【坂東異聞】 灰神楽
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月24日〜03月01日
リプレイ公開日:2005年03月05日
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●オープニング
灰神楽というものをご存知ですか?
熾った炭にひとつふたつ水滴を落とすと、一瞬、ぷわと白い灰が立ちます。あれを“灰神楽”と称するのでございますよ。
時節柄、火鉢の恋しい折。炭が傷みますゆえ、そう誉められることではございませんが、わたくしなどもこうして無聊の手慰みにいたしたりもするわけで――。
ええ、ええ。もちろんでございます。
本日、皆様をお呼びしたのは、年寄りの昔ばなしをお聞かせする為ではございません。まぁ、ひとつ腰を据えて最後お聞きくださいまし。
先日、日本橋筋の小間物問屋“駿河屋”にて若い奉公女中が、主人の弟を菜切り包丁で切りつけるという刃傷沙汰が起こったのはご存知で?
おや、存知あげない?
お店者はこういった身内の不祥事を隠したがりますからね。
皆様もご承知のとおり、奉公人が主家の者に害をなすのは一大事。いかなる理由がございましても、江戸市中では打ち首獄門と決まっております。
まぁ、そんな顔をなさらないでくださいまし。
ええ、仰りたいことは理解ります。
女が男に切りつけた。大方、惚れた腫れたの痴情が昂じての刃傷沙汰。そう、お考えなのでございましょう?
確かにそれが1番筋も通りますし、得心もいく。
わたくしもそう思っておりました。
ところが、です。
お店の者の話では、このふたり。顔を合わせたのは、この日が初めてだと申すのでございますよ。
主人の弟は、とおの昔に養子に出ておりましてね。この日は、兄の息子――本人にとっては甥っ子ですな――の、祝言の祭事で“駿河屋”に祝いに訪れ、日帰りの予定であったものをたまたま酒が過ぎて泊まりになった。と、いうわけです。で、その切りつけた女中というのが、新婦に付いて輿入れ先からやってきた者なのだとか。
ですから、ふたりの間に個人的な確執が生じたとは考えにくいのでございます。――尤も、女中の方は店の者に取り押さえられた直後、大量の血を吐いて頓死してしまったとのことで、双方の言い分を確かめる術はないのでございますが。
袋小路に行き当たったところで、話を戻しましょう。
先だっての夏。江戸市中の混乱の折に乗じて、寺がひとつ押し込みにあいました。由緒ある寺ではございませんが、少しばかり問題のある品‥‥例えば、心中の手首を繋いだ手拭いですとか、首をくくった荒縄といった始末に困る、いわゆる“いわくもの”を引き取って供養していた寺にございます。
持ち出された品の中には、それなりに値打ちのものもあったということでございますから、知らぬ者には宝に見えたのでしょう。――思えば、こちらも何やら因縁めいた話にございますね。
まぁ、大半は験が悪いだけの迷信でございます。が、稀に“当たり”とでも申しましょうか、“そういうもの”も確かに存在するのですから因果というものはわからぬもの。
寺から持ち出された物の中に、此度の事件に関わるものが含まれているのかどうか。正しいことは残念ながら、わたくしにも判じかねます。
ただ、寺の古い書付を検めましたところ、今から7年ほど前になりますか――瀬戸の手火鉢を納めに参った者がいたとの記述がございました。
何でも、この火鉢の灰に噎せた者が、恐水病に取り憑かれた犬のように暴れまわって頓死したとか。
“駿河屋”に問い質しましたところ。火の始末には注意するという条件で、奉公人に火鉢を使うことを許していたとのことにございます。――今の季節のこと。暖を取らせぬというのも、酷な話。主人に、非はございますまい。
問題の女中も、形のよい手火鉢をひとつ持ち込んでいたとか。なんでも、通りかかった質屋で安く売られていたのだと回りの者に自慢していたそうにございます。
