【坂東異聞】 はやり唄

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2004年11月25日

●オープニング

 磨り減った石段を一息に駆け下りる。
 気ばかり急いて、足がもつれた。転びそうになりながら、それでも、どうにか鮮やかな朱塗りの鳥居を潜る。広い通りを行過ぎる人の姿に、ホッとして肩の力がぬけた。途端、がくがくと膝が震える。
 萎えそうになる足をなだめ、一歩、二歩、地面を踏みしめるようにして妙は商家が連なる道具屋筋を端まで歩き、大川に掛かる橋のたもとで意を決して振り返った。
 棟を連ねる屋根の瓦越しに鬱蒼と枝葉を広げる暗い緑が僅かに見える。

 聞こえた――
 ‥‥聞いてしまった‥!!

 その少女は石灯篭の礎に腰掛けてじっと妙の行動を見守っていた。
 いったい、いつからそこに居たのか。妙がその朱い鳥居の下を潜りぬけた時、稲荷社の狭い境内には確かに誰もいなかったのに‥‥。
 歳の頃は10歳かそこら。寸足らずの着物に咲く褪せた緋色は牡丹だろうか。抜けるように白い肌が、張り出した常緑の枝が作り出すうすら暗い翳にいっそう映えて、少しばかり気味が悪い。
 肩のあたりで切り揃えた触り心地の良さげな麦藁色の髪。少しつり気味の涼やかな黒い瞳も‥‥顔を会わせたのが他の場所なら、あるいは、可愛い子供だと思っただろうか。
 だが――
 お稲荷さまの社で出会ったその子は‥‥

 ただ、漠然と。
 ‥‥怖いと思った。


■□

  汝をぞ嫁に欲しと誰、あなた此方の万(よろず)の子。
  南无南无や、仙(ひじりびと)酒も色も持ちすすり、
  法申し、余し余しに――

 流行り歌にありがちなありふれた単調な旋律は、素朴だがどこか懐かしいような不思議な響きをもって薄暗い“ぎるど”の天井に低くたわんだ。
 慣れない謡いに少しきまりの悪い顔をして、手代はこほんと咳払いをひとつ。番台の前に詰めた冒険者たちの顔をなるべく見ないようにしながら、硯に置いた筆を取り上げた。
「‥‥まぁ、どこにでもある戯れ唄ですがね‥」
 確かに、どこかで聞いたような節回しではある。――尤も、内容の方はといえは、あまり気味の良いものではない。
「この唄を聞いた娘‥‥妙という名前なのですがね‥‥どうも、気味が悪いと当方(ぎるど)へ相談にいらっしゃいまして‥‥」 と、言うのも、このお妙の奉公先である“万屋”のひとり娘が近々、婿取りをすることに決まっているのだという。
「お相手は、“湊屋”の御仁だそうで――」
 築地に店を構える廻船問屋は今の主が一代で築き上げたという新興の店ながら飛ぶ鳥を落す勢いの商いぶり。また、当主の湊屋宗右衛門は筋骨隆々としたいかにもたたき上げといった男ぶりの良い美男子で、万屋としては幾重にも“悪くない”縁だと喜んでいた矢先であった。「単なる戯れ唄であれば良いのですが‥‥最近、築地の辺りで何人か行方をくらましているという噂もございまして‥‥」
 何しろ江戸でも1、2を争う繁華な町だ。人の出入りも当然激しく、確かめようにもなかなか思うようにはいかない。
「そこで、皆様に‥と、依頼が回ってくるのでございますな」
 そう言って、物騒なほどにこやかな笑顔を浮かべ手代は、冒険者たちを見回した。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6177 ゲレイ・メージ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8257 久留間 兵庫(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「‥‥どこかで聞いたような話だねぇ‥」
 ゲレイ・メージ(ea6177)の説明に、図書館の司書は興味を惹かれた風に両目を細めた。
「この唄の出所を調べて欲しいのだ。正しい意味が知りたい。――残念ながら、私の知識ではどこから手をつけていいのかも判らん」
 昔の資料をひとつひとつ虱潰しに当たれば、あるいは行き着くかもしれないが。それでは、時間が足りない。やらなければいけないことは他にもある。書見台に頬杖を突いてメージの育ちの良さげな顔を見上げていた司書は、その真摯な色になるほどと頷いた。
「わかった。調べてみよう。――二日ほどいただけるかね?」
 そう請合った司書に丁寧に頭を下げて、メージは図書館を後にした。


