にんじん嫌い
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月10日〜08月15日
リプレイ公開日:2005年08月18日
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●オープニング
好き嫌いをしてはいけない。
誰しも1度くらいは、言われたコトがあるのではないだろうか?
更に残った残飯が見苦しいのはもちろんのこと。偏った食生活が健康に良い影響を与えるはずもない上に、腕を振るった料理人にも礼を失するばかりか精魂込めて食材を作った百姓たちの善意をも無碍にする。――つらつら鑑みれば、恐ろしく悪劣かつ非道な行いだ。
とは、いうモノの‥‥
理想と現実の狭間に聳える壁は山より高く、海より深い。
どちらかというと、苦手。から、絶対にムリ‥まで。人によって程度の差はあると思うが、口にするのが躊躇われる食材がひとつならずあるはずだ。
お恥ずかしい話だが、かく言う私にも、あまり好きになれない食べ物がある。
巷で“人参”と呼び称される紅色の根菜がそれだ。
もちろん、薬師たちが貴重な薬だと法外な値で売りつけてくる“高麗人参”ではなく―あっちはあっちで、味も匂いも凶悪だと思うが―広く一般的に市場に出回っている“にんじん”の方である。
あの他にはない橙色が、料理に華を添えるなどと珍重(?)され、料亭の煮染めなどにはかなりの確率で添えられていると言っても過言ではない。そして、これこそが私を悩ませている重大な問題だった。
考えても見てほしい。
親や兄弟などごく身近な家族であればともかく、囲碁仇などの悪友であったり、大事な商談の相手、贔屓筋の芸者衆の前で皿の隅に人参を避ける。こんな、みっともない真似ができようか?!(いや、できるまい:反語)
結局、懸命に顎を引き締めつつ‥‥ちょっと虚ろな目つきで、箸を口に運ぶ破目に陥るわけなのだが――
さて、ここで問題をひとつ提起しよう。
これは、単に私が人参を嫌いであるというだけの問題だろうか?
そも人参というものは、それ自体がとりわけ美味な野菜ではない。――どちらかと言えば、あの独特の匂いや舌触りが気になる者も少なくないはずだ。
それを正しく認識せずに、己の料理の腕を棚に上げ「好き嫌いはいけない」などと言うのは如何なものか?
真に美味しい人参料理ならば、私とて喜んで箸をつけるに違いない。
そう。私はまだ本当に旨い人参料理というものを食したことがないのだ。――そうと判れば、打つ手はある。
■□
連日の蒸し暑さに、いささかおぼつかない足取りでやってきた口入係が、ぺたりと無造作に貼り付けた紙にしたためられていたのは――
●リプレイ本文
好き嫌いのひとつやふたつ、あって当然。
例え、ニンジンが食べられなくても、差し当たって死にはしない。――世の中からニンジン以外の食べ物がないなんてコトになれば話は別だが。
・ニンジンが食べられない
↓
・ニンジン料理は美味しくない
↓
・ニンジンが悪いのではなく、調理法がよくない
↓
・美味しいニンジン料理ならきっと食べられるはず
なにやら微妙に論点がすり換えられてしまっているような気もするが、果敢にも苦手克服の志に燃える依頼人を前にして‥‥。
「好き嫌いを無くしたいってご立派です」
と、応援するか、
「‥‥自分に甘すぎやしませんか? 責任転嫁は大人気ないと思います」
容赦なく突き放すかは、人それぞれ。――ちなみに、小鳥遊美琴(ea0392)は、前者派。後者の代表は、所所楽林檎(eb1555)である。
「にんじんが食べられないなんてうそ〜〜〜!!」
大袈裟に驚いてみせる風御飛沫(ea9272)の隣で、大曽根浅葱(ea5164)は笊に盛られた橙色に手を伸ばした。
「‥‥確かに癖のある味かと思いますが‥‥」
呟いて、ひとくち。
「この青臭い味が、嫌いな方にはダメなのでしょうねぇ」
「そういえば、俺の親父もにんじん嫌いでよくお袋にどやされていたっけなぁ」
依頼のためだろうか、通された厨房に山と摘まれた問題の野菜を前に、鶴来五郎太(eb1755)もしみじみと回顧の情を滲ませる。――鶴来にとって人参は、故郷と家族の思い出に繋がる特別な(?)野菜であった。
依頼人の気持ちが多少なりと理解らなくはないと頷く者に、飛沫は納得しかねて頬を膨らませる。
