【旋風】 精霊
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月13日〜12月20日
リプレイ公開日:2008年12月23日
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●オープニング
夢に見るほど想い焦がれていた筈なのに。
身を縛る頸木より解き放たれた途端、途方に暮れた――
■□
それはとても腹を立てているようだった。
うっかり手を出そうものなら、背後に渦巻く重たげな雷雲より真空の刃が飛んでくるのではないかと危ぶまれる程度には怒っている。――時折、ぱちんと弾け散る青い火花も決して気のせいではない。
いつもはふらふらと落ち着きのない谷風梶之助がひとこともなく神妙にしているのにも、何か理由がありそうだ。
「‥‥落としもの、ですか‥」
こくり、と。頷く‥‥否、揺れる。
人ではない。
それは、確かだ。一見、鬼火や燐光のようにも見えるけれども。もっと存在感のある濃縮された精気の塊とでも喩えた方が良さそうな、何やら得体の知れない生き物である。
『この、粗忽者!がっ、落したのじゃ』
手を滑らせて、谷底へ。
ぴし――
怒りに呼応した小さな雷が、蒼白の光を纏う電雷の鞭となって番台を掠めた。軽く上体を起こして物理的な衝撃を伴う怒りの矛先を躱した梶之助は、煩そうに顔をしかめる。――責任はそれなりに感じている様子だが、今ひとつ納得はしていないらしい。粗忽者と罵られ、少しばかり不満げだ。
「つまりね、この‥‥」
ちらり、と。謎の生き物に視線を向けて、梶之助はほんの少し小首を傾げる。
「この‥‥生霊みたいなのが、いきなり飛びついて来たものだから、驚いて。つい、叩き落しちゃったんだよね」
手を滑らせたワケではなさそうだ。
江戸を騒がせる鬼との戦さに参加しているという噂も本当であったらしい。ともかく、鬼との交戦中に何事かを喚きながら乱入してきたソレを、脊髄反射で躱してしまったのだろう。
「戦況も良くなかったし、あまり余裕がなかったって言うか‥」
戦場が山間の隘路であったのも間が悪かった。
うっかり叩き落した先に千尋の谷が口を開けていたのは山地の多いジャパンならではの悲劇だと力説する梶之助の言葉に、ソレも負けてはいない。
『何を言う! 鬼如きに手古摺りおって、見かねて加勢してやったのではないかっ!! だいたい主に向かって生霊とはなんじゃ、生霊とはっ!!!』
「実体がないんだから、生霊みたいなものじゃん」
『だから、儂は生霊ではないと――』
子供の罵り合いと大差ない低次元の喧噪を前に、手代は深い吐息をひとつ。
■□
漸く落ち着きを取り戻した《ぎるど》を見回し、手代は番台を取り囲む冒険者たちに弱りきった視線を向けた。
「つまり、先の鬼退治の折に谷底へ落としたモノを回収してきてもらいたいというのが、この度の依頼というワケでして‥‥」
「もの?」
随分と歯切れの悪い言い回しに何人かが首を傾げる。
それが、と。言い淀み、手代は梶之助の肩に乗っかって穏やかに瞬く淡い光をそっと横目で盗み見た。――休戦協定でも結んだのか、大人しくしている様は大きな蛍に見えなくもない。
「ええと、その。身体というか、入れ物というか。まあ、そういう類のモノ‥‥です」
死体の捜索というワケでもなさそうだけれど。実のところ、手代にもよくわかっていなかったりする。
今ひとつの気がかりを思い出して、手代はさら気難かしげに顔をしかめた。
「鬼の方も‥‥最近の鬼は妙に知恵があったり、執拗であったり‥‥そう容易く駆逐できたとも思えません。そちらもご注意された方がよろしいでしょう」
相変わらず落ち着かぬ世情の色に、誰かが小さく吐息する。
●リプレイ本文
ゼルス・ウィンディ(ea1661)は、浮かれていた。
いかにも心ここにあらずといった風情で、どうにも地に足がついていない。いつもはクールで知的な光を湛える碧い眸も、キラキラと常とは異なる夢見の色を湛えている。
「正体不明の精霊さん、ですか。いやぁ〜、風の魔法修行に励んできた身としては、会うのが本当に楽しみですよ」
友達になれたりすると嬉しいなどと、うきうき、そわそわ。さながら初心な少年が、嬉し恥ずかし初デートに臨むかのような。
一見、冷静沈着な策謀家だと受け止められがちなウィンディがその身の裡に熱い情熱を秘めた男であることを知る者たちの目から見ても、その舞い上がりっぷりは抜けていた。
風精を操る魔法の使い手としての飽くなき探求心より発せられた言葉であると、理解できなくはないのだけれど。綺麗な顔に似合わず辛辣な思考回路の持ち主である瀬戸喪(ea0443)あたりからは、もしかすると容赦のない言葉が手向けられそうなくらいには。
