雪見、雪かき、雪中酒
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月11日〜02月18日
リプレイ公開日:2009年02月19日
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●オープニング
例年になく雪が重たい。
さらさらと風に流され雪原に舞う乾いた粉雪とは違う湿った雪は、ずっしりと雪原に根付いたまま凍りつく。
雪を踏んで歩くのも、退かせるのも一苦労だ。
一面に雪の積もった広い庭の一角を眺め、宗太はげんなりと吐息を落とす。――立ち入りを禁じられているせいで、数日前に降った雪は今も踏み荒らされることなく白いままだ。
蔵の方から抑揚をつけた低い旋律が風に飛ばされ、とぎれとぎれに聞こえてくる。
いつもは心地良く耳に落ち着く蔵人たちの仕込み唄も、ここ数日は何やら念仏のように響いてくるだから気持のありようとは不思議なものだ。
「――雪に埋めてみてはどうだろう?」
迷案(?)に眸を輝かせた宗佑の無垢な笑顔が瞼にちらつく。
石橋を叩いて渡るかの如くじっくりと物事を吟味して事を進める宗太とは違い、宗佑が血を分けたには昔から天啓にも似た思いつきで突っ走る癖があった。
ふたり併せて、ちょうど良い。
母親が呆れたように評した事があったが、宗太自身、宗佑が血を分けた‥‥それも双児の‥‥兄弟だとは思えない時がある。
「雪の中なら温度に偏りが出ないだろうし」
醸した酒をじっくり寝かせるには、適した場所に違いない。
温度の管理は、確かに大変手間のかかる仕事だ。――先代にぽっくり逝かれ、兄弟ふたりと蔵に残ってくれた高齢者ばかりの蔵人で切りまわすには限界がある。
‥‥そもそも、熟練の杜氏たちが匙を投げて出て行ったのは、思い突きに目の眩む宗佑の奇矯な言動のせいなのだから。
なるほど、と。
思う反面、そんなバカな‥‥と、溜息が出てしまう。
失敗すれば手間暇かけて醸した酒がダメになるばかりか、蔵人ともども生活の糧を失くして首を括る羽目に陥るのだ。――上手い酒の噂を聞きつけて、わざわざ遣いを寄こしてくれた酒好きの国主の不興を買えば、この国いられなくなるかもしれない。
考えれば、考えるほど胃の辺りがきゅうとおかしくなりそうだ。
雪景色にどっしりと重厚な土蔵と静かに光を照り返す庭の風景を眺め、宗太は何度目かの深い吐息を落とす。
■□
「‥‥ある意味、力仕事でしょうかねぇ」
依頼の有無を尋ねた冒険者に、《ぎるど》の手代は曖昧な笑顔を作って番台に大福帳を広げた。
「越後の酒蔵からの依頼です。地主が趣味で作っている程度の小さな蔵のようですが。――酒樽を雪に埋める手伝いをお願いしたいそうです」
作業期間の衣食住は、依頼主持ち。
雪かきや、蔵や住居の手入れなども手伝ってくれれば、おやつに、昼寝。夕食時には、酒も飲ませてくれるらしい。
酒好きには、それなりに魅力的‥‥かも?
嗜みはするが造形はまったく深くないらしい手代の薄っぺらな笑顔に、冒険者たちは顔を見合わせたのだった。
●リプレイ本文
立春を過ぎれば、春は近いというけれど。
記録的な大雪に見舞われ往生した昨年に比べれば、今年はどこも雪が少ない。――上州と越後の国境に横たわる三国峠も、例年になく越えやすかったと旅人たちは一様に口を揃えた。
旅立つ友への餞に、越後地方の天候や街道の通行状況といった旅のお役立ち情報を集めたライル・フォレストは意気揚々と来生十四郎(ea5386)に報告する。
「‥‥ま、冬のお天気は変わり易いって言うから、行ってみないと判らないところもあるだろうけど」
雪の状態、雪崩に気を付ける場所などをひととおり講義して、最後に「グッド・ラック」と爽やかに笑み友人の旅立ちを言祝いだ。
「というわけで、お土産よろしくね♪ 買ってこないと泣いちゃうぞ」
もちろん、しっかりちゃっかり見返りを要求することも忘れない。泣きまねまでしてアピールするライルのお隣で、室川雅水は朝イチで釣り上げた江戸前の鯵を土産としてチップ・エイオータ(ea0061)に手渡す。――お土産と、お酒のアテを兼ねた一品に化ける予定だ。
訪問先となる国境付近の山里と上杉謙信の居城である春日山城との距離を絵図で睨み、細い眼をいっそう細めて目算する伊勢誠一(eb9659)の胸中にも思惑がある。‥‥縦に細長い国土を有する越後の国を移動するのは、思ったよりも時間が掛りそうだった。
