●リプレイ本文
夜が明けるのが、待ち遠しい。
この依頼が初めての冒険となるイクス・エレ(ec5298)は、何度も用意した持ち物を点検し、皆で練り上げた計画の段取りを頭の中で反芻する。
皆で仲良く、楽しい時間が過ごせるだろうか。
子供たちが用意した企画を喜んでくれれば良いのだけれど‥。
たくさんの楽しみと、少しの不安を胸に見上げた夜空に月影はなく、満天の星がいつもより明るく輝いていた。
江戸に出入りする青物売りから聞き出した子供たちの気に入りそうな場所――さほど歩かず、適度に人里より離れた自然を感じさせてくれる山と川。そして、元気いっぱい遊べるところ――を書き込んだ絵図を蝋燭の明かりの前でためすつがめつ。百鬼白蓮(ec4859)は、夜の帳の内側でひとり満足げな笑みを浮かべる。
気楽ではないが肩肘を張らず自然体で過ごせそうな頼み事に戸惑いながら、その期待以上の功を持って報いようとする
来迎寺咲耶(ec4808)も、杞憂で済ませることを念じながら薬や治療道具の存在を確認した。――もちろん、危険には近寄らぬよう心がけるつもりだけれど。
初日に食べるお弁当の献立とその下拵えを済ませたマルキア・セラン(ec5127)は、13人分のお弁当を用意するべく、早起きに備えて早々に寝床に入った。
真新しい夏の思い出を作るべく。
同じ頃、相模屋でも小さな胸を期待でいっぱいにした13人の子供たちが、軒に吊るした照々坊主に旅路の「晴れ」を祈願していた。
●お弁当を携えて
美味しいお弁当を作るために早起きしたマルキアが頬に感じた薄明の涼風は、いつしか蝉時雨へと形を変えて‥‥勢揃いした冒険者たちが相模屋の戸を叩いた時には、市中はすっかり照りつける陽射しの下で、茹だるような熱を抱え込んでいた。
そのうんざりするような暑さをものともせずに彼らを待ち受けていた子供たちは、初めて見る冒険者に目を丸くする。
「な、な、それ本物か?」
「すげ〜」
「格好いいなぁ」
早速、刀に興味を持ったらしい男の子たちに取り囲まれて、咲耶は小さく苦笑した。佩いた「桜華」は、玩具ではないのだけれど。
毅然と姿勢を正す咲耶の姿は、立派なお侍に見えたのだろう。尊敬の眼差しで見上げられるのはくすぐったく、それでいて誇らしい不思議な気分だ。
そろそろお洒落に関心を持ち始めた女の子たちは、マルキアとイクスの洋装が気になるらしい。
もちろん、1番人気は何と言っても白蓮が連れた柴犬の「十六夜」で。
こちらは年齢、性別に関係なく。皆に撫でられ――時には、子供特有の手痛い愛情表現の洗礼も受け――用心の為にと連れてきた白蓮は、受け入れられたことにホッとしつつも別の心配をすることになった。
「それで、どちらに連れて行って下さるの?」
ずっと楽しみにしていたのだろう。いきなり興奮状態ではしゃぎまわる子供たちに愛おしげな視線を向けて。それから、尤もな問いを向けてきた相模屋の内儀に、白蓮は姿勢を正した。
「多摩の方へ足を向ける所存にて候」
そちらの辺りなら、大川を舟で遡ることができるから幼い子供の足でも遠出ができる。加えて、先日の依頼で通り過ぎ道を尋ねた記憶もまだ新しい。――あの時ほど山奥である必要はないから楽なものだ。
「舟の上なら涼しいですし、荷物も背負わなくて良いから楽ですね」
17人分のお弁当だけでなく鍋や調味料も忘れずしっかり詰め込んだ大きな荷物を抱えたマルキアも、ちらりと安堵の混じった笑みを浮かべる。
川面を滑る舟の上から眺める景色も、きっと素敵な思い出になるに違いない。
●野営
大川へと注ぐ支流のひとつを遡り、舟着場からさらに小さな流れを辿って、いよいよ山へ。
