野いちごを摘みに
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月02日〜09月09日
リプレイ公開日:2005年09月09日
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●オープニング
「おかげさまで、今年も美味しいお蕎麦が食べられます」
にっこり笑顔で、開口一番。
おもむろに差し出された小さな紅葉の掌に、気が付けばしっかりと手を握り締められていた。
ありがとう、ありがとう。
ありったけの感謝を込めて、大きく上下に揺さぶられる。
目の前には、屈託ない笑顔。
邪気も、含みも。たぶん、深い意味もない。――何か考えているようでいて、きっと何も考えていないだろうから。その言動は常に無軌道で突発的、かつ衝動的。故に、子供という生き物は恐ろしい。
ちらりと脳裏の端でそんなことを考えながら、瞬きをひとつ。裸足で逃げ出しかけた理性の尻尾を捕まえた。――こんなことで圧し負けていては“ぎるど”の受付は勤まらない。そもそも、目の前にいる依頼人。一見、子供に見えるが、子供ではない。
「‥‥それで。今度はどういったご用件でしょう?」
小鬼退治に始まって。
木霊がつむじを曲げた原因は、産廃(?)放置の悪臭だった。
街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に暮らす“小さな隣人”たちが暮らす小さな集落。綺麗な水と、美味しい空気。豊かな自然の他には何もない。――住民共々あまりにも小さいが為、地図にすら載らないこの村を江戸近隣の一大観光名所に仕立てる壮大な野望と希望に小さな胸を躍らせる村人たちが“ぎるど”に持ち込んだ依頼は、これまでにふたつ。
“ぎるど”に姿を見せたからには、また何かしらあったのだろうか。
見た目はちっぽけな村でも、小さいなりに問題が山積しているのかもしれない。思わずそんなことを考えた受付係に、忘れた頃に姿を見せた“誘い人”−といっても、前回、前々回とは別人だ−は、いっそう強く手を握りしめた。
「おかげさまで、今年も美味しいお蕎麦が‥‥」
「ええ。それは判りました」
「野いちごもそろそろ食べごろだし。苔桃も山ぶどうもイイカンジ――」
さりげないお郷自慢か、ただの食い意地の張ったヤツなのか。
そろそろこみ上げてくる一発ぶん殴ってやりたい衝動をなんとか抑え、こめかみをぴくぴく引きつらせながらも受付係は辛うじて笑顔を浮かべる。
とどのつまりは、事件ではなく観光誘致なのかもしれない。――聞けば最近、ようやく人間規格の宿泊施設も完成したとか。
「‥‥‥い・ち・ど・遊・び・に・来・て・く・だ・さ・い、と‥‥」
依頼書に最後の一文を書き込み、句読点で締めくくる。
出来上がりを確かめながら、ふと思いついて目の前で大人しく鎮座している依頼主に何気なく声を掛けた。
「最後に村の名前も書いておいた方がいいですかね?――“○○村・村民一同”て、感じで」
ぴしり、と。何かが凍りつく音が聞こえたような。
「‥‥‥‥‥」
そこは沈黙するところじゃないだろう。
突然、静寂に包まれた対面席におそるおそる視線を向けると‥‥何故か固まった依頼人。心なしかお顔の色も良くないようだ。
「‥‥あの‥?」
もしもし。
うっかり拙いことでも言ってしまったのだろうか。思わず己の接客態度を省みた受付係の前で、依頼人は生涯最大の壁にぶち当たったといった面持ちでぽつりと呟く。
「‥‥‥‥名前‥‥ない、かも‥‥しれない‥‥」
―――ツッコんだら、負けだっ!!
