積年の風雨に耐え切れずに切れたのか、何か善からぬ思惑により引きちぎられたものであるのか判じにくい。――刀など鋭利な刃物で断ち切られたものでないことは、確かなようだが。
「‥‥これは‥‥」
 村人が拾ってきたという注連縄の残骸を検分しながら、羽雪嶺(ea2478)は、ふと気が付いて紅水の袖を引く。ボロボロに朽ちた縄の裂け目とは別の箇所に、小さな噛み傷がついていた。
「獣の噛んだ痕みたいだけど‥‥野良犬が玩具にでもしたのかな‥‥?」
 羽の手元を覗きこんで小首をかしげた紅水に、加藤武政(ea0914)はそういえばと村人から集めた話を思い出す。
「地面に引きずった跡があったそうだ」
 注連縄が張られていたのは、奥社と呼ばれる深遠部。わざわざ人の目に付くこの場所に運んだことに何か意味があるのだろうか。加藤の報告に、龍深城我斬(ea0031)は気難しげに眉間に縦ジワを刻んだ。
「注連縄の用意にまだ少し時間がかかりそうだね」
 何しろ大人の腕よりも太い注連縄である。妖怪退治を請け負った豪の者たちの手伝いをしようと大わらわの村人たちを眺めて雪嶺がのんびりと進捗を告げる。
「そんなに急がなくても大丈夫だろう。いずれにしても、化け物を退治するのが先になるだろうしな」
 作業中に襲われでもしたら目も当てられない。村人は皆、怯えてしまって鎮守の杜に近づかないものだから、岩倉実篤(ea1050)の聞き取り調査の方も難航していた。
 消息を断っているのは、お神酒を奉納にいった氏子が3人と祭を見物していた遊山の者がふたり。いずれも男である。が、こういった祭の性質上、女性は裏方を任されることが多く、森へ踏み込む機会がなかった故の僥倖だったのかもしれない。
「じゃあ、僕は下調べが終わるまで注連縄作りのお手伝いをするよ」
 村人の手伝いを買って出た羽と年寄りの長話を辛抱強く聞いている岩倉に後を任せ、紅水、加藤、龍深城の3人は村長の家を出る。

 村の外れで3人を迎えた八幡伊佐治(ea2614)が手に持った小さな包みに、気付いたのは紅水だった。
「お待たせ〜☆ あれ、八幡さん、何持ってるの?」
 今回、化け物退治にやってきた冒険者の中でただひとりの女性である紅水に、八幡はにこやかな笑顔を向ける。――純粋培養のお嬢様といった風情の育ちの良さげな少女だが、残念ながら、八幡好みの姉御肌で気風のいい豊満な体つきの美女ではない。
「実況見分を兼ねて社へお参りしてくると言ったら、村の人が‥‥」
 小さな皿に、稲荷寿司がみっつほど。
 代わりに供えてきて欲しいと託されたのだという。――僧侶である八幡が神社に参拝することに違和感がないでもないが、このあたり双方あまり深く考えないのは日本人である所以か。
 白と黒の違いこそあれ、同一の神の教義を正義とするイギリスの神聖騎士カイ・ローン(ea3054)には、少しばかり理解しにくい精神世界だ。
「ここの社の神さまは、お供えをしておくと結構なご利益があるらしい。――おろそかにすると罰が当たるそうだぞ」
 本当かどうかは知らないが。包みを渡した老婆があまり熱心に頼むので断り切れなかったともいう。――こちらも八幡の守備範囲からは激しく外れているが、なんといっても女性の頼みだ。ご利益があるならあるに越したことはない。


