●リプレイ本文
目抜き通りは、遊山の客で賑わっていた。
沿道を埋める見世の軒先に吊るされた色とりどりの提灯が祭の気分をいっそう盛り上げ、どこからか聞こえるお囃子が浮かれ心をくすぐる。
辻に立つ河原役者の大道芸を眺め、露店を冷やかし。大声で怒鳴りあい、喧嘩腰の言葉を交わしている者の顔さえ、どこか綻んでいるようだ。
久しく忘れていた祭りの空気に上手く馴染めないでいる自分に気付いて、不破恭華(ea2233)は小さな苦笑を零す。
はっちゃけ切れない性格とでもいうのだろうか。冷静さを装って内心の情熱を抑える癖がついている恭華には、これが意外に難しい。――我ながら損な性格だとも思わないでもなかったが、楽しげな人を眺めるだけでも十分楽しめるので善しとしよう。
歩いているうちに、また、良い縁にめぐり合えるかもしれないし。
●屋台村にて
「いらっしゃいませ〜♪」
恭華と同様、特に当てもなく喧騒の中を歩いていた咲堂雪奈(ea3462)は、雑踏の中で一際、活きの良い客引きの声に足を止めた。艶やかな華国風の服に身を包んだ娘がふたり、仮設の屋台で忙しく立ち働いている。
身体の線がはっきりと出る異国の服に少し恥ずかしそうにしながら呼び込みを手伝う大曽根浅葱の隣で、額に汗して湯気の立つ大鍋をかき回している店の主は確かに覚えのある顔で。雪奈は足早に屋台に近づいた。
「こんにちは、梅花はん。お店出すて聞いてたんやけど、ここやったんや。――なかなか盛況やねぇ」
江戸では聞きなれない上方訛りに顔をあげた郭梅花(ea0248)は、雪奈に愛想の良い笑顔を向ける。
「あら、雪奈ちゃん、来てくれたのね。せっかくだから何か食べて行ってよ」
華国出身の梅花らしく中華惣菜の並ぶ屋台を眺め、雪奈は少し考え込むように頬に手を当てて首をかしげた。
「そやねぇ。梅花はんのおすすめはどれやのん?」
「どれでもハズれなく美味しいわよ」
あたしが作ったんだもの。と、胸を張り、梅花はふと思いついてかき回していた鍋を指差す。
「やっぱりこれね。中華屋台『梅花』の特製ラーメン。――何が特製かって言うとね、湯(スープ)が特別なのよ。この味、雪奈ちゃんに判るかしら?」
お祭好きの性格故か。高まる熱気に比例して梅花の表情、言動もいっそうイキイキ楽しげだ。忙しさにくらくらきている浅葱を激励しつつ、美味しそうな匂いに集まってくる客を鮮やかに捌いていく。
心から祭りを楽しんでいる梅花の様子に少し羨ましげな視線を投げて、雪奈はそっと屋台村を後にした。
●笑を売る者
小吉――
認めて呉れる人が必ずある。待て。
果たして、コレは吉報か。
引き当てたお神籤を手に、奉丈遮那(ea0758)は思案する。奉丈の隣では浴衣姿の野村小鳥(ea0547)が、こちらも小さな紙切れを手に困惑顔だ。――その表情からは、籤の中身が吉なのか凶なのかは読み取れない。
「‥‥何て書いてあったんだ?」
怪訝そうに問われて、小鳥は慌てて籤を浴衣の袖に隠す。
「な、何でもないよー」
何でもないという風には見えないのだが。口を開きかけた奉丈を遮って、小鳥は話題をはぐらかすように賑やかな通りを見回した。
「それより。せっかくのお祭だよ。色々、見て回ろうよ」
微妙な距離をとりながら率先して歩き出すも、多すぎる人の波に押し返されてなかなか前に進めない。苦戦している様子に奉丈は、吐息をひとつ。
「小鳥、ちょっと手を出してくれ」
「え? はぅ?!」
振り返った小鳥は、不意に手を包んだ暖かい感触に思わず硬直する。
「‥‥はぐれそうだから‥」
真っ赤になって固まった小鳥に素っ気なくそう言って、奉丈は有無を言わせず人で溢れる賑やかな通りを歩き始めた。
「ええと‥‥はうぅ〜」
予定では梅花の屋台を覗きに行ったり、縁日ならではの露店を回ったり‥‥考えていたのだけれど。
繋いだ手から伝わってくる温かな思いやりに、只々、胸がいっぱいで――
「もし、そこのおふた方」
艶やかな声に呼び止められて、顔をあげるとそこは通りが交わる辻のひとつで。育ちの良さそうな風情の女性が立っていた。
「わたくし、武蔵国のさる由緒ある神社に仕える巫女、花篝と申します」
そう言って、勝呂花篝(ea6000)は優雅に頭を下げる。
「今は社殿増築の勧進のため、諸国往来の旅を続けています。わたくしの拙き芸に感じ入る物があるなら、それこそ神さまとのご縁でしょう。喜捨を行えば、ご利益がありますのよ☆」
