飛脚の受難
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月25日〜10月30日
リプレイ公開日:2004年11月03日
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●オープニング
古今東西、
よろずの問題、見事、解決いたします――
誰が囃し出したのか。江戸の賑やかな通りに居を構える“冒険者ぎるど”は、終日、人で賑わっていた。
物珍しさに誘われて、話のタネに覗きに来た者。手に余る大問題から、己で始末するにはちょっとばかり面倒くさい細々とした頼みごとまで‥‥多種多様な依頼を携えてやって来た者。そして、その依頼を食い扶持にと仕事を探しにきた冒険者。
日増しに涼しさを増す秋の気配に抗じるかのように、板張りの堂内は熱気に満ち溢れている。
その人込みを掻き分けて、番台の前に腰を下した男に受付係は目を丸くした。
藍の前掛けに、屋号の入った印半纏。ねじり鉢巻をきりりと締めたなかなか男っぷりの良い若者である。
男っぷりは悪くない。
悪くないのだが、何やら様子が尋常でない。――擦り傷、掻き傷、打撲に、挫傷。頭髪がの一部がやけに短いのは、毟り取られた痕だろうか。痴話喧嘩のなれの果てに見えなくもなかったが、ボロボロである。
「‥‥‥ええ‥と‥‥」
さてなんと声をかけるのが適切か。
一瞬、視線を浮かせた係りの者に、若者はおずおずと切り出した。
「わっしは、江戸市中にて飛脚を生業といたしております伝助と申すけちな野郎にございます」
「‥‥はあ、伝助‥さん、ね‥‥」
ワケのわからぬまま、係りの者はとりあえず筆の先に墨を湿らせ、大福帳に伝助と記入する。
喧嘩の仲裁。
あるいは、仕返し‥‥やっかいな依頼でなければ、いいのだけれど。そんな虫のよいコトを考えていた受付係りは、ぽつりぽつりと話し始めた伝助の話に首をかしげることになった。
■□
江戸市中の各地で、若い娘に襲われるのだという。
それも、ひとり、ふたりではなく。通る道筋、行き会う先々、すれ違う娘たちのほとんどに。――もちろん、知り合いなどではなく、まして恨みを買う覚えもない。
最初のうちは、腕に触る、背中を押す程度であったものが、我先にと合い争えば取り囲まれて押し合いへし合い‥‥気が付けば、鉢巻を奪う、半纏の袖を引きちぎる、あげくの果てに髪を毟るの大騒動。
巻き込まれる方は、たまったものではない。
「何しろ相手は若い娘さんばかりとくりゃ、無碍に落ち散らすのも気が引けまさぁ‥‥」
見るも痛々しい生傷は、若い娘たちにもみくちゃにされた名誉の負傷というところか。苦りきって吐息を落とした伝助に、“ぎるど”の係りは曖昧に頷いた。――羨ましいといえなくもないが、しかし‥‥
連日、その大騒ぎに巻き込まれ、配達の時間に遅れる、荷物はくちゃくちゃとくれば、もはや笑えない。
「それが、どうやらわっしだけではないようで‥‥」
ぽつりと落とされた伝助の言葉に、受付係りは首を捻った。
江戸の飛脚に、いったい何が起こっているのか‥‥。
果たして、飛脚に群がる娘たちの目的は奈辺にあるのか――?
「‥‥はてさて、なかなか興味深い‥‥事件の匂いがいたしますな‥‥」
目の周りの青痣を痛そうに撫でながら、伝助はふふりと奇妙な笑みを漏らした受付係りに不安げな視線を向けた。
●リプレイ本文
羽雪嶺(ea2478)は、志に燃えていた。
聞けば、江戸の各所で飛脚が災難(?)に見舞われているらしい。
冒険の合間に‥とはいえ、同じ業にて生計を立てる同胞。この窮地を救わずして、何の小虎印であろうか! 胸中に燦然と輝く旗印にかけてこの難局を乗り切らねば‥‥
熱く燃える羽の小柄な後ろ姿に、快哉を送る者が数名。――自らは襲われる心配はないと高をくくって、羽の殉職に小金を賭けるなど余裕綽々。
「はァ、毎日、娘っ子が群がってくるだか。飛脚ってな若ぇ娘っ子に人気な商売なんだべなぁ。‥‥オラの里にゃ、飛脚なんつぅモンは‥‥ぁ? 違うだか?」
「う〜ん。ちょっと違うかなぁ」
なにやら大きな勘違いしているらしい田之上志乃(ea3044)の感想に、御神楽紅水(ea0009)は頬に手を当てて小首をかしげる。
文箱を担いで街道をかけるその姿が、野趣あふれて格好良いと思う者もいないことはないだろうけど。――とりあえず、若い娘が大挙して群がるような職業ではないと思う。
