●リプレイ本文
御夢、お見せ致し候――
午睡の淵に漂う記憶の泡沫(うたかた)、
望み、欲望、尽きることなく紡がれ、織り上げられる心の欠片
ご覧のとおり、拾い集めてお見せ致し候‥
●つぶらな瞳の‥
「まあぁ、かわいいー♪」
小さなての上にちょこんと座り、まあるい眸をきらきらさせて上目遣いに見上げてくる生き物に、風月明日菜(ea8212)は歓声をあげた。
小さな耳、小さな瞳、小さなお口。ぴんぴんとはねた細い銀色の髭に、くるりと巻き上げた身体のわりに大きな尻尾。――茶色に黒い縦じまの入った毛皮を着込んだ小動物は、間違うことなく、明日菜の大好きなリスさんだ。
山や林に生息する警戒心の強いその小さな生き物が、どういうワケか、今、明日菜のてのひらに乗っている。ぱっちりと見開いたつぶらな瞳は親しげな色を浮かべて明日菜を見つめ、尖った前歯がちらりとのぞく愛らしい口でちきちきと何かを語りかけてくる。――謡うように紡がれる小さな声は、“あそびましょう”と確かに聞こえた。
ふと周囲を見回すと‥‥。
そこはやわらかな木漏れ陽に包まれた森の中。優しく張り出した枝の上、切り株の陰、根元に生した苔を褥に、たくさんのリスが明日菜を取り囲んでいる。
「うわー、リスさんがいっぱいだー♪」
いったい何処から湧いて出たのか。
ぱちぱちと手を叩いた明日菜の声に応えるかのように、その数はますます増えて――
「あ、ちょと待ってー♪ 今、いいもの上げるからー♪」
リスの好物は、何だっけ?
そう思った途端、どこからともなく、ころりとどんぐりが転がった。
目敏く見つけた1匹が、すばやく走り拠って拾い上げる。太ったどんぐりを両手でしっかり抱えた姿も、また可愛い。
好物をせしめた仲間に気付き、われもわれもと方々で催促するその仕草に笑みを零し明日菜はいつの間にか両手いっぱいに受けていた木の実を、惜しみなくその愛らしい隣人に振舞った。
「ほーら♪ いっぱい食べて、大きくなるのよー♪」
その言葉が聞いたのか。
ごっくん、と。機嫌よく木の実を飲み込んだ仔リスが、むくりとひとまわりほど大きくなった。
「‥‥え‥?」
ぱちくりと瞬きした明日菜の前で、また、むくり。
むくり、むくりと、大きくなって――
「え? ええ? えええっ?!」
きゃあああ、と。悲鳴を上げたところで、目が覚めた。
枕元には、朝の光に艶やかに光るふとったどんぐりがころりとひとつ。
●憧れの、憧れの、憧れの‥
麦も粟も稗も入っていない白いご飯。
いい具合に焼き色の付いた鯛の尾頭付き。甘葛でやわらかく煮た栗の椀。ふわふわの出汁巻き卵、具沢山のお味噌汁、竹の子の木の芽和え、フキノトウ、トチ餅、団子、イナゴに‥蜂の子‥‥?
お姫様って、なぁんて贅沢。果報に過ぎて怖いくらいだ。
目の前にずらりと並んだご馳走の数々に、金襴緞子の着物を召した田之上志乃(ea3044)はうっとりと嘆息する。
「‥‥オラ、こんなに食いきれねぇべ‥」
思い悩んで憂う姿も美しく。
そう、お姫様には憂い顔が良く似合う‥はず。――さらさらと長く艶やかな濡羽玉の髪。どーん(?)と育った麗しの志乃姫は、なよ竹のかぐやも恥らうと評判で。
「――お茶淹れたけぇ、飲むだがね?」
どこも欠けたりヒビたりしていない湯呑みを運んできたのは、腰元とかいうお世話係りなのだろう。‥‥お隣のお姉ぇによく似ているが、気にしちゃいけない。
そう、お姫様はお茶を飲むのだ。
酒場や“ぎるど”で振舞われるような出がらしの番茶ではなく、八十八夜の頃に採れるやわらかくて上等な茶葉を使った高級なお茶。きっと、ものすごく美味しいにちがいない。
「お茶を飲んだら、絵ぇ描くだよ」
そういいながら隣のお姉ぇ‥‥ではなくて、腰元が運んできたのは、味噌の入った樽だった。
「これは何をするもんだべ?」
「何ゆーとるね。味噌にヒトってもじを書かねばなんねぇ。これはお姫様のお役目じゃ」
やっぱり遊び暮らすのは、お天道様に申し訳ねえ。
そう納得して、志乃は渡されたしゃもじで樽の中の味噌をペタペタとこね回す。――こねているうちに何やら楽しくなってきた。
「ハァ〜ァア〜ァ〜会津磐梯山は宝のやぁまァよ〜♪」
得意の謡いをうなってみるのも、また一興。
