【霜月祭】 俄-にわか-紋日

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2004年12月06日

●オープニング

 それは、唐突に始まった。
 何の前兆もなく。ある朝、雨戸を開けると、思いがけず庭が一面の銀世界であったかのような豹変ぶりに言葉もない。
「公方様の考えることは理解らねぇ‥‥」
 ただただ、呆然と首を捻って呟くばかりだ。
 とはいえ。一度、転がり出してしまった事態を止めるのは至難。まして、公儀自らの旗振りなれば、市井に異論などあるはずがなく。
 皆、音頭に合わせて踊‥‥れなくとも、手足を動かす真似くらいはしなければ――

■□

「――と、いうワケで、お仕事です」
 何がどういうワケなのか。突っ込みたい気分でいっぱいの冒険者たちを前にして、口入係はすました顔で番台の上にどどんと据えた大福帳をめくる。
 神皇家の摂政として長らく京の都で執務に当たっていた江戸の主・源徳家康の帰還によって、江戸の町は俄かに慌しく活気づいていた。そこに環をかけたのが、続いて発布された武闘大会の沙汰である。
 この度は、地方の諸藩よりもやんごとなき方々が見物にやってくるのだそうだ。――もちろん、身ひとつなんてことがあるはずはなく。
「まぁ、街が賑やかになること事態は悪かありませんけどね」
 そう言って、口入係は肩をすくめた。
 人が集まれば、町にも活気が満ちる。活気が溢れるのは良いことだが、人が集まれば何故だかきな臭い話が流れるのは世の常で‥‥。
「ご存知のとおり江戸も大きくなりました。――他藩の方々を田舎者などと申しては失礼にあたりましょうが‥」
 江戸には江戸の流儀というものがある。
 そのあたりを理解せぬまま江戸入りした他藩の中間が、方々で問題になっているのだそうだ。――もちろん、全てが彼らの責任というわけではなく、相手を田舎者だと足元をみる悪徳な輩もちらほらと。
 冒険者を通して裏と表の事情を集め、きな臭い噂や行動に目を光らせるのも“ぎるど”の大切な役目だ。
「此度の祭は公方様、直々のお声がかりにございます。――そう大それたことをしでかす者もおりませんでしょうが‥‥それなりに目を光らせてくださいまし」

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea6177 ゲレイ・メージ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8109 浦添 羽儀(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 霜月の冴えた大気が、歓声に揺れる。
 源徳公の帰還によって久方ぶりに主を城に戴いた江戸の市民は俄かにわき立ち、初冬の空に華やいだ祭の活気を弾けさせた。
 どぉん、と。時折、大気を揺るがせる太鼓の響きが、御前にて繰り広げられる武神祭の盛り上がりを市井に知らせる。
 勝ったのか、負けたのか。熱戦の行方が町衆に何かをもたらすワケではないのだが、とりあえずは便乗して盛り上がってみるのもまた一興。――祭囃子がうるさいと長屋で布団を被って不貞寝するより、ずっと前向きかつ建設的だ。

●これだってお仕事ですからっ☆
「いやはや、賑やかですなぁ」
 会場へと続く通りにそってずらりと並んだ屋台を眺め、陣内晶(ea0648)が実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
 雑踏警備という大義名分が掲げられてはいるが、不測の事態が起らねば気を尖らせることもない。存分に祭の賑わいを堪能できて、その上、日当がもらえるのだから“ぎるど”も粋なことをするものだ。
「祭と言えば、出店に遊技、浴衣美人‥‥は、さすがにもういないか‥‥」
 霜月祭と銘打たれてはいるものの。もはや師走にさしかかるこの時期に、浴衣は流石に寒いだろう。それでも、祭を口実に着飾った娘たちの艶やかな装いは期待したい。――空を飛ぶ羽根妖精の裳裾の中を覗いた男は、人間サイズの娘たちの秘密にもちょっぴり興味があるようだ。
「お前様、何をにやにやしとるだか?」
 ふと視界の中に飛び込んできた人影に思わず固まった陣内に、買い求めたばかりの稲荷寿司を両手に握った田之上志乃(ea3044)は怪訝そうに小首をかしげる。
 お姫様に憧れ、江戸へと下ってはや六ヶ月。少しも抜けない田舎臭さがある意味、微笑ましくも可愛い−容姿ではなく−娘だが‥‥陣内が脳裏に思い描く色っぽいお姐さんとは、およそ対極に近いところにいるのは間違いない。
 紅や白粉、簪、櫛、錦や縮緬の端切れで作った巾着といった華やかな小間物ではなく、陣内同様、まっさきに食べ物の屋台に目が行ってしまうあたり、まだまだ色気より食い気が嬉しいお年頃。
「‥‥あぃや、仕事っつぅのは分かっとるだよ!?」
 田舎から出てきた者たちに先輩としてきっちり江戸の流儀を教え込むには、しっかり腹ごしらえをしておかなければ。頬張った稲荷寿司を慌てて嚥下し、目を白黒させながら詰まった胸をとんとんと叩きながら言い訳する様も‥‥やっぱりというか、色気とは程遠い。う〜ん、残念☆
「いええ。これだって仕事です。お役目です。――間違って、毒が入っていないかどうかの点検ですよ?」
 普段より高値なわりに味はイマイチ。しかも、もれなくアタリそうな料理の数々。これを食せずして何が祭りか!
 誰にともなく力強く力説し、陣内も出店の稲荷に手を伸ばした。