●稲荷の受難
 江戸市中には稲荷が多い。
 ひとつの町に少なくとも1社、大抵は2〜3社はあり、武家の屋敷、豪商の邸内にも必ずと言っていいほどあったから、少なく見積もっても数千はある計算になる。
「‥‥でも、何の神様かって、聞かれると困るんだよねぇ」
 朱塗りの鳥居と背の高い木々に囲まれた薄暗い境内を物珍しげに見回すファルク・イールン(ea1112)を前に、御神楽紅水(ea0009)は説明に窮してほんの少し眉を顰めた。
 数は多いが、その効用については実に曖昧。――商売繁盛から家内安全まで、ご利益があるような、ないような‥‥。
「紅水どん。それは言っちゃなんねぇ、約束だべ。“お稲荷さん”は、大事な鎮守の神様でねぇか」
 何事も信じることが大切だ。
 小さな社の前に油揚げを供えて振り返った田之上志乃(ea3044)に軽く睨まれ、紅水は首をすくめる。――そもそも複数の神を同時に崇めるココロが、イギリス人のイールンには理解不能なのだが。
「それよりも、おまえ。何か気になることでもあるのか?」
 ぴしりと指を突きつけられて、紅水は目を丸くした。そして、困惑した風にイールンから視線をそらせる。
「‥‥う、ん‥‥昔話なんだけど‥‥よく似た話があるんだよね。不思議な流行り唄が広がって――」
 戯れ唄だと、気にも留めないでいると良くない結果を招くのだ。
 詳しく聞こうと身を乗り出したイールンの後ろで、志乃が「あ〜、あ〜」と喉の調子を確かめる。そして――

 汝をぞ〜♪

 神域の静謐を突き破り、怪音波が響き渡った。
 依頼主・妙が出会ったという奇妙な少女。彼女を見つけれることができれば、全ての謎は明らかになる。

 不思議な唄の内容も。
 万屋と湊屋。どちらに、その要因があるのかも――

 単純にして明快。志乃らしいあっさりした切り口だ。‥‥とは、いうものの“無敵の歌い手”の異名は決して伊達でなく。
「お、オレ、湊屋の聞き込みに行って来るぜ‥‥っ!」
 脱兎で社を逃げ出したファルクに続いて、紅水も思わずよろりと2、3歩後退さってぺたりと尻餅をついた。
「‥‥結構楽しいだな。‥‥おんや、ふたりともどうしたべ?」
 知らぬは気持ちよく謡い終わった志乃ばかり。
「え、と‥‥あ‥‥」
 何か言おうと口を開きかけた紅水の視界の端に、社の下から這い出してすたこら逃げていくもさりと白い尻尾が一振り‥‥見えたような、気が‥‥した。


