山葵をお金にかえる法

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月06日〜09月13日

リプレイ公開日:2005年09月14日

●オープニング


 只今、夜逃げ中につき――

 どどん、と。傍らで存在を主張する大きな包みは、お約束の唐草模様。
 他の依頼人たちを押しのけてちょこんと番台の前に陣取った小柄な身体がいっそう小さく見えるのは、たぶん気のせいばかりではない。
 ぴかぴかに磨いたばかりの天板には、見事に肥え太った山葵がひと山。――きらりと艶めく翡翠色が目に滲みる。
「‥‥‥‥‥」
 不吉な既視感に目を細め、番台の手代はしばし無言でちんまり座した依頼人と山葵を見比べた。
 仮にも接客業にあるまじき不審な挙動を訝しがる様子もなく、じぃと見つめ返すこと数拍。ふと何事か気づいた風に、ああと得心顔でぽんと手を打つ。
「やあ、久しぶり」
「‥‥‥‥‥」
 思わずがっくりと肩を落とした手代の様子にも特に顔色を変えることなく、依頼人はちらりと視線で番台の山葵を差した。
「これ、わさび」

 ―――それは見れば判るからっ!!

 激しく脱力させられる独特のテンポは、種族としての特性なのか、彼の村に暮らす住人たちの特性なのか。あるいは、単にコイツの頭が特別なのか。
 力いっぱい叫び出したい衝動をどうにか呑み下して、手代は震える手で大福帳の頁を開く。
「それで。今回はどのようなご依頼で?」
 前回。彼が“ぎるど”に持ち込んだのは、つむじを曲げた木霊をなだめて欲しいというものだった。――その時も、この依頼人は“お土産”と称して大量の山葵を持ち込んでいたのだが。相互にあまり関連はなかったような。
 純粋にお土産だったのならば、お礼を言っておいた方がよいのだろうか。一瞬、そちらに思いを巡らせた手代の顔をぼんやりと眺め、依頼人は首を傾げる。
「‥‥‥依頼‥‥って、何だっけ‥?」

 ―――山へ帰れっ!!!

 がたん、と。
 思わず拳を握り締めて立ち上がった手代に、“ぎるど”中の視線が集まった。
 その中心で。のんびりと周囲を見回した依頼人は、傍らに鎮座した唐草模様の荷物に気づいて、むむと眉根を寄せる。
「そうそう。依頼、思い出した。――これ、わさび」

 ―――だから、それはさっきから‥‥

「これ、売るの手伝ってほしい」
「‥‥‥は‥ぃ‥?」
 振り上げられた拳が、微妙な角度で停止した。

■□

 街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥。
 美味しい空気と豊かな自然の他には何もない静かな場所に、“小さな隣人”――パラと呼ばれる人々が暮らす村がある。
 この村に暮らす陽気な住人たちの夢は、地図にすら載らないこの小さな村を江戸近隣の一大観光名所に仕立てることだ。只今、その一大観光誘致作戦を展開すべく、額を集めて相談している最中であるらしい。
 無類の山葵好きである依頼人が提案したのは、もちろん、村の名産品−のひとつ−である山葵を使った大作戦。
「‥‥ほほう‥」
 なんとなく展開を読み取って顎を上げた手代の前で、依頼人は悄然と切なげに吐息を落とす。
「名案だと思ったのになあ」
 はやり、却下られたらしい。
 ところが、彼はくじけなかった。
 大量の山葵をカゴに詰め込み、他の村人たちには内緒で江戸へとやってきたのである。一見、ボケているように見えて、実はこれでけっこう執念深いのかもしれない。
 江戸で売り捌いて山葵の美味しさを広めつつ、集めた利益で村の山葵畑をもっと大きくするために。――そして、名実共に山葵を村一番の特産品にすれば‥‥
「‥‥山葵ねぇ‥」
 何やら野望を抱いているらしい依頼人を眺め、“ぎるど”の手代はやれやれと大きな吐息をひとつ。

●今回の参加者

 ea1083 国定 悪三太(44歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 大江戸八百八町のど真ん中。
 源徳公の住まわれる千代田のお城にも程近い、数万人がひしめく江戸の中でもとりわけ繁華な一角に‥‥退屈な日常から逃げ出した冒険者たちが好んで集う店がある。
 “松之屋”と号を掲げた酒場の看板を大通りの斜向かいからじっと睨みつけ、所所楽林檎(eb1555)は深呼吸をひとつ。胸に手を当て逸る鼓動を落ちつけた。
 今日は客として店を訪れるワケではない。
 林檎の隣で同じように店を眺めて佇む小さな人影。――尤も、こちらは何を考える風でもなく、ぽけっとあらぬ方に視線を彷徨わせているように見えるのだが――小柄な林檎とさほど変わらぬ体型は、彼の種族の特性だ。
「‥‥に、しても。山葵だけ50本も持ち込むなんて、無謀もいいところです‥」
 そろそろ昼餉の刻も終わろうかという午下がり。
 掻き入れ時も、そろそろ一息つく頃だろう。
 次々に間口から吐き出される同業者たちを遠目に眺め、林檎の淡い唇からぽろりと本音が転がり落ちた。

