【坂東異聞】 怒りの初午
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月09日〜02月14日
リプレイ公開日:2005年02月15日
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●オープニング
吹く風は未だ冷たく厳しいが――
立春を過ぎれば世間はめっきり春が近づく。
せっかちで知られる江戸っ子のこと。あちらで梅が咲いたとか。どこぞで鶯の初音が聞かれただのと、とかく春の姿を求めて気ぜわしい。
繁華な目抜き通りに面した“ぎるど”でも。誰が持ち込んだものか、唐渡りの三彩に挿した白梅が一枝、外気を隔てた薄暗い室内に馥郁と清涼な華を零す。
そんな心ばかりの粋では蔓延する煩雑さをいかんともしがたいのが、“ぎるど”の“ぎるど”たる所以。
今日も今日とて、頭を悩ます諸々のやっかい事の解決を頼みに訪れた者。あるいは、仕事を探して訪れた冒険者たちで繁盛していた。
「‥‥初午(はつうま)ですか‥?」
受付窓口に座った手代は書付の手を止めて、番台を挟んで向かい合った初老の男をまじまじと眺めやる。
「左様」
静かに頷き、相談者は鷹揚に手を伸ばし傍らの湯呑みに手を伸ばすと、たむろする冒険者たちに振舞われるよりはいくらか値の張る番茶で喉を湿らせた。
白いものが混じった灰斑の髷がそれなりの年期を感じさせるが、背はまっすぐに伸び、恰幅の良い身体に漲る気力に衰えはない。いっかどの人格者に見える落ち着きと貫禄を備えた風貌は大店の主、大番頭といったところか。――黒紋付の羽織に袴をむりなく着こなした様子なども、番台に座るようになって間もない手代など足元にも及ばないだろう。
なんとなく苦手意識というか、やりにくさを感じてしまうのも道理。
黒紋付など羽織って“ぎるど”を訪れるなどロクなものでは‥‥いや、身元の方はこれ以上はないくらい確かだ。
俗に、大江戸八百屋町という。その方々に散らばった長屋。町衆、そして、冒険者たちの寝起きの場所となる棲家のまとめ役‥‥大家とか差配人と呼ばれるその人物を前にして、改まるなと言う方が酷かもしれない。何やら肩に力の入った手代の前でゆっくりと茶を飲み干すと、男はおもむろに言葉を継いだ。
「初午にございます」
二月最初の午の日。
この日は、お稲荷さまの祭日で、朝から終日やかましい。――江戸市中にちりばめられた稲荷の祭事である上に、主催として働くのは子供たち。つまり、鐘は鳴らし放題の太鼓は叩き放題で、口々に囃し言葉を唱えながら街中を練り歩く。喧騒の苦手な者。静寂を友とする者には、けっこうな試練の日となるわけだ。
とはいえ、子供たちに悪気があるわけでなく。また、年に一度の祭事である。苦いものを噛み締めつつも堪えるのが、できた大人というものではなかろうか。
「実は、困っておるのです」
言葉ほど困窮している風には見えなかったが、男は茶を飲み終えてふぅと小さな吐息を落とした。
彼が差配を任された長屋の界隈――さほど広くない町内に、5つの長屋と3つの稲荷社があるのだが――ここのお稲荷さまは、どうやらこの初午の喧騒がお気に召さないらしい。
「‥‥はあ?」
お気に召すも、召さないも。何やらおかしな展開に手代はようよう自らの役目を思い出し、取り上げた筆の先をすずりで洗う。
「ええ、と。具体的に言いますと。――その‥罰が当るとか、そういうことなのでしょうか?」
「‥‥罰と言って、いいのかどうか‥」
顔をしかめた差配人が、言いにくそうに語ることには。
罰というほど深刻ではない。だが、どうにも気味の悪いコトが起り始めたのは、数年前の初午の直後だった。
「真夜中に、大騒ぎをする者が‥‥いえ、誰もその姿を確かめたワケではございません」
皆が寝静まった真夜中に。突然、鐘と太鼓を打ち鳴らし、大声で囃しながら長屋の中を歩きまわった者がいたのだという。――物音に叩き起こされた長屋の者がしんばり棒を片手に引き戸を開けて飛び出した時には跡形もなく。木戸番はもちろん、不審な者を通した覚えはないと言い張り、また、囃しの声に覚えのある者もいなかった。そんなことが、3日ばかり続いて、長屋の者は深刻な寝不足に悩まされたらしい。
