蝦蟇の油を‥
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月19日〜06月26日
リプレイ公開日:2004年06月24日
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●オープニング
あいよ、いらっしゃい。
‥‥ほぉ、お前ぇさん、ちょいとばかし見かけぬ面だね、どこからおいでなすった?
お江戸へは初めてかい? 生国では何をなさってたんで‥‥おっと、野暮な詮索はよしときましょう。こちとら頼んだ仕事さえキチンとやってもらえりゃ、氏素性は関係ねぇ。
おや、もう仕事の話がしてぇのかい?
見かけによらず野暮な御仁だ。まぁ、いいだろう。あっしもそれが商売さね。引き受けてもらいてぇ仕事は山とある。
その前に、だ。
単刀直入に聞かせてもらうが、お前ぇさん、こういった仕事は初めてかい? おっと。そんな顔をするモンじゃないよ。あっしもコレが仕事でね。依頼は受けたが、成せませんでしたでは、沽券にかかわる。
お前ぇさんだって、まだ死にたくはねぇだろう?――脅すわけじゃねぇが、あっしが扱う仕事はそこいらの口入屋とはワケが違うんだ。
そんなことは、もちろん理解ってる?
その心意気は立派だが‥‥やはり、最初は身の丈にあった仕事からこなしてもらうことにしようか。あっしもその方が安心さね。
さて、と。
お前ぇさんに頼みたい仕事ってのは、だ――。
「蝦蟇の油」ってのを、知ってるかい?
さぁてさて、お立会い。手前持ち出したるは、四季蟾酥の四六の蝦蟇の油‥‥四六、五六はどこでわかる、前足が4本で後ろ足が6本、これを名づけて四六の蝦蟇――てぇ、売り口上が話題のアレだ。
さる薬問屋の売れ筋でね。
ウソかマコトか知らねぇが。切り傷から、かぶれ、虫刺されに吹き出物まで。これがよく効くと評判の妙薬で‥‥なんでも、日に百は売れるってぇ話さね。
ほう。お前ぇさんもご存知かい?
知っているなら、話は早い。――お前ぇさんにやってもらいてぇのは、他でもない。その大見世から請け負った依頼でさ。
なぁに、それほど難しい仕事じゃねぇ。
江戸より北へ3日ばかり行ったところに、だだっ広い沼がある。沼といっても、半分が葦に覆われた泥田みてぇなもんらしいがね。名前は何と言ったかな?‥‥まぁ、いい。行きゃぁ、おいおい判るこったろうよ。
とにかく、だ。そこへ行って、沼に住む大蛙を1匹、ふん縛って来てくれねぇか?――何に使うかって? そりゃあ、お前ぇさん。それを聞くのは野暮ってモンさね。
引き受けてくれるかい?
そりゃありがてぇ。お前ぇさんの活躍、期待してるよ。
ああ、と。ひとつ忠告だ。
たかが蛙と言うが、とにかくその大きさが尋常じゃねぇ。聞くところによると、身の丈は人と同じ、羽根妖精くらいはペロリと呑んでしまうってぇ話だ。力もべらぼうに強ぇ上に、毒にやられると命に関わるって噂もある。
――まぁ、何にしろ、よく気をつけて行ってきな。
●リプレイ本文
●蛙ぴょこぴょこ
深泥沼――
鈍い緑青の水を湛えた水辺は土地の者から、その名前で呼ばれていた。
半分は浮き草の茂る沼地。後の半分は、背丈よりも高い葦原が広がっている。里山の緑を水面に映す深泥沼は、風光明媚な景勝地にも思われた。
「カエル〜、ゲコゲコ〜♪」
雨色の雲を幾重に積んだ梅雨空の下、一条深咲(ea0485)の怪しい鼻歌が湿っぽい沼風に乗って静かな水面に漣を刻む。深い葦原が思惑を秘めてざわりと揺れた。
ギルドから借り出してきた大八車を天城烈閃(ea0629)の馬に引かせて歩くこと3日。街道に置かれた宿場町に泊まったり、野宿をしたり。なかなか楽しい旅すがら。――下は10〜上は26まで。妙齢の女性が多いせいか、道中も和気藹々と華やかだ。
行楽、遊山の浮かれ心は、ひとまず置いて。
大蛙捕獲の相談どおり、各々、手筈を整え始める。
「あたし、蛙、好き」