朝から賑やかな日本橋の喧騒を半眼で眺める瀬崎鐶(ec0097)は、その沈黙の中で瞼に雪深い杜氏の郷を思い描く。
白く寒い季節の中で、息づく人の営みだけはいつもとても温かい。――ゆったりと優しい空気に、束の間、そっと触れるのが鐶の楽しみだった。
●雪国
空気が変わる。
橋をひとつ越える度、宿場を通り過ぎる時、山の難所を越えた後‥‥ほんの少し、寒さが募った。
冷たく冴えた冷気に、雪の匂いが混じる。
国境の峠を越えて見回すと、そこは想い描いた通りの雪国だった。
他の季節なら豊かな水田地帯の風景も、今は真白に埋め尽くされている。点在する農家の重たげな雪を背負った急勾配の萱葺き屋根が、異界にさらわれた旅人たちの心に常世の存在を教えてくれた。
●酒蔵
先を歩く宗佑の背中を追って雪の中を歩きながら十四郎は、どっしりと存在を主張する白壁の土蔵を見上げる。
酒造りの現場に入るのは初めてではなかったが、十四郎が知るイギリスの酒蔵とは少し雰囲気が異なるようだ。――それが土地の違いによるものか、人の気質が違っているのかは良く判らないのだけれども。
何代か前の当主が道楽で始めたと言う酒蔵は、小さいながらも重厚な空気を漂わせた建物だった。その分、どこか閑散とした頼りなさが雰囲気が冷気と相まって身に堪える。
先代までは上方から杜氏を招いて酒を仕込んでいたのだが、その先代が急逝し、代替わりしてから様子が変わった。
現場を仕切る宗佑のどこか破天荒で型破りな言動に振り回されて、昔堅気の職人たちが辞めてしまったことも原因のひとつではあるだろうけれど。
不安なのだ、と。
依頼に応えて集まってくれた来訪者たちを上機嫌で出迎えた宗佑の隣で、どこか冴えない顔をしていた宗太の表情を思い浮かべて、チップは思う。
天性の勘と閃きで突っ走る宗佑の言葉は、経験という重みが足りない。よくよく聞いて吟味すればなるほどと理解できる部分もあるのだが、この手の感覚的に行動する人は往々にして口下手というか説明が不得手なものだ。――突拍子もない依頼に振り回された経験を思い返して、伊勢も首をすくめる。
「酒の善し悪しは温度管理が大事なんだ。出来あがった酒を疎かにするつもりはないんだが、人手が足りてないから蔵人はどうしても仕込中の樽に目が行ってしまいがちになる」
越後の酒造りを学ぼうと熱心に耳を傾ける十四郎を相手に上機嫌で説明しながら、宗佑は酒蔵の裏、母屋と蔵の間の中庭へと冒険者たちを案内した。
農繁期には農具や収穫物で手狭になる庭先も、今の季節は雪に埋もれている。ここだけは雪掻きされた後もなく、真っ白な雪は手付かずのまま小柄なチップや鐶の背丈よりも高いくらいだ。
「雪の下なら温度も安定しているし、雪が溶けるまでは陽に当たることもないからね」
ある意味、理想的な冷暗所というワケらしい。
利には適っているし、野菜を雪に埋めて春まで美味しく食べるやり方もあるけれど。問題は、果たしてその理屈が酒に通じるのかどうか。――少なくとも宗佑以外の蔵人のたちは、宗太を含めて半信半疑だ。
すぐにでも取りかかって欲しいと言いたげな宗佑の様子に、ますます顔色の悪くなる宗太を一瞥し、チップはそっと仲間たちと視線を交わす。十四郎、そして、珍しくモノ言いたげな鐶の様子に意を決し、チップは意を決して手を挙げた。
「えと、お手伝いの前にちょっとだけお話があるの」
●冒険者からの提案
「今回埋めるお酒なんだけど、樽全部じゃなくて、半分か、もー少し少ない量を試しに雪に埋めて、残りはふつーに蔵で寝かせちゃダメかな」
「‥‥面白いお酒ができるかもしれないけど。試みに全ての樽を使ってしまうのは危険が大きい。と、思う」
怪訝そうに首を傾げた宗佑に、チップと鐶は言葉を選びながら宗太‥‥そして、蔵人たちの不安を解消すべく妥協案を提示する。
失敗の可能性など微塵も考えていなかったらしい宗佑は、言葉を飾らず要点だけを口にする鐶の発言に驚いた顔をした。
何しろ、初めての試みだから。
失敗したら目も当てられないと不安がる蔵人たちの気持ちは良く理解る。――誰もが宗佑や冒険者たちのように思い切ったコトができるワケではない。
