≪月道探索≫ 神隠し

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月05日〜03月12日

リプレイ公開日:2005年03月13日

●オープニング

≪月道探索≫ 〜月読の径〜
 天頂にかかる真円から、銀色の雫が溢れる。
 星を呑み、天を塗りつぶした月の光は、ゆるゆると地上へとその翅翼を伸ばし、静謐の裡にまどろむ夜を茫洋たる蒼き光の水底へと沈めた。
 ゆるやかに、ひそやかに――
 幾重にもかさなりそよぐ冷ややかな無形の帳、
 さやけき光の紗を纏って踊る精霊の‥‥その姿を追って‥‥

■□

「‥‥神隠し‥」
 どこか不穏を宿した響きに、手代は書き付けの手を止めた。
番台を挟んで向かい合った男もまた、なんとも形容しがたい表情をしている。口先はともかく、腹の底では眉唾だと思っている顔つきだ。
 お仕着せらしいきものを無理なく身体に併せたどこぞの用人らしい風貌の初老の男は、出された番茶を無言で啜る。――持ち込んだ依頼を、どう説明したものかと思案を巡らせているらしい。
「‥‥神隠しと申しますと、あの‥‥」
 子供などが突然いなくなり、いくら探しても見つからない。あの、“神隠し”だろうか?
 行方不明になった子供を捜して欲しいという依頼だったら困るなぁ。などと、ぼんやりと考えた手代に、男は至極真面目に肯いた。
「その昔、神隠しに遭ったという者がおりまして‥」
 男の奉公先‥‥さるやんごとなきお屋敷の用人に、左吉という小者がいたのだという。
 既に暇をもらって隠居しても良いほどの高齢であったのだが、上方訛の言葉ややわらかな物腰がこの家の子供たちにいたく懐かれ、当人にも身寄りがいないことからずるずると居続けていたのだそうだ。が、先日、流行病に倒れ、とうとう他界してしまった。
「‥‥それは‥‥ご愁傷様にございます‥」
「いえ。もういつお迎えがきてもおかしくない高齢でございましたので――」
 神妙に頭をさげた手代に、依頼人も丁寧に頭を下げる。微妙に方向性のずれた間の悪さに咳払いをひとつ。依頼人は湯飲みを置いて話を戻した。
 四十九日の法要も無事終わり、ひと息ついたところでこの家の次郎君が不思議なことを言い出したのだという。
「次郎君が申されますところによると、左吉は神隠しではなく、月道を通って上方から江戸に流れ着いた者ではないかと‥‥」
「‥‥‥」
 月道といえば、月に1度、精霊の力で江戸と遠い異国の間に開かれた道のことだと記憶している。もちろん、ご公儀がしっかりと管理しているはずなのだけれども。
「つまり、その‥‥誰にも知られていない月道がある‥‥ということで?」
 もし、それが真実で。新しい月道を発見すれば、一攫千金も夢ではない。
 思わず声を潜めた手代に、依頼人はこくりと肯く。
「‥‥次郎君はことのほか左吉に懐いておられました故。左吉の言葉をただの妄言だとは思いたくないのでございましょうな」
月道が開くには、いくつもの条件があるという。左吉が通った月道が偶然開いたものであるのなら、その偶然がまた起こるとは限らない。――偶然は重ならないものだから。
「次郎君は月道を抜けた左吉が彷徨い歩いたという山に、月道を思わせる何かを見つけ来てくれるだけでも良いと申しております」
 つかみ所のない話ではありますが‥‥。
 そう言って、次郎君の名代として“ぎるど”を訪れた依頼人は、手代に頭を下げたのだった。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2495 丙 鞘継(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6419 マコト・ヴァンフェート(32歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 真偽のほどは測りかねるが――
 特に思い当たる理由もなく姿を消して、いくら探しても見つからない。いわゆる、“神隠し”と呼ばれる現象は、意外なことにさほど珍しい話ではないようだ。
「‥‥人買いに拐かされることもございますし。例えば縁日などで見失っても‥‥戻らなければ“神隠し”にあったものだと、諦めるものでございますしね」
 古い記録を当たる丙鞘継(ea2495)を手伝い分厚い綴りを書棚から抱え降ろした司書は、ふぅと息を吹きかけてうっすら積もった埃を払う。
 江戸の町は、迷子が多い。
 毎日、大勢の人が行き交う広く繁華なこの町は、常に速い流れの中にあるようなもの。いちど呑まれると容易には抜け出せなかった。
 また、情報伝達の手段も圧倒的に少なく、特にそれが小さな子供であったりすると、見つけ出せるかどうかの確率はほとんど神頼みに近くなる。親とはぐれた子供が拾われた先で孤児として成長するという話もよくあることだ。――奉行所や町衆も、努力はしているのだけれど。
「ああ、そういえば。祝言の決まった娘が、輿入れの直前にどこぞの馬の骨と駆け落ちまして‥‥先方への言い訳に使われたという例もございました」
「‥‥‥‥」
 “ぎるど”に持ち込まれる依頼は、千差万別。似ているようでも、意趣が異なれば見方も変わる。ぺらぺらとよく舌の回る司書の話に、寡黙な男は無関心を装いながらそれらしい文献を漁るのだった。