岩倉実篤(ea1050)を手伝って罠を仕掛けていた由加紀(ea3535)は、網に縄を結わえる手を動かしながらぽそりと小さく本音を洩らした。立派な蝦蟇使いを志す紀にとって、蛙は大切な相棒であり、当然、愛着もある。仕事とはいえ、どうこうするのはちょっとばかり気が重い。
「‥‥まぁ、なんだな。蛙には気の毒だが、役に立つ薬の為だ」
慰めにもならない曖昧な言葉をかける岩倉は、実は”蝦蟇の油”の愛用者だった。報酬として安く分けてもらいたいと考えていたりする。――因みに、同行者のレオーネ・アズリアエル(ea3741)は、薬としての効能を眉唾だと思っているらしい。この辺りは、お国柄、国民性の違いだろうか。
精霊魔法が発動する淡い緑系の光に包まれ、天城はううむと小さな呻きを落とした。
生き物の呼吸を感知し、その数や距離、大きさなどを測るこの魔法。闇に潜んで待ち伏せる敵を探るには効果的だが、自然豊かな沼地には不向きな気がする。
なにしろ、広い葦原のそこかしこから息吹が伝わってくるのだ。――大きな気配もいくつかあるが、大蛙かどうかは判じがたい。
「‥‥この辺りには、大蛙の他に色々住んでいるようだな」
一抱えほどあるすっぽんを前に、天城は傍らの御神楽紅水(ea0009)に苦笑う。今日の夕餉は、すっぽん鍋に決定だ。滋養もつく上に、保存食の消費も抑えられてとっても経済的な収穫である。
江戸を発つ前に見聞を集めていた紅水は、天城の言葉に人当たりの良い笑みで応えた。
「ええ、と。大蛙の他に鯉、鮒、手長えびが獲れるらしいよ。すっぽんもいたし、深い所へ行ったら洵菜が見つかるかも」
野宿の夕餉が、ますます豪華になりそうだ。
ほう、と。感じいった声を出した天城の前で、紅水は思い出したようにぽんと手を打つ。
「あ、それから、蛇とか毒蛙とか蛭もいるって言ってたかな」
それは‥‥あまり、嬉しい出会いじゃないような気が‥‥。
●蛙的美人
一般的な見解として。
――蛙はとても臆病な生き物である。
少しばかり規格が大きかろうが、致死性の毒を持っていようが。中身は、普通の蛙であった。
羽根妖精をひと呑みにする。という逸話は、羽根妖精が餌として手頃な大きさ‥‥蛙の規格を物語る喩え噺であって、決して――
大蛙がヒトを取って喰う。
‥‥などという、恐ろしげな奇談ではない。
大蛙に狙われる囮役として水浴びを買って出た深咲、レオーネ、西方亜希奈(ea0332)の3人を見送って、岩倉はなにやら釈然としないものを感じて首をかしげた。
多少の誤差はあるものの、羽根妖精の約3倍。
それも、集団で行動している人間を。大蛙が餌だと誤解して襲うなんてコトがあるのだろうか‥‥いや、ない(反語)。
女性の水浴びを覗きにやってくるとすれば、相当な助平蛙である。そもそも、蛙の審美眼が人間と同じ基準にあるのかどうか‥‥。
「あたし、そんなこと、知らない」
岩倉の視線を受けて、紀はふるりと首を横に振った。そして、自分の意見を付け加える。
「あたし、蛙、好き。蛙、あたし、好き、あたし、嬉しい」
紀は蛙が好きなので、蛙も紀を好ましく思ってくれていれば嬉しい。と、いったところか。独特の言い回しを自分なりに解釈し、岩倉は腕を組んでどこか嬉しげな紀の顔をしみじみ眺めた。
「そうか」
‥‥ここで納得してはいけない。
紀のように蛙を好きだという女の子は、かなり珍しいと思う。亜希奈や深咲が、蛙好みの美女とか蛙小町なんて呼ばれて喜ぶかどうかは、非常に微妙だ。
「‥‥い、いやらしい目付きで見ないでよ‥‥」
囮として仕方なくやっているのだ。――梅雨時の蒸し暑さに閉口し、旅の埃を気持ちよく洗い落としているわけでは断じてない。
浮き草の上で3人の様子を観察していた雨蛙が亜希奈に睨まれ、ぴょこんと跳ねて水の中へと姿を消した。
「蛙を捕まえたら温泉にでも行って、のんびりしたいわよねぇ」
深咲と亜希奈の艶姿をちらちら眺めて妙な秋波を送りつつ、レオーネは朱唇の端に妖しげな笑みを揺蕩わせる。
「私、ふたりの背中を流してあげるわ」
レオーネの嗜好の方が、蛙より遥かに危険に思われるのだけども‥‥。
●見参、大蛙!
