花競べ
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月30日〜05月03日
リプレイ公開日:2005年05月08日
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●オープニング
誰にでも、ひとりくらい苦手な人物がいるだろう。
気難しかったり、口煩かったり。理由は、いろいろ。決して嫌いではないのだが、苦手意識が邪魔をしてついつい失態を重ねてしまう悪循環。
ちょっとした顔見知り程度なら、避けることもできるのだけど。身内や親戚――うっかり恩ある人物だったりするともう逃げられない。
この場合の択るべき手段はふたつ。
あきらめて大人しく相手をするか‥‥あるいは、誰かに押し付けるか、だ。
■□
「――というわけで。こうして、お願いに上がった次第」
ばん、と。番台に両手ついて頭を下げる大柄な侍を前に、受付係は思わず書付けの手を止めて周囲を見回す。
「ちょ、ちょっと。よしてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか‥‥」
よろしく頼むと頭を下げる依頼人は珍しいものではないが。
浪人風だとはいえ侍に盛大に手を付かれては、なにやら恐れ多いというか、落ち着かぬ。おまけに相手が大柄な巨人族ともなれば、無意味に目立ってしかたがない。
ようよう顔を上げた男を前に、手代はこほんときまり悪げな咳払いをひとつ。書き止めたばかりの依頼を声に出して読み上げた。
「ええ、と。気難しいご老人のお相手‥‥で、よろしいので?」
「半兵衛殿というのだ」
「はあ、半兵衛殿――」
この館山半兵衛という老人。依頼人――結城松風にとって、大恩ある人物であるという。そして、相当に口うるさい隠居であるらしい。
趣味の庭いじりが高じて、草花を育てることに生き甲斐を感じ‥‥家宝の名刀を売り払ってまで大量の苗を買ったという逸話まであるとか、なんとか。
江戸郊外の農村に小さな家を借りて移り住み、日々を植物の生育に費やしているそうだ。
「奥方が亡くなってからはいっそうのめりこむようになりまして、今では趣味の粋を越えています。――植木屋から鉢物名人なんぞとおだてられ、稼ぎの種にもしているようで」
月に2度の闘花会には必ず顔を出して薀蓄をたれる。
草花に造詣の深くない松風にはこれが苦痛で仕方がないのだが、なにしろ恩ある人物。そうそう無碍にもできない。
「なるほど。それで、“ぎるど”に‥‥」
“ぎるど”に集まる冒険者の中には、草花に明るい者もすくなくない。賢明な選択だといえなくもないが。
ふむ、と。少し考え込んだ手代を前に、結城は少し改まった口調で声をひそめた。
「半兵衛殿のお相手もさること。取引の口上や、会場の警備もお願いしたいのだ。――今度の花比べには“変わり花”も出品される」
“変わり花”というのは、試行錯誤の末に突然変異で咲かせた珍花を差す。
花比べといっても、賞品が出るわけでもない。評判になれば値段交渉が行われ、注文が殺到すれば、闇で競に掛けられる品もあった。――法外な値段での取引はご法度のはずだが、耳を傾ける者はいない。
大金が動けば、それを目当てに集まる不届き者もいるわけで‥‥。
「なるほど。そちらにも目を光らせるよう、一筆加えておきましょう」
そう言った手代に、結城はほっとしたように破顔したのだった。
●リプレイ本文
人や動物のソレほど、判りやすく明確なものではないけれど――
花にも心があるらしい。
雲ひとつなく晴れた鮮やかな皐月の陽光の下。