●真昼の悪夢
 一般的に、鎮守の森は禁猟地である。
 特に禁止されているわけではないが、神の御座所にての殺生は避けたいという意識が働くのだろうこの森を活動の拠点とする猟師はいない。信仰を集める神社のことで、土地に詳しい者に事欠かないのは幸いだった。
「伝承が本当なら、俺は封印されていたのは不死者だと思っているんだ」
 ひっそりと冷ややかな静謐を湛える杉林の参道を、行方の判らぬ者たちの痕跡を探して歩きながらローンは、同行する不知火八雲(ea2838)に見解を披露する。
「‥‥化け物が氏子の持っていたお神酒を狙っていたのなら、大蛇の類かもしれないな」
 酒好きの大蛇は、昔話の中では比較的よく語り継がれている話だ。
 蛇ならば対処のしようもあるが、相手が不死者であるなら戦い方を考えなければならぬので少しばかり厄介かもしれない。――通常の武器では傷付けられぬ敵を想定し、“ぎるど”に銀製の武器の貸与を申請していた岩倉の提案は、残念ながら通らなかった。数が少なく貴重なものでもあるので、確証のないところへはそうそう持ち出せぬということらしい。
「この辺りは、まだ足跡もしっかりしているな」
 注意深く周囲を探索していた不知火の報告は、未熟ながら猟師としての知識を踏まえたローンの見立てとも一致している。
「やはりもっと奥の方か‥‥」
「うむ」
 鬱蒼と茂った木立の下は、昼間でも夕方並みに薄暗い。どうかすると、時間の感覚がなくなりそうだ。
 争った形跡や、不審な洞穴などを見落とさぬよう慎重に歩を進めていく。

 ――ぽたり‥

 滴り落ちる水滴が下生えの緑を濡らす小さな音に気が付いたのは、不知火だった。
 網にかかった朝靄の水滴、あるいは岩の間から染み出した湧き水が岩肌をつたって落ちるようなごく静かな‥‥それでいて、どこか不吉な胸騒ぎを感じるその音は、参道から外れた薄暗い林の奥から聞こえてくる。

 ‥‥ぽたり、ぽたり‥と。

 吹く風に容易く紛れてしまいそうでいて何故だか耳に残その音に、ローンと不知火は思案げに顔を見合わせた。
 見上げる梢は遥かに高く、暗澹たる沈黙を湛えて瞑目する。
 今はまだ静かに、ひっそりと息を殺して。――あるいは、虎視眈々と獲物の隙を伺っているのかもしれない。
 神域の静謐を湛えた薄暗い林の中で。
 闇の裡より這い出したそれは、彼らのすぐ側にいた。


●暗闇祭
 朔日に近づくほど月は細くその身を削り、見通しは悪くなる。
 江戸市中に限ったことではないが、木と紙で作られた日本の町は火に弱い。――火の災いを避けようと、極力、火気を遠ざけるから月のない夜はことさらに暗かった。
 百鬼夜行、という。
 月の見えぬ夜の巷は、闇の底より這い出した魑魅魍魎が跋扈する彼岸だ。
「‥‥近いな‥‥」
 張り詰めた夜気を貫いてぴりぴりと肌を突き刺す殺気に、岩倉は眉をひそめる。辺りに立ち込める闇の帳は、思った以上に分厚く重い。――不知火が下げた提灯の光、龍深城の松明の暖かみのある橙色の炎が、小さな球に押し込められているような錯覚さえ覚えるほど。
「え? すぐ近くにいるの?」
 奥の祠までは、まだいくらかあるのだけれど。不思議そうに小首をかしげた紅水の声を受けたのは、龍深城だった。
「獲物を求めて森の中を移動しているのだろう。封じてあったという注連縄も切られたわけだし、ヤツが1ヶ所に留まっている道理もない」
 封じられていたという話が、そもそも怪しい。何しろ、いつ頃のことであったのか。誰も覚えていない昔話だ。
「そっか。そう言われれば、そうだよね。――で、化け物ってやっぱりアレなのかな?」
「そちらの方は、間違いない」
 確信をこめて頷いた加藤に、ローンも同意を示して頷いた。
「‥‥なんだか、本当に肝試しのようだね‥‥」
 ちょっと不謹慎だけど。冗談とも本気ともつかぬ羽の感想に、八幡は言いえて妙だと苦笑を零す。
 暗がりの向こうから放たれる殺気。
 そこにいるのは判っていた。――こちらの隙をうかがっているのだろうが、ひたひたと闇に満ちる殺気は、強くなる一方で。
 来る。と、判ってはいるのだが、それでも胸が逸るのは全てを押し包む闇のなせる業だろうか。確かに、肝試しに通じるものがある。
「それにしても‥‥」
 放たれる殺気の根源を探して何気なく闇を湛えた木立を見上げ、岩倉は小さく息をのんだ。
 凝った闇の中に、無数の生首が浮いている。
 提灯の細い光が白蝋めいて精気のない死人の肌にてらてらと無形の影を踊らせ、落ちた眼窩の奥の赤い眼だけが異様な執着を浮かべてじっと岩倉を覗き込んでいた。
 時間にして、まばたきひとつ。
 それは、ゆっくりと耳まで裂けた口を開く‥‥。

