門前茶屋の招かれざる客

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月21日

リプレイ公開日:2004年06月22日

●オープニング

 薄く雲を吹き流した碧落に、雲雀が歌う。
 ふうわりと頬を撫でて通りすぎる優風に、水田に並ぶ若い緑も心地良さげに嫩銀の裏葉を翻し天頂から降り注ぐ光を弾いた。
 高く、遠く。どこか嬉しげにも聞こえる初夏の響きは、里山に寄り添う小さな集落にも鮮やかな季節の訪れを告げる。
 江戸の南方。1日ばかり離れたこの辺りは、八百八町の台所を支える豊かな田園地帯でもあった。
 その里山に小さな不動尊がひとつ。何時の時代、誰が建立したものか。詳細はまったく不明だが、村の鎮守の神として大切に祀られている。

 信心と言うは遊山の片身ごろ――

 とは、よく言ったもので。行楽感覚で行ける気安さも手伝って、無病息災、家内安全のご祈願に、わざわざ遠方より詣でる者も後を絶たない。細い山道の門前に幟を上げる水茶屋は、この日も数人の詣で客で賑わっていた。
「おや、やけにあちらを気にするね。――誰かいい男でも登って行ったかね?」
 ちらり、ちらり、と。入山口を気にする茶汲み娘を見咎めて軽い口調で剽窃した茶飲み客に、女給は形の良い柳眉をほんの僅かしかめて見せる。
「そんなんじゃありませんよう」
 けろりと笑う客に可愛らしく唇を尖らせ、お茶汲み娘はふと愛嬌を引っ込めて頬に手を当て小首をかしげた。
「‥‥実はね、最近、出るらしいんですよ」
 幽霊には、まだ少し早い気が。のんびりと湯飲みを片手に暢気に笑ってだんごを頬張る客に、娘は少し困った風に肩を竦める。
「最近、この辺りで小鬼を見かけたという噂があって‥‥」
 小鬼と聞いて、茶屋の客は顔から笑みを引かせた。褐色の肌をした貧相な子供のような背格好の醜い生き物は、徒党を組んで田畑を荒らし、人を襲うこともあるので、当然ながら忌み嫌われている。
「まぁ、今のところ祠のお供えをこっそり取って行く程度なんですけどね」
 そう言って、女給は憂いを込めた吐息を落とした。被害が軽微だからといって、楽観はできない。――この手の輩は放っておくと増長するものと相場は決まっている。
 山鬼種族の中では弱い部類に入るとはいっても、魔物は魔物。対抗手段を持たない村人達にとっては、けっこうな頭痛の種だ。
「‥居つかないと良いんですけどねぇ‥‥」
 遠くで雲雀が鳴いている。――見上げる空は、不穏な話題が嘘のようにどこまでも高く華やいで。
 一足早く山頂の不動尊に詣でたふたりの客が顔色を失くして山道を駆け下りてきたのは、それから数刻のことだった。


□■
 場所は変わって、江戸市中。
 花のお江戸に集う椋鳥たちが、仕事を求めて訪れる冒険者ギルドの番台にて。天板に肘を付き、斜に構えて煙管をくゆらせていた手代の男は、暖簾をくぐった旅慣れぬ様子の若者に眸を細めた。
「おやいらっしゃい。――仕事をお探しかね?」
 まだ駆け出しといったところか。物珍しげに狭い店内を見回す旅人の横顔を値踏み、そんなことを考えながら様々な依頼を記した帳簿をめくる。
 請け負った仕事がキチンと果たせなければ斡旋した見世の信頼にも関わってくるから、人選は念入りにしておきたい。――経験や実績を考慮して、適した仕事に上手く配するのも腕の見せどころだ。
 幾枚かの書き付けを通り越し、手代はとある頁で手を止める。
「ああ、あんたにうってつけの仕事があるよ。――江戸から少しばかり離れることになるが‥‥」
 そう言って、手代は帳面を差し出した。質の悪い紙に箇条書きに記された墨文字は、希に見る悪筆で。顔をしかめた相手に手代は苦笑を零し、ゆっくりと依頼の説明を始める。
 江戸より数里離れた静かな農村。
 人々の信仰の対象であり、また生活の糧を与えてくれる里山に住み着いた小鬼を退治してくれというものらしい。――小鬼といえど、相手は魔物。徒党を組み、それなりに悪知恵も働くやっかいな輩だ。村人では、もちろん手に負えぬ。また、これからますます仕事の増える農繁期に、貴重な働き手を失いたくないとの思惑もあるのだろう。
 ふむ、と。依頼の内容を吟味する客を前に、手代はゆるりと煙管を咥えた。薄暗い天井にゆらゆらと紫煙を薫揺らせる。のんびりと時間をかけて一服し、彼はぽんと煙管を打って灰を落とす。
「報酬は‥‥まぁ、この程度の依頼にしては悪くない」

