坂東異聞 〜かまいたち〜
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月08日〜09月13日
リプレイ公開日:2004年09月16日
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●オープニング
ひとつ、昔ばなしでもいたしましょうか。
昔と言いましても、何百年前なんてことはございません。わたくしが洟垂れの小童であった頃ですから、せいぜい20〜30年といったとこでしょうかね。
わたくしの在所――江戸というにはずいぶん辺鄙なところでございますが――に、古い寺がございまして。いえいえ、由緒あるという意味ではございません。正真正銘、土壁の剥げかけた古寺にございますよ。
まぁ、こちらの和尚が少し変わり者と申しましょうか。サイケなところがある御仁でございまして‥‥。
良く相を見るということで、方々から様々なもの――心中の手首を結んだ手拭いですとか、人の首を絞めた荒縄など‥‥そういう引き取り手のない“いわくもの”の始末を頼まれていたとの噂がございました。
まぁ、大半は他愛ない気の迷いというか、迷信の類なのですが。しかし、希に“当たり”と申しますか、“そういうもの”に行き当たってしまうこともございます。
まぁ、そう急かされずとも。どうか最後までお聞きくださいませ。追々、皆様の関心事も、出て参りますから。
‥‥ええと、どこまでお話しましたかね。そうそう、お寺に持ち込まれた“いわくもの”のお話でしたか。
そういった“いわくもの”は、お祓いを施しましてお蔵に納めていたと聞いております。わたくしもガキの時分は、そういった話を聞き込んで肝試しなどに興じたものでございますよ。――ええ、幸いとでも言いましょうか、何事もございませんでした。おかげで、こうして皆様の前にいるわけですが。
さて、ここからでございますよ。
皆様、ここのところ江戸を騒がせている辻斬りの噂は既にお聞き及びのことと存じます。
ずいぶん、凶悪な手合いだそうで。
なんでも風のように現われ、風のように消えるとのこと。用心深いというべきでしょうか、狙った獲物が犬を連れていれば犬まで斬るという周到さ。――殺し方も、ひどく酷いものでございます。聞きましたところによると、喉をひとかき。ほとんど首がとれそうなほどに、かき斬られているのでございましょう?
いっそう解せないのは、この下手人、人は斬っても懐の物には手をつけない。
正体が知れないために憶測が飛び交い、さるお武家のお試し斬りだの、乱心した食い詰め浪人だの‥‥先日の妖狐のこともございまして、江戸の市民は震え上がっております。
辻斬りと先ほどの話、どういった関連があるのか訝しんでおられますね。
それはこれからお話いたします。
こういう仕事をしておりますと、わたくしにもいろいろとツテが出来てまいります。そこで小耳に挟みましたのですよ。
件の古寺。先日の騒動の折、どさくさに紛れた押し込みにあったとのことにございます。ええ、蔵の中身をごっそりと。――納められたものの中には、けっこうな値打ちのものもございましたから‥‥“いわく”を知らぬ者には魅力的なものに見えたのやもしれません。
ええ、そうです、そうです。
蔵の中から持ち出された物の中に含まれていたのでございますよ、“かまいたち”が。
ああ、と。きちんと説明しなければいけませんね。
“かまいたち”と申しますのは、風鈴の銘にございます。――見た目は、これといって特別なものではございませんが‥‥なんでも良からぬものに取り憑かれているのだとか。元々、風と縁の深いものでございますからね。
わたくしがお話できるのはここまでにございます。
此度、この辻斬り退治を請け負われたとお聞きしております。江戸を騒がせる辻斬り、皆様、どうか収めてやってください。
●リプレイ本文
ちり‥ん――
高く澄んだ蒼穹に、かそけき音色が風を呼ぶ。
季節外れのさゆらぎはどこかもの寂しげな風情を湛え、人の心に旅愁を誘った。
賑やかな目抜き通りに面した旅籠の2階。庇に吊るされた青銅の風鈴を見上げ、菜売りは不思議そうに首をかしげる。
「‥‥おや、風鈴かい?」
前掛けで濡れた手を拭いつつ対応していた台所女中も菜売りにつられるように、そちらを見上げた。ふたり分の視線の先で、吊るされた風鈴は舌に結ばれた短冊をひらりひらりと青空にそよがせてる。
「旦那様がお客さんから譲り受けたんですよ。音色が気に入ったと仰って。――上方の商人さんだったのですけど‥‥」
菜売りに応え、女中は嫌なことを思い出したかのように細い眉をきゅっとしかめて声の調子を落とした。
「ほら、この間の辻斬りで‥‥」
