道場破りと呼ばないで
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月25日〜06月30日
リプレイ公開日:2004年06月30日
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●オープニング
大川を1日ばかり上ったところに――。
ゆるゆると紫煙を燻らせ、木綿問屋の番頭を名乗る男は集まった冒険者を前に、のんびりと話を切り出す。三十前後の苦みばしったいい男である。
「小さな邑がございます。ご存知ですかな?」
知らない。
そう答えると、男はぽんと煙管を叩いて火口から白い灰を火箱に落とした。
「なかなかに風光明媚なところにございます。江戸の大店の寮や別邸が集まる一帯がござまして‥‥」
江戸からの足回りも良いことから、それなりに賑わいのある場所であるという。言って、男はやや困った風に片方の眉を器用に歪めた。
「今から半年ばかり前、志士を名乗る胡乱な浪人どもが百姓屋を借りて、野天の道場を開きました」
世が乱れれば、剣の道にて立身出世を志す者も増える。百姓であっても腕さえ立てば、末は旗本、大名も夢ではない。
もちろん、志を高く持つのは悪いことではないのだが。
「あのような鄙びた場所に道場の看板を掲げても弟子は集まりませぬ。お上を欺く隠れ蓑にごさいます」
道場に集まる者たちが近所の寮や別邸に押しかけ、強請りまがいに金を強請る。みかじめ料と称して銭をたかる。あげくの果てに、寮の女中を騙して遊里に売りとばす女衒まがいの所業まで重ねる有様。ほとほと迷惑しているらしい。
「そこで、寮や別邸の旦那衆が集まりまして。奴等をこの界隈より追い出そうということになりました」
さらりと仔細を説明し、男は煙管の火口に新しい煙草を詰めると火をつけた。
「頭領は崎森某と名乗る剣客。弟子を名乗る者は十数人ほどがおりますが‥‥腕が立つのは、せいぜい崎森とほんの数人といったところでしょう」
江戸広しといえども、道場破りの依頼とは珍しい。紹介された者たちの顔ぶれを見回して、男はにやりと唇の端をつりあげる。
「それでは、よろしくお願いします」
●リプレイ本文
●雲の切れ間に
梅雨の中休みの青空を燕が滑る。
ところどころ濃淡のある碧落にぽっかりと浮かんだ白雲は、鮮やかな夏の色を湛えていた。
万緑に湧く鳥の声、虫の音にも季節を感じる。
大川を1日ばかり上へと遡ったところにある小さな邑は、伸び盛りの水田と畑に囲まれたどこにでもあるのどかな山里のひとつであった。
足回りもよく、また水が美味しいと評判のこの辺りには、商人たちの寮や別邸が多くあり、その比較的豊かな内証を相手に商いをする者なども集まってそれなりに賑わいがある。――とはいえ、田舎には違いなく、取り締まるお上の目も緩やかで。
崎森という剣客は、なかなか良い場所に目を付けたものだ。
下調べを兼ねて村の様子を見回りながら、琴宮茜(ea2722)はそんな感想を持つ。
「どこにでもいるんだな、ああいう手合いは‥‥」
龍深城我斬(ea0031)の嘆息は、真理であった。崎守一党に限らず、人は力を持てば、闇雲に振りかざしてみたくなるものらしい。――武士の風上にもおけないそういった連中のようにはなりたくないものである。心してかからねば。
