【坂東異聞】 安珍・清姫
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月20日
リプレイ公開日:2004年12月24日
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●オープニング
土雛というものをご存知ですか?
いえいえ、たいそうな物ではございません。土くれを練って形にしたものを窯で焼いただけの物でございます。――ええ、中には彩色を施したりと良くできたものもございますが‥‥よく見かけるのは竈に置いたり、子供が遊ぶ玩具にございますね。
雛と申しますからには、なにかと意匠がございます。
今の季節でございますと、十二支や七福神といったものでしょうか。男雛、女雛の対になった物などは、みなさまもひとつ、ふたつご覧になったことがあるのではないでしょうか。
先だっての夏のことにございます。
江戸市中の混乱の折に乗じて、寺がひとつ押し込みにあいました。由緒ある寺ではございませんが、ここの和尚というのが少しばかり変わり者と言いましょうかサイケなところのある御仁でございまして‥‥。
よく相を見るということで、方々から様々なもの――例えば、心中の手首を繋いだ手拭いですとか、首をくくった荒縄といった始末に困る、いわゆる“いわくもの”を預かってておられたのでございます。――まぁ、大半は験が悪いだけの迷信でございます。が、稀に“当たり”とでも申しましょうか、“そういうもの”も確かに存在するのでございますね。
持ち出された品の中には、それなりに値打ちのものもあったということでございますから、知らぬ者には宝に見えたのでしょう。
おっと、話が逸れてしまいましたか‥‥そうそう、土雛の話でございましたね。
ええ、ええ。土雛そのものはそれほど値打ちのあるものではございません。寺に押し入った輩もさして気に止めなかったと見えまして、蔵から持ち出す時によく気をつけなかったのでございましょう。ふたつあるもののひとつを、ぶつけたか、落としたかして割ってしまったのでございますよ‥‥。
ええ、お察しのとおりです。
この寺に収められているものは、皆、なんらかの“いわく”持ちにございます。何事もなければと気にかけておりました。――単なる厄落としの品であるということもございますからね。
何事もないので安堵いたしておりましたものを、先日、とあるお寺から相談をいただきました。
夏の終わり頃でございましょうか。
江戸から数里はなれたその山寺に、小さな子供がやってきたというのです。といっても、それを見たのは小坊主ひとりでございまして。その小坊主の話によると、10歳ばかりの女童であったそうで‥‥その子供が土くれの男雛を鐘突き堂の軒下に埋めて行ったと申すのです。
それもなかなかに気味の悪い話でございますが。
まぁ、小坊主が申すところによれば、その時は特に何事もなかったのと、秋口の大雨で鐘突き堂が水に浸かったりと、なにかと忙しく忘れていたそうでございます。‥‥いえ、異変はあったのでしょうが気付かなかったと言うのが正しいのでございましょうね。
なにしろ、あの辺りは江戸と違ってずいぶん鄙びたところにございますから。
蛇のいっぴきやにひきくらい。うぞうぞと這い回っていても誰も不思議に思わなかったのでしょう。
秋になれば土に潜る、と。簡単に考えていたのかもしれません。
ええ、そうです、そうです。蛇でございますよ。寺の者たちが気付いた時にはもう‥‥手のつけられないほどの蛇が鐘突き堂に住み着いてしまっていたのだそうです。
とりわけ大きないっぴきがしっかり鐘を抱えてとぐろを巻いている様などは、謡いの場面を見ているようで恐ろしいとか――
もうお理解りにござますね。
皆様にお願いしたいというのは、他でもありません。
この山寺へ行って鐘突き堂を取り戻していただきたいのでございますよ。――正月が近こうございますからね。このままでは除夜の鐘突きもままなりませんし‥‥
どうか、ひとつ。助けると思って、お引き受け下さいまし。
●リプレイ本文
冷たい風が吹いていた。
琥珀玉のような太陽を天頂に戴くどこまでも高く冴えた碧落に、時折、白い風花が舞う。
江戸から数里。周囲を深い山々に囲まれた山間の古寺も、今は白く凍てついた世界の中にひっそりと‥‥。
やわらかな春の陽射しにぬるむまでの数ヶ月。山は静かな眠りの静謐に包まれているはずだった。
だが――
ふうわり、と。
突然、吹き寄せた一陣の風に季節外れの花びらが散る。
のどやかにも見える淡い春色の煙の中に馥郁と漂う花の香が漂うような‥‥
丙荊姫(ea2497)、田之上志乃(ea3044)のふたりが紡ぎ上げた“春花の術”――時ならぬ春の嵐に、細い山道を埋めていた無数の蛇はほんのわずか動きを止めた。
山肌を伝い降りる冷たい風が、術の煙を吹き払うまでの数刻。たしかに、そこは春の姿が見えたようにも思われて。
「うへぇ」
