雨上がりの道
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 96 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月17日〜12月24日
リプレイ公開日:2005年12月25日
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●オープニング
悪夢のような火災より、はや1ヶ月余。
被災地の復興と下降線をたどる一方の町の治安に、舞い込む依頼にもきな臭さが増す。
近づく暮れを前に江戸の庶民は、正月どころかその日の生活に不自由する有様。なす術のない己の非力に唇を噛みしめてみても、現実は変わらないのだけれど。
「ひとつ頼まれ事を引き受けていただけませんかね?」
番台に腰を下ろした男を前に、“ぎるど”の手代は顔に笑みを貼り付けたまま固まった。
年の頃なら、四〇の後半。
ふっくらとした頬のあたりに温和な色を浮かべているが、眼光が意外に鋭い。――いかにも世慣れた商人といった風情。
仕立ての良い着物に身を包み、ゆったりと構えた様子などは大店の主人といっても遜色ない威厳を讃えているが、屋号入りの印半纏から察するにどこかの大番頭といったところか。
藍染の半襟に白く染め抜かれた屋号は、『紀伊国屋』――
江戸の町では、知らぬ者のない豪商である。
町の再建に欠くことのできない材木を商い、この大火に笑った‥‥と、言えば語弊があるが、身代を肥やした側であることは間違いない。
「別に後ろ暗い商いをしておりますわけではございませんから」
ただ、少しばかり運が良かった。
成功の秘訣を尋ねられれば、当主・紀伊国屋文左衛門はそう答えるという。
「実は少しばかり難儀しているのでございます」
現在、江戸の町では材木が急騰している。
誰かが不当な市場捜査が行われているわけではなく、単純に需要が供給を上回っているのだが。
通常の数倍以上に跳ね上がってしまった価格の前に、ただただ顎を落とすばかりだ。
このままの状態が続けば、復興の足を引っ張るのは確実で。それは江戸の経済‥‥ひいては商いの為にもよろしくない。
「資材の運搬を妨害する者がいるらしいのです」
物価の値を吊り上げたい者。江戸の復興を邪魔したいモノたちの思惑が絡み合い、輸送路は魑魅魍魎が跋扈する悪路と成り果ててしまった。
危険が増せば護衛や人足に支払う手間賃も上がり、その人件費に加え奪われた荷の損失分も加味すれば、物資の値は黙っていても跳ねあがる。
「このままでは悪党を肥え太らせるだけにございます。――本日、こうしてお願いに上がりましたのは‥‥」
街道の安全を確保してほしい。‥と、言うわけだ。
■□
手始めに――
「今回は材木の集積所からお願いしましょうか」
山から切り出された材木は上流の集積所にて筏に組まれ、大川を下って江戸に入る。
「1度、流れに乗ってしまえば、手出しは難しいですからね。――狙うなら、ここというワケです」
山と川が隣接した狭い川原に仮初の小屋を建てて人を置いているのだが、最近、この周辺に頻繁に大きな熊鬼が現れるようになった。
「山が近い事もありまして、以前にも小さな魔物が姿を見せた事はあるそうです」
だが、熊鬼のような大物が現れたのは初めてだという。偶然の可能性も皆無ではないが、誘導した者がいるかもしれない。
「時期が時期だけに、疑心暗鬼になっているのかもしれませんがね」
そう言って、手代は書き上げたばかりの依頼書を広げた。――『紀伊国屋』の出資とあって、いくらか豪気になっている。
「名を売る好機にございますよ!」
何故か張り切っているが、紀伊国屋が熊鬼退治に動向するワケではない‥‥
●リプレイ本文
凍てつく大気はどこまでも透明で、見上げる空も白さばかりが目に付いた。
岸を険しい急勾配に挟まれた峡谷を駆け下りる山風が運ぶ乾いた寒気は容赦なく肌を突き刺し、吐息さえ白く濁って大気に滲む。
時折、思い出したように空を舞う風花も強い風に吹き散らされるのか、田之上志乃(ea3044)の郷とは少しばかり趣を異にして雪の姿は意外に少ない。――それが却って寒々しく見えるのかもしれないが。
大きく蛇行する川の瀬にわずかばかり開けた窪地に設けられた綱場は、どこか緊迫した雰囲気が漂っていた。
先日の大火によって消失した町の復興を急く声は、年の瀬、またいつもより早い寒波の到来でいっそう大きく叫ばれている。
決して遊んでいるわけではないのだが、それでも限界というものがあり、なかなか供給が供給に追いついていないのが現状だ。
加えて、なにやら不穏な気配も漂っている。
