気になるあの娘

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月03日〜09月08日

リプレイ公開日:2004年09月11日

●オープニング

 月道が開かれてより、数年。
 物だけでなく人の動きも活発になり、江戸市中では金髪碧眼の異邦人も珍しくはなくなった。
 とはいえ、普通の生活をしていれば、まだまだ馴染みも薄いもの。言葉の通じぬ相手を前に、往生することも良くあること。笑顔は万国共通語とは言うものの、言葉の壁はやはりそれなりに高く分厚い。
「‥‥異国の言葉の理解る者?」
 相談窓口に座った受付係は、少しばかり困惑した面持ちで相対した眼前の男をまじまじと眺める。
 鮮やかな金髪に、彫の深い目鼻立ち。深い眼窩の奥には、瑠璃玉のような青い瞳。――どこからどう見ても紛うことなき立派な外国人だ。
「ワタシ、シャルル・ジェンいいます。ノルマンのマルシャンね」
「‥‥まるしゃん?」
 なんですか、それは。と、首をかしげかけた受付係に近くで聞き耳を立てていた通訳の羽根妖精が身振り手振りでブロックサインを送る。
「え、ああ、商人‥‥お商売をなさっていらっしゃる、ノルマンから?」
 それはまた遠いところから。ご苦労様ですなどと的の外れたことを呟いて、受付係りは筆を取り上げ広げた大福帳に“しゃるる・じぇん様”と記入する。
「ええと、日本語の通訳を雇いたいというご依頼で――」
 困ったときの“ぎるど”頼み。の、あまりありがたくない偏見は、万国共通のものだろうか。まぁ、“ぎるど”に集まってくる冒険者の中には他国の言葉が話せる者も少なくないし‥‥。
 そんな打算を働かせた受付係りにシャルル・ジェンは外国人特有のご大層な仕草で肩をすくめ、立てた指をちちちと左右に振って見せた。
「ノン、ノン。ジャポネ、ちがう。ワタシ、ジャポネ判る、パ・ドゥ・プロブレムね」
「‥‥‥はあ、ぱど‥‥?」
 ちょっぴり頭の痛くなってきた受付係であった。

