【平和交渉】 茶人の思惑
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月09日〜08月14日
リプレイ公開日:2008年08月17日
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●オープニング
まさに、青天の霹靂。
ぽかんと口を開けて固まった手代に、男はにっこりと極上の笑みを浮かべた。
一見、質素で品の良い――その実、小物ひとつを取っても相当に厳選されたこだわりの窺える――いかにも上方の商人然とした初老の男は、広げた扇子でパタパタと涼を取りながら鷹揚に江戸の《ぎるど》を物珍しげに見まわして‥‥。
「都の夏もたいがいやと思てたけど、こちらはこちらで暑おすなぁ」
などと、のんびりと惚けたコトを口にする。
言葉遣いも穏やかで物腰もやわらかい。だが、奇妙な怜悧さを湛えた眼差しの鋭さには只ならぬ凄味があった。
腕力や武辺といった判り易いところではなく。もっと人格の奥深いところにある精神的な部分に思いがけぬ強靭さを秘めていそうな‥‥どこか得体のしれない底の深さを感じさせる人物である。
「源徳様と奥州‥‥伊達様との仲、まぁるく収める立会をお願いしたいんですわ」
平然と澄ました顔でこんな話を切り出すあたり、既に正気とは思えない。
どう返していいものやら。ただ、目を丸くして来客を見つめる手代に、男はパチンと音を立てて扇子を閉じた。そして、またそのやわらかな表情に湛えた笑みを、いっそう深く蕩けさせた。
「寝言やありゃしません。その為に、わざわざ大坂から来たんやさかい。――ほんまに関白さんも人遣いが荒いよって、難儀してますんや」
人当たりよく砕けた口調にうっかり相槌を打ってしまったけれど。何やらさらりと畏れおおい単語が出たような‥‥。
心持ち顎を引き、改めて男を見直した手代の視線を意にも介さぬ表情で、あっさりと無視してのける。
「お恥ずかしい話やけねんけど。先日の騒動以来、あちらはどうにもあちこち騒がしゅうて叶いまへん。――酒呑童子や黄泉人やゆーてる間に、なんや大昔の神さんまで出てきはって」
比叡山が鬼と通じていたという噂話は、江戸の《ぎるど》でも冒険者たちが口にしていたような気がするが。
距離の壁が邪魔をして正確な話は、なかなか入ってこない。――と、いうより。あちらを気にかけている余裕がないといったところか。江戸は江戸で、なかなか治まっているとは言い難いのだ。
渋面を作った手代の心中を見抜いたかのように、男は得たりとばかり口許を綻ばせる。
「聞けばこちらさんでも、鬼やら神やら悪魔やらけったいなモンに手ぇ焼いてはるとか」
悪路王の噂は、確かによく囁かれているが。
どちらかというと、江戸では天災より人災の方が耳目を集めているような。――目立つ看板の後ろで巧妙に糸を繰っているモノがいるとすればともかく。
ちょっと考えこんでしまった手代に男はにこにこと愛想良く、それでいて、どきりとするような鋭さを細めた双眸の奥に潜ませた。
「治まらん世の中にえらい心を痛めてはる御方があらしゃいましてな。まだお若いのにお気の毒やて、関白さんも憂慮されてはるんや。なんとか治まらんもんかと無い知恵絞って奔走されてはるわけや。‥‥呑気に茶啜ってる場合やないゆーて、吾まて引っ張り出されてもて‥」
鬼や魔物が相手では関白の威光も役には立たぬが、相手が人間ならば権威にはそれなりの意味がある。
都にて復権を果たした藤豊秀吉としては、この辺で混迷を極める趨勢を整理して世情の安定を図りたいといったところか。――鬼や魔物なでなく、黄泉人、古の神、そして、広がりつつある悪魔の影を払拭しなければいけない時に、人間同士が相争って戦力を削り合っていたのでは確かにあまり賢明とはいえないけれど。
さて、どこから手をつければ良いものか。