噂には、聞いていたけれど――。
でん、と。目の前に鎮座する巨大な生き物に、鬼嶋美希(ea1369)はしばし、ぽかんと顎を落とした。
美希だけでなく、報せをうけて駆けつけた天城や紅水も、俄かには信じられないといった表情で、それぞれ、目を丸くしている。
ぎょろりと動く大きな目。ぶよぶよした身体のいたるところに拳ほどのイボがあり、湿り気のある皮膚はぬらりと不気味な光沢を帯び‥‥やはり、可愛いという形容詞からは程遠い。
圧巻なのは、その大きさで――
身の丈、五尺(約1.5m)。横幅もあり、重さ50貫(200kg)はあろうかという大蝦蟇だ。――仕掛けた網が持ち上がらず、足のあたりに申し訳程度に巻きついている。
呼吸にあわせ喉元が収縮される様は、一種、壮観でさえあった。
平たい頭の両端についた大きな目が見慣れぬ闖入者たちを映して、ぎょろりと動く。両生類の表情はよく分からないが、機嫌が悪いのは確からしい。――突然、罠に絡められたのだから、当然といえば当然か。
唖然と取り巻く二本足を前に、どうしたものかと思案しているようだ。
今のところ積極的に攻撃してくる様子はない。だからといって、大人しく用意した大八車に乗ってくれるはずもなく‥‥。
「――やるしかないか。さて、効果があるかどうか」
呟いて天城は担いできた長弓に矢を番えて、きりきりと引き絞る。鏃の先に塗りつけた草の汁が、何やら青臭い匂いを発していた。覚えたばかりの知識を頼りに道中集めた毒草である。抽出法を間違えていなければ、大蛙を麻痺させることができるはずだ。――劇薬を扱うには、経験と技術も必要である。
‥‥‥ヒュウ‥‥ッ!!
放たれた矢が大蛙の頬を翳め、葦原に飛び込んだ。
それを合図に美希とレオーネが泥を踏んで攻撃を仕掛ける。岩倉、亜希奈も抜刀し、大蛙の退路を立つように足を運んだ。足場が悪いが数が多いので、敵も攻めあぐねているらしい。
ぶん、と。ハエを追うように振り上げられた水かきのついた大きな手を掻い潜り、美希が力を溜めた刀を振り下ろす。
「ちぇすとぉぉぉっ!!」
閃いた白刃がぶよぶよした皮膚を切り裂き、ぱっと体液が飛び散った。相手を叩き伏せるような太刀筋が身上の薩摩示現流。その極意は、攻め続けることにある。ぬかるみで踏ん張りが利かず会心の手応えではないが、それでも大蛙は怯んだように身を捩った。
その顔面に紅水が放った精霊魔法が、水の塊を飛礫のように叩きつける。‥‥水そのものは得意でも、当たればそれなりに痛いかもしれない。
毒舌を警戒し、厚手の着物を身につけた岩倉は苦戦していた。身を包む部分が多い分、動きに制限が多くなる。また、今の季節特有の気温と湿度も拍車をかける。
くりだされる毒舌や膂力に頼った殴打を一重で躱しているうちに、息もあがって――。
居合いは、刀を抜くまでが勝負。陸の上では神速の剣を誇る岩倉だが、湿地帯での素早さは大蛙に一日の長があった。踏み込もうとした足が、すり足がぬかるみの弛い泥にとらわれた。
一瞬の隙を逃さず、毒をもつ舌が襲い掛かる。
「‥‥‥く‥‥っ!!!」
体勢を崩しながら刀を構えた岩倉の視界に、突如、煙幕がまき起こった。
「忍法!! 大ガマの術っ!!!」
印を結び、呪文を完成させた紀の声に被って、どーんと鳴り物が響くような衝撃が沼を揺るがす。創り出された身の丈10尺(約3m)の大蝦蟇が、どたどたと地響きを立てて大蛙に突進し、弾き飛ばした。
‥‥‥か、怪獣大戦争‥‥
●目指せ、温泉
「やれやれ‥‥蛙に馬を乗っ取られるとは」
滑稽なものだな、と。自嘲めいた呟きを洩らし、大八車を引っ張る馬の引き綱を手に岩倉はがくりと肩を落とした。
暴れ出さぬようにと筵で簀巻きにされて荷台に乗せられた大蛙が干からびないように、時折、水をかけてやりながら紅水が慰めるように言葉をかける。
「上手く捕まえられて良かったよね」
「でも、泥だらけだよう。なんだか生臭い気もするし――」
「温泉行きましょ、温泉。背中を流してあげるわ」
顔にまで跳ねた泥を拭いながら零した亜希奈に、レオーネがここぞとばかり誘いをかけた。エジプトには温泉に入る習慣などなかったのだが、すっかり気に入っている。――確かに、一風呂浴びてさっぱりしたいところだ。
「いいですね」
深咲の相槌を小耳にちょっぴり首をかしげ、紀はちらりと荷台の大蛙に視線を向ける。
「蛙ぐるぐる、ちょっと可哀相‥‥あたし、蛙、好き」
「‥‥まぁ、なんだな。蛙には気の毒だが、役に立つ薬の為だ」
大蛙を逃がしかねない紀の言葉に、岩倉が苦笑してどこか曖昧な慰めを口にした。
=おわり=