いつもならなぜか途中で逃げ出す周囲も、今日ばかりはやんやの喝采で誉めそやす。ついには皆が歌い出し。
――と。
すっかりご機嫌でかき回す味噌樽が不意に重くなり、中からするりと抜け出したのは、ぽってりと白い尾を持つ狐が1匹。
ぴょんと飛び跳ねて開け放った障子を潜り、富士のお山を正面に据えた風光明媚な庭に逃げ出す。
「あっ!!! こら、待つだよっ!」
慌てて追いかけ、縁側から飛び降りたところで目が覚めた。――さて、初夢の吉凶や、いかに。
●爆虎掌
「これ。何を寝ぼけておる! しゃんとせい!!」
人が良い気持ちで寝ているのに理不尽な。
何やらぷりぷりと怒鳴り散らす大声に、竜太猛(ea6321)はゆっくりと瞼を開く。目の前に懐かしい人物が立っていた。
痩せた身体に白い髭を蓄えた枯れた老人。まるで物語に登場する仙人のような‥‥そういえば、自ら仙人だと名乗っていたような。
「ええい。しっかりせんかいっ! このバカ者が。――全くもって情けない」
仙人を名乗る割には、言葉遣いや言動が妙に俗臭い。果たして本当に仙人なのかと、弟子入りしたばかりの竜も危ぶんだものだ。
右も左もわからぬ子供の身でありながら家を飛び出し‥‥その理由も、良くできる兄の存在に我が身を僻んで、とかなんとか。今から思うと、ずいぶんいじけた子供であったものだが‥‥行く宛てなく放浪しているところを拾ってくれた大恩ある人。今、ここに竜があるのはひとえにこの御仁のおかげ、頭が上がらぬのは致し方ない。などと、しみじみ思っている間にも、男の声はますます高く。
「ワシが其方を弟子しにしたのは、真の漢になれると見込んでのこと。それが、武闘大会のひとつやふたつ制するはおろか、勝つことさえままならぬとは‥‥」
分かれてもうずいぶんな歳月が経っているというのに、全てお見通しであるらしい。そのうえ、なかなか痛いところを付いてくる。
「立て! 立つのじゃ、太猛! 戦いはまだ終わってはおらぬぞっ!!!」
たん、と。
太い杖の先が地面を突く小気味良い音が世界に響き――
気が付けば竜は、あの武闘大会の競技場に立っていた。
目の前には筋骨隆々とした、いかにも強そうな大男がぎらりときらめく太刀を構えて立っている。
「ほれほれ、何をしておる。修養の果てにこそ、己の存在意義があるのであろう?!」
時に剽窃するかのごとく朗々と。強く響いた声に、竜は龍叱爪を装備した右の拳を強く握りしめた。
立ち向かって、こその壁。
越えてみせるのが、恩返し――
「いざ!」
十二形意拳・虎の段。腹に溜めた気合を突き出す掌底に込め、ひといきに解き放つ。
大歓声に揺れる競技場に、闘志の虎が駆け抜けた。
●拳で語る
――カァァァン‥ッ
蒼天に涼やかな玉響が突き抜ける。
受け止めた衝撃にビリビリと刀身を共鳴させて、氷川玲(ea2988)の手から弾き出された巨大な刀は、ざくりと大地を抉った。達人が持てば馬をも両断するといわれる刀、斬馬刀。10年ほど前、氷川がある男より受けついたもののひとつ。――そして、その男は今、木刀を手に10年前と変わらぬ笑みを湛えて立っている。
「中々やるようになったじゃねぇか」
どこからともなく瓢箪を取り出して、男は口角をあげてにやりと笑う。
確かに笑っているのが判るのに。どういうわけか、氷川の目には男がどんな顔をしているのかがよく見えぬ。
「‥‥なんだかんだで10年は長いぞ」
ほら、と。投げられた瓢箪を右手で受け止め、氷川はその植物の実を加工して作られた器から酒を煽った。生温い酒精が、戦いに乾いた喉を灼いた。
憎まれ口に気を悪くした風もなく、男は笑う。どこか楽しげな、太い笑みだ。その顔を見せるときは、機嫌が良い。
「俺が拾った獣とは思えねぇな」
「獣にも良い仲間。守りたいと真剣に思うヤツができりゃ、どんどん強くなるさ」
違いねえ。と、頷いて。ふと、探るようにその双眸をわずかに細める。――その得がたいものができたのか、と。束の間の沈黙は、それを問うているかのようにも思われた。
瞬きひとつ。あるいは、深く息を吸い込むような、ごくごく短い間を置いて。男はゆっくりと携えた木刀を肩に担いだ。
「さて、そろそろ往くわ。――ああ、そうだ。まだこっちにくんじゃねぇぞ。てめぇはまだ若い」