その瀬戸の興味と毒舌は、この依頼を持ち込んだもうひとり谷風梶之助に向けられている。
「しかしいつもこれでもかというほど元気な梶之助さんが静かだというのは少し不気味ですね。まあ、たまにはおとなしくするのもいいんじゃないですか。とはいえ、どっちでも迷惑をかけていることには変わりなさそうですが」
常とは違うからには何らかの要因があるものだが、そちらにはさほど関心を向けていないのが瀬戸らしい。――過去に戦った風精はたしかに強い相手であった。が、戦って倒せない相手ではなかったし、瀬戸自身、その頃よりずっと腕を上げている。
自信に裏打ちされた瀬戸の強気な言葉に、其々、狩猟に長けた愛犬を従えた田之上志乃(ea3044)と雪切刀也(ea6228)は顔を見合せて苦笑を零した。
山歩きの目的は狩りではないが、訓練された犬は重宝する。特に今回のような依頼では哨戒を強化できるのもありがたい。山野をのびのびと駆けまわる愛犬の雄姿を堪能できる特典までついて‥‥それもこれも手に入れた宝重のおかげだと、雪切はこっそり己の天運の良さに胸を張った。
「逸る気持ちさ理解るけんど、もちっと落ち着いた方が‥‥」
そわそわと落ち着かないウィンディに志乃が見た目より大人びた声を掛けたその時、
淡い緑の仄光が通りの向こうでふわりと揺れる。アンバランスに手足の長い鍛えられた少年の人影と得体の知れない謎の光球――
「はじめまして、魔法使いのゼルスです!!!!」
遅い、と。両手を腰に当てた瀬戸が身を乗り出すよりも早く、駆け出したウィンディの裏返った声が通りに響いた。
●精霊
確かに、精霊である。
世界屈指の深い知識と技術を有するウィンディはもちろん、魔法の触りを習い覚えた程度の雪切にも、それを感じ取ることはできた。――精霊魔法にはまったく造詣のない瀬戸と志乃にも、彼が纏う濃密な気配が他と違っていることは判る。レムルが畏怖の中に時折浮かべる強い憧憬にも、理由があるはずだ。
ウィンディのレムルも雪切の黒耀石も、精霊としての核心に触れる部分に関しては相手が誰であっても相当に口が重い。或いは、単に体系として理解していないのかもしれないのだろうか。
それにしても、と。冒険者たちは、半ば呆れ気味に梶之助の肩で偉そうにふんぞり返る光球を眺めやる。
濃い。
半端なく、濃い。
ワイン蔵の最奥でうっかり発掘してしまったx百年前の新酒の熟れの果て。もしくは、百年ものの梅干し――希少価値と年期だけは間違いないが、味の方は誰にも保証できない――そんな得体の知れない不気味さが漂っている。
ウィンディの熱烈歓迎に気を良くしたのか、機嫌の方は良さそうだ。今は、雷雲も漂わせてはいない。
「そうすっとお前ぇ様ァ雷様の親戚だか? 落とした中にゃ太鼓もあるだべか?」
志乃の無邪気な問いに、精霊は瞬く。
肯定にも、否定にも。――顔がなくては、表情が読みにくい。そんなことを考えた瀬戸の感想を埋めるように、ぼそりと言葉が紡がれた。
『‥‥太鼓など持っとらなんだ』
雷神といえば太鼓を背負った鬼の絵が著名だが、太鼓ではないらしい。
太鼓を探すものの候補目録からひとつ削除し、志乃はちらりと梶之助に視線を向ける。
「梶之助どん、えれぇモンと知合いだなァ‥あ? 『主に向かって』たァどういうこったべ?」
「‥‥絶対、人違いだよ」
パリ――ッ
駆け抜けた青い火花に、刹那、空気が凍った。
痛そうに顔をしかめて静電気に撃たれた手を振る梶之助の姿に、瀬戸は沈黙の理由を理解する。ごく小さな静電気でも、当たれば痛い。そして、彼はとても短気であるようだった。
『まだ言うか! 呼んでも待っても一向に探しに来ぬから、わざわざこちらから出向いてやったと言うのに、この罰あたり者め!!』
怒れる待ち人は正夢だったのかと感心した志乃に、梶之助は顔をしかめて首を振る。呼ばれていたのは事実だが、断じてコイツではないと言いたげだ。
「ま、それはどっちでもいいですよ。今回の探し物とは直接関係なさそうですし」
いくら梶之助が粗忽者でも。飛びついて来たモノが人の姿をしていれば、安易に谷底に叩き落したりはしないだろう。
まずは、探す物の形状を明確にしておかなければ探しようがない。
にっこり笑顔でばっさりと切り捨てた瀬戸の言葉の穂を繋いで、雪切も谷底に落とした物を気にかけていた。――落したはずみで壊れてしまっていることまで想定して、細々とした道具も持ち込んでいる。
「茶色っぽい毛皮みたいなものだったと思う」