●月の架け橋
 京の都。
 遷都より500余年、神皇陛下の膝元で栄華を誇る日本の中心。――江戸から遠く離れた西国の古都の名を知らぬ者はないだろう。知らぬ者は皆無であったが、それ以上のことを具に知っている者もごく少ない。
 帝(みかど)の都。そのただひとつの事実によって、京都は日本人の心を揺さぶり焦がれてやまない都であった。
「おや、月道に興味がおありか?」
 自然と背筋が伸びるような不思議な緊張と静謐とを湛えた荘厳な建物に足を踏み入れた御神楽紅水(ea0009)と田之上志乃(ea3044)は、行き会った銀髪の侍の言葉に顔を見合わせる。
「この月の道は、月に一度だけ使える不思議な道でな。一瞬にして遠い国へと運んでくれる不思議な道だ。――だが」
 道が開くのは満月の夜。真円の月が天頂にあるほんのひと時。残念ながら、今はまだその時期ではない。
 ゆるりと出直して参られよ。暗にそう諭されては、当たり障りなく誤魔化すのも憚られ‥‥。
「オラたちは、月道っつぅもんが、どんなもんだか見学に来ただよ」
「ほう?」
 知られざる月道を探すため。そういえば、源徳公も本格的に京都へと繋がる月道を探し始めたらしいと噂もあるのだけれど。
 遙か昔、大戦の混乱に紛れ隠された月道があるという。――月の精霊が織り上げる光の道は、広い広い江戸のどこかに。ひっそりと今でも埋もれているのだろうか。


●月の光に踊る翳
 “神隠し”と“月の道”――
 どうして、次郎君は異なるふたつをひとつだと思いついたのか?
 火のない所に煙は立たない。‥‥おそらく、故人が語って聞かせた言葉の中に、それを匂わせる何かがあったのだろう。
 で、あれば、もっと詳しく知りたいところだ。
 残念ながら当人は、既に鬼籍の人。死者の言葉を聞く術がないではないが、幸か不幸か依頼を受けた冒険者たちの中に、術の心得がある者はいなかった。術者を探すのも大変なら、安んずる魂を呼び起こすのも気が悪い。
 そんな手間をかけずとも、今回は進んで協力してくれそうな者がいる。
 依頼人と話がしたいと申し出た高槻笙(ea2751)とマコト・ヴァンフェート(ea6419)が両国の料理屋に呼び出されたのは、紅水と志乃が江戸城へ月道を見聞に訪れたその頃だった。
 普段行きつける一膳飯屋とは明らかに違う、伝統とか格式といったいかにも取っつきにくい高級感をひしひしと湛えた広い座敷にぽつりとふたり。待たされること半刻余。――正座の文化に慣れた高槻はともかく。ノルマン出身のマコトにとっては、ほとんど苦行に近いものがある。気楽に足を崩せないのも、店の風格というやつだ。
「‥‥ぺたんと座ってしまわずに、足の指をこう交互に‥‥」
 高槻の助言する正座のコツとやらも、一朝一夕で身につくものであるわけもなく。
「女の子はお尻が重いものなのよ‥っ!」
 既に“女の子”という年齢でもないだろうとツッコミをいれていいものかどうか。さすがに死人(?)に鞭打つのもどうかと躊躇われ。さりげなくあさっての方向へ視線を向けた高槻の、その視線の先で、上手の襖が音もなく左右に開いた。刹那――
 鳴り物が響き渡ったかのような錯覚に捕らわれ、ふたりは小さく息を呑む。