両国に程近い大川端の火除地に建てられた仮初の花市に集められた花たちにも、様々、想うことがあるようだ。――もちろん、物言わぬ花の気持ちを正しく釈るのは、とても難しい。
「‥‥どうかしたの?」
小さな鉢植えの傍らにしゃがみこんで、ひとこと、ふたこと。優しい口調で話しかけているハロウ・ウィン(ea8535)に気づいて、ショートボウを手にもの珍しげに周囲を見回していたサラ・ヴォルケイトス(eb0993)は小首をかしげる。
日本では、花といえば“桜”なのだと教わったけれど。
この日のために手塩にかけて育てられ、艶やかに咲き誇る色とりどりの花たちは、どれもみな美しい。
“変わり花”というから、どんな珍しい草花が出品されているのかと身構えていたのだが、多少は心得のあるリラ・サファト(ea3900)やアオイ・ミコ(ea1462)だけでなく、植物にはそれほど造詣の深くないサラやアイリス・フリーワークス(ea0908)にも見覚えのある花がほとんどだ。――ただ、ほんの少し色目が違っていたり、見慣れぬ斑が入っていたりして他と違う。
万事、無造作かつ大雑把に振り分けて自らの経験と照らす田之上志乃(ea3044)に言わせれば、
「これァ、お天道サマの加減が悪かっただな」
けろりと笑顔の一言で済んでしまうような微細な違いが、実は大変な労力と試行錯誤の末に生み出された成果であることに気付けるのは、一行の中ではウィンくらいだ。
注がれる情熱と。その愛情に応えて咲く花と。言葉はなくとも確かにつながる絆の中に入りたいと思うのは、園芸愛好家としては当然だろう。
サラの声に顔をあげ、エルフの少年は額に掛かった金色の髪を掻き揚げてにっこりした。日向にいれば、汗ばむほどの上天気。小柄な身体を取り巻くほのかな光は、陽炎のように揺らめいて。
「何か欲しいものがないか聞いてみたんだよ」
「‥‥えっ?! ウィンさんは花と話ができるんだ!?」
「ええ、と。魔法を使ったら少しだけ」
すごーい、と。真剣に驚いた風に眸を見開いたサラに、ウィンはくすぐったげな表情でひらひらと手を振ってタネ明かしをする。
《欲しいものはある?》
―――笑顔‥カナ‥
短い言葉。簡単な単語を組み合わせ地の精霊に託して訪ねれば、紫紺と白で装った苧環(オダマキ)はさやと微かな言葉を返した。
「わぁ〜、綺麗なお花がいっぱいですよ〜」
花競べに参加する者、花を求めてやってきた者。あるいは、人の多さに釣られて覗きにきた野次馬も。どこから涌いてでたのやら。立ち並ぶ葦簀張りの小屋の屋根から集まった大勢の人々を見下ろして、アイリスとアオイ――ふたりのシフールは顔を見合わせる。
売られているのは観賞用の植木や苗木。香具師の口上に誘われて小屋を覗いているのは、武士、僧侶、商人と身分も様々だ。裕福そうな身なりの年輩者は、珍種の鉢物を探しにやってきた好事家たちだろうか。
「人もたくさんいるですね〜」
「すごいね。ちょっとクラクラきちゃいそうだよ」
踏み潰されては一大事、と。会場の警備も兼ねて高みに登ったふたりの足下では、賑やかな商談の花が咲いている。
「でもでも。お花はきれいでも、食べられないですね〜」
何処かにお菓子でも売ってないでしょうか。と、吐息を落としたアイリスは、花より団子のお年頃。ふらふらとそのままどこかへ飛んで行きそうなアイリスの服の端をしっかりと捕まえて、アオイは賑やかな一角へと視線を向けた。
「私は何か買って帰りたいな」
手ごろな鉢が見つかるといいのだけれど。
●花、愛でる者
「‥‥なっ!!!? 30両っ!!!!」
付けられた値札に、思わず声がひっくりかえる。
見間違いかと気を取り直し、ごしごし拳で目をこすってみても‥‥書かれた文字はやっぱり同じ。依頼をひとつこなしたくらいでは、手も足もでない。