色とりどりの夏の花が咲き競う原っぱで、マルキアの自信作(たっぷりと具の詰まったおにぎり)を広げる。
蒸し暑い江戸からは想像もできない涼しい風が心地よい。――日頃、歩きなれない山道も植物に詳しいイクスの説明を聞きながらのんびり歩ければ、疲れも気にならないようだ。
地元の猟師に教えてもらった野営に適した小さな窪地に着く頃には、夕餉の一品になりそうな山菜も手に入れた。目聡くキノコを見つけた子もいたが、こちらはイクスより観賞のみとの厳命が下されている。
「まずは、野営の準備だね」
山の日暮は早いのだ。
いつもなら誰に言われずとも動き出せるところだが、今日は少しばかり勝手が違う。咲耶の音頭に、遊びの延長であるかのように好奇心を映した眸を向ける子供たちを振り分けることから始めなければ‥‥
夕餉の支度にとりかかるマルキアは、まず焚き火の支度から。無造作に転がった石を集めて、鍋を置く竈も作った。
それが終わるとイクスと一緒に、沢へ水を汲みに行く。
咲耶と白蓮は年長の男の子を従えて、皆の天幕を張ることにした。
「‥‥1人を不寝番として、どう分けようね?」
兄弟姉妹でそれぞれ、1張?
それとも、男の子と女の子で分けようか――
仲の良い子と一緒がいいとか。お兄(姉)ちゃんと一緒でなければ、イヤだとか。初日、最大の選択になりそうな気がする。
「獣避けに鳴子も要ると存じ候」
人の気配があれば、大抵の獣は寄ってはこないものだけど。
人里に近く危険はないと選んだ場所だが、念には念を入れた方が良い時もあるのだ。焚き火にくべる薪になりそうな柴を拾い集めながら、咲耶が持参した縄で括って即席の鳴子を作る。
その間にも、好奇心でいっぱいの子供たちの目は常に面白そうなモノに惹きよせられて。
仕掛けが珍しいのか、わざわざ引っ掛かりに行くお騒がせモノまでいるのだから、その行動力は実に無軌道で突発的だ。白蓮の状況把握に慣れた忍びの目を持ってしても、あっさりと読みを覆される。
「‥‥これは、目の回るような忙しさで候な‥」
予想どおりとはいえ、衰えの見えない勢いに苦笑する白蓮だった。
天幕を張り、焚火を熾し、野営の体裁を整えたところで、気がつけば早くも周囲は夕闇の迫る黄昏時。
イクスの助言で下ごしらえを終えた山菜と持参した保存食を使い、手早く夕餉を作り始めたマルキアをどたばたと皆が手伝い始める。採りたての山菜はともかく、安価で腹を膨らませることだけが取り柄(?)としか思えない保存食が、立派な夕御飯になったのは、間違いなくマルキアの料理の腕だ。
「おいしーい♪」
「うむ。これはなかなか‥」
お腹を満たした満足の吐息を落とした頃には、日は完全に暮れていた。
黒々と世界を塗りつぶした闇の中でぱちぱちと小気味の良い音を立てる焚火の橙色の炎を眺めて、明日の相談をする。
自然に包まれた山と川での冒険ごっこ。――冒険者たちにとっては「ごっこ」ではないけれど――新しいものを見つけ出す楽しみと高揚感。ずっと感じていたいから、彼らは冒険の道を選んだのかもしれない。
ぼんやりと燃え盛る火を眺め、イクスはふとそんなことを考えた。
「さあ、寝る時間だよ。明日は早いからね」
「カブトムシを捕まえたければ、夜明け前に起きねばならぬので候」
まだまだ眠れぬ様子の子供たちを天幕に導きながら、咲耶は小さな苦笑を零す。――よもや、自分が追う側になろうとは。
●川遊び、山遊び
涼しげな水の音に、華やかな歓声が混じる。
勢い良く流れに足を突っ込んだ平太はその思いがけぬ冷たさに声を上げ、透明な水を跳ね飛ばした。
勢いよく散った飛沫を浴びて、悲鳴が上がる。
「ひゃあ、冷たぁ〜いっ!」
