仏様は越後がお好き?
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 17 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月21日〜05月31日
リプレイ公開日:2008年05月30日
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●オープニング
ある所に、それはそれはありがたいほとけ‥‥お姫様‥が、おりました。
信濃の国で1番大きなおて‥‥ら‥じゃなくて、お城の金堂にいらっしゃるこのお姫様は、信濃国だけでなく日本中からここを訪れる参拝客に慈悲と功徳をもたらしてくれるとても尊いお方です。
「‥‥‥」
さて、どこからツっこんでくれようか。
思わず引きつった頬のあたりを手の平で撫でまわしながら。《ぎるど》の手代は、大真面目な表情で番台の向こうに座る贋山伏を眺めた。
お姫様の住むお城から山を隔てた越の国‥‥なんて言ってない‥‥北の国の若い王様は、このお姫様にずっと想いを懸けていらっしゃいます。
お姫様を預かる大御堂主・里栗田の住持様も、若い王様のお気持ちを知って両家は良好な関係を築いておりました。
ところが、世の中、そう上手くいかないもので。
善光寺平の肥沃な穀倉地帯を我がものにしたいと企むか‥‥南方の王様が、軍勢を連れて攻めてきたのです。
北信濃を治めるお殿様たちの救援嘆願を受ける度、若い王様は軍を率いて山を越え、南の王様と干戈を交え撃退しました。――が、敵もさるもの。気が付けば、いつのまにか北信濃の大半は甲斐の軍門に下っています。
里栗田の住持様も気が付けば孤立無援の、四面楚歌。
甲斐の殿様がその気になれば、大切な国の宝であるお姫様は甲斐の国に連れ去られてしまうかもしれません。
「地名、出ちゃってますよ‥」
「―――ッ!!」
今更、慌てて口を押さえたってもう遅い。
ちょっと察しの良い者なら、誰のことを言っているのか判るだろう。――ちらちらと上目遣いで手代の気勢を伺うパラッ子に、手代は深く息を落した。
怒る気も失せて斜めに見下ろした手代の視線とは裏波に、こちらはいつになく真剣そのもの。どっこらしょと天板の上に、見るからに重たげな唐草模様の包みを乗せる。
毎度おなじみの山葵ではなく、小さな袋に小分けにした砂金がひとつ、ふたつ‥‥
「ちょっと。どうしたんですか、この金子っ?!」
「お姫様、連れ出して」
「‥‥‥まだ、言うか‥って、はい?」
■□
江戸を離れること数日余。
街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った北信濃の山奥に《小さな隣人》‥‥パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。――さすがにコレではいけないと立ち上がった村人たちは様々な村興し計画(?)を経て、今では知る人ぞ知る迷所になりつつあった。
欠伸がでるほどの平和だけが取り得であったこの村に、不安が翳を落したのはつい先日。
山みっつむこうの巨人族の村人たちが出稼ぎに出たまま行方知れずとなり、それを探しに出かけたこじろと官那羅が‥‥2次誘拐に巻き込まれ、冒険者たちに助け出されたのはまだ記憶に新しい。
「官那羅さんのコトで、さすがに責任を感じていたのですかねぇ」
何やら企んで越後へ出かけるコトが増えたのだという。
一説には、結果として不良債権となってしまった山葵漬けのお代を回収すべく歩き回っていたらしい噂もあるが。
ともかく、越後の宿場で捉まえたいつぞやの侍から持ちかけられたというのが、件の話。なるたけ名前を出してくれるなとの先方の頼みで、この奇妙な話を捏造したものらしい。
「‥‥もうバレバレ?って、カンジなのでバラしちゃいますけどね‥」
優しさがあるなら、なるべく触れないでやってくださいね、と。
吐息を落して、手代は大福帳に書き付けた覚書に視線を向けた。
善光寺。遡れば仏教伝来の騒乱にまで辿り着くという東国の古刹は、今、ひそやかな権力闘争の舞台と化している。
北信濃を舞台に睨みあう、武田信玄と上杉謙信。なかなか決着のつかない龍虎のどちらに与するか。――謙信についた大御堂主・里栗田家と信玄についた小御堂主・山栗田家の間で、確執が表面化しつつあるらしい。