■□

「どなたかイスパニアに造詣の深い方はいらっしゃいませんかね?」
 受付から回された大福帳を前に、口入係は困惑しきりに吐息を落す。
「イスパニア?」
 珍しい国の名前に興味を惹かれた者が何名か。集まってきた冒険者たちを前に、口入係は少しばかり愚痴っぽく話を切り出した。
「いえ、ね。先日、ノルマンからいらした商人さんなのですが‥‥」
 依頼人の名前は、シャルル・ジェン。月道を渡って日本とノルマンの間を行き来する交易商人である。――先日の満月に乗じて来日し、次の満月で本国に帰るのだそうだ。
 連日、江戸の卸問屋と精力的に商談をこなし、次々、契約を成立させているというから若いながらも商いの腕は悪くない。
「何か揉め事でもあったのかい?」
 冒険者の問いかけに、口入係はとんでもないと首を振る。
「そういう依頼なら別に困りはしません。――当“ぎるど”には、腕利きの冒険者が揃っておりますし」
 聞きようによっては含みのある嘆息に、誰かがおやおやと器用に片方の眉を上げた。
「‥‥私たちにはそんなに荷が重い依頼なのかい?」
「いえ、そんな。ただ‥‥」
 少し思案をめぐらせた後、口入係は腹を括ったように吐息をひとつ。困惑げな表情のまま話しはじめた。
「日本にいらした交易商人さんたちが利用する宿があるのですけど」
 増えたとはいっても、まだまだ少数。
 言葉の壁、文化の違いなど。訪れる側、迎える側にそれぞれ苦労や悩みは尽きないもので。自然、集まってしまうものであるらしい。
「ジェンさんがお泊りのお宿に、イスパニアのお客様も泊まっているそうなのです。――そちら方が可愛らしいお嬢様をお連れになっているとか‥‥とても、可愛らしいお嬢さんだそうで‥‥その‥‥」
 ごにょごにょとワケを説明する言葉がだんだん小さくなっていく。
 早い話が、彼女にプロポーズしたいというわけだ。しかし、生憎、ジェン氏はイスパニアの言葉を話せず、少女の方は日本語の方も少し‥‥いや、かなりあやしいという。
 共に次の月道が開けば、本国へ帰らなければならない身。プロポーズはともかく、せめてお友達として認知してもらえるようになるだけでも。
 切実といえば聞こえはいいが、単なるナンパのお手伝いであるのがなんとも悲しい。
「まぁ、お足は十分いただいておりますし‥‥」
 なんと言っても、相手は交易商人。交渉次第ではノルマンの珍しい品を格安で分けてもらえるかもしれない。
「どうなさいます?」
 少しばかり上目遣いに口入係は、集まった冒険者たちを見回した。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0908 アイリス・フリーワークス(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2838 不知火 八雲(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3834 鷹宮 清瀬(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea6450 東条 希紗良(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 気が付けば、夏が去ろうとしていた。
 空が少しづつ高くなり、朝夕の何気なく吹きすぎる風の中にも思いがけなく秋の気配が見え隠れする。
 いくぶん和らいだ陽射しにきらめく瓦の釉にほんの少し眸を細め、アイリス・フリーワークス(ea0908)は手にした書付と周囲の様子を見比べていた鷹宮清瀬(ea3834)を振り返った。
「ここ、だよね?」
「ええ、たぶん」
 イギリス出身の羽根妖精であるアイリスが操る片言の日本語に、注意深く耳を傾けていたリラ・サファト(ea3900)がこくりと頷く。ビザンツ帝国の生まれであるリラの母国語はラテン語で‥‥互いに異国の生まれであるふたりが日本の言葉で意思の疎通を図る光景は、珍しいかもしれない。そんなことを考えながら、鷹宮は折畳んだ書付を懐にしまい込んだ。
 繁華な通りに面した宿の前は、けっこうな活気に満ちている。
 丁重に梱包された品物を山積みにした荷車や泊り客の足となる駕篭担ぎがひっきりなしに到着し、また、忙しなく去っていく。
 街道沿いの宿場町と良く似た光景だったが、この宿を使っているのはほとんどが異国から来た交易商人たちだ。――御用達などというたいそうな肩書きがあるわけではないのだが、言葉や習俗など気心が通じる者が多い方が何かと便利で自然とそうなってしまったのだろう。宿のあしらいもこなれたもので、何かと風変わりに映る異国の客を上手く捌いているようだ。
「さて、と。そろそろ始めようか」
 賑わう宿の様子をひとしきり見分し終えたところで笛を取り出だした鷹宮に倣って、アイリスも荷物を開く。
「そうだね」
「私の方もいつでもよろしいですわ」
 優雅に手足を動かして身体の調子を確かめながら、リラもこくりと頷いた。