高額での取引もあると、噂には聴いていたけれど。――もちろん手ごろな売値の鉢もあるにはあるが、目を奪われる花にはやはりそれなりの値がついていた。
自分の目利きに自信をもっていいのか。あるいは、これを相場と買っていく好事家たちの白熱ぶりに呆れていいやら‥‥悩むところである。
「いや。まだこれなどは安い方。中には数百両の値をつける鉢物もある」
「げっ、数百‥」
「まったく。金を払う連中の気が知れぬのだが」
あんぐりと大きな口を開けて固まった堀田左之介(ea5973)に、結城松風は大袈裟に肩をすくめた。
「‥‥なんだかため息が出ちゃうよ‥ねぇ?」
芽吹いたばかりの若葉の柔緑に対比して、こぼれるばかりに鮮やかな金色の花を付けた山吹の鉢を前に息を落とした御神楽紅水(ea0009)に、リラもこくりと首肯する。
花を愛でるのは決して嫌いではないが、さすがにそこまでの情熱はない。ああだこうだと評するよりもただ、色を楽しむだけで十分だ。
「なぁ、松風どん」
法外な高値に魂が抜けていたわけではかろうが、なにやら神妙な顔で珍しく黙り込んでいた志乃が、ついと手を伸ばして傍らの大男の袖を引く。
「なしてこっただ草なんぞ、わざわざ育てたり、売ったり買ったりせにゃらなねぇだ?」
食えるようなモンでもねぇし。
「こんなもん。そこら辺に生えとるだべ?」
遠慮容赦のない評に、こんなもんとまで呼ばわる。周囲の視線に思わず首をすくめた紅水の予想に反して、反駁する者は出てこなかった。――誰もが心の裡ではそう思っているのだろう。
ただ、堪えられないだけで。
「さあなぁ。コレばかりは当人になって見なければ、分からぬものかもしれぬ」
結城も苦笑して頭をかいた。
真剣な表情で露店を回る好事家に、鵜の目鷹の目で商売相手を見つけようとする仲買商。皆、悪い病にかかっているようなものかもしれぬ。
「まあ、きれい」
リラの目を惹いたのは、見たこともない花を咲かせた鉢物だった。盆の上に据えられた奇岩に根を下ろす曲がりくねった小さな木。そのひねくれた枝の全てに、小さな釣鐘状の花が鈴なりについている。一見、白いように見える花びらの白地に薄紅の千筋をひいた――思わず、ほぅと嘆息するほど妖艶可憐な花だ。
集まった人々も感心しきり、出品者の講釈に聞き入っている。背伸びして人垣を覗き込んだ堀田の目に、雪のような白髪頭の痩せた老人の姿が飛び込んできた。
「あれが、館山半兵衛殿だ」
どこか遠い目をした結城が、ぼそりと小声で呟き落とす。
●花、贖う者
「日当たり、水捌けも大事じゃが。やはり、なんと言うても土じゃろうのお。――この品種は下谷の溝川ですくった土に良く馴染む」
朗々と語られる講釈に、寝入ってはいけない。
大して興味もないものなれば、この手の薀蓄に耳を傾けるのはかなりの苦痛なのだが、なによりも互いの信用が第一。笑顔で聞き入る堀田の姿があった。しっかり耳を傾けおけば、あるいは、一攫千金が狙えるかも知れない。
結城の言葉どおり、館山半兵衛は癖の強い人物だ。
趣味と実益を兼ねた鉢物を育て、他人に薀蓄を語っては悦にいる。頑迷で傲慢なところも目立ち、潔癖かと思うとそうでもない。
それでも、話してみるとなかなかに面白い人物ではあった。
「おなごは容姿ではないぞ。情が細やかなれば、それでよい。――わしの妻は武家の出であったからの。やたら気位が高く、つんけんしたところがあった」
いつかはお姫様にと夢見る志乃と、敬愛する姉に認めてもらおうと目指して日々研鑽を積むサラにそう諭し。
「されど、長年つれそった妻を亡くすというのは辛いことじゃ。胸の辺りに、こうぽっかり穴が開いたようでのぉ‥‥」
