たぬきが食べたい
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:4〜8lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月30日〜12月05日
リプレイ公開日:2005年12月08日
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●オープニング
奇人、変人――
長い人生、十余年も生きれば、ぼちぼち世間の道理が見えてくる。
と、同時に。皆がみな、その理に倣って同じ方角を向いているワケでもないコトが判ってしまったりもして‥‥。
美食に園芸、着物道楽くらいであれば、まだ理解らなくもない。
骨董品、刀剣、書籍に絵画。価値はともかく、一見、高尚な響きに魅力を感じる人も、ちらほらと。
流木、石ころ、鳥の骨。ここらで、そろそろ意味不明。理解ってくれと言われても、一歩も二歩も引いてしまう。
世間的には十分“変わり者”だと目される冒険者を相手に、日々、依頼を捌き、仕事を割り振る。――“ぎるど”の職員としての経験なのか、あるいは単なるヤマ感か。
神妙な顔つきで番台についた若い女を前にして、手代は眩暈にも似た不吉な予感に筆を握り締めたのだった。
「‥‥たぬき‥ですか‥‥」
聞き返されて、女はこくりと深く首肯する。手代の間抜け面とは裏腹に、彼女の表情はとても真摯だ。
「はい。確かに、たぬきと‥‥」
たぬき、たぬきと口の中で復唱しつつ、大福帳に書き留める姿も、やはりイマイチ様にならない。
ことの起こりは、彼女のお祖父さまであるという。
「‥‥御影堂といえば、今でこそお武家さまにも品を納める名の通ったお店でございますが、元々は祖父が裸一貫で築き上げたもの」
京の都で修行を積んだ先代が、江戸に戻って小さな店を開いたのが始まり。その初代は先日、めでたく喜寿を迎えて尚、壮健‥‥身代を息子夫婦に譲り、悠々自適の楽隠居‥‥結構な事だ。
「とは申しましても。流石に老いを感じているのでしょう。近頃は、修行時代の苦労話なども口にされるようになりました」
そして、登場するのが“たぬき”なのである。
「‥‥たぬきが食べたい‥と?」
つまり、老人が懐古する思い出の食べ物であるらしい。
「たぬきって、いわゆるアレでしょう?」
アレ、と。手代が示唆した答えに、女は少し眉尻を下げて途方に暮れた風に首を振った。
「それが‥‥」
どうにも、お気に召さないのだとか。
「お祖父さまは、アレはたぬきではないと申しますの」
なにしろ頑固な職人気質。
言わずとも覚れ、と。それ以上は、何も語ってくれないらしい。
「‥‥‥‥」
まさか、本当に“狸”が食べたいなどと思っているのでは。
薄暗い方向へ思考を巡らせた手代の表情には気づかぬ様子で、女は少し俯き加減の困惑顔で頬に手をあてる。
「それで、こちらにお伺いすれば、こういった難問を解決していただけると小耳に挟みましたの」
よろしくお願いしますね、と。
深々と丁寧に頭を下げた女を前に、やはり首をかしげたままの手代であった。
●リプレイ本文
冷たく冴えた蒼天を背に、高く掲げられた屋号は“御影堂”。
黒々と漆を塗り込めた屋号の隣に、いくらか小ぶりの達筆で“京扇子”と添えられている。――江戸の町にて“京”を売るとは、これいかに。などと、どこからかツッコミのひとつも入りそうだが。需要があるのか、盛況だ。
武家や趣味人の他に、昨今は月道を渡る貿易商も取引の相手だという。
大火を免れ、巷に流れる不吉な噂にまだまだ愁眉は開かぬものの、抱えの職人や店の用人たちの生活もかかっているから、そういつまでも店を閉めておくわけにもいかない。
そんなわけで、冒険者と呼ばれる趣味人(?)たちが御影堂の間口を潜った時も、店には客の姿があった。
●きつねとたぬき
甘辛く煮染めた油揚げを乗せた饂飩(うどん)・蕎麦を“きつね”と称す。
狐は油揚げが好物だから。と、という真偽のほども実に怪しい通説が由来だと言われているが、では、“たぬき”とは何を指すのか――
「まさか本当に狸を食べるわけじゃないわよね‥‥」
人の良さそうな容貌に困惑を浮かべ、エレオノール・ブラキリア(ea0221)は思案げに小首をかしげた。エレオノールの故郷でも、狸を食材に使った料理というのは聞いたことがない。エレオノールだけでなく、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)やジェイド・グリーン(ea9616)にも思い当たるものがないのは、単に狸が日本の固有種だからだろう。
