【臥竜遊戯】 孵化
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月03日〜06月08日
リプレイ公開日:2008年06月12日
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●オープニング
道が開けた。
その遥かな道の険しさを思えば、達成感に浸っている暇はないのだけれども。――それでも、ここまで来たのだという感慨は生まれるものだ。
成るようにしか成らない。
為政者の心ひとつで決まる世の趨勢に、市井の身で携わる。
1年前には、誰も考えもしなかった――あれこれ蔭口は叩いても、行動に移さなかったというべきか――大進歩だろう。
単に策を献じるだけでなく、同志を得てより研鑽し、遂行する覚悟も見せた。
簒奪者として江戸城に座する伊達政宗にはもとより目新しいもの、面白いモノを好む癖があったが‥‥その男の興味を動かしたのは、他でもない。
その自負と矜持が、前途に広がる暗雲に立ち向かう奮いとなった。
前に――
足を止める余裕などない。
彼らは、ただ前を目指して歩かなければいけないのだから。
■□
「いいだろう。新部隊の設立については其方らの意見を由とする」
全てを任せる。
片倉景綱は確かにそれを約束した。――組織の構築から、人員の確保まで。落ち着いて考えれば、無理難題を押し付けられたに等しいような。
自由にしても良いということは、同時に自らに制約を課さねばならないということでもある。失態を待ち構えている者も少なくはないはずだ。
これからが本当の始まりとなるのだろう。
「まずは形を成すことだ。確か、名前の候補も上がっていたのだったな。――いかなるものとなるのか、楽しみにしている」
上手く軌道に乗れば、誰にとっても損にはならない(江戸に野心を抱く者たちにとっては、無論、その限りではないだろうけど)。
掛けられた激励だけは、偽りではない。
●リプレイ本文
候補地はふたつ。
座敷の真中に広げられた絵図を眺めて、フォルテュネ・オレアリス(ec0501)は思案を巡らせた。
「真ん中辺の一等地は厳しいですよね」
厳しいというより、適さないと言った方が良いかもしれない。
これが商いの為の場所選びであったなら、ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)から供された大枚、1500Gを擲ってでも日本橋界隈に居を構えたいところだが。
「お城に近いという点では理想的なのですが‥‥」
普段は細く眇められた眼をいっそう細め、伊勢誠一(eb9659)も彼らの手で細々と書き込みを加えた絵図を凝視する。
足回りが良いことは勿論だが、それなりの人数を収容できる施設であることも必要だ。魔獣と呼ばれ忌避されるペットを連れて歩く冒険者も多い。――無用の騒ぎ、軋轢を避ける意味でも、人の集まる繁華な場所に駐屯するのは避けた方が得策だと思われる。
「深川か、新宿あたりが良いのではないでしょうか」
言いながら、フォルテュネは身を乗り出して絵図に記された土地の名前をひとつひとつ指で示した。
縦横に水路の走る深川は、火災の焼土や市中のゴミを埋め立ててできた新造地。気風の良い江戸っ子然とした者が多く賑やかな繁華街のような印象を持つが、意外に空地も目立つ。
「水運が使えるので移動するのに便利かも。――南方の事件に対応しやすくなります」
先日も舟で江戸に打ち入ろうとした無法者がいたとか、いなかったとか。
江戸の警護にあたる奉行所や市中より募られた義勇兵と大規模な市街戦になったというから、治安守護の部隊であることを前面に出せば歓迎されるだろう。
「新宿は甲州街道に通じていますから、将来性がいいかな」
こちらは、西方と北方への手当が早い。
西国への道は、天下へ続く道でもあった。――後背に奥州の脅威を感じずに済むという点で、伊達の存在はそれなりに心強いかもしれない。――どちらもこれから伸びる可能性のある新興地である。
「市中の方は既存の組織がありますから、ある程度はそちらにお任せするのも良いんじゃないかと。――つまりは、治安の行き届きにくいところ。かつ、人が集まる場所の治安を担う意味を込めて、住民の理解とニーズに応えると上手く回ると思うのです」
しっかりとした将来像を見据えた上でのフォルテュネの進言に、瀞蓮(eb8219)とイリアス・ラミュウズ(eb4890)もなるほどと頷いた。