●新春にはすこし早いけれども‥
「はぁ〜、これが角兵衛獅子というものか〜」
 獅子頭に一本歯の下駄といった居出立ちの踊り手が次々と披露する宙返りや逆立ちといったアクロバティックな軽業に、イギリス生まれのゲレイ・メージ(ea6177)はただただ感激。――エキゾチック・ジャパンの片鱗を垣間見た喜びに胸が躍る。純粋に武芸を競う武闘大会は魔法使いのメージには少しばかり敷居が高いが、祭の方はなかなか一見の価値ありだ。
 飴湯や上燗おでんの屋台、的当てに富くじ、風車売りにお面売り、と。何もかもが珍しい。目についたもの全てに手を出していたら、あっという間に破産だろう。――もの珍しげにキョロキョロしていると鴨だと思われるのか、そこかしこから声が掛かる。祭初参加の“おのぼりさん”には、確かに危険だ。
「すごいわねぇ」
 舞いを見る目には自信のある浦添羽儀(ea8109)も、軽快なお囃子に乗って跳ねる小柄な角兵衛獅子の妙技に拍手を送る。――舞踊というよりは、曲芸に近いものだけれども。
「なんでも越後あたりのお武家様の江戸入りについて来たそうだ」
 聞けば日本の各地から名のある武家や公卿が、源徳公の主催する武闘大会を天覧に訪れているのだとか。――むろん、身ひとつで‥と、いうことはありえない。護衛や側近はもちろんのこと、中には食客よろしく珍しい芸に秀でた奴を伴う者もいた。
 自国の力、富や文化を周囲に示す一種のデモンストレーションのようなものだろうだろうか。
「へぇ」
 さすがに一緒に踊るのはムリそうだ。
 あらためて獅子頭の舞い手に視線を向けた羽儀に、隣に陣取った町衆らしき男はちらりと笑う。
「いつもなら、初春まで待たねばいけねぇ角兵衛獅子を正月前に見られるとはついているよ、あんた」
「‥‥そうね。そう考えるのもアリだわね」
 そう。今日は遊びに来たワケではない。――この楽しげな雰囲気を些細なケンカなんかでぶち壊しにしないためにも、しっかり見てまわらなければ。


●祭りの楽しみ
 当人に自覚はなくても――
 どうにも場に溶け込めない、とっつきにくい雰囲気を放ってしまう者がいる。
 例えば、この日の滋藤柾鷹(ea0858)、28歳、独身(たぶん)。六尺を遥かに越える見上げるばかりの立派な体躯に紋付を纏い、差し料をさして歩く姿は威風堂々。どこからみても立派な武士だ。――悲しいかな、その立派過ぎる居出立ちが祭の浮かれ気分に今ひとつ馴染めていない。
 祭を楽しみに集まった者たちに不心得を働く痴れ者を牽制して周囲を睥睨する様も堂に入っていて雑踏警備には申し分ない人材なのだが‥‥すれ違う者が思わず振り返ってしまうくらいには浮いている。
 あるいは、滋藤ばかりのせいではないのかもしれない。
 隣を歩くファラ・ルシェイメア(ea4112)も、目立つという点では滋藤に負けず劣らず特異であった。異国の出身‥‥それも、日本には珍しいエルフであるからある程度は仕方がない。こちらは祭の喧騒にまだ救われている方だろう。
 目立つ者が連れ立って歩いたら、まあ、目立ってしかたがない。――とはいえ、これだってお役目だ。
 多少、目についた方が牽制になっていいかもしれない。
「屋台の買い食いとか‥‥やってみたいんだけど。何か珍しい食べ物でもあるかな‥‥?」
 毒見と称して屋台をはしごしながら喰い歩いている陣内の後姿を視界に、ルシェメイアがぽつりと呟く。
「珍しいものか‥‥イナゴの蒲焼はどうだ?」
「‥‥‥いや、それはちょっと‥‥」
 岡持ちを提げた10歳ばかりの子供に目を止めて、懐の奥にしっかりとしまいこんだ財布をさぐる滋藤に、ルシェメイアは慌てて首を横に振った。
 日本の料理はルシェメイアの故郷ロシアに比べ、種類や調理法が豊富で美味しいものも沢山あるが‥‥たまに、びっくりするようなものもある。
「踊り? 僕には無理だね。踊ったことないし」
 ついでに言うなら、謡いも苦手だ。端で見てるよ、と。門付けの芸人を横目に、ルシェメイアは素っ気なく肩を竦める。無愛想で感情を表に出さないルシェメイアと、内なる情熱を抑え常に冷静に落ち着き払った滋藤と。――出店を冷やかすでもなく、黙々と見回りを続けるふたりの姿は、やはり浮かれ気分で賑わう通りの喧騒とは少しばかり馴染んでいないような気もするけれど。
 いくら祭で盛り上がろうと、それだけで世間は立ち行かない。例え、野暮の朴念仁と言われようとも、真面目に働く人々の支えがあってこその祭。彼らは確かに今この場に必要な者だった。