論旨を理解はしていても壮大過ぎて漠然とした展望しか抱けぬ様子の手代に、男はにっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「幸い、この利休。伊達のお殿さんとはそれなりのお付き合いもありますよって。皆さんとお殿さんがお顔を会わせられるようお骨折りさせてもらえます」
千利休の訪問を受けたとあれば、茶の湯に少なくない関心を寄せる政宗のこと。当然、江戸城内にてその手ほどきを望むだろう。
その席で話を通し、この先の和平について意見のある者を江戸城に呼び、その意見を汲み上げる機会を設けてみることを持ちかける心算であるようだ。
「その席で源徳はんとのコト、あんじょう考えてみてくれはるよう話してみてもらわれへんやろか」
利休――政宗に少なからず影響力のある著名な茶道家をわざわざ江戸に遣わしてまで、講和を進めようとする秀吉の決意がうかがえる。
その真摯さに、ひっそり抱いた弟子入り願望を口に出せない手代だった。
茶の席を借りた和平交渉の説得。
冒険者達の言葉で、ジャパンの歴史は分岐する。
●リプレイ本文
白々と――
夏の盛りだというのに、どこか薄ら寒い空気が流れる。
床の間にたった一輪活けられた白い桔梗が添える涼やかさでもなければ、ごく淡く溶いた青墨の濃淡が描き出す掛け軸の幽玄でもない。
腹にふたつもみっつも思惑を抱えた者たちが――互いにそうであることを知り尽くした上で――あくまでも、和やかに。素知らぬ顔で言葉を交わす。白刃をすり合わせるよりもずっと重たく、強く研ぎ澄まされた緊張感にすり減る心が感じる温度差だ。
このひどく脆うげな腹の探り合いが好きだと言う人間もいれば、やはり、居心地の悪さを感じる者もいる。
恋人であるシオン・アークライト(eb0882)とごく一部の親しい者たちだけが知っている雨宮零(ea9527)の内心は、どちらかといえば後者の方で‥‥当代随一の茶人が立てた茶の味も、苦さばかりが口に残った。
●伊達政宗
爪で弾くと高く澄んだ音を響かせる青白の磁器に愛おしげな視線を向けた茶人は、座敷に顔を揃えた面々に向き直りゆったりと頭を下げる。
「本日はお暑い中、よう来とくれなはった。関白はんになり代わって感謝します」
ゆるゆると緩慢な仕草のひとつひとつが、蕩けるように長閑やかな関西訛りと相まって、その裏に込められた真意を沈黙の裡に韜晦させていくようだ。――大きく切り取られた空間に潜ませた侘寂の情緒を目にする者の感性に委ねんとする席の作り方ひとつを取っても、一見、無造作に見えるのに隙がない。
さすがに第一人者を名乗るだけのことはある。
と、そう伊勢誠一(eb9659)と大蔵南洋(ec0244)のふたりに嘆息をつかせた男は、またごく自然な動作で上座に構える漢にも会釈をくれた。
「伊達のお殿さんにも、お礼を。――気ぃ悪い話もあるやしれまへんけど、これも江戸の民意や思て真摯にお耳を貸しとくなはれ」
「なに、構わんさ」
フレイア・ケリン(eb2258)の視線の先で、伊達政宗(ez0129)はさらりと利休の感謝を受け流す。男の異彩を際立たせる隻眼に揺れる光は、あいかわらず尊大で、挑戦的。そのくせ、武断一辺倒ではない狡猾な深淵をも備えていた。
「話を聞くのは嫌いではない。俺はこの通りの片目故、見えぬモノも存外に多くてな。――他者の目と己の見解との相異を比べるとまた違うモノが見えることもある。なかなかに面白く、興味が尽きぬ」
笑みの形に歪められた唇から放たれた男の言葉に偽りはない。それが最良の道だと悟れば、状況次第で自尊心を抑えることもできる。――ならば、如何にして「和平」を彼の選択肢のひとつに組み込むか、だ。
上杉藤政(eb3701)は、その方法について考え始める。
●
もし、講和への意思が真実であるならば。
偽りである可能性を疑ってしまうのは、持ち込んだ相手の為人か。あるいは、今の東国の情勢を把握した上でのことなのか。
何処にも与せぬ――強いて挙げれば恋人であるシオンへの誠意だろうか――雨宮は、まず藤豊秀吉の思惑へと想いを馳せた。