■□

「‥‥左吉が当家に参ったのは、ずいぶん昔のことだと聞いております」
 もちろん、子供たちが生まれる以前のことだ。
 正面に座った次郎君も、ふたりの冒険者と若君の間を取り持つ用人も、正確なことは知らないのだという。
「なんでも、子供の時分に荘園の山を彷徨っているところを土地の者に拾われ、身寄りもないというのを憐れんだ先代様が用人としてお抱えになったのだとか」
 もちろん、幼い子供が山を彷徨い歩くなど、普通ではありえない話だ。口減らしに捨てられたのかもしれないと、方々に手を尽くしたのだが‥‥付近の村は確かに貧しくはあったものの、そこまで困窮した状態でもなく。また、名乗り出る親もいなかった。
 聞きなれない上方訛りも手伝って、天狗の子供ではないかと囁かれたりもしたという。
「それで。左吉さんは、その時のことを何かお話になってはいらっしゃいませんか?」
 高槻の問いかけに用人はつと次郎君の傍らにいざり寄り、ぼそぼそと小声で何やら語り伝えた。まだ元服前なのだろうか、子供と言うほど幼くもない少年は、その言葉にうんうんと頷いてひと言、ふた言、言葉を返す。
 高槻の声が聞こえていないわけではないのだろうから、直接、返してくれればよいのに‥‥高貴な人というのは、とかく面倒くさい。
 正座の縛めさえいなければ、一言いってやりたいところだが。
 苛立ちか、あるいは、既に感覚がなくなりつつある足の痺れに。唇を噛んだマコトの恨めしげな視線には気づかぬ様子で、用人は再び冒険者たちに向き直った。
「‥‥月の夜であったそうにございます」
「は?」

 ふと目を覚ました夜の底は、ひどく明るく――
 誘うように揺らめく月の光を追うように幼い左吉は布団を抜け出し、足音を忍ばせて扉を開いた。
 天頂にかかる大きな月が降らせる蒼い光の水底に浮かび上がった一筋の道。
 光の中で踊る幻を追いかけて‥‥

 どこをどう歩いたのか。
 気がつけば知らない大人に囲まれていた。
 見回せば、彼の生まれ育った山間の村ではなく。聞いたことさえない地名。ここがどこだか、帰る道すら判らないまま――


●月降る小径
「‥‥まさに“神隠し”だな‥」
 ぽきり、と。軽く乾いた音を響かせて折った小枝を焚き火に放り込み、安積直衝(ea7123)は吐息を落とした。
「‥‥どうやら、神隠しには一般的に知られている“行方知れずになる”他に、普通では考えられない長距離をわずかな時間で移動した‥という、現象もあるらしい‥‥」
 例えば、田んぼの畦で蜻蛉を追っていた3歳の子供が目を離したわずかな隙にいなくなり、村人が血相を変えて探しまわっていると4里離れた隣村の外れをとぼとぼ歩いているところを見つかった‥という具合に。
 人里は離れた山中の、質量さえ感じる分厚い闇に暖かくやわらかな光の輪を投げかける炎を見つめ、丙も拾い集めた記録を言葉少なに口にする。
「‥‥人ならざるモノ‥‥月の精霊でも絡めば、あるいは‥」
 月道を開くのは、月の精霊魔法を収めた術者の役目だ。
 月に縁のある魔性であれば、月道の開く場所、鍵となる魔法を知っていても不思議はない。そして、彼らが開いた月の道に、人が迷い込んだなら――
 もちろん、いくつもの偶然が重ならなければ、起こりえないことだけれども。
 幼い左吉が保護されたという荘園の山に入り込む許可をもらい。また、似たような神隠しの伝承や月にまつわる昔話を集めた紅水と、事象として書き留められた記録を紐解いた丙のふたりがそこに記された手がかりを、左吉が語ったという思い出話の光景に重ねあわせる。
 春分が近いとはいえ、山はまだ冬の装い。
 夜ともなれば火の傍を離れられぬ寒さが辺りを包んだ。常緑の針葉樹と葉を落とした照葉樹が混在して枝を広げる奥山に‥‥ぽっかりと開いた窪地は昨秋の風雨に朽木が倒れた名残だろうか、その場所だけ漆黒に星を散りばめた夜空が見える。
 見上げる月は、真円には未だ足りない十日夜。
「月と関わりのある植物を探してみましょうか。――月桂樹や沈丁花、桂等ね」
 そう提案したマコトだったが、残念ながら月桂樹、沈丁花は日本の山奥には自生せぬ唐渡り。月に桂と謡われるその植物も、華国よりもたらされた伝説のひとつである。
「しかたねぇ。こうなったら、オラのとっておきを出すだよ」
紅水と共用の天幕から這い出して田吾作の荷物を漁っていた志乃が持ち出したのは、小さな太鼓。
 先頃の夏、引き受けたのは、やはり月に関係する依頼だった。
 もしかすると‥‥いや、きっと‥‥歌好きの精霊は、太鼓の音に誘われてやってくるに違いない。
「紅水どん、今度は邪魔するでねぇだよ!」
「‥‥え‥?!」
 ぴしりと先に気勢を削がれ、何か言いかけた紅水は思わず口を閉じてしまう。
 パチパチと小気味よい音を立てる焚き火の音に、軽やかな太鼓の響きが重なった。――小さな太鼓では身体に響くあの波動は生み出せないが、それでも、技巧を弄さずごく単調に生み出されるその音の羅列は、どこか寄せては返す波が紡いだ旋律にも似て。
 密やかに降らされる月の雫。たき火が投げる温もりの色。優しい光が姿を留める冬の名残にほのかにきらめき、夜の底を染めていく。
「‥‥わあ、綺麗‥」
 気がつけば狭い窪地は、溢れる光の中心にあり――
 よくよく目を凝らして見れば、その光の内に蝶のような翅を持った小さな翳が、いくつも揺らめきながら踊っているようにも思われた。
「‥‥エレメンタラーフェアリーだわ‥」
 それは、人より少し詳しい程度のマコトや紅水にもすぐに名前を思い出すことのできるもっとも身近に知られた精霊である。――身近といっても、実際に、見たことのある者は少ないのだけれど。
 ふうわりと漂うやわらかな光の中には、月の滴もいるのだろうか。
 迷い込んだ彼岸の畔で。ただなす術もなく息を呑んで見つめることしかできずに、刻だけが静かに降り積もってゆく。

