【北國繚乱・番外】春の宴〜甘露

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月31日〜04月07日

リプレイ公開日:2005年04月08日

●オープニング

 一日、千両――
 黄金の雨が降る町がある。

 万事、華美にわたらぬように。
 常々出される公儀のお達しに気持ちばかりの誠意だろうか、知れ渡る名前の割には簡素な造りの大門をくぐると、見事な桜が客を迎える。
 廓を左右に二分して延びる仲之町に現われた桜並木は、日頃からここにあったものではない。この季節、紋日のために、開花に合わせて根付のまま運び込まれたものだ。
 廓から出ることを許されぬ女郎衆の慰めに、あるいは、訪れる遊興客の目を楽しませる為、大金を投じて世間を驚かす。――年中行事を巧みに織り込み設定される紋日には、女郎買いとは縁のない一般女性にも出入りが許されることもあり、この日を楽しみにしている町衆も多い。
 とは、言うものの‥‥
 情よりも、金がすべての花柳界。この日は遊興費が普段の倍。遊女は必ず客を取る日となっているから、贔屓のいない局見世の安女郎たちにとっては頭の痛い話なのだけれども。
 そんな苦労話は表に出さぬのが、吉原の粋。
 豪華絢爛、大判小判の雨を降らせる雲居では、当代随一の名声の元、咲き誇る艶やかな花の関心を巡り、江戸っ子の粋と意地、誇りと面子をかけて張り合う者も‥‥春の嵐は、思わぬところから吹き寄せるものらしい。

■□

 ざわり、と。
 吹き抜けの屋根の下、どこか騒々しい湛えた空気が揺れる。
 駕籠兒に揺られて“ぎるど”の正面に乗りつけた依頼――もとい、依頼人の、迎えに出た番頭、手代数名に案内されて奥へと入っていく後姿を見送って、仕事を探しに集まった冒険者たちは顔を見合わせた。
 どう見ても冒険者には見えない人物が、わざわざ“ぎるど”に出向いてくるということは‥‥これは、もう依頼をもって来たに違いない。
 訪れた時と同様に。盛大なお見送りを受けて去っていく駕籠を眺めて待つこと、半刻。
 大福帳を手に何やら神妙な顔つきで番台に戻ってきた口入係を捕まえて、待ちかねたように依頼を探る。
「なあ、さっきの御仁だが‥‥」
 なかなかに羽振りのよさげな、男であった。
「先ほどの‥‥ああ、“伊勢屋”の大番頭ですよ。両国にある薬種問屋の」
 なるほど、あれが。
 納得して首肯する者あり、どこかで聞いたようなと首をひねる者あり。それぞれの表情でその名前をかみしめた冒険者たちを見回して、手代はぱさりと大福帳を開く。
「その伊勢屋さんからのご依頼ですが‥‥」
「聞かせてもらおう」
 両国にあり熊手でかき集めるようにして金を稼いでいる大店からの依頼だ。さぞかし、お足も弾んでもらえるに違いない。
 勢いよくうなづいた冒険者を前に、手代は携えた筆の柄でぽりぽりと頬をかく。
「水を汲んできてもらいたいとのことでございます。――もちろん、ただの水ではございませんよ」
 落胆に肩を落とした者をチラリと横目に、手代は人の悪い笑みを浮かべて言葉を足した。
 江戸から北へ2日ばかり、麓に広い森を抱いた山がある。
 その山に分け入って、岩の間から湧き出す水を汲んできていただきたい。――それが、伊勢屋の主人からの依頼であった。
「なんでも甘露のような味がするとか。こちらのお水を使って点てた茶は、さぞかし美味なのでございましょうね」
 道楽者のこだわりは理解らない。
 それにしても酔狂な。水など飲めればいいではないか、と。消化不良の表情で顔を見合わせる冒険者に、手代はワケ知り顔で話を続ける。
「‥‥実は伊勢屋のご主人には、幼い頃より好敵手と呼ばれる御仁がいらっしゃるとか」
 築地の廻船問屋“近江屋”のご隠居がそれだ。
 囲碁仇に始まって、寄ると触ると張り合うこのふたり。仲裁に立っていたお内儀を相次いで亡くしてからは拍車がかかり‥‥今では、周囲の者たちもこれが彼らの元気の元だとさじを投げているそうな。
「なるほど。それで、今回の諍いはどのような理由なのだ?」
「吉原にございます」
 北の傾城と歌われる遊興の里に、高瀬太夫と呼ばれる花魁がいる。――当代随一と評判のこの太夫の紋日を巡って、角を突き合わせているらしい。
 仲之町が桜色に染められるこの時節。並みの花見では太夫も満足するまいと、互いに譲らず、どちらがより華やかな宴を催すか‥‥
 豪胆というか、浪費というか。空いた口がふさがらないのは確かだ。
「伊勢屋さんは、この甘露の清水にて花魁をもてなそうと考えられているのですが‥‥遣いをやったところ。こちらの森には、最近、犬鬼が住み着き悪さをするとのこと」
 使いの者は、逃げ帰ってきたらしい。
「そこで、当“ぎるど”にご相談にいらっしゃったというワケにございますよ。――ずいぶん腕の立つ犬鬼も混ざっていたのだとか」
 地元の者たちも難儀しているようでございますしね。などと、のんびりそちらからの依頼もあったのだとに匂わせて、手代はにこりと愛想のよい笑みを浮かべた。
「伊勢屋さんの道楽ではございますが‥‥引いては人のためにもなります」
 ひとつ、お引き受けいただけませんかね?