目の前に広がる光景に、志乃はくるりと大きな目を回す。寺の本堂から鐘突き堂へと続く細い山道。ひとふたりが肩を並べれば少し狭いようにも思われるその道を埋め尽くす蛇の大群。――今の季節であれば土の中に眠っているはずの生き物が、まだ目の前にて鎌首をもたげているその様は、異様としかいいようがない。
「飢饉の年にゃ、飢えねぇ為に仏様さ目ぇ瞑って貰っとったから、一匹や二匹なら怖くもなんともねぇけんど‥‥」
これだけの数が揃えば、さすがにちょっと気持ちが悪い。おったまげたなあと息を吐いた志乃の呟きを小耳に挟み、荊姫がほんの少し目を見開いた。
「ええ、と。それは、もしかして‥‥」
食べていたということかしら、蛇を。
無表情の裡にそんなことを考えてながら、まじまじと志乃を眺める。ぽっちりといかにも田舎者にございますといった風情の同業者は、荊姫とさほど歳の離れていないように思われるのだが。
「‥‥あなた、まだ若いのに苦労してるのねぇ」
天藤月乃(ea5011)も、思わずほろりと同情の涙をこぼした。――腹の虫が相手では面倒だとは言っていられないのかもしれないが‥‥なかなかに壮絶な人生だ。
「それにしても、面倒な依頼に関わっちゃたわ」
楽そうな依頼を選んだはずが、なにやらとんでもなく面倒なコトに関わってしまったと内心、冷や汗ものである。
「まったくだ」
「蛇に罪はないのだろうが‥‥」
どこからか探し出してきた棒切れで眠り込んだ蛇を藪に放り込みながら頷いた天羽朽葉(ea7514)に、同じくこちらは鞘に入れたままの剣を使って蛇を避ける橘蒼司(ea8526)も同意した。
「雪溶かす熱き想いに胸焦がし花の散り行く世の無常哉‥と、いったところか」
それにしても‥‥。鐘突き堂を占拠した大蛇を退治するのが、目的だが、その鐘突き堂へたどり着くのが一苦労である。
荊姫と志乃の“春花の術”も、それなりの効果はあるのだが何しろ蛇の数が多すぎて。――ましてタダ眠らせているだけであるから、棒でつついても目を覚ましてしまうのだ。
二股に分かれた赤い舌をチロチロとうごめかし、シュウと威嚇の音を発して襲い掛かる隙を狙う蛇を前に、何かを考え込んでいた火乃瀬紅葉(ea8917)が覚悟を決めた風に顔を上げた。
「このままでは埒があきません。露払いは紅葉にお任せくださいませ‥‥燃え上がる炎と共に!」
炎の精霊の加護を得て闘志を燃やした紅葉の身体が、一瞬、赤い光に包まれる。
「紅葉、参ります!!!」
完成した紅葉の呪文に従い、炎の精霊がその力の一端を垣間見せ。突如、地中から噴き出したマグマが効果範囲の蛇たちを一瞬にして焼き尽くし、吹き飛ばす。
強い熱風が肌を打ち、周囲に生き物の焼ける嫌な匂いが広がった。豪快すぎるそれを合図に、蛇たちも動き出す。
「安心して大蛇を討ち取ってくださいませ。皆様の背中は紅葉がお守りいたしまする!」
薙刀を手に大見得を切った紅葉の声に背中を押されるように、竜太猛(ea6321)、月乃のふたりが蛇を飛び越えた。
「こっちの相手はお願いね。下手に怪我したら大変だし、何よりあたしは面倒臭いことは嫌いだから、よろしく」
さらりと受け入れた月乃のような者もいれば、複雑な想いを拭えない者もいる。
呼び寄せられた蛇もまた呪いの被害者。なるべくなら、無用の殺生は避けるべきだと遠慮していた朽葉、橘のふたりも続く。
風を斬って閃いた西中島導仁(ea2741)の剣筋が、木立の上から紅葉を狙った蛇を切り捨てた。
「俺はこの場を手伝おう」
ふた振りの刀を構えた西中島、荊姫と志乃のふたりもこの場にて小さな‥‥だが、数だけは半端ではない敵を迎え撃つ。
●安陳・清姫
「さてと、仕事仕事。仕事は素早く終わらせるのが一番だし、頑張りますか」
鐘突き堂でとぐろを巻く大蛇を前に、ようやくその気になった月乃が両手の金属拳を構えた。変幻自在の接近戦を得意とする陸奥流。
さて、どこから取り組むか――
「まずはっ!」
闘気によって生み出した半透明の刀を振りかぶった朽葉が、大蛇に向けて斬撃を放つ。淡い紅の衝撃刃は、鈍色に輝く大蛇の太い胴に当り、滑らかな鱗にぱっと赤黒い血潮が飛沫かせた。怒りの咆哮が壁の無い堂を突き抜け、山間に張り詰めた冷気を揺るがせる。
力任せに振り回される尾の攻撃をかいくぐり、竜も右腕に装備した龍叱爪を硬い鱗の狭間に突き立てると同時に爆虎掌を放った。
耳を覆いたくなるような鈍い音は、骨の砕ける手ごたえだろうか。
シャア――
カッと開かれた喉の奥から洩れる威嚇の音が、悲鳴のようにも思われて。
巨大な口に食いつかれては、人間でも呑まれてしまうかもしれない。唸りをあげて襲った牙の攻撃を橘は水晶の剣で受け止める。白くきらめく牙と透明な石英の剣がぶつかり、火花を散らした。
ぎりぎりと力で競り合うその隙に、月乃、朽葉の攻撃も大蛇の命を削る。――この大蛇に、命というものがあればだが。
駆けつけた西中島も加わって、やがて力尽きた大蛇はずるずるとその身体を弛緩させ。
最後を看取った冒険者たちの目の前で、動かなくなった大蛇の身体は次第に薄く、色褪せ‥‥やがて、鈍い緑青に輝く鱗を残して消え失せた。
「‥‥消えた?」
弾む呼吸を整え、月乃が小さく呟く。
ナンだったの?