妖艶な笑みを湛えた花篝の口上、もちろん嘘だ。
‥‥いや、ご利益はある‥‥には、ある‥ような‥‥気も、する。嬉しい人には、かなり美味しいご利益が。
歩き巫女を称する花篝。辻に立ち、己の芸を見せることを生計の業とする者である。そして、売るのは何も芸ばかりではない。
時折‥‥場合によってはこちらが本業なのかもしれないが‥‥神との交感と称して春なども売っていたりして。
何も、恋愛未満の初々しいふたり連れに声をかけなくてもいいだろうにと思うのだが。
「素敵な殿方、巫女との交わりは神との交感。わたくしと一夜のお付き合いをしませんか?」
「え‥‥いや、俺は‥‥‥」
いくら大きな胸を押し付けられても。小鳥の前で、いくらなんでもそれはできない。無表情に困惑している奉丈の隣で、小鳥はふと気が付いて花篝の顔を覗きこんだ。
「は、花篝さんじゃないですか」
「あら? 小鳥さま?」
にっこりと極上の笑顔を向けて、花篝は手を繋いだ小鳥と奉丈を交互に眺める。そして、何やら訳知り顔で、ああと残念そうに吐息を落とした。
「小鳥さまのお連れさまでしたか? ‥‥羨ましいです。今夜は可愛い小鳥さまとイイことするんでしょう? わたくしも混ぜてほしいなぁ」
混ぜてと言われても‥‥
いや、そもそもそういう関係でもないし。
「わ、私達はかっぷるじゃないですよ〜」
心底羨ましげな花篝に、小鳥はおろおろと否定する。
必死で手を振る浴衣の袂から、ひらりと落ちた紙片がひとひら。先ほど引いた、御神籤に書かれたありがたい託宣は。
中吉――
公然とかくすことなくつき合え。
●1日の終わり
「大当たり〜☆」
からん、からん♪ と、騒々しいほどの鐘の音が、日暮れ時の盛り場にいっそうの華やぎをもたらす。
渡された小さな包みを受け取って、恭華は人目を避けるように矢場を離れた。
冷やかし程度に覗いてみたのが運の尽き。ついつい持ち前の負けん気に火がついてむきになって頑張ってしまった。
それでも、夢中になって頭を空っぽにしたせいか、ずいぶんすっきり胸の支えが取れたような気もする。
また、明日から頑張れそうだ。
■□
雪奈もまた、無断で上がりこんだ商家の屋根から暮れ行く江戸の喧騒を眺める。
色とりどりの提灯に火が入り、ほんのりとやわらかな光が彩る街並みは昼間とはまた違った趣を持ち‥‥どこか違う世界の出来事のようにも思われた。
父親の存在を知らず、また、少し変わった容姿に劣等感を抱いて他から孤立しがちであった子供の頃を思い出す。
ふと思い出して雪奈は昼間引いたお御籤を懐から取り出した。
末吉――
固過ぎて敬遠される。人を許せ。
距離を置いているのはどちらであるのか。
少なくとも梅花は雪奈を疎外はしなかったし、他の者たちもそれは同じ。
日々変化する巨大な街に暮らす人々は、いつだって自分のことで精一杯。拒否されることもなければ、待ってもくれない。
瓦に落ちた淡い影に顔をあげると、いつの間に上ってきたのか結城夕刃がそこにいた。
ひとつ、ふたつ言葉を交わし、言葉が途切れる。
心に寂しさを抱えた人が、ひとり、ふたり。
「‥‥なんや、ゆうはん。さびしいんかぁ?」
肩を抱く手にしゃーないなぁとおどけて見せ、雪奈は屋根に寝転がった。
独りでいる方が好きだけど。夕刃が隣にいるのも悪くない。そんなことを考え見上げた空には、無数の星が無言できらめいていた。
■□
「あ、あの‥‥今日は付き合ってくれてありがとう」
人形町の長屋の木戸で、小鳥は奉丈に笑顔を向ける。
「とっても楽しかったよ。え、ええと‥‥よかったらまた付き合ってもらってもいいかな?」
奉丈さんが迷惑じゃなければ、だけど。ほんのりと頬を染めて小鳥は、こっそりと露店で買い求めた包みを奉丈に差し出した。
「この間、誕生日だったでしょ。これ、贈り物。――男の人ってどういうの貰ったらうれしいかわからないから‥‥こんなんでごめんね」
散々迷って選んだのは、すこし大振りの湯呑み。
瀬戸物の包みを受け取って、奉丈も懐からごそごそとこちらも、流しの小間物屋が売りに歩いていた瀟洒なかんざしを小鳥に差し出す。
「――これを私に?」
「小鳥に似合うと思って‥‥」
お礼の言葉は胸が詰まって、上手く口にできなかったけど。
様々な想いをその懐に抱いて、江戸の町はひとときの華やかな夢にゆらりと漂う。
=おわり=