【旋風】 忘れられた墓守
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 66 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月27日〜08月03日
リプレイ公開日:2008年08月03日
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●オープニング
「‥‥なにを怒ってるのかなぁ‥」
番台に乗せた素焼の埴輪に茶碗を持たせ、谷川梶之助はどこか辟易した風に睫を伏せて吐息を落とした。体力と好奇心の有り余った無駄に元気なこの少年が、こんな顔をするのは珍しい。
「そりゃあ、貴方が無礼を働いたからでしょう」
素っ気なく言い切って、手代は埴輪の手から茶碗を取り上げる。いくら瀬戸物市で安く仕入れた二束三文の茶碗でも、大切な《ぎるど》の備品だ。
簡潔かつ的確な指摘だったが、梶之助は心外だと言いたげに頬を膨らませる。
「まだ会ったこともないのに」
「おや。夢のお話でしたか。私はまたてっきり――」
あの辺の方々を呆れさせたのだとばかり。鮮やかな夏空を背負って聳える江戸城へとちらりと視線を走らせた手代に、梶之助はくるりと眸を回して首をすくめた。
澄ました顔で埴輪の頭を撫でる少年の顔を斜めに眺め、手代はふと目についた古い書物に手を伸ばす。書庫に片付けようと思いつつ、ずっと忘れていたものだ。
「そういえば、夢に誰かが現れるのは夢枕に立つ相手が自分のコトを想っているからだと言う話もありますね。――ちっとも辿り着けない貴方の不甲斐なさに、怒っていらっしゃるのは?」
想う相手が一向に訪ねてくれないのでは、恨みたくもなるだろう。何やら古典的な怪談調にひそめられた手代の声に、梶之助は顔をしかめる。少年の吐息に同調するかのように、埴輪もガックリとうなだれた。
「‥‥さっきから気になっているのですが‥どこから持って来たんです?」
「ああ、これ? 平頭山で貰ったんだ」
「平頭山と言いますと」
先日、《ぎるど》からも鬼退治の依頼が出された場所である。
占拠された村から鬼を追い出したものの、頭目までは追い切れなかった。その後詰めに向かった地頭の兵が、太古の墓らしきモノを見つけたらしい。
副葬品の置かれた石室と、その奥にもうひとつ。――厳重に封じられた通路の奥に――墳墓の主が眠る墓室らしき空間を囲む石積みの壁。
埋葬されていた宝物の大半は長い歳月の裡に劣化して、土に還りかけていたのだが。この埴輪は奇跡的に無傷で永らえたようだ。
「ボクが1番上手に使えるみたいだったから、貰ってきたんだ」
「‥‥は? 使う?」
やっぱり怪訝そうに首をかしげた手代の表情に笑い、梶之助はごそごそと懐から取り出した小さなメダルに何事か言葉をかける。
刹那――
ゆっくりと持ちあがり、振り下ろされた埴輪の腕が欅の一枚板で作られた番台の天盤に叩きつけられ、《ぎるど》中を揺るがす大音響と共に打ち抜いた。
「‥‥‥な、なな‥ッ!!?」
思いもよらない狼藉(?)に、ぱくぱくと陸に上がった魚のように口を開閉させる手代に、梶之助は大切な備品を壊したことへの罪悪感など欠片も組み込まれていない笑顔を向ける。
「ほら、ね?」
反省するどころか、むしろ、どこか得意気だ。
こんな物騒な玩具を深く考えずに与えるとは、青筋の立ちかけたこめかみのあたりを指で押さえて手代は深い吐息を落とす。この天盤の修理費は、江戸城に請求しても良いだろうか。
手代の胸中には全く頓着ないらしく、梶之助の興味はすでに埴輪から別の場所へと飛んでいた。