「熊鬼、か‥‥」
山から切り出された木材が山積する網場の周辺を念入りに検証しながら、日向大輝(ea3597)は記憶を探った。
あれは確か夏の盛りであっただろうか――
熊鬼は大きな熊の身体に猪の頭を持つ鬼で、濃い茶色の毛皮が見た目にも暑そうだった。夏と冬では主観も変わる。
今なら暖かそうに見えるかもしれない。
「‥‥まさか、まるごとくまさんの原料って‥」
一瞬、脳裏をよぎったちょっぴりグロい想像に日向は慌てて首を振り、そのおちゃめな思考回路を戒めた。
「‥‥武装していたって、言ってたよねぇ?」
熊鬼を見かけたという網場の人足たちの話と日向の経験談、そして自分の知識を比較しながら御神楽紅水(ea0009)は気になる点を言葉に乗せる。
人のように立って歩くし、武器のような道具を使うこともできるのだけれど、基本的に鬼たちは道具を作り出すことはしない。
鎧や刀を持っていたとすれば、何処からか奪ってきたということで‥‥
それはそのまま戦闘経験の有無を物語っていた。
例えば、着物や鍋といった生活道具なら行き当たった村人からでも手に入れることができるだろうが、鎧や刀を得ようとすればそれ相応の相手から奪ってこなければいけない。
「それって、やっぱり“それなりに強い”って、ことだよねぇ」
防寒着を身につけていてもじっとしていると足元から冷気が這い登る。冷えた指先に息を吹きかけて、紅水は気遣わしげに顔をしかめた。
●不穏の足跡
山が近い。
川もすぐ傍を流れているが、既に筏に組まれたモノのほかに、切り出されたばかりで枝打ちの終わっていない材木。打ち落とされた小枝などがあちこちに散らばっていて、お世辞にも整然とは言いがたい。
その惨状を見回して、リフィーティア・レリス(ea4927)は苦笑をこぼす。
「‥‥サンレーザーは禁止だな‥」
太陽の光を湾曲して集め熱を生み出す[陽]の精霊魔法は、確かにここではちょっと危険かもしれない。
得意かと問われば、さすがに心許ないし。
「どうせ夜の見張りの時には使えないし」
ぽそりと落とされたレリスの呟きに、熊鬼の痕跡を探しながら歩いていた雨宮零(ea9527)が顔を上げた。
「やはり襲撃は夜でしょうか?」
網場の人間たちを警戒して裏をかく気でいるのなら、夜だろうという気もするのだが‥‥そこまで打算の働く相手なのかと言われると、少し首を傾げたくもある。
雨宮の問いに、ウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)はどうだろうと首をひねった。
特に夜行性だという話は聞かないけれど。
「目撃証言は今のところ昼間だが。‥‥こちらを警戒していなければ、手当たり次第かもしれないな」
「誘導された可能性もあるとか」
江戸の復興を妨げようとする者がいる。
“ぎるど”で小耳に挟んだ不吉な噂を思い浮かべて、紅水と志乃は顔を見合わせた。――江戸の不穏を望む者がいるのは、事実。
「誘導つっても、言葉の通じねェ鬼の類に命令なんぞ出来ねェだぞ?」
志乃の言葉に、日向もうなづく。
鬼たちの間で意思疎通をはかる言葉は存在しているようだが、残念ながら人間には理解できない音の羅列だ。
襲われた人々に尋ねた限りでは、集積所に現れた熊鬼が最初に狙うのは食料であり、人であるらしい。――ただ、木材が全くの無傷かというとそういうワケでもなく、彼らは人間という存在に対して何か隔意を抱いているようにも思われる。
「‥‥元の居場所さ誰ぞに追われて出てきたのかもしれねェ」
人を、己より弱いモノを襲うのは、彼らの習性のようなものだ。住処を追い出し、人里近くへと追い立ててやれば、後は放っておいても熊鬼は人を襲うだろう。
それを裏付ける痕跡が見つかればいいのだけれど。――忍としての志乃の洞察眼、あるいは武人として日向が身につけた分析力を持ってすれば、大きな熊鬼の存在を確認するのはさほど難しい作業ではない。
だが、熊鬼がこの地に現れた理由を突き止めるのは至難だ。
誰かの意図が働いたのか、
あるいは、単純に餌を求めて山奥から這い出てきたのか‥‥
苦もなく食べ物を得られる場所だと学習すれば、よほどのコトがないかぎり立ち去りはしない。
残された足跡、痕跡から熊鬼がまだ近くにいることを確信し、保存食の残りなどを置いてみる。誘われて出てきてくれれば、手間が省けていいのだけれど。
不寝番は各自の得手不得手も考慮して、
紅水と雨宮。
田之上とヴェルサージュ。
日向、レリスのふたり一組で持ち回り。時間を決めて、交代で勤めることにした。
「今夜は冷え込みそうだ」
雲ひとつない冬晴れの空を見上げ、レリスが小さく吐息を落とす。――こういう時は、暖かな故郷が懐かしい。