起こってしまった話。
時を戻すことは適いませんが、これ以上の犠牲者を出しませんよう皆様のご尽力、期待しております。
●リプレイ本文
「ひとつ教えて欲しいのだが――」
番台の前に立った加藤武政(ea0914)を見上げて、手代はほんの少し首を傾げた。
見覚えがあるような、ないような‥‥
依頼を受けに訪れた冒険者のひとりだろう。そんなことを考えながら、手代はひとまず書き物の手を止めた。
「なにか?」
火鉢に取り憑いた怨霊退治など、まっとう(?)に人生を歩んでおれば、そうそう縁のある話でもない。――すすんで非日常な冒険へと足を踏み入れる者を“まっとう”と喩えて良いものかどうかは、ひとまず脇へ置いておくとして。
問題の火鉢を引き取って供養してくれそうな寺を紹介して欲しいという加藤の頼みに、手代は如才ない笑みを浮かべる。
「そういう場合は“ぎるど”に持っておいでなさいまし。此度の依頼は、ご依頼主さまに引き受けいただくとお話もついておりますから。――もちろん、無料で」
今回は‥‥。
と、いうことは、場合によっては有料なのだろうか。
そう言われれば“ぎるど”は採算度外視の慈善団体ではなく、歴とした営利目的の半民半官の施設であった‥と。
道行く人の裳裾をさらう春一番に、そこはかとない不安が吹いた如月の末。
●賽の河原
この世とあの世の境には、川が流れているという。
運良くこちらに戻ってきた者の中には、向こう岸で誰かが呼んでいるのを耳にしたなんて話もあるけれど。
火鉢に宿る怨霊は、いかなる理由でその流れを越えられずにいるのだろうか。
海の方から吹き寄せる強い風に首をすくめて、風月明日菜(ea8212)は揺れる髪を抑えた。小春日和とはいうものの、川風は未だ冷たい。
「わぁ、広ーい♪」
少し気の早い春を想わせる華やかな少女の声に、ユキネ・アムスティル(ea0119)と並んで大川沿いに築かれた堤の上を歩いていた月詠葵(ea0020)もつられてそちらに視線を向ける。
春の褥には今少し枯れ色の目立つ堤防の土手は、江戸の市街やその近郊を水害から護るため年月を掛けて築かれてきたものだ。この辺りまでやってくると民家もまばらになり、夜ともなれば今の季節は狐や狸が出歩くのみになるだろう。
真夜中の戦闘。それも、何が起こるか想像もつかぬ物の怪が相手となれば――
「最高の条件の場所を見つけておきたいよねー♪」
やはり、怪談の醍醐味は夜になってから。
いまいち緊張感の足りない明日菜の明るい声に、ユキネ、月詠も改めて周囲を見回した。
「そうですね。この辺が手頃でしょう」
上目遣いに左右の眸の色が異なる月詠の表情を伺っていた明日菜は、パッと華やかな笑みを咲かせる。
「‥‥それで、火鉢はどこにあるのかな?」
イギリス出身のユキネにとっては、火鉢そのものが珍しい。異国の暖房器具を探してそわそわと首をひねった少女に少し笑って、月詠はもう1度、段取りを脳裏に描いた。
「今、大人の方達が駿河屋さんに回収しに行ってるですよ」
首尾良く運べばいいですね。
そんなことを話しながら、川に沿って来た道をのんびり戻る。――風は強いが、如月にしては温かい。
もう少し陽気が良くなれば、遠出をする機会もあるだろう。
次回は、ぜひ行楽で歩きたいものだ。
●駿河屋
お店者は身内の不祥事を隠すというが‥‥
上客を相手に愛想の良い笑みを浮かべて談笑する番頭を遠目に眺め、安積直衡(ea7123)は小さく吐息を落とす。
日本橋筋に暖簾を構える小間物問屋“駿河屋”は、目抜き通りに軒を連ねる商家の中でも、とりわけ盛況な店のひとつであった。
主人と3人の息子たちの他にも、大番頭をはじめ、番頭、手代、丁稚小僧と、かなりの大所帯であるのだが‥‥忙しく立ち働く様子からは、死人を出すような大事件があったとは想像もできぬ。
嫡男の嫁取りを言祝ぐやりとりは何度かあったが、その裏で起こった刃傷沙汰についてはこそりとも聞こえてこない。
