【神剣争奪】 前哨−臥竜遊戯−

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月25日〜09月30日

リプレイ公開日:2005年10月03日

●オープニング

 北緯より吹き来たる禍つ風は、昏き暗雲を江戸に広める。
 しめやかに、ひそやかに。
 ゆるゆると流れゆく水の如く色を変え、容(かたち)を変えて。気づかれることなく人々の心に浸透し、気付いたときには世界を覆いつくして嵐を呼び込む。――強く、激しく。息づく命の燈火を翻弄して吹き荒れる騒乱の先駆けを。

■□

 畏怖と紙一重の存在感。
 鞘から抜き放たれた白刃の‥‥床の間に飾られていただけのソレが、幾人もの命を斬り捨て、魂を喰らった兇刀であることを知らされた瞬間の、喩えようのない衝撃と緊張感。
 その日―菊月の良く晴れたとある吉日―、ふらりと“ぎるど”に姿を見せた漢(おとこ)には、確かに風雲急を告げる嵐の気配が付きまとっていた。
 竜と化けるか、鬼と転じるか。
 己の腕ひとつを頼りに名を挙げんとする曲者揃いの冒険者たちの中にあってさえ抜きん出た覇気と鋭気。裡なる野心を隠そうともしない比類なき自信に裏打ちされた圧倒的な存在感に、ただ、目を奪われる。
 この漢に、中道は存在しない。――天下を掴み英雄と讃えられるか、希代の大悪党として泰平を震撼させるかのふたつにひとつ。
 思わずぽかんと顎を落とし、あるいは、目を丸くした周囲の表情‥‥己に注がれる視線には全く頓着する風もなく、むしろ誇らしげに肩を聳やかせて“ぎるど”を見回し、男は依頼を張り出した壁へと歩み寄る。
 年の頃なら、二〇歳をいくらか越えたところか。
 平均よりはやや上背のあるがっしりと均整の取れた身体つき。ひきしまった体躯は見るからに筋骨隆々たる厳つさはなかったが、よく鍛えられた強靭さを秘めている。――鼻梁の高い鼻筋のとおった精悍な容貌は、端正と形容しても遜色ない。だが、見た目の是を遥かに凌駕して突出する自信と圭角が不穏を紡ぎ。何よりも、右目を隠す眼帯が彼の異形を際立たせていた。
 濃紺に金糸で竜を織り上げた派手な単(ひとえ)にその身を包む豪胆さ、佩びた太刀の拵えなど、いかにも高慢な洒落者であることが窺える。
 検分するように目を細めて張り出された依頼を眺める男の背中にさりげなく値踏みの視線を送り、口入係はこっそりと吐息をひとつ。――男の自負が単なる過信でないことは、隙のない立居振る舞いから見て取れた。おそらくは、相当の使い手でもあるのだろう。
 張り出されたその内に、彼の手に余るほどの依頼はない。
 背後に蠢く思惑や巡らされた策を気にかけずとも良い‥‥ただ、化け物を倒せばいいだけの単純な内容ばかりだ。
 無論、化け物の種類や数によって、いくらか危険ではあるのだけれど。
 いくつも張られた依頼を斜めに眺めて少し思案するように目を細めた後、男はおもむろに腕を伸ばし、中の1枚を壁より剥ぎ取る。
 くるり、と。振り向きざまに強く射抜かれ、口入係はぎょっと背筋を伸ばした。
 思わず退いて道を譲った冒険者たちには一瞥もくれず、ずかずかと口入係の立つ番台へと近づいた男は、手にした依頼書を直立不動で固まった手代へと突きつける。
「この依頼、俺が買い取る」
「――は‥ッ??」
 飛び出した言葉に、うっかり目が点になった。
 依頼を受ける、とか。
 依頼を出す、という話はよく聞くが‥‥と、いうより、まちがいなくそれが“ぎるど”の役目である。
 では、
 “買い取る”とは、どういう思惑をもった表現なのか?
 男の意図が読めぬまま、口入係は押し付けられた紙切れに視線を落とした。
 乱暴に剥がされて少しばかりシワになった和紙には、今朝方、受付係が受けたばかりの依頼が達筆でしたためられている。