「まあ、亡くなった人の墓を暴くのは不敬だって、墓室や石棺の発掘はお許しにならなかったんだけどね。――でも、石室の方はちょっと面白かったな。壁に絵が描かれていたんだ‥‥なにか物語があるみたいで‥‥アレ、もう1回見てみたいな‥」
「ええもう、壁画でも、石棺でもお好きなように」
大昔の人々が紡いだ物語に、興味がないワケではないけれど。――あるいは、世紀の大発見があるかもしれない。
それでも、今は。
破壊された番台の修理費に、関心事の第1位を占められている手代であった。
●リプレイ本文
輝くばかりの碧落と輝く真っ白な雲の下、谷風梶之助はご機嫌だった。
後に従う素焼の埴輪もご機嫌で。日向大輝(ea3597)の助言に従い円柱状の頭に赤い鉢巻を結んだ人形は、日の出から天井知らずの気温にげんなりと舌を出し‥‥それでも、忠実に主人の踵を追う柴犬たちと一緒に、揚々と冒険者たちの後を付いてくる。
容赦なく肌を突き刺す夏の陽射しも、耳鳴りの如く大気を揺るがす蝉の大合唱も。峠をひとつ越える度、見えない被り物を脱ぎ捨てるかのように思考の端から滑り落ち。平頭山の麓につく頃には適度な暑さと涼の入り混じった国境の緑に、彼らはひとまず安堵を落としたのだった。
「ほー。あのお山ァただの山でねくて、大昔の偉ぇ人のでけェ墓だっただか」
「実はこの間から、とっても気になっていたのです。やっぱり、私の目に狂いはありませんでしたねっ!」
言われてみれば巨大な盛り土に見えなくもない山の形を感心した風に見上げた田之上志乃(ea3044)の隣で、ルンルン・フレール(eb5885)も納得顔で胸を張る。
村から墳墓へと続く隠された隧道を見つけ出したのは、先日の鬼退治にも参加したふたりの手柄でもあった。――あの時は鬼を追うのが目的で、道の先にあるモノをじっくり吟味する時間はなかったのだけれども。
「そンな山さ根城にしとったなんぞ、鬼連中も罰当たりな事しとっただなァ。頭目さ逃しちまったのは残念だけんど、追い払えたっつぅこったからよしにしとくべ」
確かに、取りこぼしたのは無念だが。そのおかげで後詰めの兵が派遣され、太古の墓が見つかったのだとすれば怪我の功名。墓を築いた先人たちも、人の営みなど意に介さぬ鬼や、埴輪を踊らせて喜ぶ梶之助に預けるよりは、多少なりと絵心のあるリュー・スノウ(ea7242)の目に触れることを善しとするだろう。
村人たちにとっても、鬼の手から村を取り戻してくれた冒険者たちの記憶と感謝の念はまだ薄れるには新しい。おかげで、平頭山の探索を前に野宿をすることもなく温かい夕餉にありつけたのだから、志乃とルンルンは大いに面目を施したと胸を張っても良いところだ。
「‥‥というか、お前はいったいどういう家の奴なんだ‥」
林道の入り口に立つ強面の兵士に気安く話しかけ、同行した白井鈴(ea4026)が周囲の状況を検分している間にあっさりと平頭山への立ち入り許可をもらってきた梶之助を斜めに睨めて、日向は訝しげに眉根を寄せた。
年齢相応の思慮深さが実際より若く見られがちな日向の童顔に異趣を添え、大人にも子供にも属さない不思議な雰囲気を作り出す。その日向の視線に、梶之助は首をすくめて屈託なく破顔した。
「政宗サマに呼ばれて江戸へ来る時に、陸奥守サマが手形の裏書を書いてくれたんだ。鬼退治の時に必要だろうからって。‥‥何者かって聞かれたら、力士だって答えるしかないんだけど‥」
場合によっては、鬼の相手より人と渡りをつける方が厄介だという理屈は理解る。そして、そこに記された署名は、那須と関わりのある陸堂明士郎(eb0712)にとっても少なからず興味のある人物だった。――日向や白井、志乃にとっては、しっかりと鍛え上げられてはいるもののすらりとした体躯を持つこの少年が、仙台藩の筆頭力士であることの方が衝撃的な事実であったが。