■□

『――あら、何かしら?』
 イギリス風に作られた客間の丸い机を挟んで御神楽紅水(ea0009)と向き合って座ってエレノアは、開け放した窓の外から聞こえてくる軽快な楽の音に顔を上げた。
 片言のスペイン語を頼りに、お友達になりたいと宿を訊ねて数時間。
 江戸の月道を通ってやってくる商人は、大半がイギリス人。その上、決して安くない使用料を思えば、エレノアの父のように家族を連れてという者はごく少ない。――元からの性格なのか、あるいは、異国の街で気軽に話しのできる同世代の相手を欲していたのだろう。断られることもなく、自己紹介から始まって少しずつお互いに慣れていく。
 ひとりで出歩くのにも飽きていたのか、江戸の町を案内するという紅水の提案にもとても乗り気で‥‥早速、計画を立てていたところなのだが‥‥
『行ってみましょう』
 賑やかな笛の音、時折、聞こえる歓声と拍手に、ふたりの娘は顔を見合わせて円卓の前を離れた。
 宿の前に、人の垣根ができている。
 鷹宮とアイリスのふたりが奏でる旋律に乗って踊るリラの舞いは、同じ神楽舞を生業とする紅水の目から見ても堂に入った踊りっぷりだ。――アイリスのリードに、鷹宮も頑張っている。
 人垣を掻き分けて姿を見せた異国の娘に、アイリスは見物客に紛れた八幡伊佐治(ea2614)と枡楓(ea0696)に合図を送った。
 前日、こっそり訪れて確認したばかりの顔に間違いはない。――暗褐色の髪に緑の瞳。彫の深いメリハリのある端整な顔立ちと、小麦色の肌をしたいかにも快活で健康的な娘である。身体つきのほうも日本人に比べれば、十分、大人。‥‥相手は17歳の小娘だと、自分に言い聞かせる八幡だった。
 それ以前の問題として。彼は、僧侶であったはずなのだけれど‥‥。
 拍手の中で演奏を終え、アイリスはパタパタと羽音を響かせてエレノアのところへ飛んでいく。
『こんにちわです〜。お姉さん綺麗ですね。お名前なんて言うですか? 私はアイリスと言うですよ』
 片言のスペイン語で話しかけられ、エレノアは目を丸くした。ほんの少し眸を見開いてアイリスを眺める。それから、にっこりと破顔した。


●sur JAPON
 言葉が通じなくてもできるのは、喧嘩。
 悪口だけは、何故だか不思議と判ってしまう。逆に、言葉が通じなければまず理解してもらえないのが、ユーモア。――言葉だけでなく、相手の感性にも作用するので当然といえば、当然なのだけれども。
 心を射止める口説き文句なんてものがあるのなら、こちらが教えてもらいたい。
 瀟洒な紬の着流しに長身を包み、露店に並べられた品物をもの珍しげに覗き込んでいる男の背中をむっつり眺め、不知火八雲(ea2838)は肩を竦めた。
 男の名前は、シャルル・ジェン。ノルマンから月道を通って江戸へとやってきた交易商人であり、今回の雇い主でもある。
 その依頼の内容というのが――
「Qu’est-ce que c’est?」
 突然、耳に飛び込んできた音の羅列に我に返って顔を上げると、何やら指差して東条希紗良(ea6450)に話しかけているジェンが見えた。
 察するに、アレは何だ?−と、でも訊ねているのだろう。
 専門的な説明を求められ、東条は目を白黒させた。――エレノアを連れ出した紅水とここで偶然を装って引き合わせる手筈になっているのだが、流石は商人というべきか。ジェンの興味は店先に並べられた独楽や風車といった色鮮やかな子供の玩具に向けられている。
『これは、えーと‥‥』
 日本にしかないものを異国の言葉で説明するのは、存外に難しい。片言のゲルマン語と日本語ではどうやら限界があるようで‥‥。
「‥‥貸してみろ‥‥」
 落ち着き払って玩具を弄り回していた東条の手から剣玉を取り上げ、不知火はひょいと放り投げた玉を剣の先で突き刺した。
 百聞は一見にしかず。説明を聞くより、実演を眺めた方が早い。軽業師を生業としている不知火の手に掛かれば、子供の玩具も立派な芸の小道具だ。
『おおっ!!』
 披露される見事な技の数々にジェンだけでなく通りすがりの通行人、露店の売り子も思わずパチパチと手を叩く。
「うわ〜。不知火さん、上手だねぇ」
「はいです。今度、アイリスにも教えてくださいですよ〜♪」
 歓声の中に不知火と東条の姿を見つけ声をかけた紅水とアイリスを交互に眺め、エレノアはジェンに気付いておやという顔をした。
『この人たちは、紅水さんのお知り合い?』
『ええ。お友達なんですよ』
 紹介しますね。と、さりげなさを装って。紅水は東条と不知火、そして、ジェンを順番にエレノアの前に立たせる。
『東条さんと不知火さん。それから――』
『‥‥ジェンさん、ですよね? 同じ宿に泊まってる』
 イギリス商人が多い中、ノルマン人である彼は少しばかり目立つ存在であったようだ。顔を合わせた程度でも、記憶にあるのは脈ありということか‥‥。
 僧侶の身でありながらそちらの道にはちょっとうるさい八幡は、内心にやりとほくそ笑む。
「ここで出会ったのも何かの縁だ。どうです、一緒に江戸の街を見て回ろうじゃないですか」
「そうですわね。大勢の方が何かと楽しめますわ」
 リラが横から合いの手を入れ、ジェンとエレノアはどうしたものかとお互いに顔を見合わせた。それに畳み掛けるよう、東条は背負った袋から先日の祭りで手に入れた団扇を取り出す。
「そうだ。小間物屋なんてどうだろう? 綺麗な絵の扇子とか蒔絵の櫛とか根付とか‥‥日本のことをもっと知ってもらえると思うんだが」
「ああ、それはいいな」
 交易商人なら、それなりに見る目もあるだろう。ジェンの有能ぶりをエレノアに示す良い機会だ。名案だと頷いた鷹宮の隣で、楓が腹を押さえて首をかしげる。
「うちは美味しいものを食べるのもいいと思うんじゃが‥‥」
 料亭などでは、そろそろ秋の味覚が出回り始めているだろう。
「秋の味覚と言えば、近いうちに梨狩りに行こうかと話していたんですよ」
 口実を幸いと計画をすすめる八幡だった。