【妖怪退治】
 破れ寺に住み着いた死食鬼を退治するコト
 ※死人憑、怪骨なども目撃証言アリ

 災害、あるいは、過疎が進んだのだろうか。
 人の住まなくなった村に、災厄が住み着いたらしい。――今はまだ、大きな被害は出ていないものの周辺の里にとっては、何かあってからでは遅いのだ。
 たしか、そんな依頼であったかと思う。
「江戸には腕の立つ者が多いと聞いた」
 押し付けられた依頼書を握り締めたまま思いを巡らせる口入係に、男はニヤリと口角を上げた。‥‥血を好む獰猛な獣の相が、ただひとつの眼に胡乱な光を揺蕩わせる。
「なんでも、江戸より妖狐を退けたのはこちらの手勢であったとか?」
「それはもう」
 大きく頷いた係に、男は声を立てず口だけで嘲う。

 真実、冒険者が強かったのか。
 あるいは、単に源徳の侍が弱体化しただけなのか――

 言の葉に乗らぬ苛烈とも釈れる挑発に、ぞくりと背筋が粟立った。
「冒険者を名乗る者ども。果たしていかほど使えるものか、試してみたい。――人に害なす死人であれば、咬ませには丁度良いと思わぬか?」
 その上、人助けにもなる。
「はあ。それは‥‥左様でございますが‥‥はい」
 言い淀む口入係の心中をどのように読んだのか、男は愉快そうに逞しい肩を聳やかせる。
「なに。心配することもなかろうよ。万が一、期待外れであったとしても、その時は――」
 その時は‥‥
 彼が何を言わんとするのかを漠然と察し、口入係は深い吐息を落とした。――いずれにしても、“ぎるど”の口入係風情では、到底勝てる相手ではない。

 吐息をひとつ。
 口入係は突きつけられた課題を前に、大福帳を繰ったのだった。

●今回の参加者

 ea0914 加藤 武政(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2497 丙 荊姫(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3582 ゴルドワ・バルバリオン(41歳・♂・ウィザード・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3874 三菱 扶桑(50歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1600 アレクサンドル・リュース(32歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 死の匂いがする。
 人が絶え黄泉に沈んだその場所を抜けて吹き寄せる秋風が運ぶ不穏の気配は、冷ややかに心の水面を沫立てる。
 不吉を告げて通り過ぎる冷たい風に弄られる金色の髪を無意識の仕草でそっと押さえ、丙荊姫(ea2497)は小さく息を落とした。
 誰の手も入らぬまま朽ち果てていく廃屋は、夏なれば格好の怪談の舞台となるかもしれぬが、今の季節には少しばかり物悲しさが勝ちすぎる。
 ゆらり、ゆらり‥、と。
 あやうく揺れながら生命ある贄を求めて彷徨う人ならざる影もただ悲しくて――


