季節の便り 〜 鮎担ぎ 〜

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月08日

リプレイ公開日:2004年07月08日

●オープニング

 初夏の味覚といえば、鮎。
 古くは占いにも使われていたというこの魚は、果物を思わせる爽やかな香りから香魚とも称され好んで食卓にのぼる味のひとつだ。
 梅雨入り頃から市場に出回り、秋口の落ち鮎まで。少し懐に余裕ができれば、塩焼きにでもして酒の肴に‥‥と、重宝される。
 江戸市中では、近郊のものより十里あまり離れた川で揚がった鮎が風袋の良い上物として高値で取引されていた。

「‥‥街道筋が、何やら騒がしいようですな」
 分厚い大福帳をめくって内容を検分しつつ、萎びた顔の番頭が何やら思い出したように言葉を落す。よく気をつけていなければ、うっかり聞き逃してしまいそうなのどやかな調子であった。
「騒がしい、とは?」
 訊ねると、さてと指先で顎を掻き、通り過ぎた頁を戻って、書付を改める。ずいぶんとぼんくらな男のようだ。
「犬鬼が出没するようですな。鮎担ぎの者が何人か、襲われたとか」
 鮎担ぎとは、水揚げされた鮎を江戸に運ぶ人足たちで、天秤棒に鮎の入った竹篭を下げ、健脚を競い十里余りを一気に走る。
 何と言っても、鮮度が命。――鮎担ぎは親が死んでも足を止めるな、などと囃されることもある江戸っ子好みの粋と意地を備えた仕事でもあった。その上、他の荷運びよりも稼ぎが良い。
 とはいえ、相手が犬鬼では、意地の張りようもなく。仕事を断る者もおり、問屋も頭を抱えているということだ。
「そんなわけで、江戸市中では鮎の値が跳ね上がっております」
 飄々と告げる番頭の表情に、困った色はイマイチ窺えないのだが。
「犬鬼を退治すればいいのだな?」
 先回りして確認すると、番台に座った男は細い目を少しばかり見開き、そしてゆるゆると首をふる。
「いえいえ。手前どもが請け負っているのは、荷運びの仕事にございます」
 そう言ってから、男はふと思いついたように、ぽんと軽く手を打った。
 もちろん、皆様が怪物を退治してくださると仰るのなら、それに越したことはございませんが――。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea0236 焔刃 瞑軌(45歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0248 郭 梅花(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0567 本所 銕三郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0758 奉丈 遮那(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0901 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2838 不知火 八雲(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●夜明け前
 暁七ツよりいくらか早い寅の刻。
 僅かに白んだ東の空はまだ夜の気配が濃厚で。川面より立ちのぼる朝靄が、薄明にゆるく漂う。
 江戸より十里余。
 鱗に金色ありて、味美なり。と、他川にない上物として持て囃されるこの地の鮎を夜明け前に問屋へ届ける。鮎担ぎの仕事は、想像以上の重労働だ。――もちろん、その分、払いは多い。
「‥‥‥お、重い‥‥」
 両端に鮎の入った竹篭を下げた天秤棒を肩に担いで不知火八雲(ea2838)は、思わず呻いた。天秤棒に鮎籠を下げ、上手に腰で調子を取って走る。見た目は簡単そうなのだが、実際にやってみるとこれがなかなか難しい。日中、少しばかり練習したのだが、こればかりは実際に走って身体で覚えるしかないようだ。
「常日頃、体力の訓練をしないといけません‥‥」
 体力にイマイチ自信のない大宗院透(ea0050)も、顔をしかめる。日頃は女装している大宗院だが、今日は尻っぱしょりでかなりやる気だ。
「“鮎”を“歩”んで運びました‥‥なーんて、ね。ホントは走って行くんだけどさ」
 鮎問屋に披露する駄洒落まで考えて、密かに悦に入っている。
「へぇ〜、こんな魚なんだ」
 初めて見る鮎に、郭梅花(ea0248)は興味津々、水を張った桶を覗き込んだ。
 愛馬ゴクツブシに24匹の鮎を積み込んだ陣内晶(ea0648)の隣で、本所銕三郎(ea0567)も嫌味たっぷりに馬に言い聞かせる。
「サジマ‥‥今の生活があるのは、お前のお陰だ」
 そう、馬は生き物。当然ながら食わせてやらなければいけないし、その他、維持費もバカにならない。月々の食費は貧乏浪人には痛い出費だ。――いつか非常食にしてやろうと密かに考えていたりして‥‥。
 愛馬に含むものがあるらしいふたりの横で、焔刃瞑軌(ea0236)は特に感慨もなく鼻歌など歌いながら鞍に荷を括りつける。
「‥‥あと1里ってところだったかなあ‥‥」
 本所、陣内らに犬鬼の出現地点について聞かれた中年の人足は、恐ろしそうに首をすくめた。
 犬鬼が出なくても、夜道は怖い。