その問たげな視線の前で、ゆっくりと片膝をついた朽葉がそれを拾い上げた。小さな子供の掌ほどの――それでも、蛇の鱗にしては大きい方だが、これが大蛇の正体だろうか。
■□
冷たい風が吹いていた。
大蛇が消え、集められた蛇たちが全て逃げ出したその後は、やはりもの寂しい冬の世界で。寒さがことさら身に滲みるのは、激しい戦闘の昂ぶりが引いたせいかもしれない。勝利への純粋な喜びと、敗者への哀れみと‥‥揺れる心に風が吹き込む。
風花の舞う碧落は、悲しいほどに高く透明で。
「あったぞ!!」
牡雛を探すふりをしながらぶらぶらと時間を潰していた月乃は、その声に顔をあげる。鐘突き堂の一角で、朽葉と竜が土に埋もれた人形を掘り出しているのが見えた。手分けして他を当っていた者たちもわらわらと集まってくる。
「これが、呼んでいたモノか――」
土人形にしては品の良い顔立ちをしている他は、依頼人の言葉のとおりさほど値の張るようにも見えないただの土くれの人形だ。
「な? お雛様ってのは、お姫様のことだべな?」
何やら期待に眸をキラキラさせて、渡された土雛を大事そうに受け取った橘の手の中を眺めた志乃の視線の先で。
ぼろ――
「‥‥あ‥‥!」
水に浸かり、土に埋められていた牡雛は橘の手の中で脆く崩れ、もとの土塊へと還っていった。そして、最後に残ったのものは――。
「これは‥‥骨、でしょうか‥‥」
「ああ。指の骨のようだが」
白く硬い骨の欠片と、蛇の鱗と。
それが、ふたつの土雛の中に埋め込まれていたものだった。
「‥‥本当に謡いのようですね」
紅葉の言葉に、橘も頷く。
「これは、ともに供養していただくことにしよう」
ひとつにしてやれば、大人しく眠りにつくかもしれない。
●敵か、味方か?
「それにしても。寺に現われた女童とやらは、何故、寺の下に牡雛を埋めたりしたのでしょう」
荊姫が落とした疑問は、恐らくこの場にいた冒険者たち皆の心にあったものだ。
人里離れた山寺のこと。恨みを買うような覚えも無く、また、他愛ない悪戯というには手が込みすぎている。
「悪意と解釈するにも、どうも腑に落ちぬのぢゃな」
「と、いうと?」
聞きとがめた朽葉に竜は自らの見解を解いて聞かせた。
「‥‥依頼人の話だと牡雛が大蛇を呼んでいるものぢゃと思えるのう」
「ええ。災いの因となるもの――蛇の鱗と人の骨。対の雛に封じることによって災いを凌いだと考えるのが道理かと」
「それぢゃ。蛇を封じていた女雛は、押し込みの際に壊されてしまったのであったぢゃろ」
牡雛が大蛇を呼ぶものならば、その時点で大蛇の暴走は止められぬものであったといえる。件の寺は、この山寺よりも江戸に近い。そして、こういった古道具は田舎に持って行くよりも、江戸で売りさばくのがはるかに楽で足もつかないはずだ。
「‥‥江戸でこったら大蛇が暴れたら大騒ぎだべ」
ぽんと手を打った志乃に、そうじゃと頷き竜は煙管の火口に刻みを詰めて火をつける。青空にゆらりとうまそうな紫煙が立った。
「つまり、その女童は江戸から災いを持ち出したとも考えらぬかの?」
寺の一郭に埋めていくという行為も、あるいは、そうすることで災いが防げると考えたのかもしれない。――鐘突き堂が水に浸からなければ、あるいは、それで凌げたのだろうか。いかにも子供らしい浅知恵というべきか‥‥稚拙といえば、確かに利巧なやりかたではないのだが。
「‥‥それで、その女童はいったい何者なのでしょうか?」
一応の筋は通った。
だが、その最も根幹となる部分の謎は、相変わらず謎のまま。荊姫が発した問いに、答えられる者はいなかった。
=おわり=