●梨の花
 日本における梨の歴史は古い。
 神皇が勅令において栽培を推奨したとされる梨は、果樹の中ではもっとも古い歴史をもつもののひとつだ。
 華国では美人の形容詞としても用いられる梨の花の引用は、もちろん、日本でも十分通じる。――尤も、美人とはいってもエレノアは儚げな梨の花というより、大輪の向日葵と喩えた方がよさげだが。
「よろしいですか。次に梨の取り方ですが‥‥」
 エレノアとジェンのふたりを前に丁寧に梨狩りの方法を教えるリラの声が、たわわに実った果樹園に静かに響いた。
紅水、楓も教えられたとおりに頭上の木立に手を伸ばす。時折、楽しげな笑い声などが聞こえる辺りにゆったりと視線を向けて、八幡はご馳走のつまった重箱を前にしみじみと茶を啜った。
 八幡の隣ではアイリスが蜂蜜漬けの干し無花果が入った小さな壷を大事そうに抱え込んでいる。ノルマンの珍しいお菓子が欲しいと頼んだアイリスに、ジェンが報酬としてくれたものだ。
「これ、美味しいです〜」
「どれ‥‥む‥‥甘い‥‥」
 ひょいと指先で摘み上げた菓子を無造作に口に放り込み顔をしかめた不知火に、アイリスはぷうと頬を膨らませて抗議する。
「ダメですよう。もっとしっかり味わって食べてくださ〜い!!」
 甘いお菓子は、とっても貴重なのだ。
「それにしても‥‥」
 こちらも報酬にもらった古い細工の銀の首飾りを指にひっかけて弄んでいた鷹宮はちらりと視線をあげて、時折、楽しげな歓声のあがる方を眺める。
 依頼人が満足すれば、依頼は成功とはいうものの――
「ちょっと、なんだな」
 釈然としないというか、胸のあたりに一抹の寂しさを感じるのは何故だろう。
「うむ‥‥」
 あいかわらず茶をすすりながら八幡も重々しくうなづいた。
「‥‥僕も艶っぽい姉ちゃんに癒されたいものだ‥‥」
「‥‥‥‥‥」
 僧侶にあるまじき八幡の嘆息に、鷹宮は視線を宙に泳がせる。

 うっすらと雲を吹き流した空は、どこまでも高く透明で。
 仲秋の月は、なよ竹の姫を地上より永久に連れ去ってしまったけれど。――満ちたる月が開いた道は、出合ったばかりのふたりに如何なる結論を導くのだろう。
 残念ながら、鷹宮にそれを知る術はない。
 今はまだ、月の翳さえ浮かべぬ秋空を見上げ、少しだけ幸を願った。