夢見る妖精

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月01日〜10月06日

リプレイ公開日:2008年10月09日

●オープニング

 十五夜より転がり落ちた淡い雫の好きなモノ
 甘いお菓子、可愛い小物、南海の貝殻
 花の短冊、錦の端切れ
 とっておきは、ひっそり咲いた恋の華

 稀有な――
 あまりお目にかかれない‥‥つまり、珍しい‥‥依頼主は、得てして風変わりな依頼を持ち込むモノだ。
 番台を間に差向いで顔を突き合わせる客をしみじみと眺めやり、大福帳を開いた手代はどうしたものかと思案する。
 薄野原に赤とんぼをあしらった品の良い小袖にお月さま色の帯を瀟洒にあわせた、こざっぱりと品の良い若い娘。荒事好きの集まる《冒険者ぎるど》において物怖じもせず、にこにこと愛想の良い笑みを投げかけてくるあたりずいぶん度胸が据わっているのか、単に世間知らずなだけか。

「‥‥実はお友達のことでお願いが‥」

 内緒話よろしく、心持ち声をひそめて。
 ここだけの話。なんて、恋バナもどきの上目遣いで打ち明けられて、手代は年甲斐もなく視線を宙に彷徨わせた。

「長屋の佐助さんを格好良く変えてほしいの」
「‥‥‥‥」

 続く言葉に、やっぱり絶句。
 どうやらこの佐助さん――彼女の家が所有する長屋のひとつに住む青年の名であることは後から知った――大人しく物静かなのはともかくとして、今ひとつパッとしない風体の男であるらしい。

「あ。いい人なんですよ、ホントに。優しいし、物知りだし。ただ、ちょっと野暮ったいかなぁ〜て‥‥あ、私はそれも佐助さんらしいなって思うのだけど‥‥」

 つまり、彼女ではない誰か‥‥例えば、両親や友達といったあたりだろうか‥‥の、目が気になるということで。手代の推察に、少女は少し困った風に曖昧な笑みを浮かべる。

「ん、と。贔屓って、言ったらいいのかしら? とっても熱烈な。――佐助さん、絵草紙の戯作者なんです。『嬬恋月之涙』て、聞いたことありません?」
「ああ、最近、若い娘さんたちの間でたいそう流行っているって噂の――‥」

 山あり谷ありの愛憎渦巻く大恋愛物語だとかなんとか。
 茶店や甘味所で若い女の子が集まってきゃあきゃあ盛り上がっているのを何度か見かけた気がする。

「お友達もすっかり『嬬恋』ハマってしまって‥‥彼女、恋の駆け引きにはちょっと目が肥えてるってのが自慢なんですけど‥‥どうしても逢いたいって頼みこまれて」
「引き合わせたところ、あまりにも作風と作家のイメージの齟齬が大きかった、と」
「そう、そうなの。彼女、すっかりつむじを曲げてしまったというか、現実を受け入れてくれないというか。私が彼女を謀っているって言うの」

 そりゃあもう、毎晩毎夜、陰々滅滅と。
 せっかくの秋の風情も、こうなっては楽しめるものではない。――といっても、事実は事実なのだから、如何ともなし難く。
 せめて、装いくらいはこざっぱりと垢抜けすれば彼女も受け入れてくれるのではないかと、彼女なりに知恵を絞ったというわけだ。

「色恋とはとっても縁遠そうな佐助さんに、恋愛譚で負けるのは自尊心が許さないって」

 くたびれた風に吐息を落とした少女を前に、手代もどうしたものかと思案に暮れる。今時のお嬢様のご友人は、やはり一筋縄ではいかないらしい。

「それはまた大袈裟というか、失礼というか――」
「彼女の聞かせてくれる御伽噺も、とっても素敵なんですよ。‥‥あ、彼女、《月の雫》なんですよ」

 それはまた、頭の固そうな。
 溜息と共に喉許まで出かかった言葉を、手代は賢明に言葉を呑み込んだ。

●今回の参加者

 eb3063 早乙女 博士(70歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec0997 志摩 千歳(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec5649 レラ(20歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

マスク・ド・フンドーシ(eb1259)/ カメリア・リード(ec2307

●リプレイ本文

 人は見かけによらぬもの。
 若しくは、見た目で人を判断してはいけません。――誰しも大人への道を歩む途上で、一度ならず耳にしたことがあるような‥。
 見た目が全てでないことは、確かだ。アニェス・ジュイエ(eb9449)も、それについては異論ない。意外な人物の思わぬ一面を発見するのは、人付き合いの楽しみのひとつなのだから。