●湊屋の秘密
「好いた男が出来るってのは幸せな事だってのによ‥‥」
 良縁だと喜んだ相手に良くない噂が広まるというのは、如何なものか。
 万屋の娘の心情を慮り、環連十郎(ea3363)はしみじみと吐息を落した。――一見、ちんぴら風だが、こと女性に対しては思いやりを出し惜しみしない男である。
「確かに。単なる噂にしては、いささか悪質だ」
 久留間兵庫(ea8257)も同意する。
 唄のとおり物の怪の類が絡んでいるのかもしれないが。万屋、湊屋のどちらかに悪意を持つ者の仕業である可能性も否定はできない。
 特に、湊屋はここ数年で頭角を現した商人であるという。――仕事を奪われた同業者の中には、それを心良く思わない者もいるはずだ。
 船着場での湊屋の評判は上々で。
 久留間が声を掛けた船頭や荷積みの人足たちも、口を揃えて金離れの良さを讃えた。新興の商家ということもあり、他の船主が手を出さないような仕事も請ける。――仕事はキツいがそれに見合った払いもあるということか。
「ただ‥‥」
 暗い噂がないこともない。
「ほう」
 興味を惹かれた風に双眸を細めた環に、久留間は気難しげな渋面のまま頷いた。
「湊屋と商いを競った者‥‥いわゆる、商売敵だな‥‥は、なにかと不幸に見舞われるらしい」
 荷を積んだ船が火事を出したり、急な嵐に沈んだり。突然、行方をくらませてしまったものもいる。家人や店の物が次々に病に倒れたというような話も聞いた。――もちろん、湊屋が絡んでいるという根拠はどこにもなく、また、嵐や病は人がどうこうできるものではない。
 運が悪い‥‥あるいは、湊屋の強運に喰われたのだ、と。
「‥‥上手いのは、そうやって傾いた身代を建て直すのに力を貸して、結果として店を吸収してしまうあたりだな」
 久留間の耳に噂を入れた老船頭は、苦笑を浮かべてそう言ったという。
「なるほど。‥‥俺もちょっと変わった話を聞いたぜ」
 港の方を久留間に任せ、環は湊屋の内情を調べあげていた。
 主人が独り身ということもあり、他の店に比べて女中の数は少ない。――身持ちは悪くないといったところか。
 それでも、通いのまかない女を捕まえて聞いた話では‥‥
「湊屋はずいぶんな酒好きらしい」
 3日と置かず、若い衆が酒屋に姿を見せるのだそうだ。聞けば、特に店の者に振舞われるということもなく、気が付けば一升の大徳利が空になっているらしい。
「‥‥酒、か‥‥」
 ここにも唄の一説が絡んでくる。
「それから、もうひとつ」
 ふむ、と。考え込んだ久留間の様子に環は軽い調子で片方の目を閉じ、飯炊き女を口説き落として手に入れたばかりの情報を披露した。
 獣の匂いがするのだという。
 毎日のことではない。雨の日や、少し湿気の多い日など。ふと気が付けば、濡れた毛皮特有の据えた匂いが廊下の隅などに凝っている。‥‥座敷に薄汚れた毛が落ちていたこともあるそうだ。
 だが、湊屋の内でそれらしい獣を飼っているという話はどこからも聞こえてこない。


●万屋の娘
 万屋の娘は、今年で21歳になるという。
 評判が立つほどの小町娘ではないが、気働きの良い優しい娘であるようだ。
 メージと共に拾い集めた情報を整理して、神楽聖歌(ea5062)は少し気落ちした風に肩を落とす。
 聖歌のような冒険者であれば、大したことでもないが、普通の町人の娘が二十歳を過ぎても独り身でいるというのは確かに少し珍しい。
 もちろん、これには理由があって――
 内証の豊かな家の例に洩れず、15の年に花嫁修業の名目でさる旗本の奥向きに行儀見習いに上がったのだが、その家の奥方に気に入られ、当初は3年の約束であった奉公期間が6年に延び‥‥ようやく暇をいただいたのが、盆の薮入りの頃なのだとか。
 もちろん、娘の行く末を案じた両親は方々へ良縁を探していたのだが。どういうワケか、立て続けに縁談が壊れ――
「なんでも、彼女と縁組が決まると相手の方は例外なく熱病に掛かったり、足腰が立たなくなったり、目が見えなくなったりするらしい。‥‥私はジャパンに来てまだ日が浅いのだが‥‥」
 それは良くあることなのだろうか。メージの問いに、聖歌は首を横にふる。
「ありませんよ、そんなこと‥‥」
 それこそ、悪いモノが憑いてでもいなければ。

■□

「おや、よくきたね」
 聖歌を伴って図書館を訪れたメージに、司書は愛想の良い笑みを浮かべた。そして、傍らに置いた古びた綴りを手元に引き寄せる。
「ちょいとばかり古い話なんだがね――」