「ジャパンの狸は人を化かすんだっけ?」
狩猟なら得意なんだけどなぁ。と、苦笑を浮かべた彼の腕前はかの関白・秀吉公のお墨付きだ。
「‥‥でも、動物の狸じゃないみたいだね」
高遠弓弦(ea0822)の口元に浮かんだほのかな微笑に、グリーンは小さく残念と呟く。せっかく格好の良いところを見せられると思ったのに。――それは次の機会の楽しみに。
「で、たぬきってなに?」
そう。“たぬき”とは、いったいどういった料理であるのか。
今回、御影堂を訪れた4人のうち、ただひとりの日本人。――“たぬき”と聞いて、ああ、アレのことかな。と、漠然と料理を思い浮かべることのできる弓弦ではあったが、こちらも全く不安がないかといえば、そうでもなくて‥‥。
「たぬきといえば、‥‥揚げ玉ですよね?」
依頼人、御影堂の孫娘と顔を見合わせて、なんとなく言質を取ってみる。
甘辛く煮付けた油揚げを乗せたものが“きつね”なら、“たぬき”は具に揚げ玉を入れたもの。それが、弓弦をはじめ江戸の庶民が思い浮かべる“たぬき”であった。
「ええ。皆、そう思ったのですけど‥‥」
だが、それは依頼人の祖父‥‥御影堂の先代の思い出にある“たぬき”ではないらしい。
古参の用人に聞けば何か判るかもと期待していたエレオノールだったが残念ながら、皆、それ以上の心当たりはないという。――尤も、店の者が知っていたなら、わざわざ“ぎるど”に依頼を出す必要はないのだけれど。
悲しげに首を振った孫娘の様子に眉を曇らせ、弓弦はふと思いついてもうひとつ問うてみる。「たぬきといえば、姉さまに言わせるとうどんの方が美味しいと言うのですが、弟の聖ちゃんに言わせると、蕎麦じゃないとたぬきじゃない!とか‥‥」
そんな訳で、高遠家ではいつも喧嘩になってしまうのだけれど。
「はい。両方、お出ししてみたのですが‥‥却って怒らせてしまったようで‥」
「あら、それは困りましたねえ」
“たぬき”であって、“たぬき”でない。
困惑を深めて吐息を落としたふたりの娘を前にして、大人の女ジルベルトはにっこりと自信を浮かべて微笑んだ。
「大丈夫よ」
“たぬき”の正体、今はまだ判らないけど。
「手がかりはあるわ。みんなで考えれば、きっと美味しいたぬきが食べられるはずよ」
「そうですわね」
ジルベルトの言葉にエレオノールも大きく頷く。――物事を常に前向きに考え、悲観しないのは彼女の美点のひとつだ。
●江戸前と京風
“京扇子”の看板を掲げるからには、御影堂のルーツは京都であろう。
大火を免れはしたもののちょっぴり煤けた看板を見上げ、ジルベルトは推理する。――商人の目で見回すと、江戸では京都、大阪あたりで作られたものを“下り物”と呼んで珍重しているようだ。江戸の周辺で作られたものと比べると、倍ほども値段が違う。
「そういえば、ご隠居は京都で修行されていたのよね」
「ええ。京都から戻って、このお店を開いたと聞いております。――いろいろ苦労があったと申しておりましたわ」 修行時代の辛い思い出も、喜寿を過ぎれば懐かしく思い出されるのだろうか。こっくりと頷いた孫娘に、ジルベルトは意を得たとばかり口角をあげた。
「ずばり。事件の鍵はご隠居が若い頃修行した京都にあると見たわ」
‥‥事件‥?
ぴしり、と。あらぬ方向を指差したジルベルトだが、(記録係がそちらに首を捻っている間に)ふと現実にもどって眉をしかめる。――行ったきりにならないのが、いかにも現実主義者の彼女らしい。
「でも、京都に出かける金も暇も無いし」
どうしたもんかしら。そう思案を巡らせるジルベルトに、エレオノールがにっこりと笑顔を作った。
「京都にいる友人にシフール便で尋ねてみるわ」
早い返信を期待して少し多めに御代を受け取った羽根妖精が、筆と紙を抱えて彼女の友を追い回し返事を書かせたという話は聞かない。
「京都といえば、ついこの間まで、俺も京都にいたんだけど‥‥」
「その時、うどんとか蕎麦を食べませんでした?」
弓弦に問われ、グリーンは眉を寄せて記憶をたぐる。
「京都の食べ物かぁ、江戸とはまた味付けが違うんだよね。――あ、そうか。江戸にも京都にもあるモノだけど、味付けが違うってことかな?」
「あら、イイカンジだわv」
正解にひとつ近づいた予感に、ジルベルトはぱちんと軽く掌を打ち合わせた。
「それじゃあ、あたしは京都で料理の修業をしたことがありそうな連中を探して尋ねてみるわ。――作り方が聞けたら手っ取り早いし」
「酒場や長屋であちらから来た人に訊いてみるのもいいですね」
冒険者の出自は、千差万別。上方育ちも少なくない。きっと、ご隠居が求める“たぬき”を知っている者もいるはずだ。