「やったなっ」
深水に入り込まぬよう止めに入った咲耶をも巻き込んで。
きゃあ、きゃあと歓声を上げながら水遊びに興じる年長組の子供たちに肩をすくめ、白蓮はじっと水の中を覗き込んでいる小さな千夏に声を掛けた。
「何をしているので候?」
「‥‥おさかな‥」
ふっくらとした指の先に、既に魚の姿はなかったけれども。
小さな魚がいるのだろうと理解して、白蓮はふと目についた小さな石の欠片を拾い上げる。濡れてキラキラと輝く小石はとても奇麗で。
「ほら」
差し出された宝物に、千夏はにっこりと満面の笑顔を浮かべた。
身体が冷えてくる頃合いを見計らい、今度は深みで釣りをする。
釣り具を用意してきた白蓮から竿を借り、糸を垂らして待つこと数分。――夕食の確保はできるだろうかと気をもみ始めた頃を狙って、最初の当たりは太一の許へ。
良いカンジに太った川魚が1匹。
「やったぁ!!」
「すげぇ」
当たりが出ると俄然やる気が出てくるのか、気を散じていた子も再びその気になって竿を握りなおす。
子供たちに負けていられないと頑張った甲斐あって、野営に引き上げる頃には大小不揃いのアユ20匹の漁果に冒険者たちもしっかり満足感を味わったのだった。
■□
湿った土にウサギの足跡を見つけて、マルキアは笑みをこぼした。
大丈夫、この周辺に山犬や熊、妖怪は出没していない。
少し離れたところで魔法使いの杖にも見えるオオウバユリを指し、丁寧に何かを説明しているイクスの一生懸命な姿に微笑み、マルキアもまた子供たちの様子に気を配りつつ、食べられそうな木の実や山菜を探し出そうと注意深く視線を配る。
丁度、木イチゴが赤く熟した実をつけ始めた頃で。――滅多に口にできない甘いおやつに、皆、夢中になっているようだ。
「あ、あれ!」
唐突に上がった声に、和んだ心にたちまち緊張が走る。
桃の指差した先、大きな木の根っこに蹲る灰色の羽毛の塊に、皆が一瞬足を止めた。駆け寄ろうとした十六夜に、それは羽根を拡げて奇声を上げる。
――ギャア‥ッ!!
静寂を裂いた悲鳴にも似た鋭い声に、どきりと鼓動が跳ねた。
近よることを拒む牽制の声は、頭の上からも降ってくる。見上げると、何倍も大きな鷹に似た鳥が苛立たしげに彼らを睨み下ろしていた。
「‥‥‥のすり、ですね‥」
親とおぼしき鳥の姿から、マルキアは記憶から答えを引き出す。
ひとつ紐が解かれると、その後の答えは簡単で。今の季節によくありがちな小さな不幸に、マルキアは肩の力を抜いたのだった。
「巣立ちに失敗したようですね。親鳥がいますから、このままそっとしておいてあげましょう」
雛を守ろうとする親鳥の視線に臆したワケではないのだけれど。妙な緊張感に息を殺して、そろそろとその場を離れる。
これもまた、貴重な思い出のひとつとなるのだろうか。
●夏の思い出
それぞれの思い出と収穫と。
大きいアユは、塩をまぶして焚火で炙る。
少し小さなモノはイクスと咲耶が切り出してきた竹筒に入れ、米と一緒に炊き込んだ。――山菜のお浸しと味噌汁を添えて――どれも、自分たちの手で採ったモノだけに、味も思い入れもひとしおだろう。
千夏の集めた綺麗な石は、皆で分けることにした。もちろん、冒険者たちの分もある。
「喜んで貰えたなら、俺はうれしい」
お礼の言葉に首を振ったハーフエルフが少し尖った耳の先まで赤く染めているコトに気づいたのは、同じ心を抱く仲間だけだった。
帰路に備えての早めの就寝を渋る子供たちの為に、百蓮は自分が聞いて育った寝物語を。
イクスが口ずさむ月道を超えて運ばれた遠い異国の子守唄は、焚火に照らされた小さな野営地の空気を夜更けまで、低く緩やかに震わせていた。