『うむ。手足がそろっとった方が何かと便利だと思ったのじゃ。力を使うにさほど不自由はなかった故、相応の眷属であったと思われる』
生き物であるのだろうか。それとも‥‥
目撃証言(?)を総合し、其々、思考の裡で想像を巡らせたものを言葉に乗せて、意見を交わす。皆がそれらしいものを思い描けるようになった頃には、丁度、目的の山に到着していた。
●砕かれた記憶
「それじゃ行こうか、黒耀石」
黒の眷属輪を握り込み、雪切は想いを込める。
高鼻嗅いで用心深く周囲の様子を窺いながら主人の命令を待っていた涼は、その言葉を受け止めて身を翻した。権兵衛も、軽やかに後に続く。
徘徊する鬼の動きを警戒しその足を止めるのは、彼らの最も得意な仕事のひとつだ。
「鬼にゃ遭わずに済むンが一番だべ」
「そうそう。退治するのが目的ではないですし、面倒ごとは少ない方がいいですから」
足場も悪いし、騒ぎになれば探し物に集中するのも難しくなる。
桃太郎よろしく鬼退治を趣味のひとつにしている梶之助だが、そう諭されれば頷くしかない。
『まあよい。今は、身体を探し出す方が重要じゃ。――使える依り代を見つけるのに、方々まわって苦労したのだ』
精霊の方もそれで納得したようだ。
「鬼退治もせい!」とばかりに難題をふっかけられたら困るなあと懸念していた雪切も、とりあえず安堵する。
鬼たちの方でも、1度は追われた場所でもあることだ。人を襲う力のある鬼は、まだそれほど多くないのだろう。戦闘を避けて通るのは、歴戦の冒険者たちにとってさほど難しいことではなかった。
むしろというか、やはりというか。
広大な山の中で落としたものを探す方こそ、遥かに面倒で手がかかる。大きさと重さを考慮して堕ちた範囲を絞り込んでも、決して狭いとは思えない。――草木の繁茂する夏場でなくて本当に良かった。
葉を落とし幾分見通しの良くなった木立を眺めて、瀬戸はやれやれと吐息を落とす。
「精霊さん‥‥だと、何だか呼びにくいですね。お名前とか、ありますか?」
ゆっくりと捜索範囲を広げつつ謎の精霊との友好を深めようと気さくに問いかけたウィンディに、光球は小さく揺れた。
『‥‥名前はあった‥』
だが、思い出せない。
ふらりふらりと漂う光は、少し途方に暮れているようにも見えた。
『誰よりも強い‥の、名前だ。‥‥負けるはずなど、なかったのに‥‥の、裏切りが‥‥』
独り言にも似た抑揚のない声が、滔々と記憶の断片を紡ぐ。どこかまだ夢の中を彷徨っているような、遠い声。――ゆらゆらと定まらぬ記憶の焦点が、彼の曖昧な姿に投影されているようだと思った。
思いがけず、頼りない。その癖、暗く沈殿した恨みとも怒りともつかぬ強い気に、ウィンディの背に隠れるようにしがみついていたエレメンタラー・フェアリーと雪切の指に光る黒耀輪がちらりと共鳴の色を滲ませる。
そして、権兵衛と涼の泣き声に気を配りつつ、根気よく地道に枯れた藪をかき回していた志乃と瀬戸の視線の先でも――
●雷獣(仮)
それは、猫にも鼬にも見えた。
くすんだ金色の毛皮に六本の鋭い爪、二股に分かれた長い尻尾――
屍を残さぬはずの精霊を現世に留めた貴重な逸品。
そんな眉唾モノの向上と共に江戸の巷間を騒がせた興行師の見世物小屋から始まって、いわゆる一世を風靡したソレは、確か「雷獣」と銘打たれていた。
病は気から、成せば成る、岩をも砕くか思い込み‥‥
強張った身体を確かめるように少しずつ動き始めた生き物を、雪切は騙されたような気分で眺めやる。
強大な力と執念を秘めた精霊がとり憑いた「雷獣」は、ある意味、間違いなく「雷獣」だった。――冒険者たちの想う「サンダー・ビースト」とは、似て非なるものであるけれど。
前々から、精霊には変わった奴が多いような気がしていたが。こいつは、その中でもとびきり奇矯だと思う。
新調したばかりの着物を試着するように注意深く身体を動かしていた雷獣は、ようやく納得したのか満足げに喉を鳴らした。
『うむ』
「‥‥いいんだ、それで」
梶之助の呟きが不覚にもまともに聞こえ、瀬戸は思わず眉間に縦皺を刻む。本人(?)が納得しているのだから、まあ、良いのだが。
『実体のない霊よりはなんぼかマシじゃ。勿論、本物を見つけ出さねばならんが‥‥まあ、当面はこれで良かろう』
本体とやらのある場所は、彼自身、知らないらしい。
抜け落ちた記憶が戻れば在りかが判るのか、或いは、元の体に戻れば記憶も戻るのか。
しかし、本体など始めから無かったり、既に失われている可能性も否定できない。
どちらにしても、彼の前途はまだまだ波乱に満ちている。
同情よりも、この先、引き起こされるであろう悶着を想像し、冒険者たちは顔を見合せて肩をすくめた。