村人たちから詳しく話を聞きたいと琴宮に同行した龍深城であったが、これがなかなか骨の折れる仕事であった。何しろ住人たちは龍深城らの姿を認めると、そそくさと家の中へと消えてしまう。
江戸市中とは異なり、田舎に侍の姿は珍しい。志士や浪人といった侍者が徒党を組んで歩いていれば、間違われても仕方はないような気もするが‥‥。
「まったく」
愚痴のひとつも落としたくなる。
やりきれないと頭を振った龍深城の耳に、ぱあんと瀬戸物の割れる乾いた音と人の悲鳴が届いた。
「あっちかっ!!」
龍深城の舌うちに、琴宮と巽弥生(ea0028)も袴の裾を翻した。
土くれの道を少し走ると、飯屋らしい縄暖簾の見世から浪人者らしい風体の男がふたり。肩で風を切って出てくるのが、目についた。
足元には町人風の男が、地面に這いつくばっている。大方、散々、飲み食いした挙句に料金を踏み倒し、清算を願い出た見世の者を突き飛ばして管を巻いているといったところか。正に絵に描いたような、無体の図。こういうのを捜していたのだ。
「おお、いたいた」
なぜか嬉しそうにそう言って、龍深城は浪人者に無造作に近づいた。その後ろに琴宮と巽も従う。
「あなた達ですか、この邑で志士の一派を名乗り悪事を働いている輩は」
琴宮の誰何に侍たちは胡乱げに眉をあげ、腰のものに手を伸ばす。
「なんだ、てめぇら?!」
「風の志士のひとり、烈風の牙とでも言っておきましょう」
「‥‥‥‥‥‥」
なにやらとっても強そうな自称を淡々と口にした琴宮を取り巻いて、奇妙な沈黙が舞い降りた。まだ子供だと形容しても良いほど小柄な娘の名前が、烈風の牙。さすがに反応に困ってしまう。――町衆の方もどうしていいやら途方に暮れているのだろう。地についた手が小刻みに震えていたりして。
「丁度お前らみたいな下っ端を捜してたんだ」
そう言って、龍深城はすらりと刀を抜いた。その心は、問答無用でシバき倒そう。‥‥‥お手柔らかに‥‥。
「さあ、知っていることを全部教えてもらおうか」
「ぬかせ!」
相手が大人しく喋るとは思っていなかったので、それほど驚きもせず、抜刀した浪人たちに、巽も腰の刀に手をかけた。
尋問にも技術というものが要る。聞き手が水を向けてくれなければ、喋る方だって何を喋ればいいのか判らない。
人生はまだ始まったばかり、これからに期待しよう。――幸い、今回は緻密な情報がなければ果たせぬような難解な仕事とは違い、ちょいと乗り込んで行って、悪党達を懲らしめればよいだけだ。腕が鳴ると自信に溢れる風間悠姫(ea0437)を筆頭に、誰もそれほど深刻には考えていないようなので大丈夫だろう。
浪人は正眼に刀をとる。龍深城は、刀身を顔の右横に立てた。
切っ先がかすかに上下し、ゆらゆらと間合いを計る。眠気を誘うような動きに、龍深城は両目を見開き腹に気合を溜めた。
「きえぇっ!!」
甲高い声が、張り詰めた空気を貫く。
夏の陽射しを湛えた青空に、金属音が高く響いた。
●いざ、討ち入り!
崎守一党が根城に使っている百姓屋は、邑外れの山陰にあった。
防風林に囲まれたかつては立派だったと思わせる茅葺の一軒家である。壊れかけた長屋門は閉まっておらず、百姓屋特有の広い前庭で十数人の浪人たちが裸足に袴をからげた姿で打ち合い稽古をしていた。
ギルドに持ち込まれた話。そして、下調べの結果によると。抜きん出て強いのは崎森を名乗る剣客だけで、あとは、五十歩百歩。とはいえ、駆け出しの冒険者にとっては、それほど侮れる相手ではない。
ばーん!
