野いちごの花が咲く村へ
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月21日〜06月28日
リプレイ公開日:2005年06月29日
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●オープニング
初夏――
生きとし生けるものが、みな、美しく輝く命の季節。
夏へと向かう華やかな陽気は、“ぎるど”にも爽やかな涼風をもたらした。
受付の手代を向き合って番台に腰掛けた小柄な人影。――一見、子供のようにも思えるけれど。相対する手代を前に少しも物怖じしない受け答えや表情には、それなりの歳月を思わせる。
よくよく気を付けて見れば、彼が小さな隣人‥‥パラと呼ばれる種族の者だと気づくだろう。
総じて物事にこだわらない気さくな性格の持ち主であるとされる彼らの中には、人間に混じり暮らしている者も少なくない。――尤も、あまり深く考え込んだり、悩んだりしな性格というは、イマイチ“ぎるど”の客向きではないのかもしれないが。
受付の手代を相手に振りまく愛想も、弁達だ。
「じゃ、そーゆーことでっ!」
ひとつ、よろしく。と、ぴょんと立ち上がり意気揚々と去っていく後姿を見送って、ヨロシクお願いされてしまった手代はぽりぽりと頭を書いた。
「何か問題でもあるのかい?」
新しい依頼を探して顔を出していた知己に尋ねられ、手代はきっぱりと首を横に振る。
「いーえ、全然。――洞穴に住み着いた小鬼を退治して欲しいという依頼にございますよ」
江戸より2日ばかりの山深い土地。
ここに、依頼主である“小さき人”の暮らす里があった。――年に1、2度。修験者が訪れる程度の、本当に何もない村である。とはいえ、今の季節は色とりどりの花が咲き競う美しい場所だ。
だが、それだけ。
華やかなりし江戸の町とくらべると、あまりに寂しい。
そこで、村人たちが頭を寄せて相談した結果、
江戸近隣の景勝地として、名を広めてはどうかという話になった。――なかなか、良い考えだと、村人総出で村興しに乗り出した矢先、
里の近くに20前後の小鬼が住み着いてしまったのだという。
山の幸も豊富にとれる時期であるから、さほど甚大な被害は出ていないのだが‥‥お隣さんが小鬼という状況は、はやり精神衛生上よろしくないのではなかろうか。
「――と、まあ。こんな次第で」
たしかに間が悪いといわれれば、そんな気も。
「まあ、困っているのは確かなようですし」
張り出しておけば、ちょうど暇を持て余した誰かが、救いの手を差し伸べてくれるかもしれない。
言いながら、手代は広げた紙にサラサラと依頼を書付け、壁の隅にぺたりと張り出したのだった。
●リプレイ本文
鮮やかな緑の褥に、白い花が咲く。
小さな風にも頼りなく揺れる細い茎の先には水面の泡沫にも似た花がひとつだけ。――ひとつの株に、仲良くふたつ。大地を濡らす雪解けの水に姿を映して。
森の奥深くへと続く一筋の小径は、湖緑を湛えた水の底から一斉に湧き上がる真白の泡沫に包まれているようにさえ。
「わあ、きれい」
いっそ幻想的にさえ見える風景に感嘆を落とし、アウレリア・リュジィス(eb0573)は透明な山の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ニリンソウ」
キルト・マーガッヅ(eb1118)の問いたげな視線に、道先案内は笑顔で答える。小柄でくるくると良く動く表情は、一見、子供のようにも思えるが、歴とした大人であるらしい。
「ちょうど今頃の季節になるとこうやって咲きはじめるんだ。――おひたしや卵とじにしても食べられるけど。芽吹いたばかりの時はトリカブトに似ているから、ちょっと注意しないとね」
薬草師であるというキルトの為に、簡単な解説も‥‥と、いっても。食べられるものと、そうでないものといった、いたってシンプルかつ大雑把な分類をしているようだ。
「この辺りは涼しいな」
江戸とは違い、ともすれば少し肌寒ささえ感じる風に思わず首をすくめたイツキ・ロードナイト(ea9679)に、安積直衡(ea7123)もひやりと頬を撫でて行過ぎる無聊に目を細める。
都の喧騒より遠く離れたこの土地は、何もないようでいて満たされた風流の里。鳥の声と水のせせらぎ、梢を渡る風精の足音に包まれるのも悪くない。――依頼に託けなければ‥と、微かに落ちた苦笑をひとつ。今は、ただ渇いた胸を満たす。