「アイリスは、芝居町の役者さんの方が全然、格好いいと思いますよう」
「うん。役者さんとか、力士さんだったら私も触りに行きたいなぁ」
年頃の娘が三人寄れば、なんとやら。どこそこの謡いが良かっただの、あそこの芝居小屋が良かったのと、本来の趣旨を忘れて盛り上がる。
どうも、緊張感が足りない。
何しろ今回の相手は夜の巷に跋扈する妖怪変化でも、豪商の金蔵に押し入る急ぎ働きの盗賊団でもない。年の頃なら、15〜18。番茶も出端。花も恥らう江戸の町娘たちである。――怖いというより、むしろ、羨ましいなどと思ってしまう者もちらほら。
とは言うものの、侮るなかれ。これが、意外に強力だ。花も盛りの傲慢さとでも喩うのだろうか。この年頃の娘たちには、有無を言わせぬ勢いがある。‥‥そう、あたかも世界が自分たちを中心に回っているような。
華やかに盛り上がる三人娘に苦笑交じりの生温い視線を投げて、本所銕三郎(ea0567)はふと思いついて思慮深げに顎に手をやった。
「‥‥‥そういえば、役者や力士に触るのは厄払いの縁起担ぎの意味もあるというが‥‥」
「飛脚に群がるのもその手の縁起担ぎのひとつでしょうか――」
一帯、どんなご利益があるのかは、知らないけれど。
藤友護(ea0442)の呟きに高槻笙(ea2751)もしみじみ首を頷かせる。
「今時の若い娘さんのお願いです。――あまり深刻なものではないような気もしますが‥」
端から見れば、いかにもバカバカしい理由でも。盛り上がった本人たちには、周囲の視線は見えないのだ。
「わかります、わかります。そういうの、アイリスの国では『フィーバー(熱病)』って言うですよう」
これは、なかなか言い得て妙。もっともらしく頷いたアイリス・フリーワークス(ea0908)の言葉に納得しつつ。
ひとまず羽を無駄死にさせない為にも、じっくり策を練っておこう。
●江戸の流行
油を売る。
粘性の高い油を量り売りする為には、雫が切れるまで待つしかない。――油売りの行商人が客を相手に世間話をしているのは、決して怠けているわけではないのだ。
尤も、多少時間に余裕のあることには違いないので、客を捕まえて話を聞くという本所の目論みはひとまず当たりといえる。――ただし、客が必ずしも若い娘であるという保障はないのだけれど。
それなりに目方のあるものなので、通りかかった振り売りの行商人から買いつけるのが基本のようだ。油問屋にやって来るのは仕入れの行商人か、お遣い走りの丁稚小僧だったりもする。
「飛脚に触る?」
日本橋本町に暖簾を掲げる一膳飯屋の女将は、茸飯を山盛りにした椀と蜆汁を本所の前において首をかしげた。
「そういえば、うちの娘もそんな話をしてたかねぇ。‥‥ちょいと、お藤‥!」
はぁい、と。店の奥から華やかな返事をよこした娘は、横合いから声をかけた客とひとことふたこと言葉を交わして、本所と高槻が座った席までやってくる。
「なあに、おっかさん?」
いかにもおきゃんな江戸っ子といった風情の、愛嬌のある顔立ちをした町娘だ。間違っても人を襲うようには見えないのだが。
「この人たちがアンタに聞きたい事があるってさ」
「あたしに?」
不思議そうな視線は、ご尤も。
伝助も、娘たちから悪意は感じ取れなかったと言っていた。
「実は、貴方に少しお尋ねしたいことがありまして――」
そう前置いて、高槻はここを訪れた経緯をかいつまんでお藤に聞かせる。若い娘が通りを走る飛脚を追いかけるのには、いったい、どういう理由があるのだろうか‥‥
「ああ、それは――」
あっさりと。少し拍子抜けするくらい簡単に、一膳飯屋の看板娘はそれを認めた。
なんでも、
走る飛脚に触ると良ご利益があるらしい。
そんな馬鹿な、と。喉まで出かかったツッコミをひとまず自制し、鷹宮清瀬(ea3834)は務めて温和な笑みを浮かべる。
「‥‥‥それは‥‥誰が言い出したのだろうか?」
「さあ? わたしは、伊勢屋のお幸ちゃんから聞いたんです。――なんでも、走ってる飛脚じゃなきゃダメなんですって」
まずは出所を付きとめねばならぬらしい。
■□
「‥‥‥噂って怖いね‥」
「んだ。侮れねぇ」
神田明神境内に見世を出す茶屋の毛氈に腰掛け、温かい飴湯を飲みながら紅水と志乃はしみじみと呟いた。
こちらも噂の真意を追いかけて、三千里。
同年代の娘たちの流行事ということもあって、事情聴取そのものは本所たちよりも簡単に進んだのだが‥‥。