 ――シャァ‥ッ!!!

 威嚇とも叫びともつかぬ音が、闇を切り裂いて突き抜けた。
「来たっ!!」
 鞘から抜き放たれた夢想流の白刃が闇に閃く。
 暗がりにいっそう黒く血の飛沫を躍らせて、切り裂かれた首がひとつ地面に落ちた。それを合図に、樹上の生首が一斉に動き始める。
 周囲を杉の木立に囲まれた林道は、大立ち回りをするには不向きな地形だ。それでも、ローンの神聖魔法、羽の闘気魔法の加護もあり、加藤、龍深城のふたりも恐ろしげな奇声を発して襲い掛かる生首を一重で躱し切り伏せていく。

 ――ギャァァ‥ッ!!!

 不知火の放った手裏剣がふたつ目の神聖魔法を唱えはじめた八幡に牙を剥いた生首に狙い違わず命中し、耳障りな絶叫が夜に響いた。地に落ちてのたうつ首に、紅水が小太刀を振るい、濃厚な血臭が夜の神域を不穏の色に染め上げた。
 凄惨な闇の祭は、だが夜の懐に抱か誰の眼にも触れることなく隠されたまま――

■□

「‥‥釣瓶落とし‥に、ございますか」
 樹上から獲物を襲いかかり、捕らえた餌を木の上に引きあげて食べてしまう妖怪である。
 岩倉の戦勝報告に、村長は恐ろしげに眉をひそめた。
「そのようなものが‥‥」
「奴等が森に棲みついたのと注連縄が切れたことの因果関係はわからぬが、もう大丈夫だろう」
 木の上に住み着く妖怪であるから、あれが注連縄を切った犯人である可能性は非常に高い。が、故意かどうかは微妙なところだ。
「大丈夫。夜が明けたら注連縄はちゃんと張り替えてくるよ」
「一応、ご神木の方にも浄化の魔法をかけておきましょう」
 羽とローンの申し出に、村長は礼の言葉を口に丁寧に頭をさげる。
「この度は、本当にありがとうございました」
 死者の弔いの為、今年の祭りはこのままうやむやに終わることになりそうだが、これは冒険者たちの責任ではない。
「なぁに、通りすがりの解決辻斬り侍が辻斬っただけだ、礼には及ばない」
「は‥‥?」
 彼女へのお土産を手に入れられず少しばかり残念な加藤であった。
 ナンパのアテが外れた八幡はといえば、弔いの準備など思いがけないところで重宝がられ――残念ながら、こちらにも好みの美女は含まれていなかったのだけれども――引く手あまたの大人気ぶり。

 ささやかなもてなしと精一杯の謝意に胸を満たした一行が、江戸への帰路についたのはその翌日。
 市中を巻き込む大騒動が待ち受けていようとは、想像もしていなかった。


=おわり=