 ‥‥ヒュ‥ゥ‥ッ!

 唐突に風の流れが変わった。
 羽ばたきの音もさせずに踊る光の中へと舞い降りたそれは、鷲掴みに紡ぎ出される調べを断ち切る。梟の剥き出しの鋭い爪が、光を弾いて鈍い銀の弧を描き‥‥逃げ遅れたひとつを引っ掛けた。
「‥‥‥あ‥っ!?」
 ふわり、と。再び羽ばたいた猛禽に、一瞬、時間が止まる。そして――
「こらぁ! 待つだよっ!!」
 真っ先に足の動いた志乃の声に、呪縛が解けた。
 ぱっと駆け出したマコト、紅水のふたりに続いて、丙、そして、高槻も後を追う。大地から這い登ったほのかな茶系の光が精霊を呼ぶ安積の身体を包み‥‥夜にまどろむ森が目覚める。

 ―――バシ‥ッ

 あたかも意志があるかのように。大きくたわんだ木の枝が、梢をかすめて羽ばたく梟の羽を叩つ。
 耳障りな悲鳴を上げて不安定に揺れる鳥に、志乃が放った手裏剣が突き刺さった。たまらず墜落した梟を数人がかりで押さえつける。跳ね上がる落ち葉と羽毛、雪と泥にも、月光は惜しみない色を与えた。
「‥‥ぅわ‥っ?!」
 化け物ではない生き物の、ぐにゃりとした生暖かい感触に思わずぎくりと手を引いたその隙を突き、押さえつける手を振り解いた梟は羽毛を撒き散らして空へと逃げる。――掴んだはずの獲物の姿はない。
 それを見届け、冒険者たちは顔を見合わせた。
「‥‥精霊は?」
「うまく逃げてくれたようですよ」
「そうじゃなくて。――見失ってしまったわ」
 にこりと笑みを浮かべた高槻に、マコトは少し困った風に首を振る。もちろん、助けられたことは嬉しいのだけど。
 精霊に姿を隠されては、月道は探せない。
「あいや、オラとしたことが」
 それでも、どこかほのぼのとした空気が漂うのは、皆の気持ちの表れだろうか。
「しかたないよね。‥‥次郎君には土産話しか渡せないけど‥」
 嘘はつきたくないものね。
 そう言う紅水の顔にも笑顔があった。
「そうですね。それはそれで、不思議な体験をさせていただいたことですし」
「‥‥うむ‥」
 高槻の言葉に頷いて腕を組んだ丙は、着物の袂にこそりと落ちた微かな重さに眉を動かす。手を入れてみれば、ひやりと丸く滑らかな石の感触が指に当たった。大騒ぎのどさくさに紛れこんだのだろうか。
「‥‥何だ?」
 取り出してみれば、小石ほどの大きさのそれ――月の光に、とろりと深い緑を映す。
「‥‥玉‥で、しょうか‥?」
 優しさを湛えた不思議な色目に、穏やかに心が癒える。
「これは、きっとご褒美だべ」
 助けられた精霊からの。
 月道の在り処を尋ねることはできなかったけれども。それでも、互いの心が重なったその瞬間は、確かに存在したのだ、と。
 そう胸を張って告げられるように――