甘栗、勝ち栗
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月18日〜09月23日
リプレイ公開日:2004年09月25日
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●オープニング
「――松茸は、お好きですか?」
唐突に切り出され、口入係の前に集まった者たちは絶句した。
好きか、嫌いか。そんな判断ができるほど、頻繁に食卓に上がる食材ではない。――季節ものだし、何より値が張る。
「栗はいかがです? 松露は? あけびは? 仏手柑はっ?」
なにやら勢い良く畳み掛けられ係の正面に座っていた者は、目を白黒させて思わず腰をひきかけた。そもそも、いちいち旬の味覚にこだわって日々の生計が成り立つほど、懐事情は豊かではない。
返す言葉もない冒険者たちを前に、ふと我に返った口入係は、こほんとワザとらしい咳払いをひとつ。
「‥‥新しい依頼でございます‥‥」
と、おもむろに大福帳を読み上げた。
依頼主は、とある料亭。
名前は明かせないが、凝った料理と目の玉が飛び出るほど高いおあしで有名な老舗である。
先の重陽の節句の折など、菊酒1杯に10Gの値がついた。――庶民には手も足もでない。もちろん、今ここで雁首揃えて話を聞いている者たちの中にも、笑顔で敷居を跨げる者はいないだろう。
「――まぁ、高いのには、色々と理由もございます」
冒険者たちの表情にはんなりと苦い笑いを浮かべ、口入係は話を続けた。
高いのには、それなりの理由がある。
野菜なら江戸郊外の直営農家で、地物の倍の手間をかけて丹精込めて育て上げ、魚も河岸を通さず出入りの漁師から買い付ける−など。ただ、高いだけではなく、味や見栄えにもそれなりの精は込められているわけだ。
「さて、皆様にやっていただくことですが‥‥」
と、口入係は大福帳の記述を読み上げる。
この料亭、江戸市中より1日ばかり離れたところに、山をひとつ所有していた。
行楽地ではもちろんなく、山菜や山鳥など食材を得るための場所で‥‥秋ともなれば栗や松茸など、豊富な山の幸が江戸の美食家たちを愉しませる。
今の季節は、文字通り宝の山だ。
それが――
「熊にございますよ」
集まった冒険者たちを前に、口入係は声を顰める。
来たるべく冬に備えて肥え太ろうと活発に動き始めるのは、自然の摂理。――問題は、そこに人の活動範囲が被ってしまうことで‥‥。
「まぁ、熊も生きていかねばなりませんからね」
手放しで責めるのは酷というもの。ただ、人間の方にも譲れない諸般の事情というものがあるわけだ。
「問題は、山の管理を任されている者が熊に襲われてしまったコトにございます」
ただ襲われただけなら、ちょっとした災難で済んだのかもしれないが――
悪いことに襲われた者にも多少、やっとう‥‥というか、戦いの心得があり、熊の方にも手傷を負わせてしまった。そうなると、話は少しばかり厄介で。
「手負いの獣というのは恐ろしいものにございますからね」
手傷を負って、餌が取れない。より楽に得られる餌を求めて、里山の方へ下りてくる。当然、よろしくない出会いの機会も増すわけだ。気も荒くなり、人への不審や敵愾心も並みではない。また、楽に餌を取ることを覚えれば、そちらに靡いてしまうのもよくある話。
気遣わしげな憂い顔のまま、口入係は集まった冒険者たちを見回した。
●リプレイ本文
紅葉狩りには少しばかり気の早い秋の山。
黄味を帯びた緑を足許に見下ろし、アイリス・フリーワークス(ea0908)はのびのびと四肢を伸ばした。
「やっぱり、お空は気持ちがいいですよ〜♪」
重い荷物を背負って、遠路はるばるえっちらおっちら。時折、猫目斑(ea1543)の驢馬くんの背中に乗せてもらったり‥‥とにかく、制約なく空を飛ぶことができるのは嬉しい。
そんなアイリスにやわらかい微笑を送り、農家の濡れ縁に座った御神楽紅水(ea0009)はほんの少し表情を引き締めて山の管理を任されているという土地の猟師に視線を向ける。
