【神剣捜索】その銘に偽あり
|
■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月28日〜10月03日
リプレイ公開日:2005年10月06日
|
●オープニング
北緯より吹き来たる禍つ風は、昏き暗雲を江戸に広める。
しめやかに、ひそやかに。
ゆるゆると流れゆく水の如く色を変え、容(かたち)を変えて。気づかれることなく人々の心に浸透し、気付いたときには世界を覆いつくして嵐を呼び込む。――強く、激しく。息づく命の燈火を翻弄して吹き荒れる騒乱の先駆けを。
■□
神剣・草薙(くさなぎ)――
江戸の巷間を騒がせる風の噂にその名が囁かれるようになったのは、盆の薮入を過ぎた頃からだろうか。
遥か神話の時代、高天原を追放された素戔嗚尊が出雲国で八岐大蛇を退治した折に、体内から現れたひと振りの太刀。――天叢雲(あめのむらくも)とも呼ばれるその太刀は素戔嗚尊より天照大神に献上され、葦原中国(地上)へと降りる神の子へ下された。
日本武尊の英雄譚と共に神話に名を残す伝説の剣は、同時に京の都におわす“神皇”が正統なる神の裔‥‥葦原中国の司たることを知らしめる証しと言うべき“三種の神器”のひとつとして、揺ぎなき支配の礎(いしずえ)を担う存在でもあった。
「‥‥そりゃあ、ね。私だって最初は眉唾でしたよ‥」
番台に座した手代を前にして、男は言い訳がましく釈明を試みる。――そろそろ壮年にさしかかる頃か。身に着けた着物や帯、下駄などの拵えはどれも立派で、一見してどこぞのお店の主人か、道楽者の好事家といった風情だ。
冒険とはまず縁のなさそうな‥‥平たく言えば、いかにも問題に巻き込まれて“ぎるど”に助けを求めて訪れたありがたい鴨ネギ様である。
「草薙の剣といえば京におわず主上の宝。――江戸にある道理がございません。私もそう言ってやったのでございますよ」
さも知った顔で得意げに言葉を募らせる男の様子に、“ぎるど”の手代はにこやかな笑みはそのままで心中げんなりと吐息を落とした。――自慢の見識が確かなら。この男は何故、“ぎるど”の番台に取り付いているのか
「ところがその露店商人ときたら、言うに事欠いて、京都の剣は贋物だと申したのでございます!」
百五十年前。時の朝廷に弓引いた逆賊・平将門は混乱に乗じ、神器“草薙の剣”を都より奪い去ったのであるという。
「“将門の乱”については、私も知るところがございます。――ええ。そう言われれば、彼の者は、自ら“神皇”を名乗ったとか‥」
葦原中国の支配者は、ただ名乗りさえすれば認められる類ものではない。
「ともかく。その男は、乱が終わった後も“草薙の剣”は朝廷には戻らぬまま‥‥その事実は隠されているのだと」
「――つまり、彼れの売る剣が本物の“草薙の剣”だと言ったわけですか‥?」
黙っていれば滔々と続きそうな垂れ口上に被せるように、手代はなんとなく読み取れた話のオチを口にした。
「‥‥‥‥まあ、そういうコトです‥」
神剣“草薙”が二百両なら安い買い物だと算盤を弾いたのだろうか。――いかにもソレらしい見栄えの太刀に、コロリと騙されたのかもしれない。
良い買い物をしたと悦に入り、同じ趣味の仲間に自慢しようと宴席への誘いをかけたところ、自分以外にも“草薙”を所有している者が現れ、コトが露見したという寸法だ。
「‥‥いわゆる、“騙り”というヤツですか‥」
しかも、モノが神剣というから、恐れ入る。
「まったく世知辛い世の中になったものです。――奉行所はいったい何をしているのやら。まったく名前ばかりで、治安は悪くなる一方だ」
「ええ、本当に」
こんなあからさまに嘘くさい話に騙される方も騙される方だ。そう言ってやりたいのをぐっと堪えて、手代は頬に爽やかな笑みを貼り付ける。
「ええ、もちろん。詐欺師はしっかりお縄にしてやりますからご安心を――ああ、そうそう」
こういったお話にうっかり引っかかってしまいそうな、お金持ちで、刀剣収集に目のないお友達を何人か紹介してください。
精一杯の嫌味は、果たして通じたのかどうか‥‥
●リプレイ本文
気持ちの良い上天気。
見上げれば、抜けるような秋晴れの青空が広がっている。――こんな日はふらりと遠出をするのも悪くない。お弁当に熱いお茶が付いてくれば言う事無し、だ。
が、今回の依頼にお天気は関係なかったりする。
雨が降ろうが、嵐が吹こうが‥‥江戸の中心に鎮座する千代田のお城で“神剣争奪”の真っ最中だろうが、予定に変更はない。