 ――さて、どうするね?

●今回の参加者

 ea0599 唐崎 恋歌(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1229 藤守 稜夜(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1344 ソラ・ミラノ(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2275 セリカ・ファインド(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2794 六道寺 鋼丸(38歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3150 立花 宗次郎(29歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3208 如月 凛(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●旅は道連れ
 抜けるような青空の下、燕が飛び交う街道筋に旅装束の人影が5つ。
 やわらかな優風に伸び盛りの若い稲が銀の裏葉をそよがせる水田では、雨蛙がケロケロと小気味の良い美声を競う。
 気が付けば、ふうわりと笑みこぼしてしまいそうな初夏の陽射しに、のんびりと気怠く、遠出をするには最良のこの季節。
 いつもの年なら不動詣での物見遊山で賑わう街道筋は、この日に限って、いつになく閑散と寂れて見えた。――他でもない。お不動さんの里山に住み着いた厄介者に気兼ねしてのことである。
「‥‥だからね。ゴブリンってゆーのは、臆病でそんなに強くはないんだけど、狡賢しこくて卑怯な手段も使うから、油断はできないんだよ」
 道すがら小鬼についての知識を披露するセリカ・ファインド(ea2275)に、高槻笙(ea2751)は曖昧に頷いて空を見上げた。
 実は高槻、セリカが語る言の半分も理解できていなかったりする。――ノルマン生まれのセリカが操る日本語は、簡単な日常会話が出来る程度。そして、多少の嗜みがあるとはいえ高槻が解するゲルマン語もその領域を出ていない。複雑な言い回しは共に理解らず、まして専門用語なくして語れぬ怪物知識となれば、既にお手上げ。後ろに続く他の同行者たちに至っては、涼やかな初夏の水田に響く蛙の唄と大差なかった。
「あ、あれが門前の水茶屋さんみたいだね」
 先を行くふたりの後から、にこにこ会話に耳を傾け歩いていた六道寺鋼丸(ea2794)がのんびりと指差した先には、すっかり店じまいした風な茶屋を背に5、6人が少しばかり不安げな面持ちで一行を待っていた。


●小鬼の影
 例えば、野良仕事の帰り道、
 ばったり小鬼と出くわしたらどうするか――?

 同じ鬼の仲間でも熊鬼や山鬼といった大型で強い怪物に比べると、小鬼はさほど恐ろしい相手ではない。――それなりに浅知恵もあり、徒党を組んで行動するのが厄介ではあるのだが。
 だが、それはごく少数の見解で。