次の年は、長屋をあげて塗りなおしたばかりの土壁に真っ黒な子供の手形、足型が転々と‥‥。
その次の年は――
「と、まぁ。実害はさほどでもないのですが、とにかく気味が悪いし、後味もよろしくない」
「‥‥‥それは‥確かに‥」
想像して思わず眉をしかめた手代にもったいぶって頷き、依頼人は先を続ける。
何しろ因果関係がはっきりしているので、これはお稲荷さまの仕業に違いないということになった。
だが、この町内には社がみっつ。さて、どの稲荷さまの勘に障っているのかが判らない。ひとつを立てて、あとのふたつを怒らせては意味もなく。また、年に一度の大役を楽しみにしている子供たちも多ければ、せっかくのやる気を摘んでしまうのも忍びない。
「そういうワケで、ですな‥」
「‥‥そういうワケ‥ですか‥‥」
なにやら形の見え始めた依頼の顛末に、吐息をひとつ。
「左様。本日、こちらにお願いにあがりましたのは、初午の行事をつつがなく収めるための段取り‥‥つまり、お稲荷さまのご機嫌を取り持っていただきたいのでございます」
さらり、と。おそろしく無茶なことを言う。相変わらず腹の内を隠して細められる人の良い視線の先で、手代は半ば自棄気味に依頼状をしたためた。
●リプレイ本文
二本足というのは、ちょっと風変わりな生き物だ。
まず、この世の誰よりも威張っている。そのくせ、強いかというとそうでもない。――中には腕の立つ者もいるが。ほとんどの二本足は、どちらかというと脆弱だ。
手先は器用で、木や石を上手に使って牙や爪。あるいは、毛皮や甲羅の代わりになるものを作ったりもする。
それで、利巧なのかと思えば、天変地異や忍び寄る危険の前兆にはまったく鈍感であったり、群れ同士で殺しあったりと‥‥支離滅裂だ。
不思議といえば、せっかくこしらえた食べ物を誰も住んでいない家の前に置いていったり、石や木の像に食べさせようとするのも変わっている。それについては、まぁ、美味しい思いをさせてもらっていたりもするのだけれど。
何でもかんでもありがたって手を合わせるのは良いとして。――あのバカ騒ぎだけはやめてほしい。
●御遣い姫の影法師
祭の準備に浮かれる心は、裡に秘めてはおけないらしい。
綻びの兆しさえない冬越しの芽を散りばめた木立の隙間を、どこか華やいだ空気が流れる。
「よぉし☆ これでええだ」
寒空の下、満足げに響いたその声に、幟を立てた社の周囲を丁寧に掃き清めていた巫女装束の大宗院鳴(ea1569)は、田之上志乃(ea3044)が指差す謎の物体におっとりと首をかしげた。
「まあ、なんですのそれは?」
どこからか拾い集めてきたらしい在り合せの木っ端で組み上げた積み木の山に、妖しげな落書きを貼り付けた‥‥。
「お稲荷さんだべ」
自信満々で胸を張る志乃の説明に、一応、頷きはしたものの。境内で剣舞の型をさらっていた天羽朽葉(ea7514)共々、少し困惑したように顔を見合わせる。
「菊川どんが探して来てくれるっつー場所に、仮のお社を用意すりゃええと思って作ってみただよ」
初午の後、夜な夜な長屋にもたらされるという怪事。原因は、この界隈のお稲荷さまであるらしい。
お稲荷さまが祭りの騒ぎを嫌っての障りであるなら、そこを避難の場所に。‥‥もし、こっそり皆の真似をして騒いでみたかったのなら、遊びの場所に。
我ながら名案だとにんまり得意げな娘と彼女の力作を見比べて、鳴と朽葉はなんとも奇妙な表情を浮かべて口を噤んだ。
「‥‥それは‥確かに良い案だと思う‥の、だが‥‥」
どこか、釈然としないのは何故だろう。胸中のもやもやを上手く表す言葉を探しあぐてねて、朽葉は思わず頭を抱えた。
意図するコトは理解る。
志乃がお稲荷様、長屋の人々の為に、一生懸命力を尽くしていることも知っていた。否、知っているからこそ――