すっかり秋めいた風の流れる碧落を見上げて、大宗院鳴(ea1569)は吐息をひとつ。
「‥‥天叢雲って素戔嗚尊様のものじゃないんですか?」
素戔嗚尊が出雲の国で、天叢雲の剣を手に入れたのは大昔。――というより、古事記、日本書紀に記された伝説だ。因みに、素戔嗚尊から天照大神に献上され、さらに神皇家の始祖たる方に下され三種の神器のひとつとなった経緯もしっかり書かれているのだが‥‥
とりあえず、鳴の勉強不足‥‥じゃない、ボケにツッコミを入れられる者は今回のメンツの中にはいなかった。なにしろ、鷹波穂狼(ea4141)の他は外国人だ。――片言の日常会話がやっとという者もいる。
依頼人が少し不安そうな顔をしたのも無理はない。
その依頼人に向かって、
「“草薙”と知ってて取引してんなら、神皇への背信行為じゃん」
なにやってんの。と、呆れ顔のオラース・カノーヴァ(ea3486)に、璃白鳳(eb1743)も追い討ちをかけた。
「名のある刀剣を欲しがるのならば、それに見合った勉強もするべきでしょう。鑑定眼があれば、騙されることは避けられたと思いますよ」
要するに、あれだ。
名品の“箔”を自分の格だと勘違いする奴‥‥まあ、どこにでもいる。
イマイチ同情する気にはなれないが、“ぎるど”には大事な鴨ネギ様だ。――理想と理屈でお腹は膨れない。
持参した経典の巻物をずらりと並べ、璃はその内のひとつを選び出す。
「まずは詐欺師の顔や特徴などを思い出していただきましょうか」
広げた巻物には、他人の記憶を垣間見ることのできる魔法が、古代の言葉で記されていた。‥‥依頼人が刀剣収集家なら、璃はさしずめ経典収集家といったところか。様々な魔法を記した経典が、持ち物だけでなく馬にもどっさり積んである。
リフィーティア・レリス(ea4927)に云わせれば、“善し悪しの判らないモノには価値がなくても、好きな人間にはたまらないもの”なのかもしれない。――依頼人と同列に並べられるのは、微妙に心外だが。
魔法を発動させるのに必要な技術は、今のところ璃の得意とする[白]の神聖魔法ほどの完成度はないけれど、今回は慌てる必要もない。――少なくとも、宝の持ち腐れだと謗られることはないだろう。
●売る者、買う物
世の中、何が商売になるか判らない。
武術によって身を立てるカノーヴァや鷹波にとって、剣の切れ味は重要だ。
“弘法筆を選ばず”とは言うが、我が物として振うならより斬れるモノ、“草薙”は言いすぎにしても業物を手に入れたいと思うのが真理。――剣での立ち回りには縁のないファラ・ルシェイメア(ea4112)やレリス護身用に帯びている小太刀も、立派と呼んで差し支えないだろう。
非日常の危険に身を置く冒険者としては当然の、ある種の心構えのようなものかもしれない。
が、実は江戸の町には、見栄えばかりが立派な鈍ら剣ばかりを売る店もあるのだ。――そういう店ばかりが軒を並べる町もある。
「‥‥ああ、この顔なら‥」
着流しに編み笠を深く被ったルシェメイアの差し出した似顔絵に、店の職人は記憶を手繰るように目を細めた。
「知っているのか? “草薙の剣”を売り歩いていると聞いたのだが‥‥」
「草薙だって? 何を言っとる。あれは京の都の帝が持っておいでだ。手に入れようたって叶うモンじゃねぇ」
ガイジンさんは何も判っちゃいねぇんだなぁ、と。けろりと笑う男に、ムッとするものを感じたがカノーヴァは黙ってルシェメイアを促す。
草薙とは関係がないのなら、似顔絵の男はこの店で何をしたのか‥‥それを聞き出すのが先決だ。
「刀の装飾を頼まれたのさ」
話を持ちかけられたのは、盆の薮入りの頃にまで遡る。
何処で手に入れてきたのか、似顔絵の男は数本の鈍ら刀と小判を職人に差し出して、業物に見えるよう細工を依頼したのだそうだ。
「拵えが立派だからといって、名刀だとは限らないだろうに‥‥」
使ってこその剣。
カノーヴァにとっては、もはや呆れを通り越して不愉快でさえある。
本物の名刀・秘剣が金に飽かせた富裕な商人たちに買い占められてしまうよりは、多少、実害はないのかもしれないが。
「‥‥それで、この男は何か言っていなかったか?」
もちろん、金が目的なのだろうけど。
ルシェメイアの問いに職人は少し考え込むように、ぽりぽりと指先で顎をかく。
「う〜ん。特になにも‥‥そういえば‥‥」
■□
「まあ、素晴らしい」
きらきらと眩いばかりに輝く金色の刀身に、鳴はうっとりと感嘆を落とした。
「これが、草薙‥‥美しいですわ‥‥」
「――って、そんなワケないじゃんっ!!」
