海の向こうへ

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:9 G 12 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月12日〜07月27日

リプレイ公開日:2008年07月20日

●オープニング

「船を作って?」
「できません」

 ちらり、と。
 むしろ憐憫の視線を投げて即答した《ぎるど》の手代に、毎度おなじみの山葵売りはむぅと頬を膨らませて眉根を寄せる。
 本物の修験者ならばともかく、偽山伏が相手では睨まれたって怖くない。山と積まれた書類の角を揃える作業を続けながら、手代はなるべく平静を装って傲岸に肩を聳やかせる。

「そんな不満そうな顔をしても、ムリなものはムリ。‥‥頼む場所が違います」

 そういうお願いは、お星さまか船大工にどうぞ。
 可愛らしく(?)お願いするだけでは埒があかないと悟ったのか、こじろはごそごそと足元に置いた横笈を探り、折りたたまれてヨレヨレになった書状と小さな木札を引っ張り出した。その、胡乱なふたつを番台の上に並べて胸を張る。

「感状と手形」

 これでどうだ、と。訴えるような上目遣いに、手代はしぶしぶ書類を弄ぶ手を止め番台にがぶり寄るパラっ子に向き直る。
 そんなものを出したって、《冒険者ぎるど》で船が調達できるワケがない。――何が何でも《ぎるど》を頼ろうとする悪い癖は矯正する必要アリ、だ。

「あ〜あ、こんなに皺くちゃにして‥‥ええと、先日の仏様救出のお礼状に‥‥ホントに手形を出してもらえたのですねぇ‥‥って、国司様直筆の感状をなんだってこんなボロボロにっ!!」

 もったいなくも家宝として、鄭重に保管している譜代の家臣にとっては落涙ものの大不敬である。慌てて手近な文鎮を取り上げて皺を伸ばしにかかった手代を前に、こじろは恨めしげに鼻を鳴らした。

「‥‥落ちたし、海に‥」
「あなたまさか、ひとりで佐渡へ行こうとしていたワケじゃないでしょーね?」

 あれほど釘を刺されていたのに。
 鬼の形相で睨まれて、こじろはぶんぶんと強く首を横に振る。――ひとりで乗り込もうとしたワケではない。船を調達しようとしただけだ。
 が、どう見ても山育ちのパラっ子がひとり。
 観光気分満載の《たらい舟》ならまだしも、官那羅以下数名の巨人族を乗せて管制の島を抜け出せるような大きな船を手に入れるのはさすがにちょっと‥‥ものはためしに《たらい舟》に乗り込んでみたら、操舟を誤った‥と、いうことらしい。

「だから、あれほど‥‥」

 悄然とうなだれた小さな頭を見下ろして、手代は深い吐息を落とす。
 無鉄砲な意気込みと行動力はともかくとして。無謀で無策なパラっ子を放置するのはいろんな意味で精神衛生に悪そうだ。

 まずは、舟よりも、策!
 必要なのは的確に状況を分析し、判断を下せる賢い頭――

 何が欠けているのかと言われれば、もう、これしか考えられない。
 ‥‥もちろん、船も必要だけれども。

●今回の参加者

 eb0575 佐竹 政実(35歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2963 所所楽 銀杏(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

所所楽 林檎(eb1555

●リプレイ本文

 きまり悪げに逸らされた視線が、言外に反省を物語る。
 やらかしてしまった自覚は、あるらしい。伏し目がちにどきどきしながら沈黙するこじろを見下ろして、城山瑚月(eb3736)は深々と溜息を吐きだした。
 とりあえず行動し、無理だと知らされてから考える。この出たところ勝負の行き当たりばったり具合――オトコマエと言えば聞こえは良いが――危機感が欠けているとしか思えない。

「田んぼで蓮根を引くのとは訳が違うんですから」
「‥‥‥‥」

 もっと言ってやりたいことがあったはずなのだけれども。深く反省しているらしい姿を見れば、気勢が削がれてしまうのは何故なのか。
 経緯の確認も兼ねて、ふたりの妹―柚と銀杏―の見送りにやってきた所所楽林檎も、いささか呆れた風に相変わらずの無軌道ぶりを発揮するパラっ子を眺めた。
 悄と殊勝に頭を下げてはいるものの。他意のない思いつき故に、先の見えない恐ろしさを秘めている。

「‥‥大事なく済んでよかったですね‥」

 結局、労いの言葉に情の篤いところを滲ませてしまった城山だった。その城山から少し離れたところで、所所楽銀杏(eb2963)は佐竹政実(eb0575)に姉である所所楽柚(eb2886)を引き合わせていた。

「もしもはぐれてしまった場合は、屋外に出てみたりしてください、です」

 日中であれば、太陽が柚に政実の居場所を教えてくれる。忍犬《由》と《柱次》に政実の柴犬もいて、迷子対策も万全だ。
 所所楽家の長女、林檎の見送りを受けて冒険者たちは日本橋より越後を目指す。――手形のおかげで三国峠の通行が楽になったことも、まずまず幸先の良い第一歩を思わせた。