●俄か紋日
「‥‥あ? どうしただ、お前ぇ」
 季節外れだとは知りつつ、それでもちょっぴり期待して盆踊りの輪を探していた志乃は道の隅っこで泣いている子供に気付いて立ち止まる。
「親とはぐれただか?」
 江戸市中には、迷子がよく出た。情報を素早く伝達する制度が整っていないため、いったん迷子になると両親と再会できる確率はきわめて低い。人出の多い祭の日などは、特に注意が必要で‥‥
 きょろきょろと周囲を見回し、志乃は泣いている子供と手に持った飴玉の袋を見比べる。
「仕方ねぇなァ、オラと一緒に来るだよ。ほれ、飴さやるから泣くのは止めれ。――火のよぉ〜じ‥で、ねぇ‥‥迷子だべ〜!」
 どどんと太鼓の音が響く。
「めんこい童っ子だよ〜!!」
 どどどどん。
 先よりも盛大に打ち鳴らされた太鼓は、仕合の勝利者を讃えるものか。
 その響きにつられるようにざわりと揺れた不穏が、漣が静かな水面を騒がせるかの如く辺りに広がる。
「ああ、もう! おやめなさいな、ふたりとも!!」
 凛と涼やかに響いたその声の主は不安げな顔を揃えた町衆の真ん中で、ふたりの男を睨みつけていた。何処かの中間風の若い侍と、いかにも江戸っ子でございといった気風のくじ売りの阿仁さんだ。
「折角のお祭りが台無しだわ!」
 大の大人がみっともないわね。何が原因なのかは知らないけれど、頭を冷やして話し合いなさい、と。正論で諭そうとするも、油紙より燃えやすいのも江戸っ子気質。まして、まつりともなれば、当然、無責任に剽窃する者も出てくるわけで‥‥。
 止めに入ったのが若い娘では、却って囃す者もいる。
「おっと、アブナイ☆」
 野次馬の列から弾き出されてよろめいた女をしっかりと受け止めて、陣内はにっこりと極上の笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですか? いえいえ、礼には及びませんよ。あなたのような綺麗なお嬢さんならむしろ歓迎‥‥ああ、いえいえ、こちらの話です。ええ、お気になさらず」
 これは、役得。
「‥‥困ったねぇ‥僕が止めに入ったところで、迫力に欠けるだろうし‥‥ライトニングサンダーボルトは――」
 ‥‥それは、うっかり死人が出そうだ。
「喧嘩や酔っ払いは水をかければいいと申すな」
 冷静に分析するルシェメイアに、団子になった人々をひとりづつ引き離して喧騒の外に放り出しながら、滋藤が応じる。
「ああ、なるほど。それじゃあ、仕方がないから、アイスコフィンだね‥‥‥おや、残念。それは、僕の魔法のレパートリーになかったよ」
 あくまでも冷静に。だが、どこまでが本気なのかが微妙なルシェメイアの隣で、ぶつぶつと口の中で呪文を唱えたメージが魔法を完成させた。
 メージの身体がほのかに青い光に包まれた次の瞬間――
「だから、ふたりとも落ち着きなさいなって言って‥‥‥‥きゃあっ?!」
 放たれた水の塊はふたりの男、そして、間に立って仲裁していた羽儀の上にも冷たい水をぶちまける。
 ――賑わう町の喧騒がぴたりと止んだ。

■□

「‥‥いいのよ。これは不可抗力だわ」
 さすがに真っ青になって駆け寄ったメージに、羽儀は濡れた髪を指の先でかきあげてぽつりと呟く。そう、これは不可抗力。他に方法がなかった‥‥ワケではないだろうが、たぶん1番早かったのだ。
 差し出された手拭を受け取って、ゆっくりと顔を拭く。そして、自分と同様、頭から水を被って濡れそぼったふたりの男に視線を向けた。
「さて、と。すっかり頭も冷えたみたいだし、喧嘩のワケを話してもらうわよ」
 寒空の下、立ち話もなんだから。と、親切にも場所を提供してくれるという甘味処に入っていく一行の姿を見送って。
「‥‥あれがホントの水も滴るいい女ってやつですかねぇ」
 しみじみと呟いた陣内の問いに、子供の手を引いた志乃が唇を尖らせる。
「そったらコト言ってねぇで。この子の親ば探すの手伝ってけれ」
 涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして飴を握り締める子供を見下ろし、陣内はやれやれと肩をすくめた。

=おわり=