野いちごの実が熟す前に

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月26日〜08月02日

リプレイ公開日:2005年08月03日

●オープニング

 茹だるような熱気が帳を下ろす。
 ゆらりと立ち昇る陽炎は土埃の舞う乾いた街道の大気を歪め、旅人たちの心と脚に見えざる錘を巻きつけて‥‥。
 何をせずともただそこにいるだけで気持ちの悪い汗がじっとりと肌を濡らし、動く気力さえ削がれるようだ。
 うんざりと天頂にて輝く日輪を見上げつつ、人々は気持ちばかりの涼を求める。
 代わり映えのない日常を忌み、新しい予感に胸躍らせる冒険者たちの集う“ぎるど”ももちろん例外ではなく。
 明るすぎる陽光を避けてだらだらと時間を潰す一角にちらりと目を向け、通り過ぎた人影は番台に座る手代に、やあと何気なく片手を上げた。
「おや、いらっしゃい‥」
 どん、と。形どおりの挨拶を遮るように、目の前に置かれた小さな駕籠を覗き込み、手代は僅かに眉をひそめる。
「‥‥なんですか、これは‥?」
「わさび」
 丸々と肥えた立派な山葵がひとやま。――界隈の蕎麦屋はもちろん、八百屋でもめったにお目にかかれない上等なものだ。
 目にも鮮やかな緑が、とっても眩い。
「それは、見れば分かります」
 にこにこと屈託のない笑顔を浮かべる来訪者に、手代はますます怪訝な顔をする。
 何故、ここで“山葵”が登場するのか。
 やはり、今回の依頼は“山葵”絡みだと考えて用件を尋ねるべきなのか‥‥
 瞬きひとつほどの短い時間に閃いた様々な思惑に頭を抱えた手代に、訪問者はにこやかな笑顔の下から言い放った。
「おみやげ」
「‥‥‥‥」
 うちの村の特産品のひとつ。
 付け加えられた言葉に、手代は何となく黙り込む。
 確かにお土産と差し出されれば立派なものだ。――だが、“山葵だけ”を大量に積み上げられてもあまり嬉しくないような。
「それ、あげるから、お願い聞いて?」
「‥‥‥‥はぃ‥?」

■□

 そもそもの原因は、小鬼だった。
 江戸から数里。
 街道ををふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に“小さな隣人”‥‥パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
 豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。――住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。
 さすがにコレではいけないと、村人たちが小さな額を寄せ合い相談した末に思いついたのが、江戸近隣の景勝地として名を広めようというものだった。
 素晴らしい(?!)案だと、村人総出で張り切った矢先、村の近くに小鬼が住み着いてしまったのである。
 どうしたものかと円陣を組んで相談し、江戸の“ぎるど”に小鬼退治の依頼を出した。
「そんなこともありましたね」
 ちょっと遠い目になった手代に、出されたお茶とすすりながら山葵を齧っていた依頼人はこくりと頷く。
「あの時は、ありがとう」
 前回の依頼人とは、微妙な温度差があるような。
「‥‥‥しかし、小鬼は退治されたと聞いておりますが?」
「うん。小鬼はいなくなったんだけどね」
 村の平和に影を落とした小鬼の脅威は、ひとまず消えた。
 が、思いがけない問題が残ったのだという。
「と、仰いますと?」
「木霊」
 ぽんと投げ出された答えに、手代は思わず顎を落とした。
 単純明快にして、意味不明。簡潔すぎて、さっぱりわからない。
 なんとか思考を建て直し、思いつく限りの言葉でこの無口なわけではないがちょっとばかり言葉足らずの依頼人から情報を引き出し、繋ぎ合わせて推考を試みる。
 山深い土地。
 “小さな隣人”たちが静かに暮らす穏やかな森。――この森の奥‥‥運悪く小鬼の住処になってしまった洞窟の近くに、大きなミズナラの古木が立っていた。
 いつからここに立っているのか、誰も知らない。
 悠久の昔からこの森を見守り続ける巨木には、いつの頃からか心が宿り――もしかしたら、最初からあったのかもしれないけれど――よき隣人として、仲良く共存してきたのだが‥‥。
 小鬼たちの悪戯に始まる、一連の騒動にすっかりつむじを曲げてしまったらしい。
「お年寄りは、頭が固いから」
 困ってるんだよね。
 ぽつりと落とされた言葉に、手代はまたしても頭を抱えたのだった。