声に含まれる暗い響きに云わんとすることを察し、菜売りも恐ろしげに肩を縮める。そして、今一度、気遣わしげに風鈴を見上げた。軒先の小さな鈴は、人の思惑には頓着せぬ様子でひらひらと短冊を遊ばせている。
「‥‥屋根の上は、風が吹いているのかねぇ‥‥」
●道具屋筋界隈
繁華な通りは、ひとまず平穏であるように思われた。
祭りに現われた妖狐、市中を騒がせる“かまいたち”にその他諸々。憂いのタネはいたるところに転がっていたが、時の流れは待ってくれない。大方の市民は、心に不安を抱えながらも日々の生活に追われている。
「穏やかなのは上辺だけ‥‥ってか」
忙しなく流れる街並みを眺めて吐息を落とした壬生天矢(ea0841)の独り言を聞きとがめ、雑貨屋の手代と話をしていた大男の雲水は不思議そうに顔をあげた。
「何か言った?」
何でもないとひらりと手を振り、壬生は懐から取り出した煙管にもったいぶった仕草で火をつける。にこにこと人好きのする笑みを浮かべて熱心に手代の言葉に耳を傾ける六道寺鋼丸(ea2794)が礼を言って話を切り上げるまで、のんびりと紫煙をくゆらせながら澄んだ秋の空を見上げた。
「お待たせしちゃったかな」
すれ違った子供にいっそう笑みを深くして手を振る六道寺に、壬生はぽんと煙管を叩いて灰を落とす。
「いや。何か収穫はあったか?」
「うーん。さすがに、ちょっと難しいかなぁ」
夏の風物詩にも謳われるもの。
江戸市中の風鈴をひとつひとつ当たっていれば、時間がいくらあっても足りはしない。――不知火八雲(ea2838)の言葉を借りれば、湖に放した金魚を探すよりも厄介だ。
「まぁ、でも。そろそろ季節も終わりだし。もうそんなに出回るものでもないだろうから、売買があればお店の人は覚えてると思うんだ」
「そうだな。もう2、3軒当たってみよう。――盗品だそうだし、古道具屋へ声をかけてみるのもいいかもしれん」
探索はまだ始まったばかり。
根気良く足を使って捜すのが、とりあえずの近道である。連れ立って歩き始めたふたりから少し離れた橋の袂で、風守嵐(ea0541)は絵図を広げた。質の悪い和紙の上には、風守の手で、これまでに起こった事件の現場が書き込まれている。
「‥‥犠牲になった者の間に、特に親交はなかったようだ」
雑踏の中を縫うように現われた不知火が何気ない様子で風守の隣に並び、界隈の聞き込みで拾い上げてきた情報と絵図を照らした。
「犯行が行われるのは、主に夕刻。――仕事を終えて、家路に付いたところを襲われているらしい」
犠牲者は、ほとんどが荷担ぎやフリ売りの行商人で。お店者に比べて街を歩く機会が多い分、襲われやすいのだろうと得心もいく。
「‥‥しかし、ますます下手人の動機が見えんな‥‥」
これでは手当たり次第だ、と。苦々しげな風守の呟きに、不知火もああと肩をすくめた。
物取りが目的であれば、犯す罪の重大さに比べて得られる金は微々たるもの。――第一、この下手人は懐のものには手をつけない。また、殺されるに足る恨みを買っていそうな者も皆無であった。
「だが、手がかりが全くないわけでもないぞ」
不知火がもたらした情報を新たに書き加えた絵図を眺め、風守はそこに現われた形に目を細める。
●風の縁
訪れた冒険者たちを迎えたのは、寺の若い修行僧だった。
仏間に通した冒険者たちに茶をすすめ、申し訳なさそうに頭をさげる。
「申し訳ございません、住職は湯治の為、留守にしてございまして‥‥」
高齢の和尚の為にと檀家の衆が金を出し合い、数日前に用人をつけて送り出したばかりだそうだ。戻るのは、半月後になるという。
「ええ、そんなぁ」
くらりと眩暈を感じたアオイ・ミコ(ea1462)の小さな身体をそっと支え、焔衣咲夜(ea6161)も落胆を隠せない様子で相対に出た僧に視線を向けた。
「それでは、寺から持ち出された品々についてのお話は聞かせていただけないのでしょうか?」
「拙僧に判る範囲でございましたら、お力になれるかと思いますが‥‥」
数も多く、また、蔵の荒らされようも酷いので、実のところ何が持ち出されたのかも正確には判らないのだという。
「住職様のご不在中に‥‥困ったことになりました‥‥」
思案顔で吐息を落す。
あまり困った風に見えないのは、僧侶特有の落ち着き払ったもの言いのせいか。
「“かまいたち”という名の風鈴について、ご住職から何か聞いておられないだろうか?」
所在なく頭をかいた貴藤緋狩(ea2319)と視線を交わし、天螺月律吏(ea0085)は話を切り出だした。1日使って、わざわざ出向いて来たのである。せめて、名前のいわくぐらいは聞いておかねば始まらぬ。
「‥‥かまいたち‥‥?」
はて、と。視線を宙に泳がせた僧侶は、ふと何かに思い当たった風に律吏に視線を向けた。