着実に足掛かりを築いた信玄の地道な戦略が功を奏して、北信濃の大半が信玄の旗下に与した昨今、大御堂主・里栗田家の憂いは深かった。
「大御堂主というだけありまして、こちらが納める仏像や什宝はずいぶんと名のあるモノが多い。特に《善光寺如来》と呼ばれる仏像は仏教伝来の故事より伝わる国の宝とも言うべきもの。それが甲斐に持ち出されたり、破壊されては目も当てられない。――そうなる前に、信頼できる方に預け保護してもらおうというワケです」
そして、この手の話には大喜びで手を挙げるに違いないのが、越後のあの人。そもそもこの話は、謙信公の申し出から始まったという。
場合によっては、自ら引き受けに北信濃へ兵を率いて出向くのも辞さない勢いで熱望しておられるとかなんとか。――想う相手が、お姫様と仏像では天と地ほどの違いがあるような気もするが。それもこの際、無視してほしい。
「‥‥所有者である里栗田家が承知しているのなら、《ぎるど》としては断る理由はないのですが‥‥」
越後が北信濃で動いても、里栗田の名が出ても甲斐の武田氏にカドが立つ。
と、いうことで、何がどういうワケなのか。巡り巡って、こじろが《ぎるど》に持ち込んだものらしい。
「首尾よく如来像を越後の方にお渡しすれば、佐渡へ渡る手形をもらえるらしいのですが‥‥というか、アレはそれしか考えてないかも‥‥」
本当に大丈夫なのだろうか。
うっかり厄介なことに巻き込まれていなければ良いのだけど‥と。手代はしみじみと吐息を落した。
●リプレイ本文
女性ではなく御仏に出兵せんばかりの御心酔。
なんだかちょっと‥‥いや、所所楽銀杏(eb2963)のライフワーク【著迷人見聞記】に記されるくらいには変わったヒトであるかもしれない。――触らぬ神に祟りなし。城山瑚月(eb3736)の言ではないが、触れては危険だ。
その関わったが最後(いろんな意味で)うんと苦労させられそうなアノ人に、がっちり巻き込まれてしまった感のあるパラっ子は‥‥
「や」
やる気いっぱい。
むしろ、面倒事を引き起こしたのはコイツの方ではないかと思うほど。
仲見世通りの片隅、《駒返り橋》で巡礼を装った銀杏と百鬼白蓮(ec4859)を迎えたこじろは、銀杏に頼まれたとおり大きな笈籠いっぱいに山葵と今が旬の山菜を詰め込んできた。
銀杏を包む雰囲気がいつもと少し違って見えるのは、所所楽柘榴が押し入れより取り出して丁寧に整えてくれた黒い鬘のおかげだろうか。艶やかな黒髪が、普段は少年のように涼やかな銀杏にどこかミステリアスな色彩を添える。
衛士風の身なりを整えた白蓮が傍にいることもあって、善光寺詣でにやってきた信心深い良家の子女といった演出は万全。――女性の立ち入りを制限する比叡山や高野山とは違い、女性の参拝者が多いこともふたりに味方した。
水を司る九頭龍権現に慈雨と豊穣を祈願する戸隠講も始まっている。賑わいに紛れることはそれほど難しいことではない。
「へえ、江戸から。そりゃあまたずいぶん遠くからおいでなさったね」
「一生に一度は参りたい場所だ。何のことはない」
目を丸くする花売りに、白蓮は気軽に応じる。
できるだけ気安く、世間話や善光寺の縁起についても興味のある素振りを見せて物見遊山の巡礼であることを強調しておくのも白蓮なりの作戦だ。
「ひとやま1G」
差し出された紅葉のような掌に、銀杏は思わず少年のようにきりと引かれた眉をひそめる。お金を取られるとは思わなかった。が、これも行きがかりを演出する演技なのだと思い直して財布を取り出す。
「もう少し安くなりません、か?」
お金がないワケではないけれど。
思わぬ反撃にむぅと頬をふくらませて考えること数秒。こじろは荷物の中から何やら高価そうな布を引っ張りだした。
「‥‥‥80c‥上布もつける」
さらに越後上布までおまけしてくれるらしい。
信濃から越後に持ち込むには方角が逆であるような気もしたが、荷を隠すには最適なのでもらっておくことにした。
先行のふたりよりいくらか距離を置きながら寺に踏み込んだ城山と十七夜月風(ec4855)の大勢の参拝客に紛れて境内を巡る。