  山川育ちの 小鮎でさえも
  江戸に下れば 酒のとも
  鮎は瀬にすむ 鳥は木にとまる
  人は情の 下にすむ

 と、唄われる鮎担ぎ唄も、この鮎を目当てに寄ってくる狐や狸を牽制してのものだ。犬鬼に効くかどうかは微妙だが、ついでなので話のタネにしっかり覚えて歌おう。
 競争はせず、運搬係と護衛役に分かれて犬鬼の出現に備える作戦のようだ。
 陣内の言葉を借りれば、スパッと十里。
 江戸の鮎問屋を目指して、いざ、出発――!!


●忍び寄る影
 スパッと十里。
 軽速歩(けいはやあし)の馬と並走して、さくさくと。
 じわりと広がる薄明が世界を乳白色に包む頃には、江戸まであと一里ほどの地点に差し掛かっていた。
「そろそろでしょうか」
 油断なく周囲をうかがい精霊魔法を発動させた御蔵忠司(ea0901)の身体が淡い緑の光に包まれる。隠密行動を得意とする奉丈遮那(ea0758)、大宗院と不知火も、薄闇に潜む犬鬼の気配に気をつけて‥‥。
 出ると判って備えていれば、場慣れた冒険者たちにとってそれほど怖い相手でもない。
 そんなわけで――
 道端の草叢からばらばらと数匹の黒い影が飛び出してきた時も、緊張はしたものの仰天はしなくてすんだ。‥‥約1名を除いては。
「ええっ?!」
 飛び出してきた魔物たちの姿に、腰の小太刀に手をかけた御蔵は意外そうに目を剥く。
 目の前にいるのは鬼の身体に、犬の頭を持った魔物。所謂、犬鬼‥‥西洋風に言うところのコボルトと呼ばれる鬼だ。
「小鬼じゃないじゃないですか?!」
「‥‥え? 小鬼??」
 ちょっぴりズレた反応に、奉丈は構えていた手裏剣を危うく取り落としかけて慌てる。
 ギルドでは、犬鬼だと説明を受けたと思っていたのだが‥‥。
 無表情を崩さぬように意識しながら、さりげなく周囲をうかがう。どうやら、小鬼でないと驚いているのは御蔵だけのようだ。――御蔵の反応に、驚いているらしい者は数人いたが。

 ‥‥‥がるるるる‥‥

 足を止めた一行に犬鬼は威嚇のつもりか、何やら喚いて手にした得物を振り回す。鬼の言葉は理解らないが、「鮎をくれなきゃ、お前を取って喰う」くらいのことは言っているのかもしれない。
「てやんでぇ!! 誰に向かって凄んでんだ、オマエ」
 負けじと犬鬼の目を睨んで凄み返す不知火。言葉は通じないが、悪口と気迫は通じ合うるものがあるのだろうか。
 ぶんと振り回した天秤棒の先には、鮎の入った竹篭がぶら下がっている。殴ると見せかけ怯んだところへ――

 げしっ☆
 ――ぎゃわんっ!!