●古代人の痕跡
平頭山が誰かの墳墓である事実を知っていた者はいなかった。
大昔の城址だとか、墓だという御伽噺めいた話はいくつか残っているものの、雑木に埋もれた古い石積みからの連想である可能性も否定できない。
現在、この場所に住んでいるからといって、墓の製作者たちの子孫であるとは限らないのだ。江戸城の主が源徳より伊達に代わったように。
隧道の隠されていた祠の石像も岩壁に刻まれた磨崖仏だと信じられていたあたり、ずいぶん昔に秘されたまま忘れられたのだろう。――鬼の棲家となっていなければ、誰にも知られることなく安んじられたであろう主の心中を思えば、苦笑を禁じ得ない陸堂だった。
ルンルン、そして、白井が持ち帰った平頭山と墳墓周辺の調査報告を受けて、日向はちらりと炎天下に能天気な姿をさらす埴輪を一瞥して吐息を落とした。
苔むした石積みや、風化の進んだ石像を見れば、相当に古いものであることは想像がつく。
「‥‥まあ、埴輪を作ってた頃なんだろうな‥」
だとすれば、有史以前か。
なんにせよ気の遠くなるような時間の彼方であることに違いはない。
周辺の安全を確かめれば、心はいよいよ遺跡の中へ。――1度、足を踏み込んだという梶之助の話を元に、探索の要点を話し合う。
「皆さん、下手な物に触らないよう気を付けてくださいね‥‥きっとトラップ発動したり、ファラオの呪いかかっちゃって、テレポーターで石の中に入れられちゃいます」
「何か出てくるとしたら墓室と石棺だと思うけど。――開けてみる?」
真剣な表情で注意を喚起するルンルンと、相変わらず深く考えず気軽に首をかしげた梶之助を見比べて、志乃はとんでもないと首をふった。
「墓荒らしなんぞしたら、今度はオラ達が罰当たりさなっちまうだ。――夢で誰ぞ怒っとるのも、まだ墓に眠っとるだのに勝手に墓守さ持って来ちまっただから、墓の主さ怒っとるんでねぇだか」
「え゛?! もしかして、ふぁら王の呪い?」
「僕も反対。遺跡とはいえお墓だもんね。眠ってる人を起こさないよう、なるべく荒らさないようにしなくちゃ」
ぎくりと身構えた梶之助の表情を横目に志乃の意見に賛成票を投じた白井に、日向も重々しく首肯し、強い口調で言い切った。
「俺たちは墓泥棒に来たんじゃねぇし」
例え、そこに貴重な宝が隠されていたとしても。
「自分も壁画に興味があるな」
「私もです」
古の人々が何を見、何を感じて、絵を残そうと思い立ったのか。――その前に立ち、想いを巡らせることにこそ浪漫を感じる。
宝は二の次だと頷いた陸堂に、リューも嬉しげにほほ笑んだ。
●紡がれぬ時代の物語 〜忍び寄るもの〜
「偉ぇ人の墓だら、そりゃきっとお姫さまさ出てくる話に違ェねぇ!!」
きっぱり、と。笑顔でそう言い切った志乃の言に、根拠はない。
強いて言うなら、妄想とか願望と云われるものだ。
想い続けて上京し、既に×年。最早、執念と呼んでもよさそうな一念に、天が応える気になったワケではなかろうが、輝く冠を戴いた女性は確かに壁の中央で志乃を待っていた。
「お姫様だら!!」
「んもう! 前に出ちゃダメですってばっ!!」
ルンルンの制止も聞かず飛びだした志乃の足元を、驚いた野鼠が慌ただしく逃げだしていく。細く長い尻尾が掲げた提灯が投げかける橙色の光の外に消えていくのを見送って、リューはホッと息を落とした。
今のところ、不死者探査の魔法に反応するモノはない。
石積みの石室はひんやりと涼しく、人の出入りがあったお陰か少し埃臭いが空気も通っているようだ。
「‥‥お姫様っていうより、拝み屋さんみたいに見えるよね‥」