刀身に金箔を貼っただけの鈍ら剣。斬れるかどうかさえ怪しい。
思わずツッコミを入れた穂狼にため息を付いたのは、ふたりの前に座して成り行きを見つめていた依頼人の知り合い‥‥依頼人同様、贋作を売りつけられた刀剣愛好家である。
「‥‥ですよね‥‥はぁ‥」
騙されたことについては、同情しないわけではないが――
「しかし、何処から“草薙”の名前が出たんだろうねぇ」
神剣の名を冠された剣が神皇家の宝のひとつであることは、子供だって知っている。
それが、なぜ。
そして、今、この時期に‥‥
「昔の騒乱の折に、奪われたって話を聞きましたけど」
おっとりと小首をかしげた鳴に、穂狼は納得がいかないといった様子で眉根に深いシワを刻んだ。
「‥‥だけどさ‥‥」
それだけで、信じてしまうものなのだろうか。
考え込んだふたりにつられたワケでもないのだろうが、依頼人も首をひねる。――手がかりはきっとあるのだ。
■□
「この辺で剣を売っていた男を知らない?」
喧騒に負けぬよう声を張り上げたレリスに、露天商は胡乱げに眉をあげた。
「剣?」
「ええ。痩せ顔で少し目つきの悪い。――なんでも、本物の“草薙の剣”だとか」
レリスに続いた璃の言葉に、露天商はああと小さな声を落とす。
「ああ、あいつか。‥‥あの男なら‥」
●その剣に偽り有り
料亭から零れる灯火が夕暮れに染まった大川の水面にちらちらと幻想的な光を揺らして、夜を彩る。
大身と呼ばれる諸侯が揃って江戸入りしているせいだろうか、夜の巷はいつもにも増して賑やかだ。――抜き差しならぬ駆け引きが展開されている江戸城の緊迫とは裏腹に、江戸の町はいつもにもまして賑々しく泰平を謳歌しているようにさえ。
相対して設けられた席には、ふたりの人影。
場を盛り上げる芸妓の姿は未だなく、運ばれた酒にも手を付けず向かい合う。
「‥‥それで、例のモノは‥」
「ここに」
辺りをはばかるように潜められた声に、男は傍らに携えた長物に手をかけた。上等な絹に包まれ中を見ることは叶わなかったが、その形状から刀剣の類であることは窺える。
「‥‥見せていただいてよろしいので‥?」
もちろん‥と、頷いて。男は左の手で剣を持ち上げると、流れるような動作でさらりと袱紗を払った。
やわらかな衣擦れと共に、いかにも豪華な鞘の拵えが紙燭の火にきらりと映える。――贋物だと知る目に映る姿さえ、確かに細工は見事であった。
「おぉ、コレは美しい。まさに‥‥」
「「「ちょっと待ったぁっ!!!!!」」」」
穂狼の大音声が部屋を付き抜け、夜に響く。
襖を蹴破って部屋に雪崩れ込んだ曲者に驚き、逃げ出そうと身動くよりも早く、カノーヴァ、穂狼の剣が偽商人に突きつけられた。
「ひゃあ」
情けない声を上げた男をまっすぐに見つめ、璃は選んだ経典の封を解く。――真実を導き出すには‥‥。
「神の剣を偽るなんて不届き千万です。建御雷之男神の巫女として成敗します!!」
高らかに宣言した鳴に続いて穂狼も種族ゆえの長身を生かし高いところからジロリと睨みを利かせた。
「おめぇの噂は聞いてるぜ。偽の剣を売ろうなんざ大した度胸だ」
「あまり乱暴な真似は好きではありません」
対して、璃はあくまでも穏やかに。
尤も、行き着くところは、同じであったのだけれども。
■□
男は名前を、彦一といった。
一攫千金を夢見て江戸に流れ込んだ椋鳥である。――江戸に出たまでは良いが、何かあてがあるわけでもなく、享楽に流されやすい性格が災いして思うようには芽が出ない。
悪い仲間と知り合ったのが運のつきで、あとはお決まりの道順だ。
「‥‥で、どっから神剣“草薙”なんて発想思いついたよ‥」
聞きたいのは、そこだ。
「酒場で知り合った男が教えてくれたんだよ。――草薙なら金になるってな‥」
コレといって特徴のない男だったという。
身なりが悪いワケでも、また、目を惹くほど派手でもない。ただ、酒場の払いは気前が良かった。
金が欲しい。
酒の席で酔ってそう言った彦一に、男はおもむろに草薙の名を持ち出した。
「“草薙”は江戸にある」
神剣は江戸に――
不吉な予感に冒険者たちは、顔を見合わせる。
撒き散らされた噂。
‥‥裏で巧妙に糸を引く誰かがの思惑が見え隠れする。
神剣の名の下に集まったのは、錚々たる顔ぶれで。
‥‥‥あるいは、彼らも踊らされているのだろうか‥‥。
■□
何処より吹き来たる禍つ風は、昏き暗雲を江戸に広める。――人の運命をも翻弄す嵐の予感。漠然と掴みきれない焦燥が不穏を巻き散らし、胸の奥がざわめいた。