 素っ飛んで逃げる。

 やっとうに心得のない者は、皆、そう答えるはずだ。
 たかが小鬼、と侮るなかれ。百姓や町人にとっては、十分、恐れるに足る怪物なのである。
「う〜ん。どうだったかねぇ」
 里山に住み着いたという小鬼の数や塒について訊ねた立花宗次郎(ea3150)に、問われた男は眉をしかめて首をひねった。
「‥‥10匹‥‥いや、もっといたような気もするなぁ‥‥」
 何しろ気が動転していたから、と。決まり悪げに苦笑いを落とし、男はぽりぽりと指の先で頬をひっかく。数を確かめる余裕もなく、逃げ出したということか。
 小鬼は氏族長を中心に30〜70匹くらいの集落を形成し、強奪を生活の糧にしているのが通常だ。
「‥‥いつ頃、と言われても。傍で見ているワケじゃないですから。――お不動さまの祠はあの山道を登ったお山の上にあるんです」
 如月凛(ea3208)の質問に、水茶屋のお茶汲み娘も困った風に可愛らしく小首をかしげる。
 最初に気付いたのは、お参りの者であるらしい。
 お供えが盗まれたり、祠が荒らされていたり。信心深い里の衆がお不動さまに悪戯をする道理はないから、これは小鬼の悪さだろという噂が立った。
「そうしている内に、お参りの人が小鬼に襲われて‥‥」
 大騒ぎになったのがコトの真相といったところか。村人相手の情報収集は、簡単なようでいて存外、骨の折れる仕事であった。


●祠の風
 山の頂にほど近い参道の終わりに、古い石の祠がひとつ。
 小鬼を恐れ人が寄り付かなくなったせいか、少しばかりくたびれ荒れているようだ。破れた格子戸の片方が見当たらないのは、小鬼が持ち去ったものであるらしい。――小鬼の中には塒の穴に筵や卓袱台を持ち込んで、人間を真似た生活をしている者もいる。
 ひんやりと静かな空気を湛えた祠を覗き込み、六道寺は僅かに顎を引いた。祠の床にぺたぺたと泥だらけの足跡が付いている。大小合わせて‥‥巨人である六道寺から見れば、みな子供の足跡にも見えるのだが‥‥5、6匹といったところか。
 高槻もまた精霊魔法で空気と言葉を交わし祠を乱した者を問うてみたところ、こちらも汚らしい小者が5、6人踏み込んできたという。
「‥‥数は5、6匹といったところでしょう」
「うん。そのようだね」
 高槻の言葉に六道寺もにこにこしながら同意した。因みに、高槻と意見が合って嬉しいわけではなく、彼は大抵にこにこしている。
 群れの数としては、少ない気もするが。この辺りに住み着いて間もないことを思えば、先遣隊のようなものなのかもしれない。と、すれば、本隊が到着する前にカタをつけたいところだ。
 住みにくいと諦めてくれれば、無益な殺生もせずにすむ。――尤も、生肉を好み、人を襲って生活の糧を得るのが小鬼の在り様であるから、何処へ行っても招かれざる客であることには変わりないのだが‥‥まぁ、気持ちの持ちようだ。
「むやみに歩き回るのも体力の無駄ですし。ここで待ち伏せするのが良いと思います」
 小さな里山といっても、山は山。呼吸を頼りに精霊魔法で捜索するには、少しばかり範囲が広く。また、いくら小鬼といっても、四六時中殺気を発して行動しているワケもない。
 凛の提案に頷いて六道寺は懐からやたら大きな握り飯を取り出すと、ひとつづつ皆に配って回った。
「お腹がすくといけないから、みんなのぶんも、おむすびをつくってきたんだよ」
 用意周到、気配り万全。張り詰めた緊張がちょっぴり和む。赤ん坊の頭ほどある大きなご飯の塊をやっつけながら、セリカは片言の日本語と身振り手振りを交えて待ち伏せついでに罠を仕掛けることを提案してみた。
 まだまだ駆け出しの技術ではそれほど複雑な仕掛けはできないが、ないよりはまし。小鬼の目を欺くには、十分だろう。
 請け負った依頼を達成し、村人たちの安寧を守るためにも‥‥まずは、しっかり腹ごしらえをしなくては――。