志乃が駆け寄った壁画に注意深く近づいて白井は、描かれた女性をじっくりと吟味する。昔の装束をまとい、高く挙げた手に掲げられているのは神社などの祭事で用いられる鏡のようだ。女を囲むようにして姿と装いの異なる3つの種族が、蝙蝠に似た翼を持つ黒い影と対峙している。
「えーとぉ」
「こっちが先、じゃないか」
首をかしげた白井を呼んだのは、日向で。刀を納めた少年は、志乃が駆け寄った壁と向かい合うもう一方を指さした。そこにもまた、古の装束を身につけた人々が描かれている。
集落で暮らす人間と、山の中に暮らす人の姿をしたモノ。そして、光や風、獣の姿をした不思議な存在。
「村に住む者と、山の下‥‥いや、地の底に住む者‥‥それから、これは精霊だろうか‥‥」
「地の底って、死者の国?」
眉を寄せて壁画に見入る陸堂が発した無意識の解釈に、何気なく応えてルンルンは肩をすくめる。
人間がいて、黄泉人がいて、精霊がいた。
誰も覚えていない遥かな昔、彼らは距離を置きながらでも共存していたのだろうか。
絵を写し取ろうと熱心に筆を走らせ、リューはその壁画の端にも翼をもった黒い影が小さく描かれていることに気づいて首を傾げる。――それは、黒く実態のない手を伸ばし描かれた世界を侵食しようとしているようにも思われた。
「それじゃあ、この黒い奴に対抗するために、皆がお姫様を中心に皆が団結したってことかな」
「お姫様を守る騎士って素敵ですよねっ」
「んだ。おらもいつか、きっと」
別の方向に盛り上がったふたりの女の子をちらりと横目に、ここで下手な相槌はマズいと目配せを交わした白井と日向だった。
それほど広くもない最初の部屋で見つけた壁画はそのふたつ。
リューが筆を走らせている間、他の者たちは絵についての感想や意見を交したり、何か解説が描かれていないかともう一度、周囲を捜索することに費やす。――梶之助が見つけた首飾りの残骸らしき色とりどりの玉は、持ち帰って復元することで話が決まった。
石棺と何も描かれていない――おそらく墓室への入り口だと思われるだと思われる――壁の前には、志乃が団子を置き皆して手を合わせる。
不死者探査に僅かな反応を感じたが、誰も眠れるモノをわざわざ起こしてまで戦うことに賛成はしなかった。
●陸奥の光陰
「‥‥奥州の民はどのような暮らしをしているのだ?」
壁画の人々を眺めつつふと思いついた疑問を口にした陸堂に、梶之助はちょっと考えこむように首を傾げる。
「田圃や畑で働いたり、山で木を切ったり? 江戸の人たちと同じだよ。たぶん」
気候は厳しく、山地も多い。
未だ人の立ち入りを拒む峻厳な自然の支配下にある地域も多く、鬼をはじめとする魔物や妖怪が跳梁跋扈する土地でもあった。
単純にひとつの田畑の収穫量だけを比較するなら、江戸や畿内の方がずっと技術も進んでいて豊かだろう。
「陸奥守サマがいて大きな戦さもないから、頑張ったらその分だけ還ってくるかな。――兵力を妖怪への備えに充てれば被害を減らせるし」
田畑が荒れる心配もなく、生活が安定すれば人が増えるのは自然の摂理で。働き手が増えれば、新しい土地を拓いて、また少し豊かになれる。
そうやって、少しづつ余剰を拡げて約100年。
安定し、豊かだとされる世界の真相は、その連綿と続く単純な日常の繰り返しだった。――単純で他愛のないことだからこそ、騒乱の絶えない都で育った北畠顕家の目には奇跡に映り、奥州に生まれた伊達政宗にはそれすら御せぬ他国の揺れが愚かに見える。
愚かだと嗤うのは、政宗の若気であり。世間知らずだといえるかもしれない。あるいは、育まれた地への誇りだろうか。
ふむ、と。
考え込んだ陸堂を呼んだのは、既に次の部屋へと探索の手を広げた仲間の声だった。
●紡がれぬ時代の物語 〜竜〜
先行者の手で整然と片付けられ掃き清められた室内では納められた副葬品より、まず壁の絵に心を奪われる。