件の女中は新婦について生家からやってきたというから、あるいはまだ馴染んでいなかったのだろうか。――そう考えれば辻褄はあうが、どこか釈然としない思いもまた胸に支える。
「‥‥今回もまたあの寺から持ち出された品が巻き起こした騒動なのか‥」
ぽつり、と。そう呟いた橘蒼司(ea8526)に、竜太猛(ea6321)もふむと太い腕を組んだ。
「本当に曰く物が集まっておったのじゃな、ここまでくると」
持ち出されたコトで、永き眠りより覚めたのか。
あるいは、収められた品々が世に出んと盗賊を呼んだのか――
寺に押し込んだ賊を追うことも視野に入れて動きたいところであったが、なかなか思うようにはいかない。
古道具の再利用は特に珍しいことではなく、また、身分の高い者がやんごとなき事情によって家宝を質入れする時などは、敢えて素性を聞かない配慮が必要なコトもある。――中には、算盤を弾いて金になりそうだと踏めば、盗品と知って尚‥‥否、盗品だけを取り扱う不届きな見世もあるわけで‥。
障りがなければ、いずれもただの古道具。今はまだ、曰く品たちが引き起こす騒動を追うしか術はない。――事件は起こってしまった後なのだけれども。
2人同様、依頼人もきっと歯がゆい思いをしているだろう。
「‥‥少し客足が途切れたようです」
三月天音(ea2144)の静かな言葉に顔を上げれば、午前最後の客が番頭と手代に見送られ店を出ていく所であった。
午後の賑わいが始まるまでの数刻が、駿河屋の人々がひとまずホッと息をつける時間帯であるようだ。
ワケを話して火鉢を譲り受けるならば、今しかない。
「ごめんくだされ」
店内に戻ろうと踵を返した番頭は、天音の呼び掛けに足を止める。
「これはこれは。よくおいで下さいました。本日は‥‥」
くるりと振り返った顔に張り付けられた愛想の良い笑みは、店の常客とは多少なりと毛色の違う冒険者たちの姿に、ほんの少し細められた。
「お忙しいところ申し訳ないのじゃが、折り入ってお話したい儀があって参じた次第」
是非、主人に取り次いで頂きたい。そう切り出した天音の申し出に、胡乱なものを感じたのか、穏やかな笑みの質が僅かに変わる。
「‥‥どういったご用件でございましょうか‥?」
主人を出せと言われて、はいそうですかと受けてしまうほど無防備ではないらしい。奉公人の教育もなかなかしっかり行き届いているようだ。
「道具屋筋の質屋に紹介していただいたのだが。‥‥先日、こちらのお女中殿がお買いになったという火鉢について、ご当主殿に内々に聞いていただきたいコトがあるのだ。――非礼は承知の上で、是非、お取り次ぎ願いたい」
適当な店の名を挙げて慇懃に頭を下げた橘にただならぬモノを感じたのだろうか、釈然としない風に首を傾げながらも、番頭は手代に命じ冒険者たちを奥の座敷へと通してくれた。
ほどなく姿を見せた主人に、予め用意しておいた盗品回収の依頼をかいつまんで語って聞かせる。散逸したのが供養寺の曰く品であることは、伏せておいた方がよさそうだ。
「――つまり、うちの奉公人の求めた火鉢が、盗まれたものだと?」
「それらしいモノをこちらに売ったと聞かされたのでな。――無駄足かもしれぬが、ひとつづつ当たって行くほかないのじゃ」
女中が運んできた茶をうまそうにすすり、竜も天音の説明に口裏を合わせる。四人の顔を順番に見回して、駿河屋の主人はふうむと考え込むように口を噤んだ。
確かに盗品かもしれないと言われれば、気持ちが悪い。じっくりと時間をかけて思案を重ね、駿河屋はようやく重い口を開く。
「よろしいでしょう。今、家人に火鉢を運ばせます。‥‥それらしい物がございましたら、お持ち下さい」
●灰神楽
「へぇ、これがその火鉢なのですかー♪」
冬枯れの河原にはどこか場違いな家財道具に、明日菜は目を輝かせた。
「これが火鉢。どうやって使うのかな」
綺麗な光沢のある焼き物の地肌を物珍しげに指先で撫で、ユキネも故郷にはない形に興味津々で覗き込む。
土を練って作り上げられた素朴な器。透明な光沢を出す釉薬の色合い。どこにでもある火鉢だが、不思議と心を惹かれる何かがあった。