見通しの良い平野部に伽藍を構える善光寺は、山ひとつを聖地として幾つもの仏閣を点在させる比叡山や高野山と比べると、ずいぶん明るく開放的だ。その気楽さが犬猿の仲であるはずの天台宗と浄土宗、それぞれの別格本山としての役割を担う鷹揚に結びついているのだろうか。――賑やかで訪れる人の多い分、見通しが良く目につきやすいという、隠密行動にはたいへん重要な欠点にもなるのだけれど。
参拝客の波間にちらほらと見え隠れする僧兵の姿を気に留めつつ、警備の様子や僧侶の振る舞いなども参考に作戦に加味していく。
山栗田家の勢力が強いように思うのは、これも趨勢というものだろうか。だからこそ、と。城山は改めて、気を引き締める。
内側より手引きをしてくれる者もいることだ。それなりには時間も稼いでくれるだろうが、やはりいかに迅速にことを運ぶかが運命を決めるだろう。
「‥‥《御輿入れ》の準備は、日中にした方がよさそうだ」
瑠璃壇の安置される本堂を見回した城山の呟きに、風もまた周囲を見回して頷いた。
高い天井の下に独特の静謐を湛えた堂内は昼間でも薄暗く――それはそれで神秘的であるのだけれど――梱包など慎重な作業をするには、向いていない。
日中でもそうなのだから、夜に忍び込んで浚っていくのはあまり賢いやり方ではないだろう。
万が一、傷でもつけたら‥‥想像するだけでも、恐ろしい。
●お姫様の素顔
善光寺如来。
正しくは、「一光三尊阿弥陀如来像」といい、仏教伝来と共に大陸より伝えられたという本邦最古‥‥秘仏中の秘仏である。
「‥‥小柄な方でよかったですね」
とは、山城の談。
小柄だからといって御身の方も軽いとは限らないのだが少なくとも、人目を避けて連れ出すのなら小柄な方が断然有利である。そう、例えそれなりに重くても。
「ちょっと役得かも、しれません、ね」
里栗田の用人に案内されて本堂に足を踏み入れた銀杏は、こそりと白蓮に囁いた。
なにしろ《お姫様》は、住職ですら気軽に見ることのできない絶対の秘仏。
それを拝見できるだけではなく、短い期間ではあるが共に旅ができるのだから。――大別すれば、おそらく面倒事の範疇には入るだろうが。白の僧侶である銀杏にとっては、報酬を軽く凌駕する僥倖といえるかもしれない。
それは、白蓮にとってもまた同じ。先触れとして訪れた時には踏み込めなかった場所。あるいは、知識の不足から見落としていた事物などにも触れて、見識を深める機会となった。
●接触
するり、と。
偶然を装って解けた綱から放たれた犬はワンワンと親しげに鳴きながら、三門の傍で露店を冷やかしていた参拝客にじゃれついた。
「きゃあっ」
ぽってりと太い尻尾を振ってはいるが、突然、飛びつかれた若い娘はさすがに驚いたのだろう。小さな声をあげて立ちすくんだ。娘の護衛らしき女が慌てて抑えようとするが、犬はさらに興奮してふたりの周囲を駆けまわる。
慌てて駆け寄った飼い主らしき若者が慌てて駆け寄より、犬を取り押え――
「すみません。ちゃんと繋いだつもりだったのですが。お怪我はありませんか?」
「いえ、ちょっと驚いただけ、ですから」
そんな会話を交わすふたりが、実は旧知の間柄であるとは誰も思わないはずだ。
紐を振り切って銀杏に戯れついた犬‥‥柱次は、実は銀杏の愛犬なのである。これは参拝客に紛れ込んだ武田氏の間者や僧兵に怪しまれず、言葉を交わす為のお芝居だった。
「支度はあちらの方が整えてくれるとのことに候。――自分たちではいくらか心許無い故、有り難くお申し出に甘えた次第‥」
居合わせた人々の注目が犬に集まっているその隙を見計らい、白蓮は同じく野次馬に紛れて隣に立った風にこそりと告げる。共に、耳の良さにはいくらか自信がある方だ。
事情によって手放すとはいえ、国の宝とされる大切な仏像。
里栗田家としてもその扱いには慎重にならずにはられない。――冒険者の勇名は信濃国では、まださほど知られていなかった。
運び出す方としても、慣れた者の手に任せた方が安心できる。
「‥‥決行は明日の午前(ひるまえ)に‥」
「わかった」
ひと言、ふた言、言葉を交わし。白蓮よりの伝言を受け止めた風は視線も合わせず人垣に紛れた。
それを確かに見届けた城山もまた柱次を抱き上げ、落着を装ってその場を離れる。
明日の午前――
彼らには、何としても成功させなければいけない理由があった。
●仏様は越後がお好き?!
