召しませ、愛情♪
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月21日〜09月26日
リプレイ公開日:2004年09月30日
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●オープニング
赫々と熾った炭の上、鍋が煮え立つ。
ぐつぐつと音を立てて泡立つ鉄鍋の中身は、どろりとあやしい緑色。
涙腺を刺激する強烈な青臭さが漂う厨房にうら若い娘が数名、きりりと果敢な襷姿で忙しく立ち働いている。
「できたわっ!!」
菜箸を器用に使い鍋の中身を皿に移していた娘がひとり、華やかな歓声をあげて毒々しい紫色の塊を大量に盛った藍皿を掲げた。その口調と表情は、この世のモノとは思えない無残な料理を前に、いっそ誇らしげにすら見える。
「見て、見てっ! 私の今年の苦茄子料理♪」
「あ〜ら、私だって。今年はすりおろしただけの苦豆青汁で直球勝負よっ☆」
擂鉢を抱えてごりごりと一心に擂粉木を動かしていた娘が額に落ちかかった髪をかきあげ、こちらも会心の笑みを浮かべた。
どんと並べられた料理をしげしげと見比べ、娘たちはしばし沈黙。そして、勘に耐えかねたといった様子で一斉に横を向く。
「「「いや〜ん、ま・ず・そ〜〜うっっ!!」」」
不味そう、ではなく。まず間違いなく、不味い。
毒だってこれよりはマシ。と、思えるような凄惨な料理の数々を前に、少しもめげた様子もなく、顔を見合わせてにっこり。
「でも、これなら‥‥」
「ええ。今年の秋祭こそ、絶っ対に、愛しのあの人を『降参』させてみせてよっ!」
巻き起こった若い女性特有のけたたましい笑い声に追い立てられ、中の様子を伺っていた男はこそこそとその場を離れた。
■□
江戸から街道沿いに1日ばかり歩いた先に村がある。
遊山の絵図には載っていない小さな村だ。これといって特筆するべきもののない村であったが、ひとつだけ。他の村にはない特産品を持っていた。
苦茄子と苦豆、苦きゅうり。
見た目はごく普通の茄子と大豆なのだが。味の方は見た目を裏切り、とにかく不味い。手を加えれば加えるほど、匂いも味もいっそう強烈になるという根性曲がりな野菜たちである。
‥‥が、この野菜たち。味はともかく、非常に栄養価が高く保存も利くのだ。さる武将が戦時中の兵士の糧になりはしないかと研究したとの逸話もある。――因みに、その計画は出来上がりのあまりの不味さに逃げ出す兵士が続出し、頓挫したということだ。
そんなワケで、村では長らく秋の実りを土地神に感謝する祭りの捧げモノとして豊作を祝い、長い冬を乗り切ろうという、縁起物以上の価値はなかったのだが‥‥。
ところが――
いつの頃からか。マズさのあまり食べられず『降参』した男は、その料理を作った女の願いをなんでもひとつだけ聞く―という、女性たちの一方的な告白祭事へと趣向が変わって行ったらしい。
“ぎるど”に張り出された依頼は2件。
ひとつは腕によりをかけて不味い料理を提案してくれる女性。
そして、いまひとつは‥‥ひとりでも標的となる頭数を増やすため、一緒に不幸になってくれる男性。
「まぁ、それほど深刻にならずとも。――話のタネに冷やかしにいってみるのもよろしいのではないでしょうかね‥‥」
ずいぶん簡単に言ってくれる、と。
あっけらかんと話を括った“ぎるど”の係に、冒険者たちは顔を見合わせて肩をすくめた。
●リプレイ本文
天高く、馬肥ゆる秋。
刈り入れの終わった田畑に赤とんぼが舞う。
のどかでおおどか、絵に描いたような田舎の田園風景。――どこからか聞こえる祭囃子も小憎らしいほど平和であった。
あくまでも、表向き‥は‥‥。
●駆け付け、いっぱい☆
世の中に 絶えて妻子の無かりせば 今の心はのどけからまし (『仁勢物語』)
世間には、そんな戯れ唄を詠んだ強者がいたとかいなかったとか。
イスパニアの騎士サラード・エルヴァージュ(ea4376)の境地は、限りなくその心に近かった。――背中の羽根をぱたぱたさせて嬉しげなフィアーラ・ルナドルミール(ea4378)は、妻でも子でもなかったけれど。
「ご主人様にぃ、食べてもらうんだからぁ♪」
