天空の至日

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月28日〜07月01日

リプレイ公開日:2005年07月06日

●オープニング

 風向きが変わる。
 うつろう季節の変わり目には、必ず強い風が吹くというのだけれど――
 北緯の山稜より吹き下ろす冷ややかな北風の後、京都都に吹きこんだのは南都より放たれし黄泉の風。――華やかなる者の轍に消えた陰鬱なる怨讐。死してなお消えぬ生への執着。黄泉人の影は、黄泉の腐臭よりも重く暗い影を都に落とした。
「騒がしおすなぁ」
「なんでも陰陽寮の尊いお方が、良ぉない卦をお見立てにならはったとか」
 碧落に吹き流される雲のカタチ、星の運行。転がされた筮竹が告げる未来読みに、振り回されてはいけないとは思いつつ‥‥。
「どないも、こないも。神さんのお告げや言われたら、知らん顔すんのもなんや気持ち悪おすやろ?――ホンマ、難儀してますんや」
 江戸のそれとは少しばかり趣を異にする“ぎるど”の番台で、男は盛大に吐息を落とす。
 じわじわと京に迫る黄泉人の影に方々からの援軍要請に終われ慌ただしい周囲に気兼ねがあるのか、ちらりとあらぬ方に視線を向け手代は改めて目の前の男を眺めた。――近郊に住む者だろう。村の世話役といった風情の、人の良さそうな顔立ちの男だ。大仰そうに寄せられた眉もそれなりに深刻そうではあるが、伸ばされる黄泉人の魔手に切羽詰った者たちの鬼気迫るものは感じられない。
「まあ、そうでっしゃろなぁ。まずは、詳しいお話から伺わしてもらいまひょか」
 はんなりと曖昧な相槌を返した手代に、男は出された新茶に手を伸ばす。
 男の在所――都より半日ほど離れた小さな村だが――では、年に1度、夏至の日に巨大な篝火を囲んで五穀豊穣を祈る祭りを行うことになっているのだそうだ。
 今年も、そろそろ夏至の季節を迎え、村人総出で祭りの準備をしていたのだが‥‥
「旅の陰陽師とかいう人がみえはって、祭りを取りやめるように言わはったんですわ」
 どうにも不吉な卦が出ているのだという。
 そうは言っても、毎年、善かれと行ってるいるものを突然止めろといわれても、今度は村人たちが落ち着かない。――祭が執り行われる村外れの水辺にはこのあたりの水脈を司る水神が棲んでいるとされているのだから。
「なんでも、村人の数が良ぉないらしいんですわ」
 田舎の小さな村のこと。
 今日、明日で村人の数を帰ることなどできるはずもなく。――なんとかならいものかと皆で首を捻った結果、思いついたのが都の“ぎるど”へ依頼を持ち込むという場当たり的な解決策だったらしい。
「‥‥確かに難儀どすなぁ‥」
 へえ、と。頭をさげた男の前で、手代はやれやれと肩をすくめた。

●今回の参加者

 ea1407 ケヴァリム・ゼエヴ(31歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9276 綿津 零湖(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9399 ミヒャエル・ヤクゾーン(51歳・♂・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 お天道様に、オ・ネ・ガ・イ・☆
 雨雲を敷き詰めた空にむかって両手を翳し、しっかりと両目を閉じて呪文を呟く。
 1年のうち最も日の長いこの時期は、湿った大気に抱かれふわふわと遊ぶ“陽の精霊”の気配も捕まえやすい。――たとえ雨の帳に隠され眺めるコトは叶わなくても、太陽はたしかに天頂にあるのだから。
「おーい」
 呼び声に視線を下げれば、見上げる眸。
 地に立てば己よりはるかに上背のある長身の男を見下ろすのは、なかなか気分の良いものだ。
「やあやあ」
 すらりと天を突き刺す高い杉の天辺に腰掛けた足をぶらぶら交互にゆすりながら手を振ると、針のように細い葉がぱらぱらと零れ落ち男は少し嫌な顔をする。――きっちりと結わえた長い髪に絡んだりしたら、確かにちょっと面倒かもしれない。
「手伝いばっくれて何やってんだよ」
 言葉遣いが少し乱暴なのは機嫌のせいではなくて、彼の“地”だということはちゃんと知っていた。
 山で拾い集めてきたらしい焚き付けを抱えなおして、彼――環連十郎(ea3363)は僅かに目を細める。梅雨時の雲が広がる銀鼠の空に、太陽の姿はなかったけれど。それでも、世界に満ちる光はとても眩しくて。
 手招きの形に動かされた指先に笑い。ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)はちょこんと腰掛けていた細い枝から、えいやと勢いをつけて身を躍らせた。
 眸、そして、髪と同じ色の蝶の翅がふわりと開いて、宙に放り出された身体を支える。
「ひどいなー。これでも、ちゃんと働いていたんだよ〜」
 すい、と。目の高さまで虚空を滑り降りてきた羽妖精の抗議に、環はへえと器用に片方の眉を上げた。わずかに歪められた口角が、眉唾だと笑う。
「ホントだってば」
 これなら運べるだろう、と。差し出された細い小枝に唇を尖らせると、それはまたさっきと同じ場所にひっこめられた。
「木のてっぺんでねぇ」
「夏至の日は晴れるように魔法を掛けていたんだよ。――お日様へのお願いは、高いところの方が効果ありそうだと思わない?」
 後の方は、気持ちの問題なんだけど、ね。
「そうかあ?」
「うん、そう。 絶対」
 明日は快晴、間違いなし!
 そう胸を張ったゼエヴの言葉に、環は少し考えるような顔をして雲の掛かった天を見上げる。
「‥‥まあ、せっかくのお祭だしな」
 水色に濡れた景色もそれなりに風情があるけれど。女の子と楽しく過ごすには、やっぱり雨より晴れていた方がいい。