俗と風流の隙間に思いを馳せる安積の隣、所所楽石榴(eb1098)はもっと簡単かつ重要な理由で胸を躍らせていた。
「えへへ‥‥また、レヴィンさんと一緒の依頼♪」
「私も石榴さんと一緒できて幸せですよ」
婚約者の笑顔にレヴィン・グリーン(eb0939)も、にっこりと相好を崩す。
「ですが。あまり、無理をなさらないでくださいね。――依頼も大事ですが、私は石榴さんのお体の方が心配です」
日本男児からは望むべくもない紳士らしい発言に、周囲に甘酸っぱい空気が漂った。
「え〜と。まあ、幸せでいいんだけどさ。子鬼退治の方も、ばっちり頑張ってよね」
一応、村の未来も掛かっているんで。
こほん、と。咳払いしてちゃめっけたっぷりに肩をすくめた道先案内に、嵯峨野夕紀(ea2724)はさらりと自慢の黒髪を指で梳る。
「大丈夫です。ちゃんと私たちもおりますから」
そっけない言葉は、いつものことで。
特に隔意があるわけではない。
「でも、でも。パラの里なんて、ジャパンにもあるんだー」
いっがーい。と、大袈裟に驚いて見せたアウレリアに、道先案内はまあねと笑う。
「ニンゲンってなんでも自分たちがイチバンだと思っているから、あんまりそういうコトに感心は持たないんだよ。――ボクらって、ほら。どこへ行ってもうまくやってく自身あるんだけどさ。たまには故郷っていいなーとか思いたいワケ」
巨人の里とか、河童の邑だって探せばちゃんとあるんだよ。
知ったかぶりの返答に目を丸くしたアウレリアと顔を見合わせ、馬を引いた東条希紗良(ea6450)はひっそりと息を落とした。
「“小さき人の村”か‥‥私には少しばかり天井が低いかもしれないな」
「私は背も低いし、まだ子供だから大丈夫だよ」
いつもとは逆。
得意げに胸を張ったアウレリアに、東条もつられて笑み零す。
―――確かに、子供たちは身の丈に合った小さなつくりを喜ぶかもしれない。
●春花をストームに乗せて〜まずは、おさらい〜
薄暗い木立の下で、薄緑の光が生まれる。
重なりあった梢の隙間から零れ落ちる木洩れ陽とはまた違う、精霊の紡いだ光。キルトの詠唱に応え、風精はその偉大な力の片鱗をほんの僅か垣間見せた。
木の葉を震わせ、キルトの周囲に風が集まる。
深く息を吸い込むように、ゆっくりと。
自然の韻律を捻じ曲げる見えざるゆらぎに、森はぴたりと息を殺した。
「今だっ!!」
グリーンの合図に、両手で印を結んだ石榴と夕紀が詠唱を開始する。刹那――
―――ザザァ‥ッ‥!!!
巻き起こった一陣の風が、木の葉を浚い、木々を揺さぶり疾け抜けた。
そして、再び舞い降りる静寂。
■□
子鬼の洞窟――
村人たちにそう呼ばれる洞穴は、集落の北側‥‥林道とは名ばかりの獣道にそって半刻ほど歩いた先の崖の下にぽっかりと口を開けていた。
洞穴そのものは昔からあるもので‥‥村の子供たちが探検したり、夏の一夜を過ごしたりと遊びに使っていたのだが‥‥格好の住処と棲み着いたものらしい。
「今の所は、大きな被害は出ていないんだよね」
食べるものにさほど不自由のない季節。
山菜採りの村人が集めた菜を奪われたり、獲った魚や獣を獲られる程度で済んでいる。――あるいは、冬に備えて肥え太るのを待っているのかもしれない。
潅木の茂みに身を潜め、洞穴の様子を伺う東条と安積の後ろで、道案内役がのほほんと首をかしげた。
出かけているのだろうか。あるいは、洞窟の中で惰眠を貪っているのかもしれない。
20匹前後と聞いていたが、今、ふたりの視界に映っているのはボロボロの着物を身につけた見張り役らしい2匹だけ。
「どんな感じだろうか?」
手がかりを求めて周囲をぐるりと一回りしてきたロードナイトは、安積の言葉にちらりと笑って肩をすくめる。
「洞穴そのものはさほど広くないそうだから、作戦が上手くいけば楽勝だと思うんだよね。ただ‥‥」
そう言葉を切ったロードナイトの表情は、どこか困ったような顔をしていた。
単純にやっとうの腕前だけを比較すれば、小鬼の1匹や2匹。恐れる相手ではないのだが‥‥。
もちろん、油断は禁物で。
今回は数が多い上に、剣を取って戦える者――いわゆる、“前衛”を張れるのは彼らふたりしかいないのだ。
いくら相手が小鬼でも、囲まれれば分が悪い。
「‥‥それで、作戦の方はどうなのだろう‥?」
“春花の術”で作り出した睡眠香を、キルトの精霊魔法“ストーム”で洞穴に向かって流す。――それが、キルトとグリーンが考え出した今回の作戦だった。