腕によりをかけて頑張っちゃうぞぉ☆−と、いつにないやる気と意気込みに燃える従者に、頑張れよと微笑む顔がなぜか引きつる。エルヴァージュだけでなく、隣に座ったロシア生まれの魔法使いアーク・ウイング(ea3055)の顔色もやっぱり冴えない。
穏やかな陽光に、青い空。
暑くもなければ、寒くもなく。戸外で過ごすには、気候も天気も、最高の季節でもあるのだが‥‥。
「鼻が曲がる‥‥」
緋毛氈を引いた野点台に腰を下ろしたエルヴァージュがぼそりと呟く。
一巾の絵にも喩えられる美しい秋の情緒を激しく害する強烈な臭気――青臭く、どこか苦さと酸っぱさの入り混じった野菜の匂いが、村全体に満ちていた。
「匂いだけで気持ち悪くなりそうだよ〜」
野菜の匂いだというのは、判る。
と、いうより、なんとなく味の想像がつく匂いであるから厄介だというべきか。――モノは豆であり、茄子であり、きゅうりである。
ただ、何やら激しく不味そうだというだけで‥‥。
「――早まったかもしれん‥‥」
いつもなら守りを固めるよりも打って出る攻撃性を重視する威勢の良さが身上の貴藤緋狩の視線は何やら宙を泳いでいるし、年長者らしく落ち着き払った八幡伊佐治も鷹揚に構えた余裕の裏に相当な努力を強いられているようだ。
と、そこへ――
「いらしゃいませ〜♪ 遠いところをようこそお越しくださいました♪」
晴れ着に身を包んだ村の娘が華やかな笑顔と一緒に、お盆を捧げてやってくる。朱塗りの盆には、急須と茶碗。そして、瀬戸物の器に盛った怪しい物体‥‥
「こ、これは‥‥っ?!」
一段と強烈になった臭気に、背筋に不吉な予感を感じたエルヴァージュが腰を引く。はい、ご名答‥‥と、言うべきか。返ってきたのは極上の笑顔。
「はい。苦茄子と苦きゅうりの糠漬けです☆ まずはおひとつ」
「ちょっと待て。話が違う」
“ぎるど”で受けた説明によると、恋人‥‥あるいは、告白する女性が出した料理を食べるのだと聞いていた。
藤野羽月の抗議にも村娘はにこにこと笑顔を崩さす、皆にお茶を配って回る。そして、器に盛った漬物もしっかりと差し出した。
「ええ、もちろんそうですよ。――でも、これは縁起物ですから☆」
豊作を祝い、来たるべく冬に備えて景気をつけるのが、祭の趣旨。来訪者には恐怖の野菜でも、村にとっては大切な神事の象徴である。
まずは、ひととおり口に入れるのが礼儀というか、お約束。
どうぞ。と、悪意のない笑顔で差し出された漬物は、野菜の匂いだけでなく糠漬独特の匂いも混ざり、外国人であるエルヴァージュやウィングにはもはや拷問に近いものがあった。思わず背負い袋にリカバーポーションの存在を確かめたエルヴァージュである。――リカバーポーションよりも、解毒剤が要るかもしれない。
●乙女心と秋の空
実のところ、榊朗(ea1465)は料理があまり得意ではない。
きっぱりはっきり“苦手”だと言ってしまった方がいっそ気持ちは楽になるくらいの腕前だ。――といっても、今回は、料理の腕前を競うものではないので、気負いも何もないのだけれど。
「いやはや、世の中にはいろんな食べ物があるものね」
半ば感心、半分は呆れながら案内された百姓屋の土間を見まわす。今年の料理会場にと提供された百姓屋には、若い娘ばかりが何やらきゃぁきゃぁあはしゃぎながら‥‥それでも真剣に料理に取り組んでいた。
愛しいあの人に想いを伝える為とくれば、やはり気合が入るのだろう。
「ご主人様にぃ、遊びに連れて行ってもらってゆーかぁ‥‥」
とびきりの笑顔で誘って欲しいってカンジぃ。叶えてもらうお願いを口に出しつつ、フィアーラはふよふよと山と詰まれた野菜に近づく。
「う〜んとぉ。ご主人様の大好きなぁ、ガルバンソス・エン・プチェロを作っちゃうってカンジぃ」
ガルバンソス・エン・プチェロ――すなわち、イスパニア版、豆の煮込み。
莢に入った豆を握り締めて宣言したフィアーラに負けじと、リラ・サファト(ea3900)も豆に手を伸ばした。彼女の生まれ故郷であるビザンチン帝国でも、豆はよく使われる食材のひとつである。――流石に、こんなあやしい豆はなかったけれども。
「こちらに来てからはジャパンのお料理ばかりでしたから‥‥」
だって、ここは日本だもん。