特に水軍設立の野望を捨てていないイリアスにとっては、操船、水運の技術を持つ者たちとの接点が増えるのは願ってもいない機会でもある。
「‥‥俺も、それで構わないと思う」
ぼそり、と。
静かに落とされた鷹碕渉(eb2364)の呟きに、意図せず視線が集まった。
家の再興という重要な使命を抱く鷹碕だが、今は己を磨くことこそがその夢に繋がるのだと心に期して行動の指針としている。――その成熟の表れか、見た目の童顔には似合わぬ大人の風格が彼を年相応に見せていた。
事務的な話は苦手だと自覚するとおり、この手の話し合いは聞き役に回ることの多い鷹碕だが、ちゃんと主張すべき点、目的もある。
●鶺鴒、翔ぶ
「名前の方は、改めて《セキレイ》ということで宜しいですかね」
用意した和紙に大きく《鶺鴒団》と書きつけて、確認を取る伊勢に異を唱える者はいない。
《恋教鳥》とも呼ばれる鶺鴒は、能筆家として知られる伊達政宗が好んで使う花押の意匠だ。それと同時に、長い尾と美しい姿を持つこの鳥は『古事記』にてイザナギとイザナミに国生みを教えた瑞鳥でもある。――政宗麾下の組織であることをそれとなく匂わせるだけでなく、独立性の高い既存の治安組織の隙間を繋ぎ合わせる新組織の象徴としても、鶺鴒の名は彼らにふさわしいように思われた。
「それで、提案なのですが」
語感、そして、名に籠められた深い趣向にも満足気な色を漂わせた仲間を見回し、伊勢はさらに次を続ける。
「実は、話題作りに鶺鴒を題材にした馬印を公募しようかと思っているのです」
瓦版、あるいは、酒場への張り紙などで。
江戸を守ろうと志を同じくする者と募るという案は、瀞蓮からも出されていた。
ジェシュファ、鷹碕等の高額な出資の申し入れもあって、幸いなことに当面の活動資金は潤沢にある。――脛を齧らなくて良い分、余計な遠慮は必要ないし、自由度も高い。よほどの横道に踏み込まない限りは、あちらも目を瞑ってくれるはずだ。
・治安を強化すること
・市井の意見を吸い上げる窓口となること
このふたつを大きく知らせるだけでも、江戸の市民には新鮮に映るはず。聞く耳があることを知らせるだけでも意義は多い。――ここへ来て陰口を叩くのは単なるひねくれ者か、最初から歩み寄る気のない者だけだ。
その瀞蓮の公示の下に、ひとつ、ふたつ条文を付け加える。
「江戸っ子好みの粋が籠った意匠を大々的に募り、採用者には5G程度ですが賞金を出そうかと」
話題にもなり、また、愛着が沸けば市井へ馴染むのも早い。
また、馬印や揃い袢纏を発注することで、商人たちとの関係を構築するという狙いもあった。当面は入札を行って御用商人を選定するつもりだが、いずれは後援者として支えてもらえるような付き合い方にもっていきたい。
いっそ、伊達でもなく、源徳でもない‥‥自分たちの手で江戸を守っているのだ、と。そういう気概が生まれてくれれば良いと思う。
●心を養う3ヶ条
候補地を絞り込んでの物件探しはジェシュファと彼の妹エリザベート。そして、友人のコンルレラに任せ――経済観念が希薄であったり、世間知らずで騙されやすかったりと。多少、不安がないでもないが――鷹碕は、イリアスと共に入団希望者の選抜を優先させることにした。
何かと世情も不安定な折りである。
寄らば大樹とでも言いたげな、志の薄い希望者も多かった。――志ばかりが先走り、地に足がつかぬのも困りものだが損得勘定で成り立つモノでは当然ない。
むしろ、腕の方は後からでも鍛える機会があるだろうというイリアスの助言を受けて、精神性や人格面に主軸を置くと、これがまた‥‥
イリアスが試験官を担当した実践面での腕はともかくとして、鷹碕の理想とする心正しく正義感に溢れた人物は、なかなか世に埋もれていないもの。
優れた人格者である必要はないけれど。時と状況の次第によって都合よく解釈し、前言を翻す冒険者は悲しいかな多かったりする。
一、理を以て法と為し、法を以て治と為す
一、公正を以て事にあたるべし
一、団機(=機密)を漏らすべからず
これだけは、と。
話し合い定めた団の規約は多くはないが、皆、譲れぬモノであるだけにそれなりに重かった。日和見主義者には、いささか敷居が高いだろう。
張り紙、あるいは、瓦版の効果だろうか。仔細を知りたがる者や、入団を希望する者はそれなりに集まったが、一長一短‥‥鷹碕とイリアスが太鼓判を押せるほどの人物はなかなか見いだせないようだ。
地道に進めれば良いという瀞蓮の見通しは、確かなようで。――そういう意味では、良い舵取りを得たものだと喜んでおくべきかもしれない。