時に命を軽く考えてしまうほど。この男には珍しい、老婆心のような言葉に過ぎ去った時間の長さを感じる。
「‥‥既に捨てる命じゃねぇことは、わかってる」
安心しろ、と。そう伝えたかった。
「いずれまたこいや」
そんなことしか言えない自分が少しもどかしい。
照れ隠しに少し俯いて視線を逸らせた氷川に、男はまたにやりと笑った。
「ああ、また」
てめぇの成長、確かめにきてやる。
そう言って――
目を覚まし、床から起き上がった氷川の視界に最初に飛び込んできたものは‥‥
男より継いだ、“悪”一文字。
●夢で梅を踏め
「いい夢が見れるといいですね」
傍らの兄におっとりとやわらかな笑みを向け、おやすみなさいと優雅に一礼、床に入ったはずが‥‥気が付けば、なぜかそこは座敷牢。
大宗院鳴(ea1569)は困惑して記憶を手繰る。
神社で臨時雇いの巫女として働いていたところ、悪代官がやってきてお布施を寄越せと言ったのだ。
無体な悪行許すまじ、と。風の魔法を用いて雷を呼び、追い払ったまではいいが、その悪代官が今度は“先生”と呼ばれる悪人を連れてきて――
「‥‥わたくし捕まってしまったのですね」
日当たりの悪い座敷牢で、よよよと泣き崩れる鳴の名を呼ぶ涼やかな声がする。
もしやと顔をあげて捜せばそこに、颯爽と現われる人影。もちろん、義理の兄、大宗院透(ea0050)だ。――日々、女物の着物に身を包み江戸の街を闊歩している透が、今日は凛々しい侍姿。
「ああ、お兄様。必ず助けに来てくださると、わたくし信じておりましたわ」
「もちろんです。妹の危機、見過ごせるワケがありません」
日頃は寡黙な口も滑らかに。数割増し、格好いい。何やら後からありがたい後光が射しているような気さえする。
「さあ、逃げましょう」
手に手を取って、愛の逃避行‥‥
「ちょっと待ったぁぁ!!」
横槍が入るのは、もちろんお約束。
鳴を捕らえた先生ともうひとり、やたらに偉そうで奇天烈な衣装に身を包んだ大名が割り込んできた。
「うぬら、生きて帰れると思うな!」
「ええ、そんなぁ‥‥」
有無を言わさず、戦いに巻き込まれ。
頼みの綱の透もふたりを相手では荷が重いかもしれない。ここはわたくしが堪えねばと思うけれども、先生との力の差は歴然で。
嗚呼、大宗院鳴の運命やいかに――
「‥‥鳴‥‥くじけてはいけませんよ‥‥」
またしても涼やかな声を響かせて微塵隠れの爆発とともに現われたのは、いつもどおり艶やかな女物の着物に身を包んだ義兄、透。
「え?」
思わず眸を見開いた鳴に無表情にこくりと頷き、透はぽつりと何時もの声で囁いた。
「駄洒落です‥‥」
悪に屈する焦燥に覆いつくされた胸に、さあと眩い光明が射す。
毅然と顔を挙げて“先生”を見据え、鳴は風精を召喚し雷を纏わせた刀を中段に構えた。ゆっくりと息を吸い、そして――
「駄洒落を云ったのは誰じゃ!」
快晴の空に、雷鳴が轟く。
■□
「さすがですね、鳴‥‥」
私も負けていられません。
呟いた透の周囲。突然、霧が晴れるかのように薄暗い座敷牢が消え去り、大歓声の武闘大会の会場が現われる。
ただの武闘大会ではない。日本各地より我こそは駄洒落王だと自負する豪の者を集めての一大駄洒落大会なのだ。
集った強敵を次々に撃破して、ついに頂点まであと1歩。勝ち残ったのは透と、いまひとり。音に聞こえた悪の駄洒落大名‥‥本人ではなく、おめかけさん。
「着物を着れば、人気者っ!!!」
お色気たっぷりの妖艶美女の攻撃に、会場に吹雪が荒れ狂う。いそいそと逃げ出そうと背を向けていた記録係をも巻き込んで、辺りは絶対零度の銀世界。
「や、やりますね」
強烈な攻撃にもなんとか踏みとどまり、透はよく異性と間違われる綺麗な顔に勝利の微笑をゆたわせた。
「大宗院透、参ります‥‥大名は“ダメみょ”‥‥」
‥‥‥‥‥
‥‥この後、返す刀で悪の駄洒落大名をも倒した大宗院兄妹は、人々から“駄洒落姫”の称号を送られ、末永くこの世に和平をもたらしたという――
「いい夢見れました‥‥」
夢よりさめて言葉少なに語った透に、鳴もにっこりと微笑んだ。
「わたくしも――」
さて、新しき年−庚子(かのえねずみ)−は、如何なる年になりますことやら。
いっそう実り多き年となりますことを、心よりお祈り申し上げます。