 雄か雌は、おいといて。
 蹴りが見事に決まり、身を竦ませる犬鬼の悲鳴が朝靄を裂いた。
「ふ。つまらないモノを蹴ってしまったな」
 ニヒルな笑みを浮かべ、不知火は天秤棒を担ぎなおすと再び調子を取りながら走りはじめる。コツを掴んだのか、なかなかサマになってきているようだ。一人前の鮎担ぎと認められる日も遠くない。
 不知火の後ろ姿を唖然と見送る犬鬼の後頭部に、焔刃が放った精霊魔法が直撃。風の刃に切り裂かれた1匹が地面に転がる。
「今だよ!」
「そうですね。後はよろしく」
 親が死んでも足を止めるな。が、鮎担ぎの不文律。ざわりと怯んだ犬鬼の隙をつき、御蔵と陣内が鮎を積んだ馬を引き、焔刃もなんとなく主を気遣って後ろ髪ひかれる風情で振り返るサジマの引き手を掴んで戦線離脱。――因みに、御蔵は問屋に鮎を届けたら、取って返して加勢するつもりのようだ。
 気遣い無用になったところで、本所は改めて腰の刀に手を伸ばす。武道家の梅花も金属拳を嵌めた拳を握って接近戦に備えた。
「犬鬼の武器には毒が塗ってあるそうだよ。気をつけないとね」
「うむ」
 本所の得意とする陸奥流も、鍔競り合いからの蹴りや拳といった変化のある接近戦を得手とする流派である。
 じりじりと間合いを量って張り詰める緊張に、大宗院は懐から手裏剣を取り出した。
「ぎゃふっ?!」
 大宗院の手から放たれた手裏剣が、犬鬼の腕に狙い違わず突き刺さり、犬鬼の手から毒を仕込んだ剣が落ちる。その隙を逃さず飛び込んだ本所の剣が気合一閃――。
「塩焼き〜!」
 ‥‥‥気合、というか‥‥食い物の恨み?
 人間の本所が清貧に路傍の雑草を食って糊口を凌いでいるというのに、犬鬼が生意気にも鮎を食う。こんな理不尽、許されていいものか。
「田楽焼き〜!!」
「ひらき〜!!!」
「うるか〜!!!!」
 思いつく鮎料理が声高に叫ばれるたび、刎ねられた犬鬼の首が血飛沫をあげて大地に転がっていく様は、ちょっと猟奇かもしれない。
 仕事の後、鮎の塩焼きが食べたい梅花は、思わず顔をしかめた。
「忍法、春花の術!」
 印を結び掲げられた奉丈の手から、突如、眠りを誘う春色の香煙が湧き起る。風上にいなければ術者さえ巻き込む、ちょっぴり危険なこの術。予め使用を聞かされていても、対抗できるかどうかは、時の運と根性次第。
 うっかり眠り込んでしまった仲間をクールに揺り起こす奉丈の姿が見られたかどうかは、企業秘密ということで‥‥。


●明け六つの鮎問屋
 ようやく江戸の町衆が起き出すこの時刻。
 街道筋の終着に位置する鮎問屋は、もう店を開けていた。
 ほのぼのと白みはじめた薄闇の中、江戸近郊の川から次々に鮎が運ばれてくる。
「へえ、お待ち!」
「ご苦労さん」
 番頭たちが人足に景気のよい声をかけ、竹篭に敷かれた熊笹の上に並べられた鮎の検分をはじめる。
「どうやな、今朝の鮎は?」
「上々吉の鮎だ。値良く買ってくなっせぇ」
「あいよ」
 そんな賑わいを見せる問屋に駆け込み、不知火も見よう見真似で大音声を張り上げた。
「不知火八雲、ただ今到着!」
「あい、ご苦労さん」
 が、愛想よく出迎えた番頭の前で、ぱたりと倒れる。
「‥‥‥み、水‥‥」
 三頭の馬を引っ張って到着した焔刃、陣内、御蔵も、さすがに笑う余裕もない。噂に聞いていたとはいえ、重労働だ。
「ふぅ。‥‥ココまで大変とは思わなかったなぁ〜」
 座敷に上げられ冷えた麦湯をご馳走になりながら、御蔵はしみじみと一服。予定では、一里を引き返して助太刀に行かなければいけないのだけど‥‥。


●召しませ塩焼き
 ぱりっと色づいた表面に、ふっくらやわらかそうな白身。
 尻尾の先にまぶされた塩の結晶、その一粒にいたるまで芳しく美しい。
「おいしーい♪」
 ほのかに白い湯気の漂う座敷に、うっとりと梅花の歓声が響いた。
「ホント、運んできた甲斐があるよねっ」
 焔刃の声も、心なしか弾んでいる。因みに、年甲斐なく軽く聞こえるのはいつものこと。とても、子持ちの三十男には見えない若々しさだ。
「鮎担ぎになったら、いつもこんな上手いものが食えるのか?」
 賃金も良いし、本気で転職を考えたい不知火である。
「――お侍さま方は、よろしいので?」
 麦湯を運んできた番頭が、無言で心頭滅却を図る本所におそるおそる声をかけた。武士は食わねど高楊枝。とは、いうものの。
「うむ」
「僕等が食べたら、鮎を待ち焦がれていた町衆に悪いですから」
 空腹と戦う本所に代わって、陣内がにこやかに言葉を返す。――お財布が寂しいからなんてことは、もちろん言わない。
「‥‥‥はあ、左様でございますか‥‥」
 さすがはお武家様。と、思ったかどうかは知らないが、番頭は丁寧に平服して座敷を後にした。
 とはいえ、お侍を店頭で飢えさせておくのもナンだというので、若鮎の身を炊き込んだ鮎飯が、犬鬼退治の祝いモノとして、問屋の主人より皆に振舞われたとか。
 塩焼きも最高に美味かったが、こちらも三つ葉と一緒に炊き込まれた鮎の香りが良い塩梅の、絶品であったという。


=おわり=