●門前茶屋の招かざる客
 物陰に身を潜めて、一刻あまり。
 最初に気配に気付いたのは立花だった。――明確な殺気ではないが、騒々しく祠に近づいてくる者がある。
 足音からして、複数。ほどなく口々になにやら言い合いながら現われた醜悪な姿に、物陰に隠れて窺う立花は小さく息を呑んだ。褐色の肌をした貧相な子供のような背格好。何処で手に入れたのか、薄汚い襤褸を纏っている者もいる。大きな目をきょろきょろと落ち着きなく動かしているのは、何かを探しているからだろうか。
 鬼の言葉を理解できる者がそこにいれば、耳障りな唸りにしか聞こえないその音に稚拙ながらも意味を見出せたかもしれないが‥‥それが獣の唸り以外のものに聞こえた者はいなかった。
 諭して立ち退かせれば‥‥と、いう高槻や凛、六道寺の思惑は残念ながら果たせそうになかったが、冒険者としての研鑽を積めば、いずれは可能になるかもしれない。

 さて――
 賑やかに祠に近づいた小鬼たちは、社に供えられた大きな握り飯に気付いて、辺りを窺う。
 参拝者の足が遠のいて最初の頃に比べれば実入りも減っているのだろうか。ご馳走の出現にちょっとばかり驚いているようだ。遠巻きにおにぎりを眺め、そして、中の1匹‥‥勇気のある小鬼だろうか‥‥が、そろりと泥だらけの手を伸ばす。

 ヒュ‥‥ッ

 放たれた白い光が大気を裂いて、腕を伸ばした小鬼の肩に突き刺さった。
「ギャッ!!?」
 耳障りな悲鳴を上げて地に転がった仲間の姿に、飛び退いた小鬼たちは一斉に手にした棍棒を握り締めて振り返る。
「うわあ、こっち見たよう!!」
 白魔法をぶつけた凛の後ろで、セリカが小さな悲鳴をあげた。短剣を構えてはいるものの、接近戦は苦手なのである。そして、もちろん、前に出るつもりも皆無であった。
「ここは頼れるお兄さん、お姉さんに任せちゃう♪ ちゃんと守ってね‥‥えへへ」
 ただでさえ、人手が足りていないというのに。
 えへへ。では、済まないのだが、文句を言う前に1匹でも数を減らさなくては。逃げだす者も多いのだ。ここにいるだけでもたいした勇気なのだから。
 六尺棒を構えた立花の隣で、凛も気丈に杖を構え直す。
「ウガガガガガッ!!」
 耳障りな威嚇を発し凛に向かって棍棒を振り上げた小鬼の腕を背後から飛び出した高槻の剣が両断し、噴出した赤い血がばたばたと音を立てて大地を濡らした。その背を守るように、立花と同じく六尺棒を手にした六道寺も続いて飛び出し、静かな里山を不穏に包む。
 実力的にはそう劣ったものではなかったが、接近戦を得手とする者の数が足りない。そして、小鬼たちはというと、皆、棍棒を手に相手を殴り倒すのが手っ取り早いと考えているらしかった。
 低く構えた六尺棒を横に薙いで足を払い、立花は吐息を落す。――無駄に情けをかけるのは、こちらが消耗するだけらしい。
 乾いた剣戟が山間に響き、里山の鳥も小さな虫も束の間、息を殺して戦いの成りゆきを見守った。


●戦い済んで‥‥
「まぁ、お坊様。そんなことは私がやりますから、お坊様はお休みください」
 新しい花とお供えを携えて村の差配と山道を登ってきた水茶屋の女給は、祠の前を掃き清める六道寺の姿に慌てたように声をかける。
 大地を赤黒く染める血の色が戦いの激しさを物語り、村人たちに改めて戦慄をもたらしているようだ。――6匹、全てを退治することはできなかったが、取り逃がした小鬼も命からがらの体であったから、当分、ここへ戻ろうとは思うまい。
 心苦しいといえば、他に手がなかったとはいえ、不動尊の前を戦場にしたことか。
 ひととおり後片付けを終え、六道寺は祠に向かって手を合わせる。
「騒がしくしてごめんなさい。これからも里の人たちをよろしくお願いします」
 その大きな背中の後ろで、セリカが高槻の袖をひっぱった。
「ボク、みんなの役にたてたかな?」
 上目遣いに見上げられ、高槻は笑って肩をすくめる。――すべては、お不動さまがご存知だ。