「‥‥でもねっ」

 やっぱ見目良いに越した事無いよ、と。
 敢えて社会通念に異議を申し立てたアニェスの握りしめた手の中で、多色刷りの錦絵がくしゃりと不穏な音を立てる。
 精緻な筆致で描かれているのは桜吹雪の下で、うっとりと見つめ合う恋人たち。対立する旧家に生まれながら恋に落ちた若いふたりが家を捨て、名を捨てることを誓い合うくだり――アニェスと友人のカメリア・リードが華やかに盛り上がり、志摩千歳(ec0997)が「あらまあ、陳腐ね」と苦笑しながらもちょっぴり胸をときめかせた横で、早乙女博士(eb3063)が「しっとり濡れそぼるような男と女の情緒がまるでないわっ!!」と歯噛みした――名(?)場面だ。
 絵草子の提供者である千佳の少し痛そうな吐息に同情しつつ、レラ(ec5649)もまた、胸中に湧いた何とも形容しがたい敗北感を持て余していたりする。
 想像力を逞しく、理想を思い描いた部分も多いけれども。

(‥‥うっわ、なにこのあんちゃん‥)

 縦にも横にも実に逞しく、人間にしては大柄な――マスク・ド・フンドーシばりの隆々たる筋骨は本人の責任ではないので目を瞑るとして――伸びっ放しでばさばさぼさぼさの髪とか、数日間剃刀を当てていなさそうな不精髭とか、袖や襟足がコテコテになった着物とか、さすがにちょっとどうなのか、と。思わず背筋を滑り落ちた冷たい汗に、視線を宙に彷徨わせたレラだった。
 これでは、百年の恋も覚め果てる。
 騙されたっ!!
 《月の雫》がつむじを曲げる気持ちの方がよく理解できてしまいそうだ。思わず絵草子を握り潰したくなるくらいの衝撃と破壊力はある。

「おや、千佳さん。こんにちは」

 どこが眠たげに目をしょぼつかせ。それでも、愛想良く微笑みかけてくる目許や、おっとりと紡がれる言葉に滲む穏やかな気色に、人柄はそれほど悪くないとアニェスは思う。

「こんにちは、佐助さん。――その様子だと、また朝までお仕事をしていらしたのでしょう?」
「ええ。版許さんから続きを早くと急かされておりまして」
「あまり根を詰めてはダメですよ。そりゃあ、続きが気にならないと言えばウソになりますけど‥‥やっぱり読むなら素敵なお話が読みたいですもの」

 この現実を前にして聊かも動じず、物語の続きに想いを馳せられる千佳の思考こそ豪の者に違いない。これなら、恋物語が大好きだと言われる月の精霊と意気投合もできるはず。妙に納得しつつも、レラは俗っぽいと目を回しそうな里の長老たちを思い浮かべて苦笑した。
 お世辞にも色男とは言い難い佐助を相手に臆する様子もなく、にこにこと人懐っこい笑顔を見せる千佳を眺めて、千歳は何故か嬉しそうに口許を綻ばせる。
 千歳の見立てに間違いなければ、これはいわゆる「脈あり」というヤツだ。
 尤も、当人たちが気にしなくても納得しない者がいるのは、物語の筋書きに限らず何処も同じ。――なによりも『嬬恋』を贔屓にしているのは、千佳ばかりではない。

「あんた夢を見せるのが仕事でしょ?」
「全く全く。小娘どもは騙せても、この早乙女の目は誤魔化せん! よいか、真の色恋とはな、大仰な言葉を重ねずとも滲み出す、幽玄にして秘めたる情念の世界よ。ええい、そのみすぼらしいよれた仕立て、フケの浮いた寝癖髪‥‥我が身も整えられぬ者に、細やかな叙情は紡ぎだせぬわ!!」

 甘やかな恋物語に心をときめかせるファンの夢を守るのも、戯作者の務め。
 単なる《月の雫》の懐柔だけでなく、『嬬恋』を愛読する全読者の為にも‥‥不精で夢を壊すのは、あんまりだ。
 恋愛小説について拳を握り締めて熱く語る早乙女の剣幕にやや困惑した風な青年に、アニェスは軽く片目を閉じて言葉を足した。