・恋が叶う
・願いが叶う
・幸せになれる
・金運に恵まれる
・子宝に恵まれる
と、まあ、こんな具合に。内容の方は、実に多様で。
対象の方も、飛脚本人であったり。髪の毛など、体の一部。挙句の果てには、しめている褌――それも、赤い褌と限定しているものまであった。
「お江戸ってのはァ、恐ろしいところだべ‥‥」
何が怖いかと言うと、やはり誰が言いだしたのか出所がはっきりしないことだろう。噂が、噂を呼んで更に大きく‥‥振り回される方はたまったものではない。
アイリスの言葉どおり『熱病』であるのなら、いずれは収まるのだろうけど。――それを待っていては、飛脚の被害は広がるばかりだ。
ここは、やはり何とかするのが“傑出した冒険者”というものではないだろうか。
●飛脚の受難
世にも恐ろしい体験をした。
果敢にも囮を買って出た羽は、周囲にそう語ったという。
とりあえずは、日本橋。
江戸の中心、まずはここから道が始まる。
空の行李を背負って走り始めた飛脚姿の羽に、どの辺りからか娘たちが騒ぎ始めた。待ち伏せというよりは、その姿に気付いた者が触ろうと寄って来るといった感じだろうか。
足にはちょっとばかり自信のある羽である。
四方から伸ばされる手を軽やかに躱して、ふと視線を上げれば、追い縋ろうとする娘の形相が視界に入った。
これくらいの年齢の娘たちには、黙っていても光り輝く華がある。普通に笑っていれば、はっと目を惹かれるであろう顔立ちも、こうなれば般若と変わりない。
一瞬、取って食われるのではないかとさえ思われて――
「うぎゃあぁぁ!」
振り切っても、振り切っても、湧き出すように現われる娘に、ちょっぴり本気の悲鳴が混じった。
絹を裂くような女の悲鳴。ならぬ、生木を裂くような羽の悲鳴。それを合図に、あらかじめ通り道で待ち伏せしていた友護が飛び出し、大音声を張り上げる。
「ちょっと待て! 止まれ! 止まってくれ、娘たち! いいか、今からこの飛脚の羽さんが生の声を聞かせてくださるから、とりあえず落ち着いて‥‥落ち‥着‥‥‥うわぁぁぁ!!!」
止めて止まるものならば――
娘たちの中に紛れて話を聞こうと試みた志乃の方も、さすがに噂話に華を咲かせて飛脚を追いかける者はいなかったようだ。
「ああああ、危ないですよう!!!」
娘たちの手の届かない空の上から羽を追跡していたアイリスが悲鳴をあげて、両手で顔を覆う。
巻き込まれて転んだ友護に、汗と涙で視界の霞んだ羽が見事に躓いて‥‥
舞い上がった砂塵に、街道が白く霞んだ。
「――つまりだな、他力本願もいいが自力で手に入れなければ意味がない願いもあるんだよ‥‥」
どことなく白けた倦怠感の漂う娘たちに向かって、鷹宮が結論を出す。
娘たちにとっては軽い気持ちでも、飛脚にとっては仕事の邪魔だ。――運ぶ荷物に障りがあれば、当然、食い詰めることにもなる。
「お前たちだって、せっかくもらった手紙がボロボロになっていれば切ないだろう」
「そうですね。触ったからといって願いが通じるものでありません。――もし、それが恋心なら‥‥万一、慕う相手にそんな姿を見られでもしたら如何します」
言い訳もできませんよ。やんわりと諭す高槻の言葉に、娘たちはお互いにうかがうように汗の光る顔を見合わせた。
とりあえず、反省はしているようだが‥‥。
「要は気持ちの持ちようなんだと思うよ。飛脚さんだって同じ人間なんだもん。触ってご利益がるのは、ちょっと変だよぉ」
「そういうのなら、私がもっと効果のあるおまじないを教えてあげるですよ」
気持ちの持ちよう。との、紅水の言葉に、アイリスがぱっと顔を輝かせてぽんと手を打つ。
「いいですか、満月の夜に水瓶や水盆にお月様を映すです。それで、その映ったお月様にお願い事をして、そのお水で顔を洗うです。そうれば、お月様がお願いを叶えてくれるですよ。――これは、月の精霊魔法を使うバードに伝わる由緒田正しき“おまじない”なのです」
月は古来より呪いと深い結びつきがある。そして、月を見上げて切ない想いを切々と読んだ歌もまた多い。
目から鱗の表情で、娘たちはアイリスのお墨付きですよと、とんと小さな胸を叩いたアイリスに、尊敬と羨望の入り混じった熱っぽい眼差しを向ける。
新たな「熱病」の予感に本所と清瀬は顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めた。
=おわり=