「では、私は麺の用意をしておきますね」
うどんとお蕎麦。どちらを望まれても困らないように。
高遠家の食卓を預かる者として、美味しい“たぬき”を作らなくては――
「大丈夫だよ。弓弦ちゃんの作る物は何でもおいしいからね!」
愛情は、最大の調味料だというけれど。
調子よく賛辞を送るグリーンにはにかんだ風に笑みを返して、弓弦はきりりと小袖の袂を襷で縛った。
●たぬきが食べたい
京都で食べた思い出に残る料理と言えば――
料理の味は出汁で決まる。専用の鉋で鰹節を削る弓弦の手元を興味深げに眺めながら、グリーンは記憶を反芻する。
「‥‥そういえば。冷たい物だと思ったら、舌を火傷するくらい熱いうどんを食べたなぁ」 湯気がほとんど立っていなかったので、すっかり騙されてしまった。そう頭をかいたグリーンの言葉に、弓弦は鰹節を削る手を止める。
「ちょっとピリッとしてて、トロっとしたものがかかっていて‥‥」
ピリっと辛くて、トロリとしたもの。
例えば、一味(七味でも可)。掛け蕎麦(うどん)には欠かせない薬味のひとつだ。――ザル蕎麦には欠かせない山葵もどちからと言えば‥‥
「山掛けにつかう山芋もトロッとしてますよ?」
「そういうモノじゃなかったなぁ。ええと――」
頭ではちゃんと判っているのだけれど、上手く言葉を見つけられない自分の語彙がもどかしい。
■□
ぽん、と。歯切れ良く返された答えに、エレオノールは目を丸くする。
「‥‥油揚げの乗った蕎麦、ですか‥‥」
弓弦と御影堂の孫娘が“きつね”だと言っていたものだ。
思わず聞き返したエレオノールに大坂から付いたばかりだという若い冒険者は、人好きのする笑みを浮かべる。
「そうそう。うっとこでは油揚げの乗った饂飩を“きつね”、蕎麦を“たぬき”って言ぅてるねぇ」
「‥‥そう‥ですか‥」
油揚げに蕎麦、饂飩が絡んでいるのは確かなようだが、地域によって微妙に温度差があるようだ。
他にも数人、根気良く話を聞いて。――なんだか少しジャパンという国に詳しくなったような気がしたエレオノール。
小さな島国だと聞いていたけど。
意外なところにびっくりするような違いがあって‥‥世間は広いなぁ。なんて、少し感心してみたり。
■□
にっこり、と。
極上の営業スマイルでもって、厨房を覗き込む。
「ちょいと、そこの格好のいいお兄さん」
一見、場違いにも思える異国の女の登場に、どこか殺伐とした緊張感に包まれていた板場は静まり返った。
「そ、貴方、貴方よ。板前さん」
とろけそうな笑顔に、手招きまでつけて。
「訊きたい事があるんだけど、いいかしら? ――お手間はおかけしないわ」
胸もお尻もいいカンジに豊かな美女にフェロモン全開で迫られて、嫌な顔をする男はいないだろう。
ジルベルトが尋ねた先は、京風を看板にした料亭。
本場の京都て修行をした料理人なら、きっと“たぬき”を知っているはず。――手っ取り早く、且つ確実に“たぬき”を捕まえる方法だ。
報酬は、ウィンクと投げキッス。
‥‥安い‥か、どうかは、当人同士の価値観による、ということで。
●たぬきのお味は?
ご隠居の思い出の“たぬき”とは――
「ずばり、“餡かけタイプの油揚げ入り饂飩”です!!」
ご隠居を上座に、顔を揃えた一同の元に、運び込まれたどんぶりが並ぶ。
「饂飩なんですの?」
蕎麦ではなく。と、聞き返されて、エレオノールが得意げに頷いた。
「はい。どちらでも良いみたいなんですけど、上方では蕎麦よりうどんを好んで食べる方が多いと窺いましたので」
「お出汁は鰹節だけでなく、昆布も使って深みを出し、醤油と味醂は控えめです」
ジルベルトが板前から聞き出した出汁のとり方を参考に、弓弦が慎重に作り上げた出汁は澄んだ琥珀色に揺らめいて。
「煮染めた油揚げを刻んで葛でトロミをつけました。薬味は、生姜」
グリーンが京都で食べたピリッと辛いもの正体は、コレ。
「おネギと七味は、お好みでどうぞ。――それから、やっぱりないと寂しいので揚げ玉もご用意しましたわ」
ご隠居さまの思い出とは、少しかたちが違っても。やっぱり、江戸の“たぬき”はコレだから。
弓弦の笑顔と香ばしいきつね色の揚げ玉を見比べて、グリーンはその碧い眼に悪戯っぽい光を浮かべた。
「これが“たぬき”だと思っているところへ、揚げ玉しか入ってない江戸の“たぬき”を出てきたら‥‥ちょっと騙された気分になるよね‥」
そして、すっかり満足したご隠居さまから長い長い昔話を聞かせてもらい(一部、子守唄になったとか)。
帰り際に渡された謝礼を包んだぽち袋は、約束よりもいくらか多い感謝の気持ちで膨らんでいた。