雪達磨
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月18日〜01月23日
リプレイ公開日:2005年01月26日
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●オープニング
夜更けに降り出した粉雪は、明け方まで降り続き江戸の町を真綿で包んだ。
ひときわ冷えたその朝は、趣を変えた八百八町の方々で雪遊びに興じる子供たちの歓声が賑やかに雪雲に低く淀んだ冬空に響く。
両国橋にほど近い十間長屋で、よっつになったばかりの小梅が泣き出したのはそんなのんびりとした朝のことだった。
悲しそうなその声は、だが、そう切羽詰ったものでなく。どちらかといえば、聞き分けのない我盡を押し通そうとする時の――
大方、ふたつ年上の兄・草太に雪の玉でもぶつけられたか。そんな微笑ましい苦笑いで視線を向けた長屋の人々は、飛び込んできた光景に、思わずぎょっと目を剥いた。
両手で目をこすって泣きじゃくる古半纏の小梅の前で、粗末な着物に身を包んだ大柄な侍が土下座して詫びている。かき取った薄い雪の腕上に両手をついて這い蹲った姿は、いかにも冷たそうだ。――土下座した彼の側には、大きな雪達磨がふたつ。そびえるように立っている。
「すべてはワシが悪かった。何を言われたとて、申し開きのできぬ次第じゃ。どうぞ許してもらいたい」
それは、もう真剣に。平身低頭で詫びる若い侍の姿に、泣き続ける小梅はともかく、母親と兄の顔は困惑を隠せない。
■□
「‥‥雪達磨、ですか‥」
「そのとおり」
結城松風と名乗った若い侍の申し述べに、“ぎるど”の受付係は返答に窮して少しばかり目を泳がせた。
大柄な体躯はどうやら巨人族の者であるらしく、真摯に見下ろしてくる双眸の位置は、受付係よりも頭ふたつ分よりまだ高い。にこにこと屈託ない笑みを湛えた容貌は、若く見えるけれども二十代の半ばといったところか。
「朝、表の戸を開けるとこう辺り一面が真っ白で‥‥ワシの故郷も雪深い郷で‥‥」
つい嬉しくなってしまったのだという。
「‥‥はあ‥」
いったい何を言い出すのかと遠い目をしながら、受付係は曖昧に肯いた。密かに吐息を落とした受付係の表情には気付かぬ様子で、結城は笑顔のまま言葉を続ける。
積もった雪にすっかり嬉しくなった結城は、さっそく雪達磨を作ることにした。張り切っているうちに、ついつい自分の家の前に降り積った雪だけでなく家の向かい‥‥小梅・草太が住まう家の前の雪まで使い、大きな雪達磨をふたつも作ってしまったのだという。
「‥‥‥‥‥」
沈黙してしまった受付係にとってはともかく、結城にとってはなかなか充実した時間だったのだが、困ったことが起った。
長屋の向かいの家に住む小梅もまた、家の前に積もった雪を使って雪達磨を作りたいと考えていたらしい。
「迂闊にも、ワシは小梅殿の想いを踏みにじってしまったのじゃ」
それは不可抗力ではないだろうかと思わないでもなかったが。
悄然と肩を落とした大男の落胆ぶりに口を挟むのも憚られ、口入係はとりあえずその経緯をまとめることに腐心する。
「――で、“ぎるど”への頼みごととはなんでしょうか?」
「それじゃ。そのことで、是非ともそこもとらにお願いしたき儀があって、こうして参ったのじゃ」
せっかくの楽しみが不意になってしまい落胆した小梅に、積もったばかりの雪の中で元気に遊ばせてやりたい。
「‥‥って、雪を江戸まで運んで来いと仰るんでっ?!」
さすがに目を見張った受付係に結城は慌てて手を振り、それを否定した。
「とんでもない」
小梅だけでなく長屋の子供たち皆を、まだ雪の溶けぬ江戸郊外へと遊びに連れて行ってやりたいのだという。
「ははあ」
ようやく話の筋を呑み込んで、受付係はにっこりと業務用の笑みを浮かべた。
ただ、長屋住まいはそう裕福でなく、また片親しかいない家庭も少なくない。子供たちはともかく、親まで一緒に遊んでいればたちまち干上がってしまうだろう。
「つまり。結城殿と共に、子供たちを引率して雪原まで同行する者を紹介すれば良いということですね?」
「おお。そのとおりじゃ。ぜひとも、ご手配をお願いしたい」
実に嬉しそうな男の笑顔に、受付係はしみじみと己のスレ具合を実感したのだった。