 そう、無謀――
 これを“無謀”と言わず、何を言う。

 一見、ふうわりと優しげな容貌をしているが、林檎の精神構造はどちらかといえば辛辣だ。曖昧に言葉飾ったり、婉曲に言いまわす気もないから、いたって冷たくそっけない。――それ以前の問題として。依頼人が持ち込んだ依頼の内容も解せなかったりする。
「‥‥野いちごの村だと聞いていたのに」
 どうして、山葵。
 林檎自身は直接関わったわけではないのだが、確かにそう聞いていた。
 少しばかり不満げな林檎にちらりと目を向け、依頼人はほんの少しだけ首を傾ける。
「うん。野いちごも採れるけど‥‥オレは山葵の方が好き」
 山葵村に改名したいくらい。
 ――つまり、そういうコトらしい。
「‥‥‥‥‥」
 決して“軽い人”には見えなかったが、やはり少しばかり頭のネジが緩んでいるかも。
 軽く頭を振って胸の奥にちょっぴり芽生えた苦手意識を振り払い、林檎は毅然と顔を上げて足早に行き過ぎる人の波を睨めつける。
「とにかくっ。山葵を売るのが今回の仕事なんですから、山葵を売らなきゃお話になりません」
 個人を相手に商売するのはもちろんだけれど。
 限られた時間の中でこれだけの量を売り捌くには、日頃、山葵を扱う料理屋を訪ねるのが一番だ。
 品書きに“刺身”があり、多少なりと出入りのある松之屋ならば、いくらか買ってくれるのではなかろうか。
 知らない大店へ飛び込む前に、店の反応を見ておくのも大切だ。


●誰が為の山葵‥‥
「‥‥待て。それは売り物だ」
 ぼそりと落とされた鑪純直(ea7179)のいくらかドスの効いた低い声に、依頼人は伸ばした手をひっこめる。

 ―――饅頭のほかは苦い店

 とも詠われる本町の三丁目。
 その美味いと評判の饅頭屋の前で茶をすすりつつ、ずらりと軒を連ねる薬種問屋の評判を尋ねるのは、もちろん山葵を持ち込むためだ。
 流水で綺麗に洗い、清潔な布で丹念に磨いた山葵は、目にも鮮やかな緑色。――秋口とはいえ厳しい残暑に萎えがちの目と心には、いっそ眩しいほど清々しい。
 饅頭よりも山葵を茶菓子にと選ぶ心は鑪にはさっぱり理解不能だが、商品の数と売り上げは比例する。
「いいか、コレは村の大事な名産品だ。――ならば、その利潤は村全体で行使するのが筋というもの」
 まさか、江戸での豪遊費に充てるつもりではあるまいな。一瞬、鋭く目を光らせて、鑪はじろりと依頼人を睨んだ。
「‥‥ごーゆう‥」
 なんだか楽しげな単語の響きにうっとり遠い目をしたものの、剣呑な光を宿した鑪のまっすぐな視線に考えを改めたのだろう。
「‥‥山葵村の為に‥‥がんばる」
 珍しく決意とやる気を見せて頷いた依頼人に、こちらもバカ正直に一本気な男は満足げに頷いた。
「うむ。それがあるべき姿だ。――さて、これからだが」
 まずはこの界隈の薬種問屋‥‥出来るだけ若く、主の人柄が良いと評判の店を訪ねて品物を見せる。
 産地名と生産者。
 木霊の済む奥深き森。
 もちろん、山葵本来の効能や利用方法を簡単に説明して、紙に留めてもらうのだ。お礼に幾許かを進呈し、ついでに薬として売ることを進めてみるものひとつだろう。――今後の販売経路としてもきちんと抑えておきたいところだ。
 お墨付きをもらったら、今度は料理屋や魚屋へ足を運んで交渉開始。もちろん、長屋の女房連中にも売り込みたい。
「モノは悪くないのだからな」
 筋を通して、礼を尽くせばきっと応えてくれる者もいる。
「だから、売り物だと言っているだろう! いや、それよりも‥‥饅頭に山葵をつけるんじゃないっ!!」
 商談用に少し皮を削いだ山葵を口に運ぼうとする依頼人を一喝し、鑪はため息をひとつ。齢15の自分がしっかり気を張って導かねばならぬとは。――元来、依頼人は我侭なものだと聞いてはいたけど。
 何かが違う気がするのは、気のせいだろうか。
 鼻の奥がツンと痛むのは、清冽な刺激を伴う芳香のせいばかりではないようだ。