破れた門扉わざわざ閉めなおして蹴り開けた猛省鬼姫(ea1765)と、数人の侍らしき人影に打ち合いの手が止まる。――これまで、特に警戒する必要もなかったのだろう。見張りの者はいなかった。
「御用検めだよ! 抵抗しなくても成敗しちゃいます♪」
高らかに宣言する狩多菫(ea0608)。誤解のないよう言っておくと、今回はギルドを介した商家の旦那衆からの依頼であって、お上の「御用」は帯びちゃいない。
「御用検め?! 何者だ?!」
ざわりと不穏に揺れた男たちに、今度は巽が胸を張って前に出る。大きく深呼吸して口を開き――
「貴様らに名乗る名はない!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
武士の戦いは双方、大音声で名乗りをあげるのがお約束。一瞬の沈黙の後、呆れたように巽から視線を逸らせた師範格の浪人が、苦々しく吐き捨てた。
「――戦いの作法も知らぬとは、これだから田舎侍は‥‥っ!」
「あー、言ったな!!」
破落戸に田舎侍呼ばわりされたくない。
かくして、討ち入り‥‥じゃなかった、道場破りの熱い戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
「正義の心を燃やして悪を討つ〜♪‥‥きゃあっ?!」
フレイムエリベイションを唱え始めた狩多は、突き出された木刀に悲鳴をあげて風間の後ろに駆け込んだ。乱戦は魔法の詠唱には不向きかもしれない。それでも諦めずに気を取り直して、今度はバーニングソードの呪文を唱え始める。その風間も、実は剣で打ち合う時は、攻撃よりも打ち込みを躱す方が得意らしい。
「もっと歯ごたえのある者はいないのか!」
なんて、とっておきの啖呵も用意してきたのだが、今のところ、雑魚を相手にいいカンジで互角のようだ。琴宮、巽もそれぞれ手頃な相手を前に剣を構える。
「安っぽいチンピラ共が! てめえら変態にかける情けはねえ!」
「なにぃっ!!」
こちらも、どっちがチンピラなんだか判らない罵倒を浴びせる猛省。ゆうぜんと構える田崎蘭(ea0264)は、劣勢の味方の加勢にまわり‥‥美味しいところを持っていく作戦のようだ。
「山崎、できんだったら、とどめはさすなよ? そいつにゃやってもらうことがたんまりあるんだ」
そう声をかけ、田崎はにやりと邪悪に笑う。
「ええい! 何をやっているっ!!」
押され気味の味方に苛立った声を上げた崎森の前に、山崎剱紅狼(ea0585)の長身がゆらりと立ち塞がった。
「さて、ボチボチはじめようや‥‥なぁ? 崎森サンよォ」
「‥‥‥む‥‥二天一流か‥‥」
太刀と短刀。ふたふりの刀を構えた山崎に、崎森も剣を抜く。こちらは、新当流であるらしい。
軽く顎を引いた崎森が山崎の左へ足を滑らせ、横動きして回り込みながら剣を上段へと振り上げた。が、その構えは高圧ではなく、自在に変化する予感を漂わせている。山崎もまた、崎森の動きに合わせてじりじりと開いた足を動かした。
山崎を中心に、崎森が間合いを図りながら流れるように滑らかなすり足で円を描く。張り詰めた空気が、ぴりぴりと刺すような殺気を伝えた。――狩多が付与したバーニングソードの効果にも限界がある。そろそろ仕掛けたいところだが。
「我が太刀筋、貴様に見切れるか?!」
業を煮やして飛び込んだ龍深城の太刀を崎森は中腰から振り向きざまに撥ね上げ、白刃が空気を裂いて鼻先を掠めた。
その隙を見逃さず、山崎も間合いをつめる。大きく踏み込み右手で保持した太刀を、崎森の眉間に叩き込んだ。
山崎の瞬息の剣に対抗しようと、崎森は龍深城をいなした剣を振り上げる。
‥‥‥キーン‥‥!
刀の折れる音が高く響き、左手の短刀が崎森を切り裂いた。
どさり、と。朽木が倒れるように横倒しになった崎森の体から血が噴出して、地面にじわりと朱が広がる。
あっけない幕切れに、辺りに静寂が舞い降りた。崎森あっての道場である。師範が倒されるその光景を目の当たりにして、それ以上、戦いを続けようとする弟子はいなかった。
●道場破りと呼ばないで
悪銭身につかず。
とは、よく言ったもので――。
持ち物、有り金かき集めて売られた娘を買い戻そうと考えていた田崎であったが、金目の者は殆ど残されていなかった。
宵越しの金は持たないというのも、江戸っ子の心意気ではある。――と、言っても、ちっとも褒められたことではない。
売られた以上の身請け料を取られるのも、世の常で。そちらの方は、ギルドへと依頼を出した旦那衆の恩情に頼るしかなさそうだ。
感謝の言葉に送り出されて、船は一路、江戸へと漕ぎ出す。
束の間の舟遊び。岸辺に舞う蛍も心なしか嬉しげだ。
悪党を一掃し、意気揚々と引き上げる今夜の酒は、きっと美味いに違いない。邑を救った彼らの英雄譚は、末永く語り継がれることだろう。
=おわり=