懸命に己に言い聞かせながら、受付係は書き上げたばかりの依頼書を黙って破り捨てる。誤字も脱字もない、久々に会心の作品であったのに。
新たに広げた紙に、たっぷりと墨を含ませた筆を押し付け一息に書き上げた。
【調査・発掘依頼】
忘れられた村の名前を記憶の混沌より見つけ出すこと。若しくは、大募集(捏造可)。
●リプレイ本文
お陽さまは、ご機嫌。
だから、とってもいい天気。
少し肌寒ささえ感じる透明な風が、高い高い青空に真白の雲を吹き流す。――うっすら尾を引く軽やかな羽根雲に、強い夏の面影はない。
「わーい。みんな、元気だったー!?」
真っ先に両手を広げて駆け寄ったアウレリア・リュジィス(eb0573)の笑顔に、出迎えた村人たちからもわっと歓迎の声が溢れた。
「野いちごを摘みにきたよ」
夏の陽射しも和らいで。
気が付けば、もう実りの季節。――野いちごと苔桃と山ぶどう。美味しいお蕎麦も採れました。
「おかえり〜」
旅する同朋を迎える言葉は、誰の胸にも暖かい。
言葉も文化も全く違う。同じところなどひとつもないのに、人々の笑顔はジュディス・ティラナ(ea4475)の故郷とどこか似ている。
だから、ジュディスも最高の笑顔で元気いっぱい言葉を紡いだ。
「ただいまっ!!」
お陽さまは、お空の上からみんなを見ている。――ジュディスの声は、きっと大好きなあの人たちの耳にも届くから。
「はがねまるー」
わらわらと大柄な六道寺鋼丸(ea2794)を囲んだこちらは、何やら神妙な面持ちで。見上げる視線と、見下ろす視線。遠いのは、心の距離じゃない。
「‥‥どうしたのかな?」
膝をついて合わせた視線。その大きな手、広い背中に一斉にとりついて‥‥たどり着いた耳元で、小さな声がぽつりと恥ずかしそうに言葉を落とした。
「名前、間違えてごめんねー」
世界にたったひとつの大事な名前。
今度はちゃんと呼ぶからね。
「あの時は、ありがとう」
唐突な言葉と一緒にしっかりと両手で握りしめられた手を見つめ、安積直衡(ea7123)は反応に窮して沈黙する。――今の言葉が、昔日の小鬼退治の礼であると思い至るまでに、数秒。
「また、よろしくね?」
今回の依頼――村の名前を探しだすコトだと理解するのに、更に数秒。
この言い回しだと、何かと戦わなければいけないような気分になりそうだ。そして、それは己の忍耐に違いない。
「今回は従姉妹の弓弦ちゃんと一緒に来てみました」
初めて村を訪れた高遠弓弦(ea0822)を村人たちに紹介した藤野咲月(ea0708)を見上げ、村人たちはほんの少し首を傾げる。
「いつものお兄さんはお留守番?」
「‥‥お兄さん‥‥? ああ、音無君はちょっと所用があって‥‥」
一緒に来られなかったのは残念だけど。
でも、大切な従姉妹にもこの村を見て欲しかったから、これはこれで良い思い出だ。――偶には遠く離れて互いを想うのも、風情があっていいかもしれない。
「ここはとても綺麗なところですね」
江戸のような賑わいも華やかさもないけれど。
ここには、ここにしかないモノがある。
シュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)と超美人(ea2831)のふたりも弓弦と同様、この村を訪れたのは初めてだった。「‥‥ちょうちょ?」
お陽さまにきらきら光るシュテファーニの自慢の翅に、村人たちは目を丸くする。
「私は、シフールよ」
「シフールって、ちょうちょ?」
「違うったら!」
こうして、シュテファーニはこの村を最初に訪れた羽根妖精になったのだった。――記念品は、ぴかぴか光る取れたての太ったどんぐりがみっつ。
「ふ。楽しい時間が過ごせそうだ」
“小さき隣人”たちと語らい、共に過ごす時間を楽しみに依頼を受けたのは間違いではなかった、と。美人は唇の端にやわらかな笑みを刻んだ。
●忘れられた名前についての考察
何故、誰ひとり村の名前を覚えていないのか――
「たぶん、もともと名前なんてなかったんじゃないのかな」
朝日の下で、うんと手足を伸ばして深呼吸。
ひやりと冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、六道寺はかたまった筋肉を解きほぐす。――人間規格の寝台は、巨人の六道寺にはやっぱり少し小さくて。
「ここに住んでいるだけなら、『この村』でよかったんだもの」
「おてんとさまは、“パラの村”って、呼んでたよ」
村人たちの他に、この村の場所を知っていたモノ。
サンワードの魔法を使い太陽に問いかけたジュディスが手にした答えも、当たらずとも遠からず。――きっと、グリーンワードの魔法を使える者が森の木々に尋ねても、同じ答えが返ってくるだろう。村はずれの木霊の元を訪れた弓弦と咲月も、意思の疎通が可能であれば、その答えを聞くことができたかもしれない。