●前哨
 弔いを手伝う人手が欲しい。
 眠れる死者に戻った彼らの末を見守ってくれる寺も見つけてやりたい。
 ささやかだが思いやりのある加藤武政(ea0914)の優しさは、だが、近隣の村々にとっては予想外の申し出であった。
 日々、大量の人間が流れ込み死んで行く江戸の町とは違い、数世帯が肩を寄せ合って暮らす小さな村の墓に眠るのは血の絆で結ばれた縁者ばかり。元々の閉鎖的な気風に加え、魔物となった者たちを受け入れられるほど豪胆であるわけでもない。――口説き落とすのは至難である。
「――それで?」
 彼らを弔う目処は立ったのか、と。
 すました顔で口角を歪めた男に胸の奥が波立つような苛立ちを覚えたが、加藤は黙って首肯した。
 紙一重で死神の顎をくぐり抜け、対峙する者をねじ伏せる。敵を弊す、勝ち続けるとはつまりそういうことで‥‥もちろん、目の前にいるこの男がそれを知らぬはずはない。
 何も感じていないのか、あるいは、巧妙に隠しているのか。笑みさえ浮かべた鋭すぎる隻眼に、加藤の抱く感慨は欠片も映っていない。
 そうか、と。
 ひと言、ふた言葉、事務的な言葉を交わし。すぐに何事もなかったかのように、哨戒から戻った荊姫の報告を聞いている。
「怖いわよね〜」
 鮮やかな朱唇を尖らせて。
 膝に乗せた兜の羽根飾りを少し直して注意深く見栄えを確かめながら、レムリィ・リセルナート(ea6870)は小さく呟く。小柄だがしっかりと作り上げられた身体は装飾性の高い鉄板で隙間を覆った鎧と護身羽織に覆われて、その女性らしいやわらかさは窺えない。――澄んだ茶色の瞳を輝かせるのは、己への自信と覇気だ。
「この時期にあたし達の実力を測りたいって」
 江戸は今、大きな騒ぎになっている。
 片言程度の日本語しか理解できないレムリィも、日増しに募る緊張は肌で感じることができた。
 永らく行方のわからなくなっていた神剣が江戸で見つかり、互いに覇を競い合う有力諸侯が何人も江戸に入っているという。――あるいは、彼もそのひとりなのだろうか‥?
「‥‥駒としては勿論、敵に回った時のことも考えてのことよね」
 だが、試されるのは嫌いではない。自分を売り込む絶好の機会でもあるのだから。
 アレクサンドル・リュース(eb1600)、ゴルドワ・バルバリオン(ea3582)のふたりにとっても、戦場に身を置く事は苦痛ではなくむしろ喜びであった。――手加減の必要のない不死人であるなら尚の事。
「敵の数が多いのが難点だがな‥‥」
 涼しい顔で戦場となる窪地を眺める男をちらりと視線の端で捕らえて三菱扶桑(ea3874)は、内心で肩をすくめる。
 こちらは、6人。この男を頭数に数えても、7人だ。多少、腕は立つようであるが、頭から信用していいのかどうかも怪しい。
 斥侯から戻った荊姫の見立てによると、最低でもひとりにつき5体。その上、死食鬼も徘徊しているという。
 この顔ぶれであれば、死人憑きだけならばさほど恐れる相手ではないのだけれど。
「幾ら敵が弱くても、四方八方から襲われては対処が追いつかん。――数体ずつおびき寄せて、各個撃破を狙おうと思う」
 まどろっこしいと思われるかもしれないが。
 状況の分析を終えて自分なりの策を唇に乗せ、三菱はちらりと男に視線を向ける。――意識するまいと思っても、完璧に平静ではいられないようだ。
「あたしが囮になって、死人たちを分断いたします」
 腕力という点だけを見れば、いくらか見劣りもするけれど。身の軽さなら誰にも負けない。
 そう申し出た荊姫を一瞥し、男は僅かに眉を顰める。
「‥‥ひとりで、か‥?」
 建物の中や、山道など狭い場所ならばそれも有効だが。
 こちらのように開けた場所では、騒ぎが起こればすぐに覚られてしまうだろう。それが不死人であっても‥‥否、生ある者への憎悪を抱く不死人であるからこそ、というべきか。
 窪地に入らぬように心がけてはいても、数が集まれば不利なことに変わりはない。「分断を狙うなら、せめてあと一箇所くらいは騒ぎがほしいが」
 そう指摘されても、人を裂くのは不安だ。
「このままでも、大丈夫よ。あたしは前に出られるわ」
 ゆっくりと頭に載せた兜の意匠でもある戦乙女さながらに、レムリィは確信を持って言葉を紡ぐ。――大勢の敵を相手に立ち回るときは回避よりも受けて次に繋いだ方が、自分にとって効率的であることは経験として知っていた。
 その為の、重装備であり、習得技でもある。「‥‥オレも出られる‥」
 特に表情も変えず魔力を持つ剣を手に立ち上がったリュースに、加藤も造天国をその優美な拵えの鞘から抜いた。
「ほう。それは愉しみだ」
 満足気にその隻眼を細めた男に、三菱はやれやれと息を落とす。
「それだけの事を言うのだ、貴様自身の腕も見せて貰いたい」
 いくらか揶揄の込められた言に、振り返らず肩越しに視線を投げた男は唇の端に太い笑みを浮かべた。
「危うくなったら、助けてやるさ」
 ‥‥‥嫌なヤツ‥‥。