●はやり唄
「‥‥へぇ、湊屋どんの正体は鬼かもしれねぇだか?!」
「しぃ。志乃ちゃん、声が大きいよう」
 立てた人差し指を唇に当てた紅水に、志乃は慌てて両手で口を押さえる。――驚きで大きく見開かれた瞳は丸いままであったけれども。
 主と会ってみたいと乗り込んだ湊屋の、その座敷で交わす会話ではない。
「本当かどうかは判らないよ? 昔話だし――」
 昔々の奇妙な事件ばかりを集めた昔話だ。
 その中に、
 前兆なく流行った戯れ唄が、富裕な男に化けた悪鬼が花嫁を喰ってしまうという不吉を暗示していたというものがある。
「‥‥‥ハァ、おったまげたなァ‥」
 しみじみと呟いて、志乃はふと気が付いて紅水を見た。
「したら、ここに居るのは危険でねぇか?」
「そうだねぇ。でも、イールンさんたちも、店に忍び込むって言ってたし――」
 上手く化けているものならば、そうそう正体も現すまい。上手く切り抜け、証拠を持ち帰るだけでもいいのだから。
 思えば、相当な賭けではあるのだが‥‥。
 なんとかなるよ、と。いかにも箱入り的な紅水の楽観論に、志乃はやれやれと首をふる。そして、ごそごそと懐から1本の簪を取り出した。
「これ、使えねぇだか?」
 以前、依頼で手に入れた簪は、この世に念を残した魔物からふたりを守ったものである。――お守り代わりに持っていれば、何かご利益があるかもしれない。
 額を寄せ合いヒソヒソと会話するふたりの横で、からりと唐紙の襖が開いた。

■□

 イールン、環、久留間の3人は裏庭にいた。
 紅水と志乃が家人の目をひきつけている間に、店の内部を探る算段である。――イールンの魔法―ブレスセンサー−を使えば、店の人間の位置はだいたい把握できるので、見つからないよう構造だけでも‥‥
「ヘンなものが居るかもしれないって言ってたっけ?」
「ああ‥と、なんだっけ。獣?」
 そういえば、どんなものかは聞いていなかった。誰も姿を見ていないのなら、訊ねても教えてもらえたかどうか怪しいが。頭を掻いた環の横で、久留間はメージと聖歌の報告に首をかしげる。
「メージ殿の話では、万屋のお嬢さんの許婚は皆、病み付いてしまうということだったが‥‥」
「湊屋が病気だなんて話はどこからもなかったぜ?」
 無邪気な子供の顔をして近所の井戸端会議などにもぐり込んできたイールンであるが、とくに悪い噂は出ていない。仕事のきつさに耐えかねて行方をくらませた奉公人がいないでもなかったが、そちらも特に珍しい話でないので隣人は特に気にもしていないようだ。
「とりあえず、何もなければそれで――」
 良い報告ができる。
 そう言いかけた環の言葉が不意に途切れた。ほぼ、同時に気配を察した久留間も腰の獲物に手をかけてその場を飛び離れる。
 庭の隅。植え込みと石灯篭に挟まれた狭い空間に、毛むくじゃらの生き物が蹲っていた。犬のような姿をした‥‥だが、犬ではない。つい先刻まで、そこには誰もいなかったのに。息を呑んだイールンの視界の中で、それはゆっくりと立ち上がり、煙のように掻き消えた。
 魔物についていくらかの知識を持つ環にとって、それが魔物であることを思い出すのにそれほど時間は必要ではなく。
「こいつは――」
 邪魅だ。
 言葉にしようと口を開いたその時――
 俄かに屋敷の中が慌しくなったかと思うと、庭に面した障子を蹴破るようにして紅水と志乃が飛び出してくる。
「みんなっ!?」
 庭の様子に驚いて立ちすくんだものの、バタバタと駆けつけてくる足音に我に帰って縁側から庭に飛び降りた。
「どうした?」
 久留間に問われ、志乃はわたわたと手を振り回して状況を説明する。
「どういったからくりかわかんねぇだども‥‥」
 突然、現われた気持ちの悪い生き物が庭の侵入者を継げたのだ。
「‥‥く‥」
 邪魅そのものはそれほど強い魔物ではない。
 だが、今、人を呼ばれては――
「ここは‥‥」
「逃げた方が良さそうだな」
 湊屋の反映の影によからぬモノが絡んでいる。それが突き止められただけでも収穫だ。あとは、万屋が判断することでもある。――もしかしたら、“ぎるど”に依頼が舞い込むかもしれないわけで。
「‥‥お嬢様には気の毒だどもなァ」
「でも、食われるよりは全然ましだぞ!」
 花嫁衣裳の白無垢は、お姫様とは少し違うが女の子の憧れにはかわりない。ぽつりと落とされた志乃の呟きに、全力疾走の息の下から誰かが答えた。

=おわり=

●ピンナップ

田之上 志乃(ea3044


PCツインピンナップ
Illusted by 百坂ネネマ