「そんなコト言ってたら、罰が当たっちゃうよ。野菜は大地の恵みだからね〜、大切にしないと」
食べ物を粗末にするんだったら、神様の前にわたしが罰を与えちゃうかも!?――などと、ちょっぴり物騒な発言まで飛び出して。
依頼人も決して趣味やその日の気分で好き嫌いを言っているのではなく‥‥むしろ、申し訳ないという気持ちがあるからこそ今回の奇行‥‥もとい、“ぎるど”に依頼を出したのだ。
「ようは、“にんじん料理を作れば”いいんでしょ?」
だったら、楽勝じゃん、と。鷹揚に肩をすくめた天藤月乃(ea5011)は、依頼の内容を少しばかり誤解している。
求められているのは、にんじん料理。
ただし、ただの“にんじん料理”ではいけない。――料理の前に、“真に美味しい”という形容詞が不可欠なのだけれども。
●素顔のままで
いったい何が駄目なのか。
「美味しいし身体にもいいのにね」
洗って皮を剥いただけの人参をおろし金で擦り下ろしながら、飛沫はやっぱり判りかねるといった風情で首をかしげる。
「‥‥その辺は、もはや理屈ではないのだろう‥」
そう。食べられる者と偏食者の間には、決して埋めることのできない深く暗い溝があるのだ。
畑から掘り起こしたばかりなのか、まだ土のついた人参を手桶の水でざぶざぶ洗いながら鶴来はワケ知り顔でため息をつく。
彼の父親もそうだった。
目を瞑って呑み込んでしまえるくらい小さく切り刻んで他の食材の中に紛れ込ませても、気が付けば食器の隅に避けられている。妻に怒られても、子に呆れられても‥‥むしろ、感心させられるような根気の良さだ。
「うーん。形が残っているとイケナイのかしら」
でも、これなら大丈夫。
すりおろした人参を布で包んで、ぎゅうと絞れば‥‥椀の中には、独特の青臭さが漂う橙色の液体。
「これに、砂糖と蜂蜜で味を調えれば‥‥はい、完成!」
飛沫特製☆にんじん飲料のできあがり♪
まずは、ひとつめ。と、見目鮮やかな液体に胸を張った飛沫の隣で、楊枝の変わりに人参の葉を斜に咥えた鶴来も、洗い立ての人参の前でちゃきりんと得物を構える。
「ええ〜?!」
何故、ここに刀が――
飛沫がツッコむよりも早く、伸ばされた鶴来の手が電光石火の早業で濡れて輝く人参を次々に空へと投げ上げた。
刹那、
「チェストォ―――ッ!!!!」
大音声の踏み込みと共に気合一閃。繰り出された二の太刀要らずの必殺剣――薩摩示現流が大気を切り裂く。
兜をも両断するという気合の一撃は寸分違わず、くるくると回りながら落下してきた人参を直撃‥‥木っ端微塵に打ち砕いた。
「―――あれ?」
目標を“斬る”のではなく、力任せに“叩き割る”のが示現流の極意。七尺近い大男が繰り出せば、人参などひとたまりもない。
新鮮な人参を生のまま丸齧り。が、鶴来流“美味しい人参の食し方”――食べやすい大きさに斬るつもりが、少しばかり力が入りすぎたようだ。
「鶴来さぁ〜〜ん」
食べ物を粗末にしたら‥‥
ふたつばかり調子を落とした飛沫の声にふつふつとたぎる底知れぬ気配は、気のせいだろうか?
●気化したお酢が目に滲みて
ニンジン料理を作るだけ。
なんて、簡単。なんて、お手軽。
楽勝だわ、と。ふんふん鼻歌なんてものまで飛び出した天藤月乃は、実は料理が得意ではない。
どれくらい、苦手かというと。――20年と数ヶ月の(長いのか短いのかちょっぴり微妙な)人生において、お付き合いをした男性がみな1ヶ月以内に逃げ出すという(威張っていいやら嘆いていいやらの)大記録達成の影には料理の腕前が決して無関係ではないだろう。と、言うくらいには、下手であった。
――にも、関わらず。日頃は隙があればサボろうと目論む面倒くさがりの彼女が、今回に限って張り切っているのが、非常に怖い。
「とりあえず。今回は煮物でも作ってみようかな」
煮物というのだから、煮ればいいのだ。
まずは鍋に、塩(超多目)、醤油少々(1滴)、みりん(適当)、鶏がら、潰した鷹の爪・酢(共に大量)で出汁を作って煮込む。
ひと煮立ちしたところでフタを開けると、もわりと鍋から立ち昇る凶悪な湯気がつんと目と鼻を刺した。
並みの人なら、この時点で失敗を悟っただろう。
月乃自身、ちょっと毒薬の精製に成功しちゃったかも。なんて、思ってしまう程度には凄ましい異臭だったのだけれど――ここで止めるのもなんだか悔しい。