「‥‥それは‥‥風の魔物を招くという“いわくの品”にございますね」
「風の魔物っ?!」
「招くとは、どういうことだっ?」
突然、核心に触れた話題にぴょんと飛び起きたアオイの高い声に、貴藤も思わず膝を進める。
「呼ぶのでございますよ、風鈴が。――“かまいたち”というのは、こちらのご住職様が付けられた銘だと伺っております」
「詳しく話していただけませんか? 和尚様のご存知の範囲で結構ですから」
咲夜の言葉に神妙に首を頷かせ、僧侶は小坊主の運んできた出がらしの番茶に手を伸ばした。さて、どこから話したものかと思案するような沈黙の後、僧侶は静かに寺に納められた風鈴と、風の魔物について話し始める。
「拙僧の耳にはよく判らないのですが、風鈴の音色はひとつひとつ異なるのだそうにございます――」
風鈴に限らず、例えば、名工と呼ばれる鍛冶の鍛えた刀の全てが名刀ではないように。ものには出来、不出来というものがあり、人の好みによってもそれは少しずつ異なるものだ。
「その風鈴の音色には、風の魔物にとって何らか意味のある波長のようなものがあるのだろう、と。住職様は申しておりました」
それが彼等にとって好ましいものであるのか、不快なものであるのかまではわからないが。
「この寺に納めれる以前にも、“かまいたち”は人を殺めたのだとか‥‥」
風鈴の音に誘われて‥‥
惹かれた魔物に、鈴は何を囁くのだろう。
「―――風鈴を探さなければならないな‥‥」
ぽつりと落ちた律吏の言葉に、皆、無言のまま頷いた。
●かまいたち
「あ、そこのお兄さん。シフールの秘伝を受け継いだまじかる薬師アオイミコの薬はいらない? これを飲めば――」
口上の途中で、おもわずむふふと不気味な笑みを零したアオイに、貴藤はおいおいと肩をすくめる。
「どんな秘伝だぁ、それは」
「んもう☆ 邪魔しないでよ、せっかくお客さんが‥‥」
軽業を披露しながら興行する羽根妖精の口上に、興味深げに足を止めた者もいるにはいるが器の中身に手をつけたツワモノはいない。――すりおろした野菜を水で薄めた不気味に緑の液体は、無害ではあるが効果も不明だ。
「そんなことより。本当にここでよいのでしょうか‥‥」
暮れかかった通りを早足に家路へ急ぐ町衆を眺めて首をかしげた咲夜の問いに、六尺棒を握り締めた六道寺が油断なく周囲を見回す。
「うん。多分、この界隈で間違いないと思うよ。風守さんと不知火さんも、そう言ってるからね」
六道寺の言を受け、風守は懐から絵図を取り出して言葉に少ないに、導き出した答えを皆に繰り返した。
「‥‥被害はみなこの通りに面した場所で起こっている‥‥」
「この通りか、離れていても少しばかり横道に踏み込んだ程度の距離だ」
風守を補うように言葉を継いだ不知火に、アオイは少し考え込むように頬に手を当てて首をかしげる。
「でも、こんな人通りの多いところで目撃者がいないのって不思議だよねぇ」
「悲鳴に驚いて駆けつけた時には、もう下手人の姿は見えないそうだ。角を曲がったほんの一瞬というコトもあったらしい。――まさに神出鬼没だな‥‥」
賊の正体が魔物であれば、得心も行く。
顔をしかめた律吏の隣で、貴藤も腕を組んで考え込んだ。
「喉を狙うのは一撃で殺害するため、犬まで殺すのは――」
ちり‥
かそけき音が呼ぶ。
おだやかに凪いだ黄昏の空に、人知れず風が集いはじめた。
‥‥ちり‥ん‥‥
どこか寂しげな郷愁を想わせる小さな音は、風の流れに聞き耳を立てていた壬生の耳にも幽かに響く。
「‥‥‥‥‥鈴‥‥?」
つと、顎をあげた喉元に。
何の前兆もなく巻き起こった淡い緑の旋風が、白々と冷たく冴えた牙を剥く。刹那――
「‥ッ!! 危ないっ!!!!」
咄嗟に突き出された不知火の腕に突き飛ばされなければ、無防備にさらされた喉は、容易く切り裂かれて血を吹いていたに違いない。これまでの犠牲者たちと同様に。
「喉を切り裂いたのは、そういう理由かっ?!」
畜生、と。叫んで六尺棒を構えた貴藤に倣い、風守も手裏剣を構える。律吏も闘気の剣をつくり出そうと足を止めて掌に念を集めた。
紙一重で得物を血祭りに上げそこなった旋風は、怒りの咆哮をあげ身を翻す。身を包む淡い緑の光が炎のように揺らめいた。
怒りに燃えた双眸が目の前の敵を睥睨し、刹那、光は殺意を秘めた風となる。
誰よりも早く、的確に。辛うじて身を躱した不知火の衣をそよがせ駆け抜けたかまいたちは、念の集中に足の止まった律吏を切り裂いた。薄暮にぱっと鮮血が散る。
「えーいっ!!」
握り締めた2本の矢を弓も使わずに投げつけたアオイに、風守も握り締めた手裏剣を風の纏うた魔物を狙う。投げられた凶器は、だが、淡く輝く風に弾かれて軌道を外れた。
――カ‥‥ァ‥ッ!!