●今回の参加者

 ea0708 藤野 咲月(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2331 ウェス・コラド(39歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2794 六道寺 鋼丸(38歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5419 冴刃 音無(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb0573 アウレリア・リュジィス(18歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 連なる峻峯が戴く白銀が、遮るもののない掃天に鮮やかな光を放つ。
急勾配の斜面をつたい吹き降ろす山風は夏の盛りだというのに、どきりとするほど冷たくて。
「‥はぁ。涼しいなぁ」
 世界を満たす清涼な空気を広い胸郭いっぱいに吸い込んで破顔した六道寺鋼丸(ea2794)に倣い、大宗院鳴(ea1569)も小さく深呼吸して目の前に広がる景色に眸を細めた。
 吹き抜ける風にさやさやと葉擦れを響かせる木々から、噎せ返るような緑が滴る。春先のやわらかな優しさを消し、命が持つしなやかな力強ささえ感じる色味は、茹だるような暑さに萎えた江戸の緑に慣れた目には、いっそ眩しい。
「本当に。気持ちの良い場所ですわね」
 ふうわりと風にさらわれた髪を押さえて首を傾けた藤野咲月(ea0708)に、冴刃音無(ea5419)も笑顔を返した。――傍らに愛しい人の姿があれば、尚更。
「ふむ。確かに、避暑地としては申し分ないな」
 涼しい風と、心地よい静けさと。ゆるゆると手足を伸ばしてのんびり読書でもできれば、最高だろう。
 僅かでも涼が得られれば、と。依頼書の文面に密かな望みを抱いて長い道中を耐えたウェス・コラド(ea2331)の予想は見事的中。期待以上の、バカンスになりそうだ。――無論、先に片付けなければならぬ依頼はあるのだけれど。


●歓迎、冒険者さま☆
「久しぶり〜♪」
 前回のゴブリン退治に引き続き、二度目の訪問となるアウレリア・リュジィス(eb0573)は、総出で出迎えた村人たちの気さくな笑顔の中に覚えのある顔を見つけてにっこりする。
「みんな、元気そうでよかったよ。――野いちごはもう熟したのかな?」
 まだ、と。返された答えに、ほっと胸を撫で下ろし。
「わあ。ホントに、この村はパラさんたちばかりなんだねぇ」
 何もかも小さな造りを興味深く‥‥間口にうっかり頭をぶつけたら痛いかなあ、と。少し不安げに見回した大柄な六道と、長身の山本建一(ea3891)も物珍しげに周囲を見回した。
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜」
「‥‥どく‥た?」
 足は肩幅、手は腰に。後ろにひっくり返ってしまいそうなほど力いっぱい胸を張ったトマス・ウェスト(ea8714)の渾身の煽りにも、返されたのは純真無垢な笑顔の歓待。
 手に手を重ねて導き入れられ、ひととおり村の説明なんてものを聞かされる。
小さな家と、水車小屋と、みんなで使う集会所らしきもの。――村を訪れるお客さま用の庵は、只今、建設中とのコト。
 小さいけれど真っ白な花で埋まったお蕎麦の畑と、雉を飼う鳥舎もあるらしい。
 そして、心からの歓迎の証とばかりに並べられた山の幸に埋まった夕餉の皿には、もちろん‥‥
「はい。わさび」
 が、あった。
「美味しいよ。――ほら、こうしてお蕎麦にのっけて食べれば‥」
「まあ、ご丁寧に。ありがとうございます」
 差し出されたソレを両手でいただき、丁寧に頭まで下げた鳴の勇者っぷりに居合わせた冒険者たちは思わずごくりと喉を鳴らす。
「いただきま‥‥う‥っ‥!?」
 ツーンと容赦なく鼻を突き刺す刺激臭。