真実であるならば、確かに事態は和平を模索する方向へも扉を開く。
「仮に断るよりも、故あれば受け入れる姿勢で構えていた方が良いのではないでしょうか」
朝廷の権威は、ジャパンのある階層の者にとっては絶対だ。
断るには、相応の理由が要る。――例え動かせぬ理由があったとしても、無理を押しとおした例は歴史を紐解けば枚挙に暇ない。
「朝廷側の方からこの話を切り出してくれたということは、現状にテコを入れて動かす形としては望ましい物だとおもいます」
奥州は既に1度、朝廷へと働きかけていた。
申し入れを無視したのは、朝廷で。その朝廷の方から歩み寄ってきたのだから、交渉の次第によっては以前よりも有利に運ぶ。
「受け入れるのに色々と深く苦心する方は、どちらかというともう一方だとおもいますし‥‥」
穏やかだが、それでいてどこか突き放すような言い回しを用いた雨宮の口調に、政宗はほんの少し口角を歪めた。
このまま、伊達‥‥奥州勢に軍配の上がった状態で。手打ちとなれば、確かに反伊達を唱える者たちの遺恨は不完全燃焼のまま行き場を失う。
「確かに今のところ詳しい条件や、もう一方、その周辺の反応と。まだ悩むべき不明点はあるとおもいますけど。それを知ってからでも、まだ遅くはないと考えます」
伊達が了承しただけで、事態が動くワケではない。
戦争も、和平も。相対する勢力があってこその話だ。――情勢は、まだまだ流動的で。この先、いくらでも変化するだろう。
●
「最終的に決裂するとしても、交渉の席に着くことは今後の為にも絶対にすべきことだと思う」
久し振りの対面に浮き立つ気持ちを抑え、シオンは少しばかりお人好しな恋人と同じ見解を、より強い言葉で推した。
話すら聞かず提案を蹴るのは秀吉の面子を潰すだけでなく、その後ろに匂わせられた神皇の蔑ろにする行為だと看做されれば、朝廷を天と戴く諸侯との関係も悪くなる。
「講和が成れば親源徳藩が伊達を敵視する大きな理由が緩和されると思うので、兵力を色々とチョッカイを掛けてくる他の敵対勢力に集中できるわよね。――仮に、源徳が講和に応じなければ、今度はこちらが朝廷よりの支援や大義名分を得易くなるわ」
「‥‥反伊達を叫ぶ連中の大半は道理より、己の感情的を優先しているように思えるが」
愉快気に細められた隻眼の視線がちらりとフレイアを一瞥し、また、銀髪のハーフエルフの騎士へと向けられた。
感情から発せられたモノだからこそ、御し難い。そう嗤う漢の表情は、寧ろ面白がっているようで。確かに、ヤキモキさせられる。――自尊心の高い者にとっては、必要以上の我慢が強いられそうだ。
「ただ、講和を結んでしまった以上は相当の理由が無い限り源徳を攻めることができなるわね。あと、現在の友好勢力との関係維持が大変となりそう」
講和を結ぶメリットだけでなく、敢えてデメリットをも口にしたシオンの潔さに感心した風に瞠目し、利休は少し思案を巡らせた。
「新田のお殿さんは既に上州守に叙されはんのが決もてますさかい。和平には賛成されまっしゃろ。越後のお殿さんには折を見て、関白はんから使者を出すことになりますやろな。まあ、ああいうお人やから‥」
朝廷が決めたことであれば、殊更、異存を申し立てることもしないだろう。朝廷にとっては、誰よりも与し易い武将であるかもしれない。
甲斐との関係が複雑になるきらいはあるが、武田信玄は反源徳勢力の中では最も利に聡い。読み違いさえしなければ、伊達にとっては相性の良い相手であった。
大蔵が和平を成すにあたって、尋ねておきたかった懸案でもある。
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敢えてと前置きするのは、自身は主戦派ではないことを強調する行為なのだけれども。故意か、無意識かはともかくとして、フレイアはまずその言葉を口にした。
「申し上げるならば、伊達公が何になりたいのかで和平か戦争かをお決めあそばされればよいでしょう」
武蔵の主か関東の主かそれとも天下の主か?