●リプレイ本文
日頃の行いの賜物。
あるいは、軒に吊るしたてるてる坊主が珍しくありがたい霊験の片鱗を示したおかげか――
幸いその日は、朝から快晴。
抜けるような青空とぴんと張り詰めた透明な空気の中に、わきゃわきゃと子供たちの歓声が響く。
上は11から、下はよっつまで。男の子、女の子。各種取り揃えて、15人の子供たちが群れる姿は、微笑ましくも喧しい。
「はいはい。今から点呼‥‥みなさんの名前をお呼びしますから、呼ばれた方は元気に手を挙げてお返事してくださいね。――まずは、草太くん‥」
ぱんぱんと両の手を打ち合わせて注目を集め、高槻笙(ea2751)がとっておきの笑顔でひとりひとり子供の名を呼び、顔と名前を確認する。
大切な預かりものだ。道中ひとりでも欠けたりしないよう天羽朽葉(ea7514)も返される声の調子に耳を傾け、ひとりひとりの個性に留意する。――元気の良い子、臆面がちな子、せっかちくんに、のんびりさん。
「長吉くん‥‥はい。いいお返事ですね。‥‥次、花枝ちゃん‥‥」
その様子を見守りながら、アイリス・フリーワークス(ea0908)はちょこんと腰掛けた紅桜の鞍の上から、ちらりと傍らで自らの馬に荷を積み込んでいる男を見下ろした。
「‥‥晶さん。今日は下から覗いたりしたらイヤですよ〜」
「ははは、いやだなぁ。僕がそんなことするワケないじゃないですか。――先日のアレは、事故ですよ、じ・こ♪」
ちくりと刺された棘にも動じず、陣内晶(ea0648)は笑みを絶やさぬその顔に飄々と掴み所のない色を浮かべる。
「‥‥それに覗くなと言われたら余計に見たくなるのが人情ってもので‥‥」
ちらりと視線を向けた先は――
「え? 何か言いましたか〜?」
「いーえ、なんでも☆」
羽根妖精の秘密も気になるが、今回は他にも色々。――子供たちは小さいが、もしかしらたら、美人のお姉さんがいるかもしれない。もちろん、美人のお母さんでも、無問題。
「‥‥怪しいなぁ‥」
「うむ、危険だ」
紅桜の轡に手をかけた御神楽紅水(ea0009)の呟きに、丙鞆雅(ea7918)も小さく頷いた。だが‥‥
「それにしても、子供というのはいつ見ても可愛いいものだな。――あいつがあのくらいの頃は、そりゃあもう可愛くて可愛くて‥いや、今でも十分可愛いのだが‥‥」
何やら別の方向に、妄想が飛んでいる様子。かと思えば、こちらでも。
「‥‥私の歳ならばこの位の子供がいてもおかしくは無いのだろうな‥」
きゃあきゃあと無邪気にじゃれあう子供たちを眺めやり、眉間に縦シワを刻んだ無表情でしみじみと今の我が身を省みる火澄八尋(ea7116)のような者もおり‥‥。
睨まれているのかと怯えて泣き出した少女に、慌てる一幕も。
子供の父母をはじめ長屋の大人たちに見送られ、明るく楽しく、賑やかに。
●行きはよいよい
「雪だるまさ作るのは楽しいだな。――オラもあの朝はメシも食わずに、長屋の前にみっつも雪だるまさ作っただよ」
幼い小梅の手を引いてやりながら、田之上志乃(ea3044)はわけ知り顔で大きくうなずく。郷里から持参した蓑と二つ折りの編み笠を被った姿は、さながら雪童か座敷童。‥‥念の為に言っておくと、引率される側ではなく、する側だ。
「おお。田之上殿もか。実はワシもじゃ」
馬に積みきれぬ荷を背負った結城の笑みに、志乃はいっそう得意げに胸を張る。
「んだ。太郎さと次郎さと‥‥三郎さもちゃんと作っただよ」
雪達磨を作っただけなく、名前まで付けていたらしい。――今日も今日とて田吾作の背には、雪達磨を作るのに必要な小道具がしっかりと積んである。
「でも。松風さん、優しいんだね」
小梅の楽しみを横取りしてしまったお詫びと言うが、積もった雪は誰のものでもないし、早起きした者の勝ちだと言えば異を唱える者もいないはずだ。
「なのに、小梅ちゃんだけじゃなくみんなを雪遊びに連れて行ってあげるなんて、そう出来ることじゃないと思うよ」
紅水の嘆息に、自らの馬の轡を取った火澄も無言で首を頷かせる。
子供たちが好き勝手散ってしまわぬよう、道中の安全も考えて冒険者たちが引いた馬の間を歩かせることを提案、実践している火澄だったが、これがなかなか思案通りにはいかないもので――