新婚ほやほや(死語?)のリラにしみじみと思い出を語りつつ、ウィンの日本の気候と植物についての質問と談義にも嬉々として応じてくれる。
「元気なおじいちゃんだよねぇ」
「まったくな」
捕まえた巾着切りを面番所から駆り出された同心に突き出しつつしみじみと笑みをこぼした紅水に、堀田も笑って同意した。
せっかくの花市。
いろいろ見て回るのも楽しみのひとつ。店番と会場警備は、入れ替わりの交代でやることになっている。
「楽しみだと思ってやるのが上手くいく秘訣なのかな?」
人の多い場所ではなかなかに扱いにくい武器だと吐息を落としつつショートボウをもてあそぶサラの隣で、接客中のアオイに変わってアイリスが答えた。――どこで拾ってきたのか、笹の葉で包んだ粽を抱えてご満悦だ。
「そーですねぇ。アイリスもそう思うですよ〜。――あ、リラさんお帰りなさいです」
「お帰りなさーい。気に入ったものは見つかった?」
サラとアイリス。そして、アオイの問いに出迎えられたリラは大事そうに抱えていた小さな鉢を掲げてみせる。
素焼きの鉢には、瑞々しく開いた緑の双葉。
「わあ、可愛い」
「朝顔ですって。最近、流行り出した花だそうです」
咲いている花もいいけれど。これから、開花を楽しみに育ててみるのもいいかもしれない。
そう、微笑んだリラの後ろから声が掛かった。
「刷毛目の灯台躑躅(どうざんつつじ)だが‥‥80でどうだね?」
「‥‥っ!! ‥‥80‥りょ‥っ?!」
思わずぴょんと飛び上がったのは、アオイだけではないだろう。
高いのか、安いのか。検討も付かない。
志乃の言葉を借りれば、ただの草。――たしかに、愛情も思い入れもいっぱい詰まっているのだろうけど。
それでも、やっぱり‥‥80両は高いと思う。
役目交代のために露天に戻ってきた堀田に紅水。もちろん、志乃と結城も。好事家たちが褒め称える、花の価値はわからない。否、価値がわからないのではなく、それを扱う者たちの常識がわからないというべきか。
『綺麗だね』
そう思うだけではダメなのだろうか。
「‥‥‥あのぅ‥‥」
上機嫌で帰っていく仲買人らしい男と即金で支払われた金の包みを交互に見比べ。それから、おそるおそる差し出したアオイに館山はからからと笑う。
「なあに、仕入れ値じゃ。鏡屋という植木屋が客を付けおってな。――相手は雄藩の留守居役らしい。大方、3倍の値で売りさばく気じゃろう」
「さんば――」
もはや言葉もない。
「いいの? 大事な花なんだよね?」
ぽつりと尋ねた紅水に、館山は僅かに唇の端を歪めて笑う。
「わしも楽隠居のまま死にたいのでな。まあ、あの鉢なら売っても良い」
本音であり、また、虚勢でもあった。
「それは、手放せない鉢もあるってことだか?」
「もちろんじゃ。」
力強く頷いた館山に、志乃とサラは顔を見合わせる。
「それ、見てみたいなぁ」
「ふふ。こればかりはそなたらにも見せられぬ。わしだけの楽しみじゃ」
好奇心と探究心に目を輝かせたウィンの言葉にも、館山はきっぱりと首を横にふった。そして、ふと受け取った金子に目を留めて、何か思いついたように屈託のない笑みを浮かべる。
「せっかく良い値で売れたことじゃ。皆で、美味いものでも食いに行かんか?」
ちらり、と。探り合うように顔を見合わせ、破顔一笑。いっせいに頷いた冒険者たちに、館山も機嫌の良い笑顔を作った。
ちょっとまって、と。慌てて、目当ての鉢を買いに飛んでいったアオイの背を見送って。堀田は、ご馳走の予感にはしゃぐ若者たちを楽しげに見守る館山に声をかける。
「面白い経験、ありがとな」
これも、きっと何かの糧になるのだから。