朝臣として中央集権化に賛同するのか、地方分権化の推進をするか?
平織市の掲げる「天下布武」を引き合いに出し、それが目指す未来を語る。――全てが滞りなく運べばの話だが、親切に問題点まで語る必要はない。
「忠告するならば、目先の小利を貪るようでは、和平と盟により動きが取れなくなることだけは確実で、その先にあるのは、年老いて死ぬまで頸木にしかれることの覚悟してくださいますように」
今は次の時代を担うべき秩序が生まれようとしている時期。
新しい時代の在り様を構築するつもりならば、安易に妥協するのではなく、乱を興した者として五条でも平織でもない新しい時代の在り様を示すべきではないだろうか。
「貴方が新しい時代の在り様をデザイン出来るのでしたら」
挑発的な切り口上で言葉を括ったフレイアを見下ろして、政宗は剽悍な容貌に苦笑に近い色を浮かべて肩をすくめた。
「時代を作る、秩序を作る。論旨としては面白いが、生憎、まだまだ先は長い。――俺が慌てて世を変えねばらなぬ程、往生しているように見えたのだとしたら‥‥あるいは、そちらの方が問題かもしれぬ‥」
ふむ、と。
何やら考え込んだ政宗に、フレイアもまた思案を巡らせた。――さて、どちらの目が出れば、思惑は成るのだろうか。
●
乱れた世に迷うのは、何も人間ばかりではない。
同じ地に生きる同朋たちの為にも、和平を先に進めたいと心に期した上杉が持ち出したのは、隣国の故事だった。
寓話を話すことで政宗自身の深慮を促し、自発的に和平を受けるようにと誘導する。一種の、心理作戦といったところか。
「興味深い話ではあるが‥‥」
斉の桓公と政宗では、その立ち位置が微妙に異なっているような。
ちらりと諮るような視線を向けられ、利休はごく穏やかに会釈する。上杉がこの話をするにあたり、予め利休にもその旨を伝えてあった。
利休が反対するようなら取り下げるつもりであったのだが、彼は上杉のやりたいようにすれば良いのだと応じただけで、異を唱える様子はない。
「現在、相模を得た武田が急速に勢力を増しつつある。源徳が武田に対してより強力な重石となれば、伊達殿にとっても何かと都合が良いはず」
名誉だけでなく、実利があることも示唆して上杉は口上を締め括った。――三河との講和が八王子にどの程度の影響を及ぼすのかは、蓋を開けてみなければ判らない。
●
相手は、天下人である。
鶺鴒団の地位を利用して個別に謁見を求めた伊勢は、まずそう切り出した。
「関白の意向とあれば、表向きは従うと見せねばなりますまい」
源徳家に呑むには厳しい案を突きつけるのは、当然として。形だけは、和平を持ち込んだ関白の顔を立てて講和を図る。言葉の裏に潜む思惑に、政宗は眼を細め軽く顎を引いて早々と決裂への道筋を見据えている策士を眺めた。
「表向きは、か。それが殊更、条件を厳しくする理由というワケか?」
「はい。家康が条件を反故にした故、決裂、という形をとれる様に動くべきかと。――この伊勢、政宗様の作る天下を見たくありますのでね」
さらり、と。誰よりも高みを示唆してのけた伊勢の面を過った不敵な笑みに、隻眼の竜は楽しげに笑う。
■□
和睦に賛成票を投じた者の中では、あるいは、伊勢の弁が最も踏み込んで過激であったかもしれない。
「講和は結構なお話ですが、その条件の遵守等の担保について、関白殿は如何にお考えですかな? それ無くしての講和は成り立たぬかと思われますが?」