●商いの極意
 両国橋のたもとに残された火除けの空き地に、市が立つようになったのはいつからか。
 人の集まる場所にはその懐を相手に商売する者が現れ、いつしか、江戸でも1、2を争う盛り場へと姿を変えた。
 猛獣・珍獣を初め、大道芸や見世物小屋など。珍しいものは、みな、ココに集まる。――防火のための空き地であるから、本来は禁止されているはずの小屋掛けもいつしか黙認されて。
 その喧騒の真ん中で、国定悪三太(ea1083)とリフィーティア・レリス(ea4927)のふたりは店を開いた。――店といっても、筵と茣蓙を重ねただけの簡単な露店であったけれども。
「‥‥実のところ、ジャパンの食い物って未だによくわかんないんだよな」
 生であったり、腐っていたり。
 正直、これはちょっとどうなのさ‥と思うモノがないでもない。
 見た目だけはエメラルドのように美しい翡翠色の根菜を手にとってしみじみと眺め、レリスは首を傾げる。
「まあ、今回は自分が食べるってワケじゃないからいいけど」
「‥‥と、いうより。山葵だけを食べるヤツは、日本にもあまりいないな‥」
 美味しそうに山葵を齧る依頼人を思い浮かべて国定は、誤解のないようさりげなくレリスの思考を修正した。
「単なる薬味だと言ってしまえばそれまでだが、有用な効能が全くないわけでもない。――例えば、刺身につけるのは魚の生臭さを消す他に、殺菌作用があるという説もあるな」
 食材に手を加えず食すのは、食材そのものの味を楽しむには最適だが、公衆衛生という観点から見るとやはり多少問題がある。――今の季節は特に足が速いから、用心するのにこした事はない。
「と、いうような口上で売り込もうと思うのだが」
 口八丁には少しばかり自信がある。
 取引相手はもちろん台所を預かる主婦‥‥すなわち、年上の熟女とくれば、趣味に実益も兼ねられて一石二鳥。
 口には出さなかったが僅かに唇の端を緩めた国定の表情を斜めに見下ろし、レリスは首をかしげた。
「それで、いくらくらいで売るつもりなんだ?」
「そうだな」
 下手に安い値段を設定するよりは、多少高めに高級感と信憑性を加味しておくのもひとつの手である。
 もちろん、先を見通した上で今回は試用期間として、安く設定するというのも常套手段だ。――両国橋を往来する庶民を商談相手に選んだレリスと国定は前者。酒場や料亭、薬種問屋などの店を販売先に選んだ林檎と鑪は後者である。
「1本30Cを本来の売値としてまして‥‥試用期間ですから、3割引いて21C。キリが悪いので、20Cでどうでしょう」
 割引の上に、さらりと1Cを引いていっそうのお得感まで演出してみせる林檎はなかなか商売上手だ。
「‥‥その辺はまあ任せるよ」
 そもそもの価値がよくわからない。
 その上、計算もあまり得意ではない‥‥どころか、数字を見るとなにやら眠たくなってくる。
 あっけらかんと笑い、レリスはぽんと国定の肩を叩くと立ち上がった。
「それじゃあ、はじめようか」
 まずは、客引き。
 異国の歌と踊りで、人の目を惹く。――ここは両国。大道芸や遊行には慣れているからから、悪目立ちすることはない。
 その上、舞いを生業とするレリスの踊りはなかなかのものだ。
 異国の舞手が披露する秀麗な舞いに足を止め感嘆を落とした町人たちを捕まえて、国定も得意の話術で山葵を売り込む。
 山葵の由来。
 ぴりりと料理を引き締める辛味と、腐敗を遅らせるという効用。
「一口食べればアバタが取れて、二口食べれば旦那の額のシワがとれ、三口食べれば美人のお株も急上昇だ」
 万病平癒、悪鬼調伏――は、嘘かまことか、なにやら胡乱な昔話まで持ち出して。
 それならば、と。
 ひとりが手を伸ばせば、あとはもう右から左。
 日本人はけっこう流されやすい民族なのかもしれない。
 煽っておいてなんだけれども。――思わずそんな仮説を胸に抱いたレリスであった。

■□

 唐草模様の風呂敷に包むのは、冒険者たちの努力の結晶。
「‥‥全部売れたね‥」
 ひとつも残らなかったから、村に戻るまで山葵はお預け。――空っぽの籠を覗き込む後姿は、ちょっぴり寂しそうだったとか。
「でも‥‥うん。ありがとう」
 みんなのおかげ。
 あとは江戸の人々が山葵を好きになってくれれば‥‥
「いいか。売り上げは村人みんなのために、しっかり相談して使うんだぞ!」
 鑪の言葉に、こくりと頷く。
「うん。がんばる」
「頑張るじゃなくて、約束しろっ!」
 ちょっぴり先行きが不安でもあるけれど。
「また機会があったら村の方にも遊びにきてよ。――山葵、いっぱいご馳走するから」
 そう、手を振って。
 ほてほてと街道沿いに遠ざかる風呂敷包みを見送って、冒険者たちは其々の表情で顔を見合わせたのだった。