●挨拶廻り
その図らずも《団長》の肩書を担うこととなった瀞蓮は同行を申し出たフォルテュネと共に、然るべき奈辺へと足を向けていた。
この先、否応なく関わり合いになる‥‥仲良くはできなくとも、連携だけは密にしておきたい相手である。
顔見せを兼ねた、挨拶廻りだ。
「‥‥鶺鴒団とな、ほお‥貴様らが‥‥」
既に政宗の名での通達はあったのだろう。
良くも悪くも勇名を馳せる冒険者主体の組織という先入観で、どんなむくつけき豪の者が来るのだろうと待ち構えていた奉行所の侍は、童顔ではあるが胸も豊かで女性らしい身体つきをした瀞蓮や人目を引く華やかな容貌の持ち主であるフォルテュネを前に、意外さを禁じえない顔をした。皆が皆、美人に目のないフェミニストではなかろうが、妙齢の女性を前にいくらか風当たりが緩むのもまた事実。
増える一方の人口に対して奉行所の与力だけでは、どう回しても手が足りないのが現状である。面倒事の下請けでも良いという気の利いた殊勝さも、手柄を横取りされることを危惧していた者にとっては拍子抜けであると同時に、正直言ってありがたい。――さすがにお役目という面目もあり酒はよろしくなかろうと手土産に持参した《発泡酒》の受け取りこそ固辞されたが、手ごたえは悪くなかった。
「‥‥それで、もし良ければ、実際に組織が動き出した暁には意見箱の設置をお願いしても良いじゃろうか。そちらの判断で『わしら向きだ』と判断した事を入れてもらうだけでも構いませぬ。定時でこちらから回収に伺わせて頂くゆえに」
「うむ、考えておこう」
江戸の為だと持ちかけられれば、心も動く。
お互いに悪い話でないのだから尚更、乗り気にもなろうと言うもの。――重々しく得られた了解には、社交辞令以上の好意があった。
■□
商人の寄り合いである《座》に顔を出し、御用商人選定の入札の実施と説明を行った伊勢にも思わぬ幸運が待っていた。
《ぎるど》を通じて幾度か冒険者と関わりを持った経験のある奈良屋茂左衛門が、鶺鴒団の噂に興味を惹かれた風であったとか。奈良屋が動いたとなれば、喧嘩友達と目される紀伊国屋文左衛門もまた黙ってはいないだろう。
共に、ひと癖もふた癖もある御仁であるだけに気は抜けないが、江戸でも知らぬ者のない大商人だ。
上手く取り込めば、心強いのは間違いないが‥‥
●其は我が家となり得るか?
剣術の道場に、馬の調練場、
馬がいるなら洗い場と厩舎は絶対に必要だと主張したのは、先日、馬上衆に抜擢されたイリアスだった。――ジェシュファとしても、厭な顔をせずアグロームヌイを預かってくれる場所は欲しいと思う。
汗をかく以上は、風呂場も欲しい。
調理室と談話室、ちょっと体裁を整えておくならお客様応対用の団長室とか、泊まり込む団員の為の仮眠室も必要だ。
数え上げればキリがなくなる要望(希望)に応えるべく、フライング・ブルームを駆って東奔西走するジェシュファはのんびりしているようで意外に義理がたい性格の持ち主である。
「でもね。やっぱりどんぶり勘定は良くないと思うのよ」
皆の為に少しでも良い物件をと腐心するジェシュファの後をついて歩きながら、無責任かつ的を射たツッコミをいれるのは妹のエリザベートだ。
計算が苦手ではないのに、あまり深く考えずに散財するのは『儲ける』感覚が希薄なせいだと妹は考えているのだが‥‥今回の部隊設立に関しては儲けの方は超度外視の善意だと受け止めるしかないだろう。
「廃れた道場とか、大きな農家が上手く見つかればいいんだけどね」
パタパタと手でささやかな風を生みながらジェシュファは、太陽を見上げて吐息を落とした。北国育ちのふたりにとって眩いばかりの初夏の陽射しは、わざわざ日向を歩いてでも得たいものだが気温の方はいささか辛い。
「火災や匪賊の横行は住民の皆様にとって1番の困りごとですよね。――江戸を皆が安全に暮らせる街にしたいと思っているのです」
フォルテュネもまた自ら選んだ候補地に足を運んで、住民たちに協力を訴える。
彼らに協力することが治安の向上と人的負担の軽減にも繋がるということを具体的な方向性を示して説明すれば、足を止めて耳を傾けてくれる者もあらわれた。
里見兵の侵入とそれに伴う略奪と市街戦という町衆にとっては最悪ともいえる災厄の直後であったことも、あるいは運がフォルテュネに味方したのかもしれない。
近隣の住民たちに案内されてさらにいくつかの物件を巡った末、ジェシュファとフォルテュネは新宿よりいくらか江戸に近い街道筋に、手頃な物件を見つけたのだった。