「物語のネタにもなるかもよ。――野暮ったい男が、好きな子の為一念発起して大変身!なんて、女の子が好きそうな話じゃない」


●マイ・フェア・ボーイの作り方
「ふふふ、この早乙女、かつて吉原遊郭では名の通った男よ。風雅艶めく男伊達など、幾人も見てきたわッ!」

 胸を張り不敵に笑う早乙女に、小娘たちは顔を見合わせる。
 粋でいなせな伊達男は良いとして。――百戦錬磨の遊び慣れた男が、清楚な素人娘と一途な恋に落ちるなんて話があったような気もするけれど――吉原遊郭で勇名を轟かされるのは、ちょっと複雑?

「‥‥そこは、まあ。若い娘っ子たちには刺激が強すぎる、か‥」

 遊郭まで出向いて、女郎と遊ぶのはまた今度。
 残念。と、咳払いで誤魔化して、早乙女はどこかホッとした表情で胸を撫で下ろした佐助をジロリと横目で睨む。

「まずは風呂に入ることからじゃ、この若造っ!!」

 歯を磨き、髭を剃り、爪も切る。
 香油で髪を整えて、下着や着物も毎日、洗って清潔なものを‥‥マスク・ド・フンドーシの協力も取り付けて、男から見た粋な男を体現するべく風呂屋へ追い立て、お洒落以前の問題だと吐息した早乙女に代わって、アニェスは姿勢の悪さを指摘した。
 野暮ったく見えるのは、姿勢の悪い人が多い。特に背の高い者は、周囲との兼ね合いもあってかどうしても猫背になりがちだ。しゃんと背筋を伸ばすだけでも堂々と意外に格好良く見えたりもする。

「しゃっきり立てば、気持ちもすっきりして、内面にも効果が出るよ。たぶんね。――踊りで人前に立つときは、指の先、足の先まで神経を巡らして、一番綺麗に見える体の形を意識するの」

 踊りとは少し異なるが、心がけるところは同じだ。
 血染めのハリセンを手に――女の子に殴られて吹っ飛ぶような男ではないので遠慮なく――目につく箇所を強制して行く。

「腰伸ばして! 肩開いて! あ、でもいからせちゃ駄目、自然にね。アゴは少ぉし引いて! 臍の下にちょっと力入れて歩くときは、足先、指先まで意識、時々深呼吸で力を抜きながら‥‥」

 バシン――ッ!!
 時折、思いがけず大きく響く乾いた音に身を竦ませながら、良い男になるのも大変だとシミジミ思うレラだった。


●夢か現か
「‥‥改めて読んでみますとこれが結構面白いものですわねぇ‥」

 手持無沙汰に読み耽っていた絵草子から顔を挙げて、千歳は笑う。
 実があるような、ないような。次から次へと災難が降りかかったり、とても色恋故とは言い難いエキセントリックな奇行に走る者がいたり‥‥山積する問題がたった一言で解決してしまったり‥‥落ち付いて考えるとツッコミ処も満載だ。

「ま、自分の事は置いといて無責任に楽しめるのが、物語のイイとこね」
「そうねぇ」

 アニェスの感想に頷いて、やっぱり物語よねと口許に手を当てて笑み零す。
 色恋に一途に生きる主人公の姿を己と想い人に置き換えてみれば――衆目のある場所で、大音声に愛を叫ばれてもたぶん恥ずかしいだけだろうと思うのだけれど――少し羨ましく思う気持ちも確かにあるのだ。

「おいら、ちょっと気になってるんだけど」

 大人気の絵草子をためすつがめつ、レラはふと胸に貯めていた疑問を口にする。
 この物語はいったいどこからやってきたのか。

「その気もない奴に惚れたはれたなんて与太話、ふつー無理じゃん。全部が全部、あんちゃんの創作で自分の色恋は全くの未経験だったら。こりゃ月の精霊様も納得しないよなー」

 見た目は「こんなの」でも、実は相当の遊び人なのかもしれない。
 ぶつけられた疑問に千歳が差し出した茶をすすり、佐助はふふりと笑う。とてもぷれーぼーいには見えない、いかにも人の良さげな朴訥そうな笑みだ。