(‥‥ああ、やっぱり‥)

 ぽろぽろ涙を流しつつ固まった鳴に心の中で手をあわせおそるおそる箸をつければ、そこからは楽しい時間の始まり。幸か不幸か、無類の山葵好きは今回の道先案内役だけであったらしい。
「こっちに来て3年。醤油には慣れたがワサビはまだダメだね〜」
 寿司ならば手づかみも許されようが、蕎麦を鷲掴みはちょっとカナシイ。使い慣れぬ箸を片手に四苦八苦のウェストの隣で、問題の案内役は顔色ひとつ変えずにぱくりと山葵に食いついた。
「そう? 美味しいのに。――あ、わさびは毒じゃないよ」
 ‥‥‥毒ならば、食わずに済んだものを‥‥。


●隣人はご機嫌斜め
「パラさんたちと木霊さんはずっとこの森で暮らしてきたわけだし‥‥、仲違いしたままじゃ寂しいよね」
 六尺棒を杖の代わりに、ちらちらと木漏れ陽の落ちる小径をゆっくりと歩きながら六道は思案げに首を傾げた。
「ですが、お話を聞くかぎりではただ謝るだけでは木霊様も納得いかない様子」
 優雅に足を運ぶ咲月が歩きやすいよう手を差し伸べながら冴刃は、ちらりと苦笑めいた表情を浮かべる。
「って、どのくらい怒ってんのかな?」
 などと、暢気に笑って見せるが、本当は逢ってみずとも判るような気がした。
 一歩、足を踏み出す度に。
 張り詰めた大気がちくちくと頬を刺す。――それは、うっかり機嫌の悪い誰かと隣り合わせてしまった緊張感にも似て。
 まるで、森全体がぴりぴり気を尖らせているような。
 その苛立ちは、冴刃だけでなく六道、咲月にも同じように感じ取れた。
 どうしたものかと顔を見合わせた三人の隣で、鳴もどこか浮かない顔で頬に手を当て吐息を落とす。
「こちらの木霊さんは、土地神や国津神みたいなものでしょうか?」
 鳴の奉じる建御雷之男神様は、天津神。国津神とは似て非なるもの。
「ああ。私は、どうした良いのでしょう」
 ‥‥‥決して、昨夜の山葵にヤられたワケではない。

■□

 その頃、コラド、ウェスト、山本の3人は、アウレリアの案内で小鬼の棲家跡を再検していた。
「‥‥これは、ひどいな‥」
 掌で口元を覆った山本の呟きに、アウレリアは申し訳なさそうに首をすくめる。尤も、呟きの理由は、アウレリアの咎ではなかったのだけれど。
 小さな洞穴に住み着いた小鬼の数は、約20匹。人間とさほど変わらぬ大きさの違わぬ鬼が20も集まれば、その痕跡はなかなかに壮絶で。漂う異臭に至っては、鼻を抑えて逃げ出したいほどだ。――倒した小鬼たちの死骸の後片付けはともかく、パラたちが放置したくなる気持ちもよくわかる。
 惨状から目を背けたウェストは、その視線の先‥‥林立する木々の向こうに、巨大な大樹の影を見つけた。
「ほお。あれが噂の木霊みたいだね〜」
 山おろしに乗った風精は異臭を放つ大地をかすめ、澱んだ空気を蹴り上げたその足で森の守護者のもとへと駆けて行く。
「風向きの関係で、この匂いがあそこへ届くのかもしれない。――確かに機嫌も悪くなるだろうな」
 どうやら原因を掴んだらしいコラドの解説に、アウレリアとウェスト、山本は顔を見合わせる。
「‥‥えーと。つまり、ここを綺麗にすればいいのかな?」
 ちょっと大変かも。
 思わず眉間に可愛いシワを作ったアウレリアの横で、ウェストはえっへんと超エラソーにそっくり返った。
「ふっ、今こそ我が輩の出番だなっ!」
 野いちごが熟す前に、ここは気合を入れて大掃除‥‥などするワケもなく。
 “聖なる母”がもたらす奇跡−術を行使した男を見捨てず、いまだ加護を与える心の広さこそ慈悲深き神の最大の奇跡かもしれない−は、またひとつ、かたく閉ざされた扉の鍵を人の手に落としたのだった。