‥‥という、ツッコミはとりあえずなしの方向で。
今回は故郷の料理を、日本風にアレンジして望むつもりだ。まずは、莢から出して茹でた豆を裏ごしするところから始める。
「羽月さんは薄味がお好きですから‥‥」
切った茄子の水気を拭いて油で揚げる朗の隣で、白雪のような金髪を三角巾で覆った割烹着姿の丙荊姫(ea2497)も無表情に焼き茄子を作り始めた。
「焼き茄子はお酒に合います」
酒好きの貴藤の為に、一生懸命考えた献立である。――普通の茄子なら感涙ものだが、焼け焦げた皮の間から漂う匂いは芳ばしいを通り越して怪しさ満点。別の意味で、泣けそうだ。
「‥‥って、ゆーか。なんかもう、そんな問題じゃないわよね‥」
色艶を良くする為、上げ油から顔を出さないようにと菜箸で茄子を押さえていた朗が涙目で呟く。――立ち上る湯気が目に滲みるなんて、初めて知った。
時間がない。の、ひとことで水にも浸さず茹で上げた半煮えの豆に、茄子を丸ごと放り込んだフィアーラの鍋は恐ろしげな緑色の泡が立っている。
「このままだと苦いんだよねぇ‥‥」
味を確かめようときゅうりの端を齧って、地獄を見た記憶は新しい。なにか良いものはないかと見回した視線に飛び込んできたのは、甕に入った赤い果実。――何やら酸っぱい匂いが立っていた。
「‥‥果物っぽいしぃ、入れちゃえってカンジぃ」
梅干まで投げ入れて‥‥もはや、行くところまで逝ったってカンジ‥‥。
豆のスープに隠し味のどぶろくを景気良く注ぎ込み、リラも次の料理に取り掛かる。
酢上げした茄子を細かく刻み、豆といっしょにご飯に混ぜ込み‥‥採れたばかりの新米がたちどころにあやしい匂いを放ち始めた。
「そして、ここに朝買ってきた‥‥」
背負い袋に腕をつっこんで荷を漁り、目当てのものを探り当てたリラはにっこりと笑顔をつくる。
「じゃーん。アサリです♪」
これを先ほどのご飯と炒め、パセリがないので同じ緑のお抹茶‥‥は、高価だったのでお茶っ葉を細く刻んで散らした。
「‥‥リラ‥さん?」
日本人としてここはとりあえずツッコんだ朗に、リラは大丈夫だと胸を張る。
「羽月さん好きですし、お抹茶」
それとこれとは話が別だ、と。思ったかどうかはおいといて、自分がひとまず常識人だと安堵した朗だった。
●召しませ、愛情♪
「ご主人様〜受け取ってぇ〜」
見つけたお酒を景気づけにぐいっと一杯。超ご機嫌な酔っ払いモードでよたよたと皿を運んでくる従者をエルヴァージュは祈るような気持ちで見つめる。
羽根妖精の規格にあわず持ち上げ損ねてぶちまけた隠し味にどっぷり浸って異臭を放つ怪しい料理――苦豆使用の自称ガルバンソス・エン・プチェロは、エルヴァージュの認識する料理の許容範囲を超えており‥‥つか、これを祖国の郷土料理と公言するのはどうかと思う。いっそ、製作者以外は理解不能の芸術品だと言ってくれた方が納得できるような気さえして、少し気が遠のいた。
「‥‥‥‥‥」
これでは、いかんと気を取り直し。いつもの倍以上をかけた食前の祈りの後、いただきますと決死の覚悟で、まずはひとくち。――冥土の川が見えた気がした。
エルヴァージュの食わされた物に比べれば‥‥。
男と女の丁々発止の恋(?)の駆け引きの他に、男と男の意地をかけた熱い戦いに臨んだアークの前に出された朗の料理は一応、食べられるものであるように思われた。
苦茄子の揚げ出しつゆ浸し。
「さぁ、召し上がれ☆」
普通の揚げ出しには考えられない目に滲みる青臭さにも物怖じする風もなく。ふたりの犠牲者‥‥もとい、挑戦者に笑顔を向ける。
ちらりとお互いの顔を見合わせて生唾を飲んだウィングと八幡であった。が、男の意地に、“ちょっと早めの大人体験・花街セクシー美女とムフフツアー”が掛かった熱い戦い。‥‥お互いに負けられない。
「ようは、味を感じるよりも早く食べればいいんだよね」
ゆっくり食べるのが致命的だと考えてのウィングの作戦。――普通の揚げびたしならこの作戦は間違っていないはずだった。
ところがどっこい。
歯ごたえ、舌触り、喉越し、そして、口にいれたとたん刺激さえ感じる異様な臭気。もはや咀嚼以前の問題である。
「‥‥ぐ‥‥く、食えるとも‥っ」
言葉もなく野点台に突っ伏したウィングの隣で、八幡も脂汗を流して端を握り締めた。