●神様は知っている
 森の静謐を湛える水面は、木々の緑を映した湖緑色。
 覗き込めば水底の小石に手が届くのではないかと思われるほど透明な沼は、鏡のように世界を映す。思い出したように水面を滑る微かな風に湧き立ち走る漣は、波間に戯れる龍の背にも似て。
 沼の畔――人の手で切り開かれた小さな窪地に建てられた小さな石造りの祠に向かい合い綿津零湖(ea9276)は、居ずまいを正して手を合わせた。
「この沼には龍神様が棲んでいらっしゃるそうですよ?」
「へえ」
 零湖の言葉に、馬の背から薪を下ろしていた山本佳澄(eb1528)は積み荷を解く手を止めて穏やかな水面を眺める。
 田畑を耕すことで糧を得る者たちにとって、“水”はなくてはならぬもの。――水の神の象徴とされる“龍”もまた信仰の対象になるらしい。
 ミヒャエル・ヤクゾーン(ea9399)の祖国で語られる恐ろしいばかりの生き物とは、似て非なるものであるようだ。
 何事か話しながら沼を眺めるふたりの娘を遠目に見やり−うっかり触れでもしたら狂化してしまうので−ヤクゾーンに、村人たちは少しばかり不審の目を向ける。
「あんたさんは、手伝いに行かはらへんの?」
「オ〜ッ‥と。ゴメンヨー、まだジャパン語は完璧じゃないんだよ〜。それに、メイクで忙しいからねぇ」
 聞き取りどころか、受け答えもバッチリできているような気もするが――
 最初の奇声に思わず固まった村人に愛想の良い笑顔を浮かべ、ヤクゾーンは流れるような摺足(本人は“むーん・うぉーく”と言いはって譲らない)で、その場から逃げ出した。
 が、数歩も行かないうちに、その足がぴたりと止まる。
 村人総出の村祭り。となれば、分別の付く年頃の子供たちは、もちろん準備にかり出されるワケで。夏至を祝う大きな篝火を作ろうと張り切る者やら、大人たちに言われるまま薪を運ぶ子供など。
「んーん。子供は働かなくっていいんだよ〜」
 僕に貸してごら〜ん。と、とびきりの笑顔でにじり寄られれば、両腕いっぱいに小枝を抱えた子供は幼い顔を僅かに引きつらせた。
「オ〜〜ッ、君はとても可愛いね〜。名前は? 僕と一緒に踊らないか〜い?――手取り足取り教えてあげるよ〜♪」
 踊って歌えるユニット“マクソン5”に、新メンバー加入?!
 ‥‥胸に期した“あの”創作ダンスが完成する日もきっとそう遠い日では‥‥‥
「子供を相手に何やってるんですか」
 妄想大爆発気味に膨れ上がった野望は、少し呆れの混じった島津影虎(ea3210)の視線の前に、あえなく消沈。
 都会から少し離れた小さな村に、知性の光明を点すことができれば‥と。ささやかな善意と決意を胸に村を訪れた島津の“正しい大人の反応”が、未来の大スタァ誕生の可能性を摘んでしまったのか。あるいは、ちょっぴり倒錯した大人のイケナイ魔の手から無垢な子供を守ったのか‥‥の、答えが出るには、いま少し時間が掛かりそうだ。