被害者が自分だけというのもイヤだ。
逃げ出したいとごねる本能を叱咤して、細く刻んだニンジン(皮付き)、紅生姜、皮ごとの里芋、適当に折ったごぼう、豆腐、コンニャク、魚屋でもらったアラと内臓、そのた諸々。最後に、特選素材の山鯨(獣の肉)を入れて軽く煮込む。
面倒なので、味見はしない。
月乃の特製ニンジン料理――というより、食べられるのでしょうか、コレ(不安)――これを食べた後でなら、どんな料理も美味しく感じられそうだ。
●目先をかえて
人参を使った料理といえば――
煮物、きんぴら、炊き込みご飯。
「やっぱり。たいていのモノは試してるんですね」
依頼人から聞きだした挫折の数々を指折り数え、小鳥遊は軽く吐息を落とした。――こちらは、月乃とは違って心もとない料理の腕は誠意と思いやり、鍛えた味覚で補う予定。
「そうね。とりあえずは、この青臭い味を消すように調理するのが基本でしょうか」
料理人の本領を発揮して手際よく基本の一品(人参と蓮根、ごぼうの筑前煮)を試作した大曽根浅葱の説明に、なるほどと頷きつつ偏食打破への糸口を模索する。
「試しに色々作ってみましょう。手が必要なときはいつでも言ってくださいね」
浅葱の笑顔に勇気をもらい、小鳥遊は山と摘まれた人参に手を伸ばした。
「食べたことのない料理とかも作ってみたいなぁ」
お菓子なんてものもいいかもしれない。そんなことを考えながら、ぼんやりと頭の中に浮かんだイメージを形にしていく。
「生で食べられるようになるのがイチバンなんですけどね」
人参に限らず、それができればこの世に好き嫌いなんて単語は存在しない。
ぼそり、と。聞こえるように辛口な発言を落とした所所楽林檎も、もちろんそんなことは判っている。――頭では理解していても、体現できないからこその悩みゴト。
理解っているから、こうやって協力しているわけだ。
大きな鍋の中身が煮えるのを待ちながら、しっかりと書き付けてきた“とっておき”の作り方を何度も確認。
賽の目状に小さく刻んだニンジンを、大量の水で沸騰するまで火にかける。
二度、ゆでこぼした人参を今度は鍋に入れ、指先で軽くつぶせる程度にまでやわらかく炊き上げて‥‥裏ごして、しっかりと水気を取って‥‥本来は人参料理ではないけれど、さて何ができるのか。
お料理の基本は手間を暇を惜しまずに、しっかり愛情を込めること。
●さて、お味の方は
ずらりと膳に並んだ人参料理に、依頼人は沈黙する。
老人というほど高齢でもないが、既に若者というほど若輩でもなさそうだ。――働き盛りの、立派な大人。確かに、人参嫌いでは箔もつくまい。
「うむむむ‥‥」
飛沫の人参飲料に始まって――
生を活かした料理はさすがに美味しいとは言ってもらえなかったが、浅葱が作った煮物はもちろん、飛沫も手伝った炊き込みご飯の方は予想の範囲内だったのだろう。
賞賛の声は聞こえなかったが、不味いとも言われなかった。――月乃の煮物は、人参嫌い以前の問題。
「今までに食べたことの無いものを考えてみました」
そう言って、小鳥遊が取り出したのは。
「その名も、人参せんべいです!」
薄く切って水に晒した人参に、生姜と醤油、みりんで味をつけ、油で揚げてカラリと軽い食感に。
「熱いうちに砂糖をまぶして、お菓子にしてみました。――人参の色はそのまま残し、香りが僅かに残る程度に。口当たりはまったく違うものにしてみました」
どうでしょうか?
と、どきどきしながら依頼にを見つめる小鳥遊の横から、林檎もすいと自信のお団子を膳の上に並べて乗せた。
真っ白な薄い皮に包まれた鮮やかな橙色が美しい。
「人参餡入りのお団子です」
中の餡子を、小豆の代わりに人参で。一発勝負で味見をしていないものの、見た目は小豆餡よりもイケている。
「‥‥‥」
ふたつならんだお菓子を前に、依頼人はわずかに視線を揺らした。
未知との遭遇。逡巡するように思考を巡らせ、それからゆっくりと手を伸ばす。手にとったそれを口に運ぶまで、さらに数秒‥‥そして――
「‥‥ふむ。これはなかなか」
ようやく引き出した賛辞の言葉に、緊張にこわばった頬がゆっくりほころんだ。
わきあがる達成感は、勝利の喜びにも似て。
「あ、お酒冷やしてあるんですよ」
ひとしきり喜びを分かち合った後、飛沫はふと思い出して立ち上がる。
――食べるものが人参ばっかじゃ、さすがにアレですもんね。