「自分で体験したことはないですねぇ。誰かの話を聞いて、こーなったら面白いなとか、こうしたら幸せになれるのにとかいろいろ想像してみるんです。――実体験の成果だったら怖くて書けないかもしれませんよ」
「‥そっかあ‥」
「なので、千佳さんのお友達のお話も聞いてみたいのですが――」

 なんだか嫌われてしまったようで。
 と、少し困った風に笑う青年に、千歳は茶を運んだお盆で口許を隠し問いかけるように眸を探る。

「貴方は、今の自分と、前の自分、どちらがお好み?」
「‥‥さて‥いくらかさっぱりしたなぁとは思いますが、特に変わったところは‥」

見た目を変えるのは簡単だが、本質はさほど変わっていない。首を傾げる佐助に千歳はやはり訳知り顔で肩をすくめた。

「好きな相手なら、どっちも良いというのが、女なんですよ。――それと、やっぱり好きな相手からは言葉を貰いたいのよ」

 そのひと言を得る為に努力もするし、手練手管も身に付ける。それでも、なかなか思うとおりにはいかず、ヤキモキさせられるのだけれど。それさえも受け入れる余裕があれば、恋愛はもっと楽しくなるはずだ。

「ははあ、なるほど。勉強になります」

 気真面目そうに頭を下げられ、千歳とレラは顔を見合わせる。
 こちらの恋は、物語ほど簡単には進まぬようだ。――これからどんな風に発展していくのやら。それはそれで興味深いが、まずは夢見がちな精霊のご機嫌を取り結ぶのが先決で。


●夢見る妖精
 《月の雫》――
 月の夜と音楽。そして、色恋沙汰が大好きな、月の眷属である。
 精霊を奉るレラの一族には「恋バナ」に関心を示す精霊はとても不思議に思えたのだが、月の雫や月精龍は人間の紡ぐ物語に興味を示すモノがすくなくない。
 お節介にも人の恋路に嘴を挟もうとするモノまでいるとか、いないとか。

「わぁ。あなたが、ブリッグルね?」

 螺鈿細工の文箱を棲家にしたほのかな光に、アニェスは小さく感嘆を落とした。
 黒い漆に淡い月の色が良く映えて、なかなか素敵なセンスの持ち主であることを示している。――千佳と同じく、お洒落と可愛いモノが大好きな女の子であるらしい。

「‥‥チュプ・カムイ様、世の中には色々な精霊様もいるんですね‥」

 文箱の底に大事そうに重ねられた『嬬恋』の錦絵に何となく吐息したレラの遠い目に笑み零し、アニェスは《月の雫》に言葉をかけた。

「ふふ、あなたも『嬬恋』が好きなんだ」
「‥‥‥‥」

 淡い光がふわりと揺れる。
 怒っているような、苛立っているような。――恋を夢見る精霊に、佐助の存在は確かに悪い意味で衝撃的であったに違いない。ふるふると震える光に憐れみの目を向ける早乙女だった。

「だがっ! 安心せい、こヤツは変わった!!」
「そうね。話してみると良い人だし。――見た目だって、それほど悪くないわよ」

 ‥‥嘘だぁ‥あんな、パッとしない人‥‥
 と、言われているような。落ち着かなく揺れる雫に、千歳はわざと大人びた表情を作って肩をすくめた。

「あら、パッとしないっていうのは、恋人の条件としては結構重要なのよ。五月蝿い虫もつかないし、自分だけが彼の真実を知っているって、ね。その辺も判らないといけないんじゃないかしら」

 いくらか挑発の込められた言葉に、淡い光は一瞬固まり、そして、何やら猛烈な勢いで瞬き始める。まるで女の子が癇癪を起しているようだと思い、レラは心中のチュプ・カムイ様に向け吐息を落とした。――本当に、色々な精霊がいる。
 挑発にのって文箱から飛び出した月の雫は、少し離れた場所でどこか心許なげに冒険者と精霊との対話を眺める千佳とその隣の青年に気づいて、ぴたりと中空で静止した。
 値踏むようにゆっくりと瞬くあわい光を眺め、千歳は満足げな笑みを浮かべたアニェスの視線に気づいてにっこりする。
 彼女―月の雫―の好みに合ったのかどうかは、定かではないけれど。
 少なくとも端っから拒絶するという素振りはない。――後は、互いの事を理解するだけ。その橋渡しをするのは、千佳の役目だ。
 『嬬恋』を超える恋愛絵草子が、江戸の読本市場を席巻したのは、もう少し後のお話。