●郷津港
 江戸の喧騒には及ばぬものの、港は賑やかな活気が満ちていた。
 郷津港には特産の上布を始め、米や酒、材木、貴金属といった越後の豊かな産物が集まってくる。船溜まりにはそれらの荷を都へ運ぶ大きな船も数隻繋がれていて、買い付けに訪れた商人らしき人々の姿もあった。――うまく立ち回れば、彼らの中から協力者を見つけ出すこともできるだろう。
 まずは荷を置いて活動できる拠点の確保を、と。旅籠に向かった所所楽姉妹と別れ、城山は政実と一緒に港に面した口入屋へと足を運んだ。
 さほど広くもない店の番台に付き日に焼けた男と何やら話をしていた店の主は、訪れた冒険者たちにおやという顔をする。商売柄、客の顔を覚えるのは得意なのかもしれない。早々に客の相手を切り上げて、向こうの方から話を振ってきた。

「訪ね人は見つかったのかい?」
「ええ。おかげさまで」
「そりゃよかった」

 愛想良く礼を言い、山城は勧められた腰掛けに政実を促す。
 ひとつ、ふたつ他愛のない世間話に時間を費やし――越後の人々にとっても江戸の情勢はやはり気になるところなのだろう――それとなく、こちらの近況へと話題を変えた。

「私たち以外にも人を探している人がいたって仰っていたでしょう。 あれからそんな話を聞いたりしませんでした?」
「何しろ港町だから、人の出入りは多くてね。――家族だったり、仇だったり。船が入るたびに尋ねられている気がするな」

 そういう者たちの連絡先などは聞いていないかと尋ねた政実に、主人は少し思案しながら文箱から取り出した紙切れを渡してくれる。
 自分と同じ宿命を背負った仲間の存在に喜んでいいのか、あるいは、同情の吐息を落とすべきなのか。複雑な心境を抱えて立ち上がった政実を、宿を報せに来た銀杏に託して、山城はさりげなく間口から見える港へと視線を向けた。

「そういえば、そこで話しているのを聞いたのですが」

 そう、前置いて。
 佐渡ヶ島の話を持ち出す。――そういえば、新しい鉱山が見つかったらしいという話は、この口入屋の主人から聞いたのだった。
 その後、噂話以上の進展は見られたのだろうか。商いに興味がある風を装って切り込んだ山城の問いに、主人はちらりと笑って首をすくめる。そして、周囲を憚る風に声を潜めた。

「家老の大熊様がずいぶんと乗り気でいらっしゃるらしい。ご家臣をこの辺でも見かけるよ。――本庄様、直江様との折り合いが悪いとかで、近頃はお殿様の覚えも悪い。巻き返しを謀っていらっしゃるのだろう」

 戦国最強の勇名を隣国に轟かせる上杉謙信だが、世間的にはまだまだ「青二才」と誹られても不思議ではない年齢である。仏道に熱心で融通の利かない、少しばかり風変わり‥‥世間知らずな若い国主を支える重臣故の気苦労、あるいは主導権争いのようなモノがあるのだろうか。
 家老が糸を引いているのなら、佐渡や高田宿の役人が絡んでいるのも不思議ではない。手柄を焦っての暴走なら、端々に見え隠れする強硬さにも納得できた。
 ようやく形らしきものが見え始めた事件の姿に、ほんの少し顔をしかめる。そして、また、出来るだけ朗らかな口調で話題を変えた。

「まだ新しい商売なら俺も噛ませてもらいたいのですが。どなたか船を回してくれる者を紹介いただけないでしょうかね」


●鉱山の島
 柚は船着場に程近い、水夫たちの休憩所を訪ねていた。
 北国といっても、夏ともなればさすがに暑い。良く日に焼けたいかにも荒くれ者といった風情の海の男たちは、どこか育ちの良さげな品を漂わせる少女に目を丸くする。

「佐渡ヶ島へ行きたい? なんだってまた‥‥」

 島流しに遭うようなものだ。
 そう言いたげな水夫の疑問を曖昧に笑って誤魔化し、柚は島と郷津を往来する船の有無を確認する。不審気な顔をしながらも若い娘と話をする機会に恵まれたのが嬉しいらしく、水夫たちは皆、かなり協力的だ。尋ねたこと以外のことまで、親切に教えてくれる。

「島といっても山が多い。米や野菜を作っている者もいるが、やはり大半はこちらから運んでいくな」

 官制とはいえ、人の出入りは不可欠。
 そう睨んだ城山の読み通り、定期的に米や野菜、生活用具などを運ぶ船があり、人の行き来も思ったより密であるようだ。海の荒れる冬場は不定期になりがちだが、今の季節なら3日に1回は船が出る。
 産出した貴金属の他、人を乗せて戻る事もあるらしい。