●臥竜遊戯
 念を込めて、火精に祈る。
 ほのかに赤い光を纏った右手がゆらりゆらりと危うく状態を揺らしながら敏捷な獲物を追ってきた死人憑きの体に巻きつき、渾身の力で締め上げた。
 めき、と。骨の折れる感触が鎧を伝わり、同時に生身の人間にはありえぬ肉体の脆さに本能的な嫌悪を抱く。

 ジュウウゥゥ―――

 焼け付く音と、腐肉が燃える異様な臭気があたりに揺蕩うた。
 死人が苦痛を感じるのかどうかは、疑問だが。拘束を逃れようと身を捩る死憑きを抱えた体勢から地面へと叩き付け、バルバリオンは厚く筋肉に鎧われた太い腕に誇らしげな視線を向ける。
「我輩の美しい肉体を持ってすれば、並みの死人如き相手ではない!」
 腐肉の飛び散る足元の光景は、とても美しいとは言いがたいものなのだけれど。潰されてなお起き上がろうと蠢く肉の塊に素早く駆け寄って止めを刺し、荊姫は小さな吐息をひとつ。――効果的であるといっても、この臭いは些か堪える。
「次、行きますよ」
「うむ。頼む」
 ぱし、と。
 左手の掌に右の拳を叩き付けたバルバリオンの隣で、2体の死人憑きを切り伏せた三菱も白刃についた血糊を払い構えなおした。

■□

 憎悪と殺意を込めて突き出される爪を一重で躱し、鋭い踏み込みと共に渾身の力を込めた銀刃が剥き出しの骨を打ち砕く。
伝説の刀匠の手で生み出された業物は、硬く粘りのある物質を迷うことなく両断してさえ、刃こぼれひとつ起こさない。
 軽やかな足運びで動きの鈍い死人の群れを翻弄し、確かな腕で動かぬ骸を積み上げていく加藤やリュースと同じ戦列で、レムリィもまた善戦していた。
 ふたりのような回避の技こそ持ち合わせていないが、経験と剣技ではむしろ勝っていると言っていい。
 機動力を捨ててさえ充実させた装甲、そして、受け止めた衝撃をいなす技。
 ぐちゃり、と。力任せに掴みかかった死人の指がブリガンダインの装甲に阻まれ潰れる音に、一瞬、顔をしかめ、それでも目を逸らせることなくレムリィは眼窩の落ちた虚ろな目をのぞきこむ。そして――
 躊躇いなく閃いた鎮魂剣“フューナラル”は、神の慈悲に救われぬままもがき続ける魂の生への執着を断ち切った。
「Rest in peace」
 朱唇が紡いだ弔いは、彼の者の魂に届いただろうか。
「‥‥いた‥」
 低く押し殺したリュースの声に振り返った視界の端で、ゆらりと人型の影がゆれた。