“小さき隣人”が暮らしている村。それ以上でも、以下でもない。
「‥‥そういえば、村の場所を報せる里程標がひとつもなかったな‥」
街道沿いに気をつけて探していたのだけれど。
町と村、村と里の境界に立つ道祖神はいくつも通り越してきた。――字を読めない者の方が多いのだから、仕方の無いことかもしれない。
「なに。名前など無理につける事はないと思うぞ」
朝食後の一服。
のんびり茶を立てながら、美人は鷹揚に言葉を紡ぐ。――村人たちが忘れたのなら、思い出すまで待てばいい。
ちょっと気の遠くなりそうなほどゆるやかな時の流れも、この村なら許されよう。
「‥‥それ、ちょっと困るんだけど‥」
名前が決まらなければ“ぎるど”の受付係に、観光誘致の広告を書いてもらえない(注:“ぎるど”は観光案内所ではありません)。
切なげにそう言って。今回の案内係は、はぁ‥と深刻そうな吐息を落とした。――いろいろ間違っているのだけれど。
ツッこむのが何だかちょっと気の毒で‥‥
■□
老いたる者の経験は、図書館にも匹敵する――
誰が発した言葉であったかは、忘れたけれど。
「長老さんたちは、何も覚えてないのかな?」
小首をかしげたアウレリアの素朴な疑問に、咲月と弓弦は思わず顔を見合わせた。それぞれの表情で譲り合い、言葉を探して唇を濡らす。
「‥それが‥‥」
ようやく心を決めたのか、それでも言い難そうに視線を揺らせながら‥‥咲月は先刻、村の禾倉の奥で見つけた落書きを思い描いた。
「‥‥‥山いも村‥‥」
「えぇ‥っ?!」
思わず絶句したアウレリアの視線に、咲月もほんのりと頬を染める。引き継いだ弓弦も少し遠い目をして視線をあらぬ方へと彷徨わせ。
「他にも、銀杏村、どんぐり村、蕎麦殻村。――1番新しいのは、山葵村だったそうですわ」
「つまり、それって‥‥」
みんなが、勝手に呼びたい名前で呼んでいた‥って、こと?!
●小さき友の“パラだいす”
「Light、Wind、Mooi Meisje〜♪」
「それってどういう意味?」
シュテファーニの口から飛び出す音をひとつひとつ書きとめながら、六道寺は頭を抱えた。
深い意味はない。
思いついた単語を羅列しているだけだから。――綺麗な響き、綺麗なもの、そして、大好きなもの。
「僕だったら‥‥そうだなぁ、“ほっこり”とか“のんびり”とか。――のんびりして欲してもらいたいから、のんびり村がいいな」
山育ちの六道寺にとって、この村はのんびりほっこり心を癒せる場所だった。
「花の栄える地であるから、“花”の字は使いたいな」
書家を生業にする安積は、書家らしく字にはこだわりがある。
「そして、“山”だから‥‥山茶花?!」
―――“茶”の字は、イマイチ関係ないような気もするが‥。
「蕎麦茶もあるよ」
飲む? と、差し出された湯呑みに手を伸ばし、安積はゆるゆると喉を潤した。ふうわりと香ばしい蕎麦の香りに包まれて、ほっと肩の力が抜ける。
「お蕎麦も今、打ってるところ」
あと少しで出来上がるから。
江戸では人気の食べ物だから、観光の目玉になるかもしれない。
「蕎麦打ちか、私にも手伝わせていただけないだろうか?」
食べるだけでなく、作る方に挑戦するのも新鮮だ。――初めはなかなか上手にはできないものだけど。
「流石に難しいな」
短く千切れた残骸を前に、それでも美人の表情は笑んだまま。
■□
「のっいちご〜♪」
アウレリアには珍しい調子っぱずれの鼻歌に、隣で甘酸っぱい香りを放つ果実を籠に入れた咲月は小さな笑みを零した。
「楽しそうですね」
「そりゃあもう」
野いちごを摘むまでは、それ以外の単語は思いつかない。
そう主張して皆を誘い出したアウレリアは、指先で摘み取った紅い宝石のような木の実を口へと運ぶ。
「酸っぱ〜い‥‥でも、甘い」
「こちらの果実は甘かったですわ」
苔桃を集めて戻ってきた弓弦は、小さな籠の中の収穫をふたりに見せた。
お土産に持って帰れば、きっと喜んでもらえるだろう。――潰したり傷んだりせぬように持って帰るのが大変そうだけど。
「こうやって摘みたてを食べるのが1番美味しいよね!」
「ええ、本当に」
山葵の刺激にひっくり返ったジュディスも、これならきっと口に合うはず。――月道の向こうの国々では、野いちごが市場に出回れば季節はもう秋。
集めて回った山ぶどうと桑の実の汁が手と口を真っ青に染めても、焚き火の前で収穫を祝う祖国の踊りを披露するジュディスの頬は、燃える炎に照らされて赤く楽しげだった。
■□
村の名前が決まったら――
忘れないよう道標を立てよう。
歌を作ろう、皆に覚えてもらえるように。
満天の星と野いちごの甘い香りに夢を育み、小さな村の夜は更ける。