「それはもちろん。源徳さんへの風当たりは、江戸よりむしろ畿内の方が強おます。――平織はんも難癖つけて来はるやろうし、関白さんもそれは覚悟の上や」
源徳がそれを跳ね付けるかどうかは、源徳次第ということだ。そう鷹揚に頷いた利休の予想が現実のモノとして冒険者に知らされるのは、茶会が終わってからのことである。
●
恣意的にならぬよう思うところを述べるのは、存外に難しい。
事実をただ羅列するだけでは意見にはならず、状況の把握と分析はそれを行う者の視点に左右される。
大蔵は北条家の家臣だが、藩主北条早雲の意向は雲のように掴めない。自分がこの交渉に一石を投じれば、主家にどんな影響が出るか分からないだけに、あるいは、この場の人間で大蔵が一番緊張していたか。
「藤豊公の言は綺麗事に過ぎぬとは申せ、帝の意を汲んでのものと推測されまする。そして和平の先にあるのはおそらく諸侯連合による西征‥」
「西国にて戦線を開くが為に、東国の混乱を収めると?」
神器の所有者こそが、正統なる神皇である。――万世一系の理を戴いてこそ培われてきた理は、辺境の奥州より京都や畿内においてこそ有効な謳いでもあった。
意地の悪い問い掛けは、問われた大蔵自身より、利休の方が曖昧な苦笑をこぼして肩をすくめる。尤も、朝廷の真意がどこにあれ、その意図するところを無碍にすれば、先々に――先があるとしての話だが――不都合を生じるのは間違いない。
「京に迫る人外の脅威を置いても、源徳を討つべき理由を朝廷に示しのは為し難いと思われまする。源徳打倒の兵を挙げられた伊達様には苦渋の選択とは思われますが、ここは関白の顔を立てるより無いのではと」
「俺は朝廷の為に江戸城を攻めたのでは無い。俺が責を負うは奥州諸藩と、伊達に恭順を示した諸藩でしかないぞ‥‥まあ、それはいい」
人外の脅威と奥州が通じていると言う者がいる。
源徳氏にもまた魔物と通じているかもしれぬという噂話が、北武蔵にて囁かれていたらしい。――八王子に至っては、当主自らが人外のモノであると宣言している。
「それで駿河はどう動く?」
「私は藩主の名代ではございませんが、この件に駿河は中立。越後とは些か誼がありますれば、いざ戦となれば謙信公や政宗様を支援する事になるやもしれませぬ」
大蔵の答えに政宗は微笑を浮かべた。小田原落城の件で北条は武田や伊達に疑われていたが、茶席という事もあってか、大蔵が心配したような追及は無かった。
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特に激しい論戦もなく、茶会は滞りなく幕を下ろした。
各々、江戸城を後にする冒険者たちを見送って、政宗は茶室に残った利休に今一服を所望する。
しゅんしゅんと湯の沸く音と茶筅を捌くやわらかな音が、しばし茶室に沈黙を促した。
「‥‥して、御心の方はお決まりやしたやろか」
「まあ、アレだな。特に強硬に反対する者もおらぬ故、そのように図って構わぬ。――尤も、俺ひとりが頷いて済むことでもなかろうが」
滑らされた茶器を取り上げ、まずはその水色と香りを愉しむ。それから、他人事のように、いくらか皮肉をこめて投げられた揶揄に、利休は澄ました顔で首をすくめた。それ以上の苦労は、彼らが受けるものではない。
「そこは、それ。動かんもんをあんじょう動かすのは、関白さんのお仕事や。――色ええ返事をもろたさかい、吾は大手を振って帰れます」
大坂へ戻る利休より手向けられた感謝の言葉が、《ぎるど》に伝えられたのは程なくのことだった。