●野いちごが熟す前に
「――と、言うわけなんだよ。なんとか機嫌を直してくれないかな?」
 近くの木に、手製の巣箱を設置しながら、冴刃は古木に言葉をかけた。物言わぬ相手。これといって顕著な反応はなかったが、聞こえていると信じて話しかける。こうやって、住む場所を用意してやれば、悪臭に逃げ出した小鳥や小動物たちが戻ってきてくれるかもしれない。
 原因は取り除いたのだから、あとは時間の問題だ。
「騒がせてしまったのは、みんな悪かったと思ってるんだよね。――風向きが逆で、臭いに気づかなかっただけなんだって」
 決して、嫌がらせで放置したわけではない。
 咲月、鳴を手伝って宴会の準備をしながら、六道もむっつりと不機嫌そうな(気配を漂わせている)老木に話しかける。六道の動きがやけに緩慢に見えるのは、足元をうろちょろしている村人たちのせいだ。――そのうち、うっかり踏み潰してしまうのではないかと気が気ではない。
「喧嘩をなさってしまった場合は、まずはよく話し合うことですね。一緒に美味しいものを食べると仲良くなれるかもしれません」
 鳴の意見は、取っ組み合いを始めた子供たちを見て思いついたのである。無表情に飾り付けを手伝っている案内役を呼び止めて提案した。
「名産物だそうですし、山葵料理なんてどうでしょう?」
「‥‥いいかも」
 木霊がどうやって山葵料理を食べるんだよっ。−と、いうツッコミは、生憎、ツッコミ役が不在であったので、あっさりと受け入れられてしまった。
「ゴブリンに関しては既に終わったことだろう?」
 いつまでも引きずって特になる事などなにもないはずである。
 頑固者には、案外、お説教の方が効くのかもしれない。腕組みをしたコラドの一言に、高い梢がざわりと揺れた。
「それよりも、大変なのは『これから』だ」
 楽しいことの大好きな村人たちは、この地がもっと賑わうことを望んでいるのだから。
 人が大勢出入りすれば、きっともっと騒がしくもなろう。――もちろん、小鬼の騒動とは、比べるべくはないが。
「ひねくれていても良いことはないぞ?」
 次に冒険者が呼ばれる理由が、『石頭の木霊を退治してくれ』なんてことになっていたら本当に笑えない。
 それとなく恫喝なんてものも匂わせつつ木霊を諭すコラドであった。
諭しつつ、この場所は永遠に静かであって欲しいとも思う。――ひとり静かに心を休ませるのが、コラド流『有意義な休暇の過ごし方』なのだから。

■□

「私は竪琴を演奏して歌を唄うの」
 大切に持参した竪琴の玄を爪弾き、アウレリアは胸に浮かんだ旋律を唇に乗せる。
 小川のせせらぎ、木々のすき間から零れる光、
 遥かな高みから吹き抜ける心地よい風、
 小鳥の囀り、動物たちのお喋り
森の恵みに感謝して生きる者たちの声に耳を傾けてくれるように。紡がれる優しい音色に、咲月はふうわりと優しく微笑んだ。
「素敵ですね。それでは、その旋律にあわせて舞わせていただきますわ。――音無様の笛も是非‥‥」

 この次に村を訪れる時もまた、森の恵みに感謝したい。
 澄んだ空気と、綺麗な水と、
 どこまでも屈託のない村人たちの笑顔が出迎えてくれる場所であって欲しいから。