副葬品を納めた小さな部屋の3方を埋めた3つの壁画には、それぞれ黒い影との戦いの情景が描かれていた。
「‥‥これは、竜‥か?」
向かって右側に描かれた絵の中に、冒険者たちにとってはさほど珍しくない生き物によく似た姿を見つけ、日向は小さく唸って首を傾げる。
竜だと思われる姿をしているが、骨のように見えなくもないモノが人間とその同盟者を守り、黒い影と戦っていた。
「あれ。でも、こっちの絵はちょっと違う気がするね」
同じように戦う竜の姿を描いた壁画を見上げて違和感を訴えた白井の横に立ち、ルンルンもまた可愛らしく顔をしかめた。ふたつの壁画を見比べて、リューはその違和感の因をふたりに教える。
「竜の向きが逆のようですね」
「ああ、そっか。‥‥でも、それだと竜は人を襲っているコトになっちゃいます!」
思わず高い声をあげたルンルンが受けた衝撃は、そのまま、他の者たちの驚きでもあった。竜と呼ばれる生き物の強さを実際に知っているワケではなかったが。――伝説だけなら、皆、1度ならず耳にしている。
「‥‥いったい、何があったのでしょう?」
不安を宿したリューの問いに答えられる者はいなかった。
そして、3枚目。不吉と不安を抱えて最後の壁画の前に立った志乃は、地に伏した竜の姿にまた複雑な思いを噛みしめる。
‥‥ジジジ‥、と。
小さな音を立てて燃え尽きた提灯の火と。ゆっくりと降りてきた暗がりと静謐に、彼らはただ立ち尽くしたのだった。
人間、黄泉人、精霊。そして、世界を侵食しようと翅翼を広げる黒い影。――竜は、その何れの味方にもなり、また、敵にもなり得る。
●秘密の客人
衝撃といつくかの謎を抱えて山を下りた冒険者たちは、麓の村で江戸へ戻る身支度を整えた。リューが写し取った壁画の絵や、首飾りの余りや糸を通す穴を失くした硝子玉の欠片など、細々とした物が増えている。
陸堂が糸を通した色つきの玉をひとつ埴輪の首にかけてやっていた梶之助に声を掛けたのは、そんな少し悄然とした夕暮れのことだった。
「何、義経公を応援する者としてな、知っておきたいと思ったまでさ。他意は無い」
「義経サマのコトは良く知らない。陸奥守サマの秘密のお客サマだもの」
注意深く切り出した陸堂の口ぶりが可笑しかったのかくすぐったげに首をすくめて、梶之助は首を横にふる。
「秘密の?」
「ご縁のあった人が都を追われて。だから、その子供が平泉にいるのが都に知られると困ったことになるんだって」
朝廷が罪人だと認めた者を受け入れるのは、重篤な危険を伴う行為だ。
朝廷との関係に亀裂が生じるのを危ぶむ人々の危惧を避ける為にも、その存在はほとんど知らされていなかったのだろう。
「義経公を匿ったのは、陸奥守の一存であったということか?」
「そ。大きくなって自分で道を決められるようになったら、奥州に留まるか都に戻るかは義経サマが決めれば良いってコトだよね」
戦乱もなく、金色の仏に護られた平泉は幼い子供がのびやかに育つには良い場所だ。
陸奥守の為人を測り気難しく考え込んだ陸堂に、梶之助はただ笑う。
「自分が誰かも判らないボクに名前をくれて、力士にもしてくれたし。――他の事は知らないけどね。ボクにとっては良い人かな」
それもひとつの側面であるということか。
梶之助から見れば伊達政宗も愉快なご主人様になるだろうから、こればかりは相対する人次第だ。
「あ、悪路王にとってはきっと嫌な奴だよ」
それは、きっとお互い様だろう。
早急に取り除いてしまいたいところだが、相手が強大過ぎて思うように侭ならない頭痛の種。――都における鉄の御所のようなものかもしれない。
ぼんやりと暮れていく空を眺め、ふとそんなことを考えた陸堂だった。
好奇心に導かれた僅か数日、山ほど宿題を抱えた気がする。