この前に座って手を炙りながら火を眺めれば、時間を忘れていられるような‥‥そんな、気がする。
「‥‥あまり顔を近づけると危険だぞ‥」
健康管理とは少し違うが危険には人一倍気を配る安積に注意を促され、子供たちは顔を見合わせて首を竦めた。
「そろそろ始めるとしよう。あまり陽が暮れても具合が悪いじゃろう」
一般的に、夜は魍魎が跋扈する時間だとされている。
何もことさら彼らに有利な条件でコトをすすめる必要なない。――ひと頃よりずいぶん長くなった夕暮れに目を向けた竜の言葉に、それもそうだと肯いて。各々、頭巾や手拭いで、口元を覆って準備を始めた。
灰を吸い込まぬ為の配慮なのだが、遠目にはかなり怪しい。人目を憚り場所を厳選したのが幸いし、見咎められることはなかったが。
「‥‥灰神楽をすると良いんでしょうか‥‥誰もやらないなら、ボクがやりますけど」
「うむ」
月詠の申し出に、重々しく加藤が肯く。
「だが、その前に‥‥」
火鉢に水を落としただけでは、灰神楽は起こらない。
まずは、火鉢で炭を熾さなければ――
■□
――ジュ‥ッ
赫い埋み火の上を転がった銀の雫は、刹那、ふわりと白い靄になって空気に溶けた。
「‥‥何も起こりませんね?」
焔と水滴が織りなす一瞬の造形を愉しむ間もなく、すっ飛んで逃げた黒頭巾の月詠はその頭巾の下で首を傾げる。
「まぁ、いきなり現れるものでもないのだろう」
こればかりは、何度か試してみるしかない。
火鉢に宿る物の怪は人に憑依する能力を持っているのだというから、取り憑く者が側にいなければ現れないのだろうか?
取り付かれた者を直ちに気絶させられるよう、峰打ちの構えをとって待ちかまえる加藤も少し気勢を削がれた表情で息を落とした。淡い薄紅の光を纏わせた刀には、竜によって闘気の魔法がかけられている。
竜と同様、闘気魔法の使い手である明日菜、天音は火の精霊に加護を祈ってそれぞれ、自らの士気を高めた。
地の精霊が創りだした剣を携えた橘、安積も、静かな闘志を秘めてソレを待つ。
――ジュ‥ゥ‥ッ
何度目だろうか。
いい加減、飽きがきそうな‥‥この火鉢ではなかったのではないかと気を揉み始めた冒険者たちの目の前で、
ぽつりと生まれた灰神楽は、消えずにふうわりと宙に浮かんだ。
もやもやと広がった半透明のそれは、見る者よっては人の影のように思われたかもしれない。
「来ましたっ!」
黒頭巾の上から口元を抑えるようにして警告を口にした月詠の目の前で、それはゆるやかに手をのばす。
迎撃しようと構えた小太刀を僅かにかわして、それは月詠を皮膚をかすめた。
「‥‥ぅ‥わぁぁ‥ッ?!」
ほんの、一瞬。僅かにかすめたそれだけで、びりびりと全身を貫く衝撃に弾き飛ばされる。
「葵っ!?」
思わず声をあげたユキネと、ほぼ同時に水晶の刀を構えた橘と安積が蒼白い炎をまとった影に斬りつけた。獲物を取り逃がした怒りと切り裂かれた苦悶に身をよじりそれは声にならない咆吼をあげ、ゆらりとふたりに向き直る。
「大丈夫ですか?」
「‥‥うん、なんとか‥」
明日菜に助け起こされて、月詠も唇を噛みしめて揺らいだ意識を立て直した。取り付かれてはいない様子に加藤と、精霊の声に応える植物の姿を探した竜もひとまず安堵を落とす。――頭では理解していても、味方に対して剣を振るい魔法を使うのは気が重い。
友人の無事を見届け、微かな吐息をひとつ。ユキネも橘と安積、天音を相手に死闘を繰り広げるソレを見据えた。
小太刀を握りしめて戦線に復帰した月詠と明日菜も含め、5人がかりで攻められてはさすがに無勢だろうか。
次第に動きの鈍くなるそれが、逃げるように揺らめいた刹那――淡い青系の光に包まれたユキネも魔法を完成させた。
「みんな避けて!!」
咄嗟に地面に伏せた冒険者たちの頭上を、魔力を秘めた吹雪が駆け抜ける。
薄暮を寒からしめた季節外れの雪と氷が虚空の彼方に消え去った後、夜は世界にうっすらと冷たい帳を降ろした。