●今回の参加者

 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7918 丙 鞆雅(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0939 レヴィン・グリーン(32歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 生き馬の目を抜くと云われる競争社会を生き抜いて財を成し、趣味の為には惜しみなく財をつぎ込む。
 男として生まれたからには、このように生きてみたい。
 誰しも1度くらいは、そんな輝かしい未来を思い描くのではなかろうか――
「ああ、いいねぇ‥‥ねぇさんを呼んで花見なんざ」
 思わずにやりと苦笑をこぼした環連十郎(ea3363)をはじめ、いずれは女性に囲まれた生活を夢見る山下剣清(ea6764)、たやすく色に靡いては義侠塾の塾長に半殺しにされてしまうと自らを戒める久方歳三(ea6381)も‥‥この依頼を持ち込んだ“伊勢屋”の旦那に、共感と共に一抹の妬ましさなどを胸に抱いてあらぬ方を眺めやる。
「水を選ぶ、か‥‥。かなりの粋な人物と見えるのう」
 その通な人物に、これはと見込まれるほどの名水。よほど、上質な水なのだろう。
「この水で墨を擦ればより良い墨ができるに違いない。――うむ、ぜひ持ち帰りたいものだ」
 しみじみと感嘆を落とした安積直衡(ea7123)に、自身も茶の湯を嗜む丙鞆雅(ea7918)も深く首肯した。
「是非にその岩清水で茶を点ててみたいな」
 例え道楽と呼ばれようとも、極めんとする者にしか理解らない、道を探求する喜び。それを心置きなく追求できる。これを僥倖といわずして何といおう。――華やかな宴席で茶を点てることができれば、愛する(?)義弟にあっさりとおいて行かれ涙に暮れる日々の慰めになるであろうか。
 もちろん、高尚な趣味にはそれほど縁がなくても、美味しい水なら純粋に飲んでみたいと思うのも、人の心だ。
「ま、それももてなしの心じゃな。甘露なる水、儂も飲んでみたいものよ」
「――と、いうか。本当だったら汲めるだけ汲んで、持って帰るぞ」
 竜太猛(ea6321)の言葉に、そう宣言したのは今回の最年少、14歳の日向大輝(ea3597)。いささか現実的な気もするが、素直で大変よろしい。
 遊女と興じる為だけの水汲みならば癪の種だが、森に徘徊する犬鬼退治は地元の者たちの助けにもなる。引いては人の為にもなるのだからと、自らに言い聞かせつつ街道を一路北へと。
 春を背にした旅路にも、穏やかな季節の兆しは確実に忍び寄っていた。