 姿は死人憑きによく似ている。
 だが、それが他の死人と違うことは、明かで。
 いかにも鈍重な死人憑きの動きにくらべ、こちらは驚くほど早い。――死人憑きの動きに慣れた目には、実際以上に俊敏に映った。
 何よりも。渾身の力を込めて叩き込まれたはずのリュースの剣に対して‥‥確かに深く切り裂いた傷にさえ怯むどころか気づかぬ風に。
 かっと開かれた真っ赤な口に、ぞろりと牙が並ぶ。
 濡れて光を湛えるその色は、輝くばかりに白く‥‥腐りかけた外見の凄まじさと相まって、思わず目を奪われた。
「‥‥く‥っ」
 躱すのは、無理。
 本能的に掲げた左腕のパリーイングダガーが、衝撃を受け止める。噛み砕こうと顎に加わる力に、鉄の刀身がぎしぎしと嫌な音を立てた。
 力を込めて押し返して身を放し、間合いを保つ。
「大丈夫か?」
「ああ」
 加藤の問いに短く頷き、だが、厄介だと思う。
 痛みも、恐怖も感じぬ心なき相手。――動きも早い。その上、守ることをしないから、手数も多い。
 何よりも、強いのだ。
 リュースにしても、加藤にしても、躱せなければ武器で受けるしかないのだが、そうするとそれで手一杯。――レムリィの防御力をもってしても、完全に無傷というわけにはいかない。そうなれば、カウンターを狙うのも限度というものがあり‥‥。
 結局は、負傷覚悟で敵の命を削るしかないのだが。
 皆が揃うまで、堪えた方がいいのだろうか。
 瞬きひとつ程の短い時間に思考を巡らせ、掌中の剣に語りかけるよう強く握る。刹那、割り込んできた怪骨の腕を、閃いた銀刃が跳ね上げた。肘から切断された骨だけの手が、乾いた音を立てて地に転がる。
「‥‥手が要るか?」
 加藤の耳に言葉が届く。――さすがに笑みは含んでいなかったが、落ち着いた静かな声だ。
「‥‥まだ、戦える‥」
 そうか、と。返された声に、選択は正しかったのだろうかと自問する。
その視界に、鮮やかな炎が舞った。
 全身に燃え盛る火を纏ったバルバリオンの巨体が、戦場を駆け抜けて死食鬼の体を跳ね飛ばす。
「間に合いましたね」
 印を結び詠唱に入った荊姫を追い抜いて、三菱も戦列に加わった。
 数が揃えば、怖いものはない。

■□

「単独での強さよりも連携しての強さ、それが俺たちの強さだ」
1人ではやれることの限度がある事を冒険者は、知っている。
 炎を上げて焼け落ちる伽藍を見上げ、三菱はその言葉を噛み締めた。
ただ薄い笑みを浮かべる男の表情には特に感銘を受けた様子はなかったが、否定する言葉もない。
「‥‥捨てられた村だ。無縁仏が迷ったのかもしれないな」
 京都での騒動を思ってか慎重に検分を進めるリュースに付き合いながら、加藤は嘆かわしいと肩をすくめる。常に死と隣り合わせにいるからこそ、その虚しさは誰よりも強く身に滲みているつもりだ。
「それで、どうなのよ?」
 彼の目に、自分たちはどう映ったのか。死肉に汚れた鎧を丁寧にふきながら先を促したレムリィに、彼はふっと口元を緩ませた。
「そうだな。まあ、悪くない」
「何よ、それ」
 ワケが判らない。
「信じてやろうという気になった。――本気で神剣を探す気のない狸の逃げ口上かと思っていたが、これならば‥‥」
 面白くなりそうだ。
 落とされた言葉を額面どおりに受け止めるのが精一杯のレムリィの語学力では、思惑の全てを読み切る事はできなかったが。

 なにか、“続き”がある――

 何か言ってやろうと口を開きかけた三菱の声を遮って、蹄の音が秋晴れの空に高く響いた。
 土埃を舞い上げて、数騎の侍が駆けてくる。
 大音声で呼ばわれた名には、‥‥覚えがあった。

 ここ数日、突然、巷間に囁かれるようになった奥州の将。
 その風貌、気性、国を人を統べる器量。
 竜にも喩えられる彼の名は――