「あら、もう降参?」
あたしの勝ちかしらねぇ、と。晴れやかな朗の声に気を取り直し、花街の美女を瞼に思い描いて勇気を奮う。
「‥‥ま、まだまだ‥負けません‥‥」
明るい未来は、果たしてどっちにあるのやら。
毒があることを承知して河豚を食した古人は偉大だと思う瞬間。
後回しになるほど不安は募る。――苦い野菜の基本の味は、縁起物の糠漬け試食で体験済みだ。その分、想像が豊かになるということか。
お酒と一緒に焼き苦茄子の皿を運んできた荊姫を迎えた貴藤の顔は、笑顔ではあったが引きつっていた。――お酒の方は、藤野に手料理を運んできたサラのアサリと同じく荊姫の持ち込みであるので、村の特産品とは関係ない。できれば、野菜とは関係のないところでお目に掛かりたかったというのが、男たちの偽らざる本音だろう。
「‥‥お、旨そうだなぁ‥‥」
はははと笑う声が虚ろだ。
渡そうと用意した“桜に小鼓”のかんざしを思い描いて、“完食したら”という但し書きを削除して正解だったと心底思う。
荊姫の愛情(?)の篭った手料理。ここは意地でも完食事したい。完食したいのだが、何やら気が遠くなってきた‥‥。
「‥‥貴藤殿?」
動きの止まった男に荊姫は不思議そうに小首をかしげる。
お願いなんでも聞くから勘弁して。思わず口走ってしまった者がいても不思議ではない。――祭の起源が容易に想像できてしまえる瞬間だ。
「‥‥お願い、ですか‥‥?」
次々と音を上げる男たちを前に嬉々としてささやかな願いを口にする娘たちを眺めて、荊姫は思案げに頬に手を当てる。
「特に欲しいものはありませんし‥‥困りましたね」
それよりも、とんでもないものを食べさせてしまった申し訳なさでいっぱいだ。
「貴藤殿にお願いの権利を譲るというのはダメでしょうか――」
ひと口ごとに鈍くなる主の所作を、勝利への期待で眸をキラキラさせながら見つめているどこかの羽妖精に聞かせてやりたい謙虚さである。
「如何ですか? レシピどおりに作ったので、間違いはないと思うのですけど‥‥」
おっとりと訊ねるリラの問いに、藤野は落ちそうになる顎を意思の力で抑えて笑顔を作った。
恋人の手料理といえば、多少味は悪くても美味しく感じるのが世の倣いだと思っていたのだけれど‥‥決して、愛が足りないとか、そういうコトではないと力説したい。
「‥‥‥う‥‥うま‥‥うま‥‥」
美味い。の、ひとことがこんなに難しいとは思わなかった。――藤野が正直ものなのではなく、単に、舌が痺れてうまく回らないだけなのだが。
「あの‥‥大丈夫ですか?」
どんどん顔色の悪くなる藤野の前で、リラは心配そうにその顔を覗き込む。
「帰る時、もたれてくださって良いですから‥‥ね?」
支えますから。怪我の功名というべきか。ふたりの距離は、いっそう縮まった様子。身体に悪くはないと聞いてはいるが、心配だ。
「お願いですか?‥‥名前を呼び捨てで呼んでくだされば‥‥」
初々しくて大変よろしい。
「うふふ。どうやらあたしの勝ちみたいねぇ」
遂に敗北を認めたウィングと八幡を見回して、朗がにっこりと勝利を宣言する。
不味い料理を出して勝ち誇れるのも珍しい。――尤も、今回は料理の腕ではなく、食材が悪かったのだ。そう、料理の腕は関係ない。‥‥たぶん。
「そうねぇ、大人のデート、1日コース。費用は伊佐治さん持ちね。――やっぱり早い方がいいわよね」
口惜しがるウィングに片目を閉じて、粋な提案を口にする。
「‥‥すまない。どうやら、僕も降参のようだ」
最後のひと口を残して匙を置き、エルヴァージュも負けを認めた。
顔面蒼白。脂汗たらたら。それでも微笑を忘れない、さすがはレディ・ファストの騎士さまである。
あとひと口。うんと無理をすれば食べられないことはないような気もするが‥‥遂に力尽きたということか。
ぱぁと顔を輝かせたフィアーラが、お願いを告げようと開いたその口へ――
「さあ、お前も食べなさい」
遠慮するな。の、極上の笑顔と一緒に。
「○†×△◎★§∽¶@*£―――っ!!!!!!」
ご主人様の面目躍如。
とりあえず、威厳を保つのにはなんとか成功したエルヴァージュに、周囲から快哉と賞賛が向けられたのはいうまでもない。
=おわり=