●ざわめく森
「――と、まあ以上の手筈でよろしいですね?」
 ひととおりの説明を終えて、レヴィン・グリーン(eb0939)は笑顔で皆を見回した。清心のたすきをきりりと締めて、なにやらものすごくやる気でいっぱい。動物を愛する者として、森の平和を乱す犬鬼の跳梁は個人的にも許しがたいといったところか。――罠に詳しくない者や、斥侯、囮などを引き受けた者には、特に入念に説明する細やかさである。
「水が湧き出す場所は、森の奥だそうだ。水を汲みに訪れる者たちの轍で、細い道ができているらしい」
 丙が土地の者から聞いたところによると。
 犬鬼たちは森の中で小動物などを追って徘徊し、水汲みや薪を拾いに森に踏み込んだ人間を襲うのが定石のようだ。尤も、強い者が混じっていることで大胆になっているのか、山里を襲ったりすることもあるようで村人たちには頭の痛い話であるのだけれど。
 さほど険しい場所でもないので、竜の懸念のひとつであった荷運びの使役‥‥馬や驢馬を引いていくのはもちろん可能だ。――生来、臆病な生き物であるので、犬鬼に怯えてしまぬよう気をつけなればいけない。
 風の魔法を使いそれらしき生き物の気配を探ったグリーンの耳に、呼びかけに答えた精霊が囁く。同様に淡い緑の光に包まれた丙にも、風はざわめく森の気配を伝える。――森の中で息づく命の鼓動。風精が伝えるいくつもの生き物の気配から、大きさや数から犬鬼らしき群れを特定するのはそれほど難しいことではない。「いささか数が多いのぅ」 ふたりの口から告げられた犬鬼の存在に、竜は少し気遣わしげに眉根を寄せた。純粋に強さだけを比べれば、犬鬼相手に遅れを取る者はいないだろうが、毒を塗った武器を使うのが厄介な相手ではある。
「回復術を使える者がいない分、気を引き締めてかからねば‥‥」
 そう言いつつ表情を引き締めた安積に植物を使った簡単な罠の仕掛け方を教えつつ、久方は爽やかな笑みを浮かべ手についた土を払った。
「その為に罠を張るのでござるよ」
 数を減らし‥‥あるいは、不意をついて確実に主導権を取る。これがグリーンの提案した作戦だった。
 積もった落ち葉や木の根が邪魔をして、なかなか思ったように作業ができずやきもきしたが、焦りは禁物。どうにか落とし穴をひとつしかける。
 グリーンも得意の魔法の中から、この日のための取っておき。ライトニングトラップの呪文を唱えて即席の地雷原を作り出した。――誰かが気をつけていなければ、うっかり踏み込みそうになるあたり、方向音痴とは恐ろしい。
「もーちょっと右だな。ああ、そこそこ‥‥うん、こんなもんだな」
 こちらも魔法を使って木立の上に運び上げた網で仕掛けを作ろうと下にいる日向に指示を出していた環は、ふいに途切れた鳥の囀りに顔をあげる。
 先ほどまで煩いほどに様々聞こえた小さな生き物の声がぴたりと止んでいた。――ひっそりと息を殺して張り詰める緊張は、犬鬼の接近を告げる無音の警告に他ならない。
 人間よりはいくらか気配に敏いのだろうか。
 犬鬼たちもまた、森に踏み込んだ人間‥‥獲物の存在に気づいているようでもあった。
「どうやら、お見えになったようだぜ」
「‥‥予定より少し早いですが‥‥」
 環の言葉に仕方ありませんと呟いて、身を隠す場所へ移動しようと踏み出したグリーンの袖を日向が引っ張る。
「そっちは落とし穴だっつーの」
 せっかく苦労して掘った罠がフイになったら、歳ちゃんが泣くぞ。

●犬鬼の剣
 一陣の風が空を薙ぐ。
 丙の紡ぎだした無形の刃は、結んだ草に躓いてたたらを踏んだ犬鬼に向かい、容赦なくその牙を剥いた。

 ―――ぎゃんッ!!