志乃が丹精込めて作った仮の社と思われるモノが、
お稲荷さまの怒りにいっそう油を注ぎそうな代物である。とは、とても言い出せずに沈黙する心優しいふたりであった。
救いを求めてさほど広くもない境内を見回した鳴の目に、こちらも何やら不可解な行動をしている娘がひとり。
「‥‥探し物でしたら、わたくしもお手伝いいたしましょうか?」
親切な言葉をかけた鳴に、膝を折って社の床下を熱心に覗き込んでいた御神楽紅水(ea0009)は、顔をあげてにこりと笑う。
「ええっと。探しものといえば、そうなんだけど‥‥」
紅水の探し物。それは、白い狐であった。
「‥‥狐か‥」
「なんだ、紅水さは狐を探しとっただか? 狐ならほれ、そこに」
ちらりと目を動かした朽葉の視線の先。志乃がぴしりと指差したその先には、石の狐。――言わずと知れたお稲荷さまの御遣い姫だ。
「あ、うん。そうじゃなくてね‥‥実は、その‥唄を歌うお稲荷さまに、ちょっとだけ心当たりがあるんだ」
稲荷の社で災いを暗喩する古いはやり唄を歌った女の子がいたという。――残念ながら、長屋に響いた囃しの声が少女のものだという確かな証は得られなかったが。
「ふむ。不思議な少女の話なら、私もひとつ知っているぞ」
紅水の言葉に、朽葉も思案を巡らせた。‥‥以前に関わった依頼の中に、そんな話があったと思う。
「そういえば、わたくしが目を通した“報告書”の中にもいくつか‥‥」
鳴にも、覚えがあるようだ。
江戸、あるいはその近隣で起る小さな怪異。その前後に、時折、稚ない少女の姿が見え隠れする。
善であるのか、悪であるのか。
その真意は未だ定かではないのだけれど――
「いつも噂だけで1度も会った事ないんだもん。会ってみたいな。会って、お話がしてみたいよ」
聞いてみたいこともある。
もし、異変を報せてくれていたのなら、礼も言いたい。
紅水の吐息に、朽葉も静かに頷いた。
●稲荷のきもち
お稲荷さまは、いったい何にお怒りなのか?
はたまた、本当に怒っているのか。
群れて遊ぶ子供たちに声をかけ、手間賃に駄菓子など握らせて稲荷社への案内を請うた菊川響(ea0639)は、長屋で起ったという初午の怪事について話を聞いてみた。
「真夜中に誰かの囃し声がしたんだろう?」
鐘を鳴らし、太鼓を叩いて。
昼間の大騒ぎそのままに。飛び起きた長屋の住人たちが引き戸を開け放った途端、ぱたりと音が止んだという。
「‥‥誰も居なかったのか?」
「うん。だあれも」
木戸番は誰も通した覚えはないと言い張り、子供の悪戯を疑ってはみたものの皆が寝静まる深夜のことで、また寝床を抜け出した子供はいなかった。――家族が身を寄せ合って暮らす手狭な長屋。まして、戸締りの厳しい今の季節であれば、こっそり抜け出すのも難しいような気がする。
「それじゃあ、手形足型はどうだろうか?」
泥遊びに興じた熱がさめやらず‥‥ついついやってしましそうな悪戯だ。格好の遊び場となる寺社の境内などでは、雨上がりの後、女の子たちが嬉しげに泥団子を並べる姿は珍しくない。
誰もがやりそうな悪戯だけに、下手人を特定するのが難しいとも言える。
「ところで‥‥お祭に参加してない子ってしらない?」
菊川の問に子供たちは、お互いに顔を見合わせた。
にぎやかな子供たちに取り囲まれて袖を引かれる友人にちらりと笑みを零して、天螺月律吏(ea0085)は袂から取り出した文をお供えの初午団子を盛りつけた皿の下に忍ばせる。
折畳んだ薄い紙には、彼女がこっそりと企画している秘密の祭りについての案内が、わかり易い言葉と飴や紙風船など祭を連想させる絵を入れてしたためられていた。筆致も挿絵もヘタの横好きの域を出ないものだが、律吏なりの思いやりである。――世の中、誰でも文字が読めるわけではないが、仮にも神さま‥‥あるいは、多少でも心得のある者ならば‥‥その辺は、まぁ、お稲荷さまに祈ることにでもして。
「せっかくのお祭なのだからな」
大っぴらにはしない秘密の祭。
お稲荷さまに喜んでもらうため、歌って、食べて遊んで。