威嚇とも取れる音を発し、旋風は身を翻して不遜な敵に襲い掛かる。
「きゃあっ?!」
ひらりと身をかわしたアオイの鼻先をかすめた刃は、そのままの勢いで遅れた風守に牙を向いた。
ガ‥ッ!!
衝撃を受け止めた六尺棒が、一瞬、たわむ。
渦巻く気流を渾身の力を込めて押し返した貴藤は、旋風の中に1匹の狐の姿を認めた。――否、狐に良く似た別の生き物。前脚に巨大な鎌状の爪を有した異形の獣。
「‥‥‥かまいたち‥か‥‥」
呆然と呟いた貴藤の後ろで、数珠を握り締めた六道寺が神の加護を祈って呪文を唱える。少し離れた後方で咲夜も、幸運を神に祈った。六道寺の癒しを受けて、改めて半透明に輝く剣を作り上げた律吏も、体勢を立て直し抜刀した壬生とともにかまいたちと対峙する。
風の魔物とは、よく言ったもので。動き出したかまいたちを追える者はいなかった。剣の腕には覚えがあっても、避ける訓練を怠った弊害か――太刀で受ければ、攻撃に転じる余裕がない。
‥‥‥ちり‥ん‥‥
張り詰めた緊張に、風鈴の音色が大きく響く。
「どこだっ?!」
操る者がいるのなら。
あるいは、風鈴が魔物を呼ぶのなら。この近くに、風鈴があるはずだった。
「あそこっ!!」
油断なく周囲を見回した不知火に、アオイが商家の2階を指差す。大きく開け放たれた窓の側‥‥少し年期の入った軒先に青銅の風鈴が揺れていた。
「来るぞっ!!!」
「くそっ。ちょろちょろと目障りな‥‥」
歯噛みした壬生の眼前で、風が薙ぐ。
ちり、と。頬に小さな痛みが走った。刹那――
カァ‥‥ン‥
甲高い金属音が大気に響いた。
衝撃はなく。受け止めようと刃を立てた剣は、さくりとやわらかに霧散した風の流れを切った。
吊るされた風鈴の紐を狙った不知火と。
風鈴そのものを狙った風守と。
空中でふたつに割れた青銅の鈴は、刻の止まった空間をゆっくりと屋根を転がって滑り落ち、大勢の人間に踏み固められた街道に澄んだ金属音を響かせる。
「‥‥‥かまいたち‥は‥‥?」
貴藤の独白にもとれる小さな問いに、壬生は黙って首をふった。繋ぎ止める柵の喪失と同時にアレは正気を取り戻し、あるべき世界に返ったのだ、と。
「‥‥こわれてしまったの、ですね」
ゆっくりと近づいた咲夜は、そっと割れた風鈴を拾い上げる。ひやりとした質量のある金属製の、それはどこにでもある風鈴であるように思われた。
「どうするの?」
アオイの言葉に、咲夜はうっすらと微笑む。
「‥‥あの寺にもって帰りましょう。供養して納めてやれば‥」
はからずも“いわく品”となった風鈴は、今度こそ静かに眠れるだろう。
「うん。そうだね。‥‥それがいいと思うな‥‥」
咲夜の提案に、異を唱える者はいなかった。
=おわり=