「任期切れで郷里に戻る者の他に、やけがをして島を去る者もいる」
「‥‥医者はいないのでしょうか?」

 いない、と。
 少し困った顔をして答える者がいた。――山師や技師といった特別な技術を持っている者たちは大事にされるが、それ以外は‥‥使い捨ても同然なのだろう。心苦しく思う者がいるのなら、中には手を貸してくれる者がいるかもしれない。


●不明の人々
 銀杏と政実はこじろと一緒に信濃口、北国街道を歩いていた。
 途中の村や茶屋に立ち寄っては、政実同様、消息を絶った家族や仲間を探している者の有無を確かめる。
 江戸からこじろを走らせて、パラの村にも協力を頼んであった。行方不明者の確認が取れれば、内容を確かめて記録を付ける。――北信濃に影響を持つ武田氏、上杉氏が相次いで兵を動員したせいで、この周辺の人口推移は非常にややこしくなっているのだけれど。こういう作業はちょっと得意な銀杏だった。
 志を同じくする者が集まれば、協力も望めるだろう。中には舟を持っている者がいるかもしれない。
 その銀杏の書付に附された紙片を眺め、政実はふと別の可能性に思い当って足を止めた。

「待っている人の方が多いかもしれません」
「どういう意味です、か?」

 皆が、身軽に動ける者ばかりではない。――仕事があったり、他に手のかかる家族がいたり。場所によっては、国を出ることが罪にあることもある。
 政実のように旅立てるものはごく少数だ。ほんの少し眉をしかめて書き留めた記録を眺め、銀杏は思い切りよく手帳を閉じる。

「やりなおしま、す」

 非合法な人集め。
 不当な人権侵害の確かな証拠にするのだから、いい加減な仕事はできない。――否、それは銀杏の自尊心が許さない。
 当惑気味のこじろとパラの村人に視線を向けて銀杏は厳かに、そして、きっぱりと宣言する。

「皆で手分けして他の村や町を当たってくださ、い」

 助け出そうとする者の頭数が増えるほど、脱出は困難になるのだけれど。
 それでも、助けを必要とする者がいるのなら。なるべく大勢‥‥皆を助け出したいと思ってしまうのは贅沢だろうか。


●海峡を渡る船
 港の中に見世を構えた廻船屋は、城山と柚の訪問を機嫌よく迎えてくれた。
 規模はさほどでもないが見るからに気風のよさそうな若い主人は、人遁の術で商人に扮した城山の持ちかけた商談を興味深く吟味する。
 輸送の足回りさえ用意すれば、商品と警護、そのうえ手形まで用立ててくれるというのだから、ずいぶんと上手い話だ。

「こちらも、先ず足がかりを得るのが肝要かと‥‥如何です? 損にはならないと思いますが」
「そうですなぁ」

 勿体ぶって腕を組んで見せるが、表情は既に答えを出している。
 上手く食い込むことができれば、島の現状に即した商品として‥‥医療や娯楽などを売り込むのは柚からの発案だ。治療の必要な怪我人を運んでいるのだと言われれば、行き返りの人数が合わなくても口実が立つ。

「さすがに江戸の方々は目の付けどころが違いますな」

 半ば感心、半ば呆れたような口調で笑い、廻船屋は冒険者たちの申し出に乗ると約束してくれたのだった。

「あとは、商品と手形を待つばかりですな」
「大丈夫です。すぐに用意しますので、ご心配なく」

 今すぐにでもチラつかせることは可能だが、まだその時ではない。――もったいをつけて出し惜しみをした方が、有難味の出るモノもある。
 商売用の笑顔で応えた山城につられて、廻船屋もまた機嫌の良い笑みを浮かべたのだった。


●御館の主
 濃い酒精が立ち込めていた。
 郷津港にほど近い海を一望できる風光明媚な場所に建てられた《御館》と呼ばれる館第の主人は、その居室にてひとり酒を呑んでいた。
 酒臭い息と共に吐き出されるのは不遇を託つ我が身への嘆きであったり、彼を上州より追い出した新田義貞への呪いであったり、越後を頼った彼にこの館を与えたきり滅多に顔を見せぬ謙信への恨み言であったりと多様だが‥‥酔うほどに盛り下がる類の酒であることは間違いない。
 用人が恐々と来客を告げても、盃を手放そうとしない彼――前上州国司・上杉憲政の前に、彼らは畏まった風に両の手を付き恭しく叩頭する。

「上州司様にはご機嫌麗しく‥‥」
「麗しいはずがなかろう!」

 酒臭い怒気にも慣れたものだ。
 恭しく奉ってはいるが、彼らは目の前の男が既に敗者であることを知っている。国に、民に、帝に。そして、天にすら見放された彼が頼れるのは、もう彼らしか残されていないのだから。

「上様のご機嫌が麗しくあられますよう。朗報を持って参ったのでございます。――件の山、どうやら間違いないとの由」
「‥‥ほう‥」

 不快気に。それでもその酒に濁った双眸に興味の色を宿した憲政に、もう1度、恭しく頭を下げると彼は確信に満ちた笑みを浮かべてみせた。