●天空の至日
 見上げれば夏色の雲を浮かべた青空が広がる。
 魔法の効果か、単なるお日様の気まぐれなのか。――それは誰にも判らない。だけど、やっぱり気分は爽快。
「‥‥私、馬と射抜には人並みに出来るのですが、お料理はちょっと‥」
 慎み深く−実はかなり切実だったり−炊き出し係を辞退した零湖ではないけれど。
 残念ながら、“ぎるど”が紹介した冒険者たちの中に料理の腕に自身のある者はいなかった。――強いて挙げれば、少しばかり環がいけるクチだというくらいか。
 苦手な事には手を出さないのが、賢い冒険者。
 というわけで、篝火の準備をしながら、みなで踊りを習うことにした。
「オ〜ッ。踊りなら、僕に任せてくれよ〜」
 くねくねと妖しく腰を振りながら登場したヤクゾーンはもちろん、零湖も踊りは得意な方である。ゆるく曲がった小枝の両端に糸を張って作った即席の楽器を嬉しげにベンベンとかき鳴らすゼエヴだって、踊りならぜひ任せて欲しいところだ。
 上手いか下手かと聞かれると自信はないが、せっかくのお祭りだから楽しんで踊りたい。決意に拳を握り締めた佳澄と、しっかり背嚢に準備してきた巫女服を一度は使ってみたい‥‥なんだったら自分が巫女役をやってもいいと、沼の主――水神様への挑戦とも釈れる気概を胸に張り切る環。
「‥‥美人の水神様‥‥今回はひとつよろしく」
 酒を供えて、拍手をひとつ。
 もちろん、やる気に満ちているのは冒険者たちばかりではなく。

 去年よりもっと――

 ささやかな負けん気と、龍神への感謝の気持ちの相乗効果を毎年、少しずつ積み重ね。
 いまや見上げるような高さにまで組み上げられた薪の塔を見上げ、島津は思わず苦笑を零した。
「立派なものになりましたねぇ」
 悪ノリ(?)とも言うような。
 しみじみと呟いた島津の下へ、何やらひそひそ相談していた子供たちが集ってくる。少し恥ずかしそうに差し出されたのは、紙と筆。

 ―――1年間、ありがとう。ご苦労様。

 ―――次の1年も、よろしくね?

 教えてもらったばかりの文字で、休むことなく天を巡るお日さまへの感謝を綴る。
「うわぁ。楽しそうだな〜」
 篝火のてっぺんに飾ってくるよ。と、特別にあつらえてもらった白い衣に袖を通してゼエヴはゴキゲン。
「感謝だよ、感謝。あんたの願い事を書くんじゃないぜ?」
「オーッ。まだ、ジャパン語は完璧じゃないんだよ〜」
 ツッコミに、聞こえないフリをしてみたり。
 1年で最も高く。そして、長く太陽が天宮にとどまる日。――日が暮れるまでには、まだまだたっぷり余裕があった。

■□

 紅蓮の炎が夜空を焦がす。
 パチパチと小気味良い音を響かせて、飛び散る火の粉が夜を映した水面に揺れて――
 ゆらり、ゆらりと。
 絶え間なく揺ゆらめく炎のゆらぎそのままに、水面が揺れた。
「まあ、綺麗」
 うっとりと感嘆を落とした佳澄の隣で、零湖もその幻想的な光景に酔う。――水の神に思い入れのある零湖にとって、この祭りに参加できたのはまさに邂逅。
 運命とはこういう出会いを指すのだと、そう信じることができそうだ。
 篝火を囲んで手を繋ぎ、輪になって。
 難しい足運びはなく、ただ、笑顔で踊る。
「夜の篝火って、とっても幻想的で大好きなんだな♪」
 小さな松明に火を移し、ゼエヴは翅を広げて夜の空に舞い上がった。
 くるくるとバトンのように松明を回し、時々、翅の後ろに隠したりして軽やかに踊るシフールには負けない、と。
 ヤクゾーンも声を張り上げる。
「ポォォ〜〜ッ!!」
 怪しげな奇声が夜空に響き、そして、笑い声が弾けた。
「ねぇ、これから二人で水神様の所までお参りにいかない?」
「ええ〜。でもぉ」
「大丈夫、大丈夫。俺がついてるから」
 それが1番問題ですって、気がしないでもないけれど。
 ほどよく酒が入ったところで女の子に声を掛け、暗がりに誘った不埒な輩の顛末は‥‥
 
 ―――きっと、竜神様なら知っているかも☆