固体によって幅はあるが、本来、臆病で神経質な生き物である馬は、突発的な奇声、歓声、飛び出し‥‥不測の事態に滅法弱い。そして、この馬にとって心穏やかならぬこれらの行動、何を隠そう元気な子供たちの専売特許だ。
総じて子供は生物が大好き。日頃、近づけぬ大型動物に興奮し、何かと気を惹こうと足元をちょろちょろと動き回られようものなら‥‥馬にとって子供はある意味、天敵かもしれない。
驚いて棒立ちになる馬を宥めて、すかして、引っ張って。馬にはそれなりの知識を持つ火澄だが、しみじみ呟く独り身の悲しさか、子供についての知識が少しばかり不足していたのが敗因だろう。
仲の良い子同士で手を繋がせれば、勢いも二倍。気が合わないと取っ組み合いをはじめ、男の子と女の子で組み合わせれば、気恥ずかしさから苛めてみたり。
「こら! ケンカするでねぇ。大きい童は、しっかり小せぇ子らの面倒みるだよ」
「‥‥ふむ、退屈ですか? では、少し雑談でもいたしましょうかね‥‥いえいえ、別に美人で年頃のお姉さんがいるかなんて、聞きたいワケじゃないですよ」
「ほら、こちらにおいでなさい。馬に乗せてあげましょう」
志乃が声を張り上げて。陣内、高槻が近くの子供の手を取っても、片方で轡を押さえていれば、当然、余る子もいるわけで――
「ああ、まったく。目が回りそうだ」
思えば、義弟はひとりであった。思わずぼやいた丙に、朽葉も苦笑をひとつ。ふと思いついて、雪原で暖を取るための燃料にと道すがら拾い集めていた枯れ木を示す。
「どうだ、皆もひとつ手伝っていただけないかな?」
これは意外にも効果があった。何かにつけ、大人の真似をしたい年頃。お手伝いの言葉にもそこはかとない大人の響きを感じとり、めいめい我こそはと張り切って‥‥。高槻の言葉に従い、雪うさぎの目に使う南天や千両の実も集める。動き回る様子に不安がないでもないが、行動の目的がはっきりしている分、目配りもやりやすい。なんとか馬と子供たちを折り合わせ、街道を北へのんびりと。
「どうでしょう、みなで歌でも」
「‥‥そ、それはちょっと‥‥障りが‥ある、かも‥‥」
ちらりと向けた紅水の視線の先には、小梅と手を繋いで歩く無敵の歌い手。
●雪原の戯れ
「わぁ☆」
一面の白い世界に、感嘆がおちる。
夏の頃には涼しげに稲葉をそよがせていた山間の水田も、今はどこまでも白い雪の下。――玄亥に各家へ戻った田の神がひと休みする季節ならではの遊び場だ。
「うわぁ、雪がいっぱいですよう」
清涼な空気を胸いっぱい吸い込んで舞い上がったアイリスの下で、わあと子供達の歓声が上がる。
「すごぉいっ!!」
見下ろせば、目を丸くして見上げている子供たちと視線があった。そういえば、シフールは日本では珍しいのだったと思い出す。
「わあ」
「きれい☆」
口々に発せられる歓声に何だか誇らしい気分で、いっそう高く――
「でっかいちょうちょだ!!」
危うく墜落しそうになって、アイリスは声を張り上げた。
「ち、違いますっ! アイリスはシフールですよう。ちょうちょじゃありません〜!」
「しふーるって、ちょうちょ?」
「きれいねぇ」
眸をきらきらさせて、口々に。誉められるのは嬉しいが。でも、何かが違う。ふわりと空を飛ぶアイリスの小さな体は、子供たちの羨望と悪戯心を存分に刺激したようだ。
「わ、わ、雪玉投げちゃダメですよ〜。アイリスは、ちょうちょじゃないんですから〜〜、わぷっ☆」
「なんと。アイリスさんは、今回は下穿き付きですか。‥‥いあ、これはこれで‥」
見回りの予定がすっかり雪合戦の的になってふよふよと逃げ回るアイリスの様子を微笑ましく眺めやり、陣内はいそいそと馬から荷を下して炊き出しの準備を始める。――温かい汁物と、正月の残りの餅と。手早くできて、誰もが好きなもの。しっかり、ちゃっかり、手際よく。女の子の着物の中を探るばかりではない、特技もあるのだ。
「ええ天気の時ゃ、目の下に墨を塗るだ。そうすりゃ眩しくねぇっつうてお師ょさまに教わったべ‥‥炭で汚れた手を誤魔化すタメに困ってやっとるワケじゃねぇだよ」
田吾作から下した炭と炭団を取り出して、志乃は雪だるま作りの極意を集まった子供たちに伝授する。
「オラが雪だるまの手本さ作るだから、よぉ〜くみとけ‥‥あ、よくも雪玉さぶつけただな。お返しだべ!」
気合を入れて取り掛かったはずが、いつの間にやら――