「‥‥それで、えっと‥‥いろいろ聞かせてもらいたいんだけど、いいかな?」
こちらも斑が見舞いにと摘んできた萩の花から視線を戻し、猟師はうむと頷いた。ざっくりと頬を抉った爪痕が痛々しい。絞め殺されるのも遠慮したいが、爪に引っ掛けられて八つ裂きにされるのもアレだ。
「熊、ですか‥‥」
「――クマったもんです」
クマだけに、と。藤野咲月(ea0708)の吐息を先回りして。お茶うけに出された甘柿を楊枝で突き刺した陣内晶(ea0648)は、グリューネ・リーネスフィール(ea4138)の視線にすました顔でこほんとひとつ咳払い。――ようやく日本語に馴染み始めたばかりのグリューネには、少しばかり高度だったかも。
「‥‥最近では昼間も里近くまで降りてきているとか‥‥村の者は難儀しております」
頬の傷にちらりと手を触れ、猟師は無念そうに息を吐く。こちらは通じなかったワケではないと思うが。
山も畑も実りの季節。どちらも不作ではないのだが――里の方が、手間も掛からず栄養価の高いものが多いとなれば、そちらを選ぶのは野生の本能。
8尺(約2.4m)を超える大きな熊の出没に、村人たちは戦々恐々。運の悪い遭遇を数回繰り返し、熊はすっかり人間がさほど強くない‥‥ちょろい相手であると認識してしまったようだ。
熊にとっても、人にとっても死活の問題。可能であれば山奥に追い払うなど、穏便に済ませたいところだが。
「‥‥可哀相だが、始末するのが次善の策か‥‥」
不知火八雲(ea2838)の言葉に、しんみり湿っぽくなってしまった空気を振り払うように立ち上がった陣内が、ぱんぱんと景気付けに手を叩く。
「と、いうワケで、諸君。秋の味覚を堪能する為‥‥じゃなくて、退治の手間賃‥‥けほっ‥‥困っている皆さんの為に頑張りましょうっ!!」
ぽろりと本音が出てしまったが。秋の味覚の誘惑は、陣内だけでなく、グリューネ、アイリス、斑にとっても、やっぱり無視しがたいものがあるようで。
「熊肉だって食べられますわよね」
既に熊肉まで持ち帰る気満々のグリューネであった。――因みに、仏教による浄・不浄の概念を色濃く受ける日本では、獣の肉は禁止こそされてはいないが公にはあまり良い顔をされぬ食材である。
●くまったクマの見つけ方
ちりりん、と。
下生えの茂る秋の山道に鈴が鳴る。
狐に猩々、山犬、山鬼。秋のお山は危険がいっぱい。――互いの領分に近づかぬのが、不文律ではあるけれど。冬への備えが最重要課題の今の季節は、往々にして不幸な事故が起こりやすかった。
そんなわけで、対策、其ノ壱。
「普通の獣は、耳慣れぬ音には近づかぬそうだ」
江戸を発つ出掛けに求めた小さな鈴を仲間に配り、不知火が説明する。――山にいる熊の全てが、人を襲う熊ではないだろうから。避けられる遭遇は、避けた方が互いの為だ。
「それから、漆や櫨は触るとかぶれるから要注意‥‥」
その言を遮って、とてつもない絶叫が響き渡る。
見回せば、毒々しい極彩色の茸が切り株の影で、耳障りな大音声を上げていた。駆けつけた紅水が、小太刀でプスリと突き刺して悲鳴を止める。
「大紅天狗茸だね。ちょっとうるさいけど大丈夫。――これは食べられるんだよ」
熊を誘い出す餌になるかもしれない。熊の大好物だという蜂蜜を手に入れようと探した紅水だったが、こちらは残念ながら熊の餌にするには、値が張りすぎた。
珍しいものより日頃食べなれているものを餌にしようという冴刃音無(ea5419)の提案で、山歩きの知識や食べられる植物についていくらか見識のある者が手分けして食べられそうな木の実や茸などを集めて回る。
「こっちは異常ありませんよ〜♪」
上空から周囲の様子を見張るアイリスと連絡を取りながら猟師の心得を生かして熊が残した痕跡を追っていた冴刃は、手頃な場所を見つけて担いでいた鍬を下ろした。
「この辺でいいかな‥‥」
膂力、腕力ともに人間をはるかに凌駕するクマに対抗する手段。それは、悪知恵‥‥もとい、人間の叡智をおいて他にない。