「‥‥大本願の上人様に説法を授けていただきたい、のですが‥ダメ、ですか?」
法体に戻った銀杏に、そう声を掛けられた僧兵は困った風に顔をしかめる。
困らせる為の――正しくは、注意を惹きつける為――無理難題。あっさりと解決されては困るのだ。
浄土宗の別格本山である大本願は大寺院には珍しい尼寺で、門跡寺院ではないけれどその上人(住職)は代々、公卿出身者が務める決まりになっている。
僧侶である銀杏が会いたいと言い出すことは不思議ではない。不思議ではないが、法体とはいえ一介の冒険者である銀杏がそう簡単に会ってもらえる人ではないところが重要なのだ。
可愛らしい、そして、熱心な信者の頼みを無碍に断るのも気が咎める。
というわけで、僧兵の関心は境内の不審者を取り締まるという本来のお役目より少しばかり脱線したのだった。
「こっちが花山葵。――お酒の肴にどう?」
進められても、飲酒戒は仏門を志す者のお約束(しっかり守っている人は意外に少ないような気もするけれど)。
境内の比較的目立つ場所で山葵の押し売りを始めたパラっ子からできるだけ離れた場所で状況を窺いながら、白蓮はちらりと半ば祈るような気持ちで里栗田家に縁のある建物に視線を向ける。
参拝客を泊める宿坊を隔てた厨房から続く裏口で、荷運の人足に身なりを変えた城山はずしりと重い葛籠を受け取った。
「‥‥くれぐれも、よろしくお願いします‥」
名残を惜しむかのような視線に、ちくりと胸が痛む。
あるいは、本当にわが子(?)を嫁に出すような気分であるのかもしれない。――因みに、新郎‥‥ではなく、越後では新しい寺院を建立するつもりなのだとこじろは聞かされていた。いずれにしても粗末に扱われることだけはないだろうから、その点だけは安心しても大丈夫だろう。
後は、この重い葛籠を待ち人の元へと届けるだけだ。
まずは境内から、外に出ること。――飯綱に向かう路上で、銀杏、白蓮と落ち合うことになっていた。
こちらの予想以上に早く事が露見した時に備え、いかにもそれっぽい荷物を抱えた風が囮となって見当違いの足跡を残している。
皆が揃うのは山道に入ってからだ。追手がかかれば多勢に無勢で勝ち目はないが、揃って行動するのはいっそう目立つ。
山に入ってしまえば、パラの村人たちが手伝いに来てくれることになっていた。――彼らにも、仏像の安否以上の気がかりがある。それは、城山と銀杏がここにいる理由のひとつでもあるのだけれど。
「では、たしかに」
言葉少なに一礼し、城山は葛籠を背負うと未練の視線を断ち切るように、重い一歩を踏み出した。
■□
「ひとつ、約束してください」
安全に信濃を抜ける山道の端まで案内を買って出たこじろを呼び止め、城山はその低い視線に目を合わせる。
「佐渡へ渡る手形をもらっても、1人で勝手に行ってはダメです」
こじろの単独行動はロクなことがない。‥とは、さすがに言わないけれども。
官那羅、そして、巨人族の村人たちを気にかけているのはみんな同じだ。――何よりも、その背後にある妙な経緯が気に障る。
山城の言葉に、鬘を脱いだ銀杏もこくりと首肯した。白に戻った髪が、初夏の陽射しを優しく弾く。
鮮やかに透明な陽射しの中に、晴れない心がいっそう重い。
日の本に仏の慈悲を告げた如来は、未だ姿さえ見えない叢雲を払う光を与えてくれるのだろうか。