雪原に響き渡る歓声と、既に子供たちと区別がつかなくっているアイリスと志乃の様子に、高槻は微笑ましげな視線を向けた。
「雪は誰の心も素直に、無垢にしてくれる。不思議なものですね」
「‥‥そういうものだろうか‥」
ふむ、と。首をかしげた朽葉に高槻はやわらかく微笑んだ。
「ええ、そうですよ」
そういうワケで、と。高槻はどこからか取り出した襷をきりりとしめる。
「私も参戦してきます」
「は?」
「かつて雪玉笙ちゃんと呼ばれた私の実力、存分に知らしめてやりましょうとも!――あ、ダメですよ。いくら白熱しても石を仕込むのは反則です! そうそう、手ごわい相手は木陰まで追い込んで木を蹴飛ばして雪を落としてやるのです!!」
自らを律し日頃は決して慌てぬ志士が、子供と同じ目線で熱中している。確かに、一面の雪は童心に戻してくれるのかもしれない。子供と戯れる姿は、やはり純粋に楽しそうだから。
「やれやれ」
苦笑をこぼした朽葉を、畑の切れ目で作業していた紅水が手招く。
「田んぼだから、そうそう危険はないと思うんだけど。――まだ水が流れてる水路があるみたいなんだよね」
間違って近づかないよう縄を張って回っているのだとか。
「‥‥手伝おう‥」
こういうことは、気付いてしまった者の仕事なのだ。子供たちの声に誘われて、山からよからぬものが下りてこぬとも限らないから。損な性分だと思わないでもなかったが、皆がみな浮かれて舞い上がっていては引率の意味がない。
●カマクラと雪達磨
遊び始めの熱狂が冷めれば、自然といくつかの群れになるものらしい。
アイリス、志乃、高槻らと雪合戦に興じる子。結城、朽葉、紅水と雪達磨や雪兎を作る子。丙や火澄と一緒に大きなカマクラを作ろうと雪を集める子もいれば、小気味の良い音を立てて燃える炎に魅力があるのか陣内の周囲をうろうろする子もいたりする。
「そういえば、家程の大きな雪達磨を作るのが子供の頃からの夢だったのですよね」
「‥‥いや、それはさすがに夢だろう」
こんもりとお椀を伏せたように盛り上げられた雪の山を見上げて足を止めた高槻の懐古に、首にかけた手拭で汗を拭いながら丙が応える。――吐く息は白く、溶ける様子のない雪も寒さを告げていたが、動いた分、笑った分、心と身体は温かい。
雪を積み上げ、雪洞を掘り‥‥簡単そうに見えて、かなりの重労働だ。
火澄とふたり。子供たちを指導して作り上げたカマクラは、残念ながら、全員が入れるほど大きくはない。――かわるがわる中に入って、陣内が焼いた餅を食べたり、温かい汁物をすすったり。いかにも楽しげな笑顔に、たまった疲労も泡雪のように消えうせる。
「これを、私にくれるのか?」
出発前に、火澄の仏頂面に怯えて泣いてしまったお詫びらしい。小さな手が差し出した雪兎に、火澄はその褐色の頬をぎこちなく弛めた。
「そうか、ありがとう」
壊さぬようにそっと受け取り、礼を告げると少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。帰りを待っている長屋の皆への土産に、ひとつ欲しいと思っていたのだ。精霊の加護を祈って凍らせれば、溶かさず持ち帰ることもできるだろう。――用意した木箱が無駄にならずに済んでよかった。
巨大雪達磨の野望を諦めきれない高槻は思案げに周囲を見回し、ふと、紅水と小梅、結城が転がしている大きな雪の玉に目を止める。
「おや、結城殿、ご精が出ますね」
にこやかに声を掛けて近づくのには、もちろん、下心があるわけで――
■□
「おや、これはこれは――」
「わぁ☆ すごいですよう〜」
「こったら楽しげなコトに、なして、オラを呼ばねぇだ」
「なんとゆーか‥‥すごいわね」
雪原に出現したその不思議な雪の塊を、それぞれの表情で見上げた口が言葉を紡ぐ。
カマクラの上に大きな雪の玉が乗り。炭と炭団で目と口が描かれたその顔は、まごうことなく雪達磨。
だが、その胴の部分に掘られた雪洞は、やっぱりカマクラ。異様な中にも愛嬌のあるその顔が、得意げな高槻に似てるのはきっと気のせいではない。
戦い終わって、日が暮れて。
すっかり遊びくたびれた子供たちを馬に乗せ。あるいは、背負って江戸へと戻った冒険者たちが、翌日、筋肉痛に見舞われたのも‥‥また、楽しい思い出、記憶を辿る縁(よすが)となった。