親友の咲月、そして、熊退治に名乗りをあげた勇ましい女性たちの手前、少しでも頼れるところを見せようと果敢にも落とし穴堀りに名乗りをあげた冴刃である。咲月はもちろん、応援。
斑、不知火のふたりは忍びの心得を生かして、綱と網、鳴子などを使って冴刃が作業する地点の周辺に細かな罠を設置した。
クルスソードを十手に持ち替えたグリューネは油断なく得物を構え、紅水、陣内とともにクマを警戒して周囲の哨戒に当たる。
「いつクマが飛び出してきても大丈夫ですわ」
クマを相手にするなら、十手よりもクルスソードの方が間合いを広く取れる分、有利だと思えるのだけれど。
熊の餌になりそうなあけびを採っていた紅水は、ふと足を止めて空を見上げる陣内に気付いて首をかしげた。
「‥‥陣内さん?」
視線の先には、ふよふよと高みからクマを探すアイリスの可愛らしい姿‥‥当然、下から見上げることになるわけで―――。
「‥‥‥‥‥‥」
無言の裡に顔を見合わせ、紅水とグリューネはこくりと頷く。ちゃき。と、小太刀の鯉口の切られる剣呑な響きに、陣内はふるふると盛大に首を横にふった。
「べ、別に下から覗けたら嬉しいなんて、期待していたワケじゃないですよ」
「問答無用――――っ!!!」
正眼に構えた白刃が振り下ろされようとした、刹那。
カラン、カランと鳴子が揺れた。
●甘栗、勝ち栗
投げられた手裏剣が大きな身体に突き刺さる。
怒りの咆哮をあげた獣はうるさい羽虫を追いはらうように太い腕を振るい、小生意気な人間に襲い掛かった。
明らかに殺意のこもった兇爪を一重で躱し、冴刃は抜いた忍者刀でクマに立ち向かう。正面には立つまいと気をつけようと心に決めていた陣内だが、まさか女性に対峙をお任せするわけにもいかず、罠への誘導を買って出た。――何より、アイリスのスカートを下から覗こうとしていた現場を押さえられた上に役立たずでは後が怖い。
ゆらゆらと間合いを取って刀身を揺らす構えは動くものを追う獣の本能には、なかなか有効であるらしく、大外から打ち込む剣の運びも、クマの爪にかかる危険を避けられる。
そうやって時間を稼いでいるうちに、
「タロン神の力を借りて。今、必殺のブラックホーリーっ!!」
グリューネの神聖魔法、アイリス、紅水の精霊魔法も完成し、斑の弓矢、咲月、不知火が放つ手裏剣もジワジワと強靭な相手の体力を削り取り‥‥。
バッサリ、バッタリ、気持ち良く。
思い描いた理想とは少しばかり様子が違っていたような気もするが、ひとまず依頼を果たした彼らであった。
■□
「松茸の土瓶蒸しは好きです。でも、栗ご飯はもっと好きですっ!」
栗ご飯がたんと盛られたお茶碗を前に、グリューネが力説する。
熊肉と料亭の味を物々交換。は、流石に無謀な取引だったが。熊を退治した勇者たちには、村人たちの謝辞と賞賛が待っていた。
今が、旬。
そして、地の物といえば、もちろん秋の味覚。――江戸の老舗が直接買い付ける高級食材を採ったその場で調理する。思えば、これも相当な贅沢だ。
最高級の栗に松茸。
栗ご飯、松茸ご飯、土瓶蒸し、焼き栗、焼き松茸。苦労して倒した熊の肉に、なぜか大紅天狗茸も食べ放題。――シイタケに良く似た味は、目の前に松茸がなければ好評を博したかもしれない。
「日本の秋は、美味しい季節です〜」
祖国と比べしみじみと堪能するアイリスに、咲月も重々しく首を頷かせる。
「ええ。松茸は今しか食べられない秋の味ですもの。頑張った甲斐がありましたわね、音無様」
「ああ。特に働いた後の飯は美味いからな」
「まったくです」
人使いの荒い親友に顎で使われた冴刃と、痴漢未遂の罰に後片付けを押し付けられた陣内と。掘った穴、仕掛けた罠も全て外して元通り。確かに、かなりの動労だった。
「甘栗が出来ましたわ」
栗を分けてもらって腕試しに作った試作品を盆に捧げて調理場から戻った斑に、紅水と不知火も手を伸ばす。
料亭の味とはいかないが、心のこもった料理は美味しいものだ。
心行くまで秋の味覚を堪能し、感謝の言葉にお土産まで包んでもらえば笑顔がでないはずがない。
ほっこり温かな土のにおいに送られて、江戸へ向かう足取りはいつも以上に軽やかだった。
=おわり=