秘密のお祭だから、もちろん大人には内緒。でも、心配させてはいけないので、やっぱり少しだけ事情は話しておかなければ‥‥大人はいろいろ忙しい。
●お稲荷さまにお願い
ピュ〜〜♪
思わず気の抜けそうな、くすぐったい笛の音が寒空に響く。
習い始めたばかりでまだまだ危なっかしい菊川の笛に合わせて、紅水がふうわりと緋袴の裾を躍らせた。こちらは、なかなかの上達ぶりで集まった子供たちの間からも感嘆が上がる。
まずはお稲荷の気を惹くことから。
「お稲荷様、お稲荷様。お話聞かせてくださいませんか?」
「初午の前夜祭に、ご一緒しましょう」
お話しましょう。
応えてください。
みんな、お稲荷さまが大好きなんです。
決して意地悪しているワケじゃありません。
みっつの稲荷社を順番に回り、呼びかける。
時折、菊川の身体が淡い桃色の光に包まれるのは、目の錯覚ではなく、闘気の魔法によるものだ。呼びかけに応える声はなかったけれども、きっと想いは届いているものだと信じて祈る。
物珍しさも手伝ってぞろぞろと後を付いて回る子供たちを従え、目指すは菊川が1日だけ借り受けた小さな空き地に志乃が造った社を据えたこの日だけのお稲荷さまだ。
「いらっしゃい。こちらに稲荷寿司がありますよ。――もちろんお団子も」
笑顔で迎えた鳴が集まった子供たちに用意した稲荷寿司を配る。ひとつひとつ、視線を合わせて手渡しで。――残念ながら料理の腕に自信のある者はいなかったので、ここは長屋のご婦人方にお願いした。
「はい、貴方にも‥‥あら?」
長屋に住まう子供の数だけ、きちんと数えて用意したはずの飴の袋がひとつ足りない。
あの子。この子。何度、数えなおしても、確かにひとり増えている。増えているのは間違いないが、どの子がここにいるはずのない“だれかさん”なのか。
「‥‥‥‥‥‥」
ほんの少し思案を巡らせ、鳴と朽葉は顔を見合わせて肩を竦めた。どちらからとなく、笑みがこぼれる。
「折角、集まってくれたのだ。――皆にも聞いて欲しい話なのだからな‥」
騒ぎに流された形ばかりの祭ではなく、そこに込められた古人の願いにも想いを馳せてほしいから。
「そうですね。終わったら、みんなで遊びましょう」
朽葉の言葉に鳴もこくりと頷いた。江戸での初午は初体験の鳴にとっても、祭りの謂れを学ぶことは悪いことではない。
皆の感謝が伝われば、お稲荷さまもきっと理解ってくれる。
「先頃の夏、江戸を襲った妖狐は悪しきものなれど、稲荷の遣い姫は善きものだ‥‥」
異変を告げに現われたという不思議な少女。人ならざる性を持つものであったとしても、今は悪しきものには思われぬ。ならば、このまま善き“隣人”であってほしい。
ゆったりと穏やかな朽葉の語りに、日頃は落ち着かぬ子供たちもしばしの間、口を噤んでその言葉に聞き入った。
「もちろん、お稲荷さまは善い神さまに決まっとるだよ」
しん、と。少し真摯になりすぎた子供たちの気持ちを盛り上げようと、志乃は明るい笑みを浮かべて太鼓を取り出す。
少しばかりおっちょこちょいであわてんぼうだが、何事も素直に受け止め前向きなのは志乃の良いところだ。能天気な笑顔に、何人かがほっと息を吐いて笑顔を浮かべた。
「せっかく天螺月どんが設けてくれた祭だから、いっちょ陽気にやるべ!」
そう言って、覚えたばかりの囃し唄を披露しようと喉の調子を確かめた志乃の口を紅水が慌てて押さえる。
「ま、まずは皆でお稲荷さまにお礼を言おうよ」
「そうだな。皆で楽しく騒いでいれば、そのうちお稲荷様も姿を見せてくれるだろう」
律吏にも、もちろん依存はない。
お稲荷さまは愛すべき神様だ。
紅水の神楽舞。朽葉の剣舞、そして、菊川の笛も披露して、
初午の前夜祭は賑やかに歌って、騒いで、夜が更けるまで――
「‥‥あら?」
遊び疲れてすっかり眠た目になった子供たちをひとりひとり家まで送り届けて、ふと気付く。
いつの間にやら、ひとり足りない。
「さて、満足してくれただろうか?」
誰にともなく呟いた菊川の問に否定を返す者は、ここにはひとりもいなかった。
(おわり)