「そしたら少なくとも半分はいつものお酒ができるから、収入もいくらか残るし、宗太さんや杜氏さん達も心配しなくて済むと思うんだ。――あと、もし上手く行かなかったら、料理専用のお酒やみりんみたいな調味料に作り直したりできないかな?」
皆が苦労を厭わず手塩にかけて作った酒だ。
もちろん、上手く熟成するにこしたことはないのだけれど。万が一のことを考えておくことも、酒造りに限らず、改革者には必要なスキルだと伊勢などは思うのだ。
特に奈良屋を通して越後の酒を江戸に持ち込む計画を模索している伊勢にとっては、まずは安定した供給源を押えておかなければ話にならない。
「良い酒ができれば、その希少さも価値になる。とりあえずは、試す程度にやってみながら記録を取ってみてはどうだろう」
気温や湿度といった詳細な条件が判れば、失敗も減る。天才肌の宗佑や熟練の蔵人たちの経験や勘ばかりに頼らなくても上手い酒が作れるはずだ。
十四郎の提案は、宗太にも何某かの感銘を与えたらしい。目から鱗といった表情で十四郎を見上げた宗太に向き直り、鐶もまた諭すように口を開いた。
「‥‥宗太さんの心配も判るけど、宗佑さんの発想力は武器になると思う」
「そう、ですね‥」
冒険者たちが右から左に、頼まれた依頼だけをこなすだけではないことを知って、宗太はどこか肩の力を抜いたようだった。
●雪室
今年の雪は湿度が高い。
雪掻き初心者に重い軽いの違いは判らなかったが‥‥人力で雪を動かす作業の辛さは身にしみた。
時間にすれば半日程度の単純な作業であったが、雪国で暮らす人々に身を持って畏敬の念を抱いた冒険者たちである。
戸外で冷えた身体を温める甘酒を作ろうと皆のヤル気にも気を配るチップや、奈良屋からの遣いとの交渉で場を外した伊勢など途中で抜ける者の分も、と。張り切った十四郎などは仕事の完了を告げられた途端、雪の上にばったり倒れて、動けなかった。
それでも、日が暮れる頃には結界代わりの注連縄が張り巡らされた雪山と、その隣にもうひとつ。こんもりと形の良いカマクラが出来上がっていた。
「こんばんわー」
膝を屈めて小さな入口から覗き込んだチップに、雪を積み上げてつくった雪洞の中で餅を焼いていた鐶は目線だけでこっくりと頷く。
「鯵を料理してみたんだけど、一緒にどう?」
「‥‥いいね」
パラ特有の体格と童顔で年齢を間違われることの多いチップだが、こう見えて美味しい料理と美味しいお酒に目がない食いしん坊だ。
酒の肴にタタキにして味噌和えで、と。持参した新鮮な鯵ではあるが、さすがに釣上げて3日以上経った鮮魚を生で食べる勇気はない。――代りに、内臓を取って一晩寒風に晒したものに味噌と味醂で味付けて炭火で炙ってみた。
「あれ、来生さんと伊勢さんは?」
「‥‥来生さんは酒蔵で蔵人さんたちと話してる」
越後の酒造りのノウハウをしっかり学んで帰るのだと、重労働の疲れも見せず精力的に酒造りに関わっている。
《セブンリーグブーツ》を頼みに春日山城に出向いた伊勢は、まだ戻っていない。
国主である上杉謙信に目通りが許されるかどうかは微妙だが、販売経路が確保されるのなら蔵元にとって悪い話ではない。――宗佑、宗太の兄弟も伊勢の趣旨に理解は示してくれていたから、雪中酒の出来上がりが良いことを祈るばかりだ。
チップが差し出した燗酒を受け取って、鐶はチップに席を勧める。
「ボクも明日は蔵を見せてもらうつもりだよ」
江戸ではちょっとお目にかかれない太い柱と梁に支えられた越後の家は、どっしりと落ち着いていて居心地が良い。外はとても寒いのに、蔵の中が薄着で過ごせるほど温かいのにも驚いた。
「‥‥僕は温泉にも行きたいな。いいよね、温泉」
カマクラで焼く餅もおいしいけれど、温泉で食べる漬物は最高だ。
その為の小壺も持参している。
高速移動アイテムの賜物か、あるいは心を尽くした説得で量を減らしたことが幸いしたのか‥‥ゆっくりと過ごせる時間はまだ残っていた。
のんびりと温泉に浸かって疲れを癒しつつ伊勢を待ち、その冒険譚(?)を聞かせてもらおう。
そういえば、皆してお土産を頼まれていたような――
雪中酒が出来上がるのは、まだ少し先の話だが。
宗佑と宗太に相談すれば、他にも美味しい地酒を教えてくれるはずだ。――温かい家と美味しいお米に美味しいお酒。
この国は、良い国だ。
とろとろと熾る火鉢の炭を眺めつつ、ぼんやりとそんなことを思った。