「寒い時にはァ、温石がええだよ」
こちらもお婆ちゃんの知恵袋ならぬ、田舎に暮らしの生活の知恵。
焚き火に放り込んだ石を布で包んで懐にいれておけば、近くに火がなくても暖が取れるのだ。
「皆もいるだか?」
志乃の問いに、皆がうなづく。
●熊鬼退治
中日に真円を描いた月は、その身を削って星を生む。
そんな喩えのとおり、朔に近づくにつれてやせ細る月とは対照的に群青の空を多い尽くした満天の星が投げ下ろす冷気は、ほのかな光に白くけぶった。
その張り詰めた静謐を、甲高い呼子が引き裂く。
手の届く場所に置いた刀を掴んで包まっていた毛布を跳ね除けて立ち上がった雨宮に続き、日向、レリスも瞬時に臨戦態勢を整えた。
「外は危険だ。俺たちがいいと言うまで、ここから動くな」
暗がりでざわざわと不安げに身を寄せ合う人足たちに短い指示を与えて、日向は仮小屋の引き戸を開ける。
途端、流れ込んだ冷気に、追いすがる眠気をたちどころに吹き飛ばした。
「‥‥寒‥っ」
思わず首をすくめた紅水の声に、金属のぶつかり合う干戟が重なる。
星影の下、黒々と聳える巨体がふたつ。
そして、その招かざる客と対峙する人影もまた、ふたり分。
「そこかっ!!」
次々と白刃が鞘から抜かれ、天上から零れ落ちる冷気に白々と冴えたきらめきを夜に放った。
力任せに振り下ろされた一撃を受け止めたライトシールドを通して、ヴェルサージュの腕に衝撃が突き抜ける。受け止めた力をいなして反撃に転じる技量がなければ、盾ごと叩き折られていたかもしれない。――左手の盾で攻撃を受ける瞬間、踏み込んだ右足を軸に身体を反転させ衝撃を受け流した刹那、
やわらかくしなりのある切っ先が夜の底を一閃し、綺麗な弧を描いて厚い毛皮に覆われた熊鬼の身体に吸い込まれた。
グオオオオォォ――
悲鳴とも怒りとも取れぬ咆哮が、びりびりと大気を揺るがす。
人が相手なら十分、中傷になり得る攻撃も熊鬼にとっては、かすり傷ほどの痛みでしかないのだろうか。
怯んだ様子もなく、熊鬼は手にした斧を握り締めてヴェルサージュを睨みつけた。その視線を真っ向から受け止めて、ヴェルサージュもぴしりとワプス・レイピアの切っ先を熊鬼に突きつける。
「一応、名乗っておくぞ。俺は『蒼眼の修羅』ウェントス・ヴェルサージュ。人に仇なす魔物たちよ、冥府へ送ってやる!!」
怒りの咆哮と共に大きく腕を振り上げる隙を突き、素早く掠めるように繰り出された雨宮の刃は的確に傷ついた箇所を捉え、傷口からあふれ出した血は星影に黒く光り輝いて大地を叩いた。
【疾走の術】を駆使してもう1匹の足止めしつつ【春花の術】を試みる機会を窺っていた志乃も、駆けつけてきた仲間の姿に安堵を落とす。――さすがに、2匹の熊鬼をふたりで足止めするのは少々キビシい。
攻撃が1回でも当たれば、身体の小さな志乃なら重傷だ。
振り回すだけではない攻撃でもかいくぐって避ける技術を持つ志乃と、盾で受け流す技量を持ったヴェルサージュの不寝番であったのは冒険者たちにとっては幸運だったといえる。
相応の使い手であるヴェルサージュと雨宮。そして、攻守のバランスが取れた日向、自在に変化する小太刀を操るレリスも剣の腕なら熊鬼相手に十分に渡り合う力を持っていた。――攻撃を躱す技術が双方さほど高くないので、互いに命を削りあうというとんでもない状況になる危険もあったのだけれど。
宵闇の中でほのかに青い光が集う。
精霊力の具象を報せる先触れは、ふわりと紅水の身体を取り巻き星よりも強く幻想的に夜を照らした。美しさに眼を奪われる。その、一瞬――
‥‥‥ピキ‥
涼やかな音を響かせて、志乃と対峙する熊鬼の足が凍りつく。
足元からゆっくりと這い上がったそれは、大きな氷の棺となって熊鬼を閉じ込めた。――凍てた氷が溶けるまでの永遠。これで、終わりではないけれど。
「これで、1匹づつ獲っていけるね!」
会心の笑みを浮かべた紅水の言葉に、得意の舞踊をなぞるかのような足の裁きでレリスの小太刀が軽やかに舞う。その動きを眼で追った熊鬼に生まれた隙を見逃さず、渾身の力をこめて振り下ろされた日向の刀、確実に急所を狙った雨宮の剣、そして、間合いの外から助走をつけて飛び込んだヴェルサージュのレイピアが毛皮に覆われた巨躯に突き立った。
グガアアアァァァ――ッ!!!
冴えた夜空を震撼させる断末魔の後に、ひどく透明な静謐が舞い降りる。
硬く閉ざされた氷の中に、あと1匹。油断は禁物。だが、この勝利が揺るぐことはない。
猫の爪を思わせる三日月が投げ下ろす光を見上げるヴェルサージュの故郷では、2日後に聖夜を迎える。
ぼんやりとそんなことを思い出すほど、星の綺麗な夜だった。