「タイミングがねぇ」
苦笑未満の呟きに、安積と東条は無言で顔を見合わせる。作戦を成功させるためには、いくつかの条件があるわけで‥‥これがなかなか難しい。
まず、魔法を完成させる。
“ストーム”担当のキルトの場合。こちらは大きな空気の流れを作りさえすればいいので、威力を期待しなければキルトの腕でも大丈夫だろう。
問題は、“春花の術”を担当する石榴と夕紀。どちらも、完璧に使いこなせるという段階ではなく、失敗する確立も高かった。――ふたりいるので、どちらかが完成させられれば良いのだけれど。
そして、最後の条件。
“春花の術”の直後に“ストーム”がくるよう、ふたつの術が発動するタイミングをコントロールする。瞬時に呪文を詠唱する技術を持たない3人には、これがけっこうやっかいな課題であった。
落ち着いて考えれば、なかなか難易度の高い作戦であるような――。
「‥‥まあ、最善の策ということだ‥」
それがなければ、絶対に勝てないというわけでもない。
ようは、小鬼をこの地より追い払うことができればそれでいいのだ。
目的を達成するために“自分にできること”を脳裏に思い描いた東条の言葉に、安積、ロードナイトも静かに勝利を胸に機す。
●春花をストームに乗せて〜いざ、本番〜
グリーンの呼びかけに精霊が囁く。
ぽっかりと空いた洞窟に潜む小鬼の位置、そして、数。
「うっかり自分で眠っちゃったら‥‥ごめんだけど、起こしてね」
本人はいたって真剣なのだがなにやら不器用な石榴の言葉に、思わず苦笑が零れる。
「もちろんです」
快く応じたグリーンに少しはにかんだ笑顔を向けてから、石榴はふと思いついて言葉を続けた。
「それから、レヴィンさん。うっかり迷子になっちゃダメだよ?」
極度の方向音痴なのだ、彼女の愛しい婚約者は。
「‥‥大丈夫です。こちらは風上ですから」
風向きを読んで場所を選んだ夕紀の冷静なツッコミに、安積から借り受けた鳴弦の弓を手にしたアウレリアも華やかに笑む。
「鳴り物もありますしねっ☆」
「――それでは、始めましょうか?」
キルトの言葉に、冒険者たちは顔を見合わせ力強く頷いた。
■□
―――ザァ‥ッ!!!
キルトの周囲に集った風が、淡い緑の旋風となって木立の間を疾け抜ける。
石榴と夕紀の紡ぎあげた魔法が目に見える形を成すよりも早く巻き上がった煙ごと吹き払い、そして、洞穴へと押し寄せた。
突然の、思いもかけない襲撃に飛び起きた小鬼たち。だが、その動きは何かに囚われたかのようにぎこちない。
正しき神への祈りと共にアウレリアの細い指がかき鳴らす弓弦の響きは、妙なる旋律となって“悪しき存在”を見えざる糸で縛る。
混乱と恐慌と。
あえてその右手の剣を捨て手数を増やした東条の二天一流と、野太刀ではなく日本刀を選んだ安積の佐々木流。――最大の好敵手と伝えられるふたりの剣豪によって編み出された太刀筋が、今は互いの背中を守る。
鉄扇を手に戦いを得意の舞に見立てて華麗に舞う石榴も‥‥似て非なるものではあるが、撹乱にはなっているようだ。
ひらり、と。身を交わした石榴めがけて刀を振り上げた小鬼の腕が、途上で止まる。ロードナイトが放った矢は、狙い違わず小鬼の首を貫き大地に紅い花を咲かせた。
愛しい人の立つ戦場へなら、迷わずたどりつけるだろう。――グリーン、そして、キルトも新たな印を結び‥‥。
完璧に作戦通りとは、いかなかったのだけれど。それでも、目的が遂げられたのだから、よしとしよう。
●野いちごの花の咲く頃に
太陽のような花を見つけた。
雪解けに出来た湿地の中に、濃い緑の葉にひときわ映える鮮やかな黄色。――菜の花よりも、もっと、もっと鮮やかな‥‥。
「それは、立金草。――そっちのお姉ちゃんが見つけたのが、黒百合な」
アウレリアと同じ、名前に黄金を抱く花。
夕紀の黒髪にも負けない、艶やかな気品に溢れる花。
色が溢れる。
ニリンソウの白、立金草の黄色、黒百合の黒、猩猩袴の紫、カタクリの薄紅、
サクラソウ、鈴蘭、ヒメセンブリ、トリカブト。
武士の母衣に見立てられた花、危険な猛毒を持つ花も‥‥
「そんで、これが野いちご。まだ、実は熟してないけれど、もう少ししたら紅い実がなる」
美味いんだ、これが。
嬉しそうに笑う村人たちの笑顔が、何よりも疲れを癒す。
「やはり、パラさんは素敵な方々ばかりですね」
石榴と共にお花畑を散歩しながら、グリーンは心に友の顔を思い浮かべた。