 犬にも似た悲鳴をあげた仲間に驚き飛び退った1匹の身体が一瞬、跳ね上がり硬直した刹那、
 大気を引き裂く轟音と共に、稲妻にも似た閃光が視界を白く塗りつぶす。走りぬけた電流は周囲にいた数匹を巻き込み弾き飛ばして、犬鬼たちにたちまちの恐慌をもたらした。
 悲鳴を上げて逃げ出そうとした足が、隠された縄をひっかける。――巧みとは到底呼べぬ簡単な仕掛けでも、効果は覿面。ばさり、と環が木立の上からから投げ下ろした網は、運悪くそこにいた数匹を包み込み抜け出そうともがく生きた塊を、根を引き抜いて倒れたトウヒが押しつぶした。
引きずられた木の根がめりめりと地面に亀裂を生じ、新たな罠となって犬鬼たちの足を掬う。
「‥‥えげつないとは言わないでくれ‥」
 さすがにこれはと息を呑む惨状に思わず視線を逸らして、安積はぽそりと呟いた。
「いや。なかなかのものだ」
 傷つき戦意を喪失した者、あるいは気丈にも刀を抜いた者。大きく数を減らした犬鬼に向き直り、日向は待ちかねたと言いたげにすらりと小太刀を鞘から抜き放つ。すらりと伸びた刀身は、春の木漏れ陽を弾き白々と冷たい意志を宿した。
 剣の軽さは重心を掛けた深い打ち込みで補いつつ、取り回しの容易い小太刀ならではの軽やかさで縦横無尽に戦場を巡る。冴えた光が早春の森にきらめくたびに、犬鬼の悲鳴がひとつあがった。
 その様子に負けてはおれぬと山下も自らの剣に気合を込める。
「喰らえ!!」
 閃いた刀から迸った衝撃波は狙いたがわず犬の顔を持つ鬼を襲い、その特徴をなす牙を砕いた。
 突き出された切っ先を紙一重で躱し、相手をむんずと捕まえるといなされて行き場をなくした勢いをそのまま利用して投げ飛ばす。毒が仕込んであると分かっているものを寸で躱すには勇気がいるが、その胆力を鍛えるのも義侠塾でのあり方だ。
 豪快に相手を投げ飛ばす久方に、竜も両の腕に闘気の魔法を宿し犬鬼と対峙する。毒の刃を潜り抜け、1回の攻撃で2度‥‥正確に急所に叩むことができるのも竜の強みだ。
 押し寄せる敵を掴んでは投げ捨て、あるいは、殴り飛ばす武道家と浪人の活躍に思わず笑みこぼして、環も腰の得物――霞刀の鯉口を切る。
「おいおい。俺の分は残しておいてくれよ?」
 ねぇさんに自慢できなくなっちまう。そんな軽口まで出れば、優劣は歴然。いかに経験を積んだ手練の勇が混じっていても、不意を突かれて崩れた体制を立て直すのは大抵ではない。
 春の森には少しばかり不似合いな、血の匂いが風に現われる夕暮れまでには被害に悩む土地の者たちに吉報がもたらされるのは間違いなかった。――後は、伊勢屋の依頼を果たすだけ‥。


●甘露
 苔生した岩に巌を重ねたその場所は、不思議な静謐に満たされていた。
 こんこんと音もなく湧き出す水と。歩き疲れて火照った肌をひやりと冷やす心地よい静けさに包まれていると先ほどまでの昂ぶりが消え、なにやら清々しい気持ちが胸の奥まで行き渡る。
「これが甘露と呼ばれる岩清水か‥‥」
「なるほど、わざわざ取に行きたくなるも解かる気がするでござるな」
 確かに、美味そうだ。――否、きっと美味いに違いない。甘露と呼ばれるに差し支えないほどに。
 達成感と満足感に思わず落とした竜の嘆息に、環が笑う。
「清水ってのは、その場で飲むから美味いのさ。――花見にゃ、酒って相場が決まってる」
 ねぇ?
 と、意味ありげに片目を瞑られては‥‥竜としては笑うしかない。三度の飯より酒を愛する男にとって、酒と水では次元が違うのだから。
 それでも、これは――
 この水は美味いと思う。そんな気がした。
「さあ、飲むぞ!!」
 依頼人より先に相伴できるのは、功労者の特権である。
 勢いよく腕まくりした日向に続いて、丙、そして、安積も泉に近づいた。――砂糖水のような甘さではなかったが。それでも、日ごろ飲みつける江戸の水に比べれば、やわらかく何処か甘いようにも感じられ‥‥。
「うむ。確かに名水。真、噂に違わぬ甘露な水じゃのぅ」
「しかし、だな。上手にもって帰らねぇと‥‥江戸に戻った頃には、味が違ってたりするんじゃねぇかい?」
 環の呟きに、思わず顔を見合わせる。
 樽や桶の手配は、頼んだのだけども――依頼人の思い至らぬところにまで手の届く細やかさ。一流と呼ばれる冒険者を目指すには、そんな気配りも必要なのかもしれない。
 そんな漠然たる至らなさと、ささやかな苦笑に満ちた春の一日。
 彼らの前には、まだまだ続く未来(さき)がある。